「ねぇ…あんた、一体どういう理由でクロコダイルなんかの仲間になったの？」
　ある日…太陽が沈むにはもう少し時間が掛かろうかという頃、いつもの様に甲板で本を読んでいたニコ・ロビンに対して、ナミが興味ありげに訪ねた。すると、彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべたのだが、相手をしてくれた事が嬉しかったのか、とても優しそうな表情をしながら答えた。

「仲間…？あなた、私に興味有るの？ふふっ…聞きたい？」
「うん！聞きた〜い！」
　ニコ・ロビンの少しシニカルな微笑みに対して、ナミは屈託のない笑顔で答えた。読みかけの本をパタンと閉じて、ニコ・ロビンがスックと立ち上がると、彼女の機嫌を損ねたと思ったのか、ナミは驚いたような表情で言い放った。

「あっ…あの、言いたくなければ別にいいわよ。はははっ！嫌な事…聞いちゃったかな…？」
「ううん、よくってよ。でも、それだけでいいの？」
「えっ…それだけって…じゃあ、うんと遡って子供の頃の話とかも聞いていい？」
「子供の頃と言っても、そんなに大した事なんか無かったと思うけど…」
「でも…ほら、海軍の船を沈めた話とかは有名だし、それにどんな理由で悪魔の実を食べる事になったのかって事も、私から見れば興味あるし…ね。はははっ」
　頭をかきながら、『言い過ぎかな？』という感じで冷や汗を垂らしてるナミ。その光景に、ニコ・ロビンは目を少し細めてこう言った。

「いいわよ。その代わり…今晩は寝かさないわよ」
「…へっ？」
「ふふふっ…」
　困惑するナミを横目に、眼下に見えるどこまでも青い水平線を眺めながら、ニコ・ロビンは、静かに自分の生い立ちを話し始めた。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊
（回想）
　私はいつも一人だった。
　今思えば、心から信頼する仲間を作れば良かったのだろうが、こんな時代だから死んだり裏切られたりする事が多いだろうし、そう言う事を幼い時から嫌という程見てきたので、いつも一歩引いた付き合いしか出来なかった。

　私が物心付いた頃に父も母も他界してしまい、身よりの無かった私はその流れで施設に預けられた。
そこで私は本を読み、知識を吸収していった訳だが、そんなある日、いつも無意識に口に出していた言葉が、実は父の果たせなかった夢であるという事を知った。

「リオ・ポーネグリフ…これって…！そういう意味だったの？」
　その時、私は施設に預けられた時に一緒に持ってきた手紙の事を思い出した。私は急いで部屋に帰り、カバンの中を探し、中から色褪せた封筒を取り出した。封を開けてみると、それは父から私に当てたメッセージだった。

『我が娘…ニコ・ロビンよ。この手紙を読む事が出来る時には、私はもうこの世にはいないだろう。私達は代々、表向きは普通の考古学の発掘を生業としているのだが、実はもう一つ「リオ・ポーネグリフ」の情報を収集して探すと言う事を宿命付けられている家系でもあるのだ。「リオ・ポーネグリフ」とは、世界中に点在するポーネグリフの中で、唯一「真の歴史」を語る石であり、それを解読し、世界中に発表する事こそが、我々の家系に与えられた使命なのだ。

　ニコ・ロビン…私はお前も先人達のようにこの道を歩んで欲しいと願っている。だが、一人の父親としては、いつ見付かるとも知れないこの使命に、お前を巻き込みたくないと言うのも事実だ。「リオ・ポーネグリフ」への夢は、私の代で終わりにするのが賢明なのかとさえも…思う。

　これは、お前がお前自身で考えて判断して欲しい。だが、私は私の父から伝えられた言葉を、今またお前に伝えなければならない。「リオ・ポーネグリフを探し、真実を解明せよ」と』

　私はそれを読み終えた時、顔すらろくに覚えてない父の事を想像し、声を出して泣いていた。しばらくすると、何事かと部屋の外に人が集まって来たので、私は何事も無かった様な素振りをしてその場をやり過ごした。
『私はここにいる訳にはいかない』

　手紙を見てそう思った私は、一刻も早くここを出て行こうと決心した。そして決断から行動まで早いのが私なのだが、この施設を管理している『フィンおばさん』の事だけはとても気になっていた。

　私が他の子と疎遠なのを…私はその方が良かったのであるが…何かと心配してくれたり、色々と世話をしてくれた人だ。フィンおばさんにここを出て行く事を話せば、きっと止めに入るだろう事は容易に想像が出来た。その為、私は今のうちに荷物をまとめて置き、夜中にそっと出ていく事にしたのである。

　その夜、皆が寝静まった頃を見計らって、私は施設を抜け出そうと塀をよじ登ろうとした時、暗闇の中から私を呼ぶ声が聞こえた。フィンおばさんだった。

「ロビン…出ていくのかい？」
「うん」
「…そうか…なら仕方がないねぇ…。気を付けて行くんだよ…」
「いいの？本当に出て行っても？」
「う〜ん。本音を言えば力ずくでも止めたいところだけど、こんな時代だもの…いつどうなるかなんて判りゃしないし、自分で生きていくって決めた者を止める事なんて出来やしないよ。…例え子供だってね。私は細かい事は判んないけど、何か理由があんだろ？なら、行きな…」
「おばさん…ありがと…」
「だけど…辛くなったらいつでも戻っておいで。いいね、約束だよ」
「うんっ！」
　私がそう答えると、フィンおばさんは、私に紙切れを手渡した。

