再   生


 見上げると、差し込む光がだんだん強くなってきていた。ライフストリームの表面に二人は近づいていた。
 クラウドは、自分の少し後ろから一緒に浮かび上がってくるティファに、顔を向けた。
「ティファ、俺・・・・」
「なに?」
「いろいろと、済まなかったな・・・・、面倒掛けちゃって」
「もう、いまさら、遅いわよ。みんなにもちゃんと謝りなさい。クラウドがいない間、大変だったんだから」
 そう言ったティファの顔は、しかし、笑っているようだった。クラウドは、肩の力が抜ける気がした。
 ティファはうれしかった。今まで抱いていた心のつかえが、すべて消え去ったからだった。今、自分のそばにいるクラウドはニブルヘイム生まれのクラウドで、思い出を共有する幼なじみだった。決して、ほかの誰かが入れ替わっているわけではない。
 クラウドにとってのティファと同様、ティファにとってのクラウドも、自分の幼い頃の思い出を共にする、この世でたった一人の人だった。自分が「いた」ことを、そしていま自分が「いる」ことを、証明してくれる、たった一人の人だった。
 ティファの笑顔を見てクラウドは少し元気が出た。
 しかしまたすぐに、クラウドの表情は厳しくなった。
 クラウドの心にはまだ、消しきれない淀みが残っていた。
 今まで「ソルジャー1ST」を名乗り、世界を救う旅の先頭に立ってきた自分の、本当の姿がさらけ出された。本当の自分は「ソルジャー1ST」にはなれなかった。幼なじみに振り向いてもらいたくて故郷を飛び出し、英雄を夢見たものの夢破れ、目の前で故郷を焼き払われ、幼なじみのピンチを救うことが出来ず、瀕死の重傷を負い、精神に異常を来たすような手術を施され、親友ザックスを失い、守るべき(そして自分を守ってくれていた)エアリスをも失い、世界の破滅に手を貸すことまで行なってしまった。
 いま、クラウドには自信がなかった。本当の自分の姿とは、我ながらあきれてしまうほどだ。
 −−自分で蒔いた種は自分で刈らなくてはならない−−。セフィロスとの決着は、自分がつけなければならない。
 しかし、こんな自分にみんなが付いてきてくれるだろうか・・・・。
「・・・・なあ、ティファ」
「なに?」
 クラウドはティファに問い掛けた。
「俺、自分が恥ずかしいよ。自分でも言ってたし、みんなも信じてたと思う、『ソルジャー1ST』。でもその正体は、ティファの見た通りなんだからな」
「クラウド?」
 ティファは不思議そうな目でクラウドを見た。
「いままで、クールぶって、えらそうなこと言って・・・・、実力もないくせに。肝心なところでへまをして・・・・、黒マテリアを発動させてしまったのは、紛れもなく俺なんだから」
「・・・・でも」
「・・・・俺、みんなが許してくれなくても仕方ないと思ってる」
「気にすることないよ!」
 ティファは叫んだ。驚いて、クラウドは顔を向けた。
「みんなは分かってる、・・・・エアリスのこと、黒マテリアのことはクラウドの意思じゃないってこと。・・・・それに、色々あったけど、いままでみんなをリードしてきたのはクラウドじゃない。クラウドがいなくなっちゃって、みんな一生懸命探したのはなんでだと思うの?」
 クラウドは黙った。みんなが心配してくれたのはありがたい。しかし、自分は、その期待に応えられるだけの人間なのか?
「クラウド、最後まで付き合うよ。私も、みんなも・・・・。一人だけ『途中下車』は、なしなんだから」
「・・・・ありがとう、ティファ」
 ティファの気持ちが痛いほどうれしかった。みんなも同じだろうけど、ティファが支えてくれている、そのことが特に、限りなくうれしかった。
 そのティファに、自分の本当の姿という、一番恥ずかしいところを見られてしまったな・・・・。
 いま、二人は、ライフストリームの流れの中を、ゆっくりと上昇していた。上から差し込む光は、徐々に強くなってきていた。
 しばらくの沈黙ののち、クラウドは切り出した。
「・・・・ティファ、俺、すごく恥ずかしかったよ。ティファに俺の本当の姿を見られて」
「・・・・え?」
 クラウドは言っておきたかった。自分の情けない姿にあきれているであろうティファに。
「見た通りなんだ。臆病で、弱虫で・・・・。ずっと隠しておきたかったけど・・・・、でも、いつかはばれるものだったんだろうな。・・・・あれが、本当の俺の姿だよ」
「・・・・気に、してるの?」
「・・・・ああ」
 クラウドは、息が詰まる思いで言いきった。
 隠しておきたかった本当の姿がティファにばれてしまった。もう仕方がない。愛想をつかされるかもしれない。でも、もう仕方がない。ただ、ティファの返事だけは聞きたかった。自分の心の一番熱い部分を触られた。それを、見て見ぬ振りだけはされたくなかった。軽蔑でも、幻滅でもいい。ただ、無関心だけは耐えられない。
 聞かせてほしい。ティファ、俺のあんな姿を見て、どう思った?
