出立前夜


今日もあのグウタラ親父は布団に寝そべっていやがる。
アタシが屋根裏から覗いているのにも、全然気づきやしない。
朝から晩までまるで動こうともしない。全くもってダメ親父の典型じゃないか。
こんなのじゃダメだ、こんなのじゃいけないんだ、昔の栄光を取り戻すんだ!




 数年前、もう10年くらい前になるだろうか。
 戦争に負けた国が1つ。世界で最も西に位置する国。
 
 あの時も、今日と同じような薄曇りの夜半だったか……。
 「エルミナ……」
 あの男は、確かにそう呟いてから息を引き取った。儂の目の前で。
 東に現れた新興空中都市。彼はそこの一兵卒に過ぎなかった。
 我らの、燃え上がる郷土への愛着と、襲いくる征服者への抵抗。
 そして個人的には、まだ幼い娘の平和の為。
 この戦争は、それが全てだったはずだ。国を守る為の戦争であったはずだ。
 少なくとも、あの瞬間までは。
 「エルミナ……」
 儂は今でも、あの男の死に際の言葉を思い出す。
 エルミナ、それは娘の名か、妻の名か。
 儂にはそれは、知る術もない。知ったところで、どうなるわけでもない。
 しかし、あの瞬間から、儂の心にぽっかりと隙間ができたのは、事実だ。
 どうしようもない空虚が儂を覆い尽くした。
 こんな戦争をして何になる。
 勝ったところで得られるものがあるのか。
 次の戦いを生むだけではないのか。 
 戦っているのは人間と人間だ。
 我らだって彼らだって家庭があり、家族がいるのではないか。
 悲しむのは誰だ―――――

 戦争の持つ意味の空虚さを肌で知った時。
 儂は全ての人々に争う事を止めさせた。
 これ以上の犠牲は我らにとって無意味だった。
 そして、東の人々にとってさえも。
 東の人々が戦う事を止めないならば、止めるのは我らしかいない。
 儂は民衆に、降伏する事を説いた。
 戦い続ければ、或いは勝てたのかもしれない。
 しかし、無意味な悲しみは、儂はもうたくさんだった。
 あの男のような者を、もう味方からも、そして敵からも出したくはない。 

 東の人々とて、降伏すれば無下には扱わないであろう。
 儂は、東の人々に降伏をし、双方に与えられるそれからの幸福を願った。
 10余年前、西の人々の指導者であった儂に出来る、ただ1つの行為だった。


「……」
物言わぬまま、男が1人、佇んでいる。儂は寝そべったまま、それを感じ取った。
「どうやら、今宵に出発なされるようで」
男は静かに儂にそう告げた。
「やはり、儂の心は分からずじまいであったか」
娘はどうも、今宵、発つらしい。
「……」
儂も、黙らざるを得なかった。

幼き頃より、儂を憎んでいた娘。
儂のことを、敗戦責任者と決めつけていた娘。
いつも、「もっと強くなりたい!」と目を輝かせていた娘。
儂の心の内も知らず、動こうとしない儂に軽蔑の眼差しを強めていった娘……。
現在は家を飛び出し、村のはずれに1人で居を構えている。
姓も母方のものを名乗り、まさにこの家との縁を切らんばかりである。
「……儂はいったい、どう娘に接すれば良いのじゃ……」
儂も知らず知らず、娘を産んですぐに亡くなった妻を思い浮かべていた……。