 クラウドはうつむき、左手で顔の半分を隠しながら、返事を待った。
 ティファは、その様子を見つめていた。言葉を考えているようだった。
「・・・・クラウド、良かったね」
「え?」
 ティファの意外な言葉にクラウドは戸惑った。
「本当の自分の姿と向き合うことが出来て」
 クラウドは振り返ったままティファの顔を見つめる。
「人間って、・・・・私もそうだけど、本当の自分の姿を見せ付けられるのって本当にいやなことだと思うの。・・・・それは恥ずかしいから。自分って、ちっとも強くなんかない。大人じゃない。カッコ良くなんかない。そんな本当の姿を人に見られたくない・・・・」
 クラウドはうなずく。
「でもね、本当の自分の姿から顔をそむけてばかりいると、いつのまにか見せかけの自分が本当の自分だと思うようになっちゃうんだよね。・・・・そしてその見せかけが崩れたとき、恥ずかしくて、自分に絶望しちゃう」
 ティファはクラウドの横に並んだ。
「でもね、それでいいんだよ、きっと。足場が崩れて、どん底に落ちる。でも今までのその足場がにせものの足場だったんだもの。にせものが崩れて、そこから本当の新しい自分が始まるの。クラウドはもう今までのクラウドじゃないんだよ」
 自分の再生。その場に、ティファは立ち会ってくれた。
 クラウドは目頭が熱くなり、顔をゆがませた。
「みんなのところに戻って、今までのこと、一言謝ろう。そして、決着を付けに行こう」
 ティファがささやく。
 二人の上から差し込む光は、いよいよまぶしくなってきていた。幾筋もの光が、二人を包んでいた。
「ね、もう時間がないけど、今度は、私の番だよ。心の中を見せるの」
 クラウドは目を開いた。すぐ近くにティファの顔があった。
「言葉にする時間がないの」
 二人は見詰め合った。
 ティファと見詰め合い、クラウドはただ流されるままだった。
 二人が手を取り合い、唇を合わせようとした瞬間、クラウドの視界は突然真っ白になった。

「クラウド! ティファ!」
 野太い声がする。聞き覚えのある声。バレットの声だと気が付くのに、時間は掛からなかった。
「バレットさん、見付かりましたか!?」
「ねえ、二人は無事なの!?」
 ケット・シー、ユフィの声。
「怪我はないのか?」
「大丈夫そうだ。気を失ってるだけだ」
 ヴィンセントにバレットが答える。
「シド! 二人が見付かったよ!」
「ハア、ハア、・・・・どうなんでえ、二人は無事なのか?」
 レッド]Vを押しのけ、駆けつけたシドが問いただす。
「ああ、気を失ってるだけだ・・・・、恐らく」
「『恐らく』ってのはなんでエ! 無事なら無事って、無事じゃないなら無事じゃないって、はっきり言ったらどうなんでエ!」
 不安げなバレットの言葉に、シドが癇癪を起こす。
 騒ぎの中、ティファは目を開いた。
「・・・・みんな」
「ティファ!」
 意識を取り戻しかけたティファの言葉が、か細く、クラウドの耳にも聞こえてきた。
「大丈夫?」
「怪我はないか?」
「無事だったか!?」
 みんながティファに問い掛ける。
「・・・・タイミング、悪すぎよ・・・・」
「??」
「なんのことでエ?」
 その間クラウドは、朦朧とした意識の中でみんなの声を聞いていた。
 −−「ほんとだよ」−−
 クラウドは、思った。
「ティファ! おい、クラウド!」
「レッド]V、先生を呼んできてくれ!」
「うん、わかった!」
 二人は再び意識を失っていた。覚醒するのを惜しむかのように。