アタシは今、猫屋敷にいる。
暗闇の中、1人きり。聞こえるのはもう眠ったであろう猫達の、寝言のような微声。
窓の外の月明かりも朧だ。雲にも笠がかかっている。どうやら明日は雨模様のよう
だ。
ひどく神経が研ぎ澄まされていく。雲の向こう側も、今なら見えるか……。
左手には、1つの黄色いコマンドマテリア、「投げる」。
右手には、愛用の十字手裏剣。そしていつもの忍者仕様のお気に入りの服。
膝を抱えて、アタシは部屋の隅に座っている。
三毛が1匹、身体を摺り寄せてきた。アタシも三毛に身体を寄せる。
熱を感じる。生きている体温を。この三毛は生きている。でも。
あの日以来、ウータイは死んだ。あのグウタラ親父のせいで。
あの親父が勝手に負けを認め、ウータイを殺したんだ。
今のウータイは、あの神羅によって観光地にされてしまった。
あの、ウータイを殺したもう1つの張本人、神羅によって。
それ以来、あの親父は神羅を恐れるかのように、動こうとしない。
神羅に目をつけられるのが怖いのだろうか。ひたすらに寝るばかりだ。
観光地となったウータイに興味は無い、とでも言うかのように。
アタシはそんなのイヤだ、ウータイはもっと強くなきゃいけないんだ。
ダチャオ様に守られたウータイは、ホントはもっともっと強いはずなんだ。
本気になれば、神羅なんかに遅れを取る事は無いはずなんだ。
グウタラ親父が神羅に目をつけられるのが怖いように、
アタシもウータイが落ちぶれていくのを見るのが……たまらなく、怖い。
親父がやらないのなら、アタシがやってやる。
親父に代わって、アタシがウータイを生き返らせて見せる。
ウータイを、もう1度最強の国にまでのし上げて見せるんだ。
でも、今は力が足りない。絶対的に力が足りないのだ。
マテリア。よくわからないけど、物心ついた時には何となく理解してた。
何でも出来る魔法の石だ。この石さえあれば……。
マテリアを集めてやる。世界中のマテリア、全部持って来てやる。
ウータイが強くなるんだったら、アタシ、何だってやってやる。
だから今日、アタシは旅に出る。マテリアを求めて。
もう、後にはひけない。自分で決めた事だから。
ひもじいのだって、辛いのだって、きっと我慢するよ。
暑くたって、寒くたって、きっとアタシ、頑張れるよ。
全ては、ウータイの未来の為に。悔しさを、無念を晴らす為。
行くよ、行ってくるよアタシ、母上、そして……グウタラ親父。

アタシは猫達を起こさないよう、立ち上がる。窓枠に足を掛ける。
1度振りかえる。猫達は、この決心など知らず、ぐっすり眠っている。
「イイな、お前達は」
アタシは2階から、地面へ音もなく降り立った。
月は漸く、厚い雲に覆われようとしていた。その下に、影だけ見えるダチャオ像。
「ダチャオ様、ユフィ・キサラギ、ウータイの為に行って参ります」
アタシは像に向かって、深々と一礼をし、踵を返す。
辺りは、津々と冷え込む、霜月の十六夜。時は丑寅の刻。
「いざ、マテリアを求めて!」
アタシは夜の草原に向かって駆け出していく……。




「ゴドー様、今、監視のゴーリキーから報告がありました。ユフィ様が御出立され
た、と」
男〜スタニフ〜が、床に伏す儂に報告に来た。
「そうか……」
「いかがなさいますか。シェイクに追わせましょうか」
「ふぅむ……」
しばし沈黙が流れて。
「行かせてやれ、追うなよ」
「は」
儂の言葉に、スタニフは最も簡略な返事でもって応えた。
「下がれ。この件についての報告は、もうよい」
「は」
スタニフは、静々と退出した。
夜のしじまの中に、儂は眼を閉じた。
それから朝まで、ゴドーは目を覚まさなかった。

朝、ゴドーの布団を片付けに来たチェホフの他に、ゴドーの枕もとが濡れているのに
気付いた者は、ゴドー自身を含め、いたのだろうか……。




運命の歯車が、また1つ、誰も知らぬ所にて、音も無く、回り始めた。


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後書き:ぱんぱーす

えー、初めて書きました。製作時間は思うままに、2時間です。
短めですが、やってみて思ったのですが、難しいですね。
皆さんがあまり題材にしない方面から攻めてみたつもりですが、
こんな愚策を送ってよいものかどうか……。
いや、掲載してもらえるのかどうか……。(笑)
すみません、中身の無い小説で。
消すならどうぞ消してやってください。(爆)
ゴドーのユフィを思う気持ちが(少しくらい)わかってもらえれば。