「これは…？」
「それはお前が住んでた場所の地図さ。かなり時間が経っってるから、もう人手に渡ってると思うけど、ここを出て行くなら一度は寄ってみるんだね」
「ありがと、おばさん！」
　こうして、私はいつ終わるとも知れない「リオ・ポーネグリフ」を探す旅にへと出発した。

　施設を出たのはいいが、言ってしまえば当てもなく、お金もなく、泊まる所すら無い旅の始まりなのである。だが、体に流れる『血の宿命』を肌で感じていた私にとって、そんな事は取るに足らない事でしかなかった。

　まず私は、フィンおばさんから教えてもらった私の生家に行く事にした。地図は子供の私にも判りやすいようの書かれており、家はすぐに見付けることが出来た。

　…確かに…家はまだ存在していた。
　人の気が無い事から、空き家らしい事が判った…。だが、近くに寄ってみると、壁は壊され、建物の至る所に見るに耐えない落書きが至る所に書かれていた。

『金返せ！』
『期待させやがって！この淫売婦！』
　今思うと、たぶんこの落書きは私の両親とは何の関係もない、ただ日頃のストレスを発散させる為に、荒くれ者達が書いたものだろう。だが、当時の私はそんな事は知る由もなく、そのままストレートに自分達への暴言が書かれているのだと受け止めていた。

「何よ…これ…」
　私は憂鬱な気分になりながらドアの所まで近寄ると、ノブが壊されていて、簡単に中に入ることが出来た。
　…中は外以上に酷い有様だった…。

　金目のモノは残らず略奪されており、辺り一面荒らされ、破壊し尽くされていて、廃墟と言った方が正しい位の状態だった。その時、私の中で何かが音を立てて崩れていった。

「これが…これが私の家？私の…家なの？…ふふふっ…ははははっ…」
　私は、リビングルームに佇みながら、暗がりの中で笑っていた。本当はとても悲しかったのだが、何度も心の中で思い描いていた家庭の温もりの場が、こんな形で目の前に突き付けられては、悲しみを通り越して笑いが込み上げてきたのだ。そして徐々に私の顔から微笑みが消えていき、やがて大粒の涙が頬を伝って落ちていくのが判った。

「こんな事なら…来なければよかった…来なければ良かったよ…！」
　その後の私は錯乱状態に陥ってたのでよく覚えてないが、たぶん辺りに私の泣き叫ぶ声が響き渡っていたと思う。

　…どの位経っただろうか、我に返った私は、一刻も早くこの場所を出ようと思ったのだが、その前に家族の思い出となるようなモノがないかと家中を探し回った。しかしあるのは壊れた家の破片と荒らされた家具類だけが散乱しているだけであり、洋服一枚残っていなかったのである。

「何も…何も無いわ…コップも、洋服も、お皿さえも…何も無いわ！」
　私は途方に暮れてしばらく床にへたり込んでいた。何気なく空を見上げると、壊れた屋根の隙間から、無数の星空が見え、ズタズタになった心をそっと洗い流してくれた。

「…きれい」
どの位星を見ていただろうか…私の中にふとある記憶が甦った。

「そう言えば…こんな星空の日…父と出かけたっけ…」
　それは、村外れにある洞窟に出かけた時の記憶だった。私はそれを思い出しながら、父の肉筆で書かれてある手紙を取りだし、月明かりの中で悲しみを紛らわせるかのように何度も、何度も読み返した。

　すると、施設では気付かなかったが、普通の文章の他に何やら特殊なインクで書かれた文章がある事に気付いた。
　手紙を月に透かしてみると、確かに裏側に何か文章が書かれており、私はその手紙を裏返して文章を読んだ。

『ニコ・ロビンへ。私達の家から村の北外れにある洞窟へ行き、そこの中を探すが良い。もしお前が私達の意志を継ぐというのならば、何よりも頼もしい能力を得る事になるだろう。

　もちろんそれを受け取るかは、お前次第ではあるが…。そしてもし、お前が私達と違う道を歩む事を選択したのならば、この文章の事は一刻も早く忘れて、幸せな人生を歩むが良い。父より』

　その『頼もしい能力』というのが何なのかは判らないが、何やら私が一人で旅を続ける為には持ってても損はしない物であるらしい。
「…そこへ行ってみよう」
そう思った私は、辺りの目を気にしながら、逃げるようにその場を後にした。　　

　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

「…と、ここまでが私の長い旅の始まりの部分なんだけど…ん？どうしたの？」
　ニコ・ロビンが、話ながらふとナミを見ると、何と彼女は大粒の涙を流しながら、それを拭おうともせずに聞いていたのだった。

「…えっ？…ご…御免なさい。余りにも悲しい話だったから…つい…ね。私…泣いちゃってたんだ…なんだかな…」
「あなた…私の為に泣いてくれてるの？」
　不思議そうな、しかしとても嬉しそうな表情でナミを見つめるニコ・ロビン。

「うん…それに、ちょっと自分の事も思い出しちゃったから…」
「自分の事…って、あなたも平穏無事な人生じゃ無かったって事かしら？」
「まぁ…ね。こんな所で航海士なんかやってる位だから…それなりには…ね。でも、私は私が選んだ人生に悔いなんか無いわ。だって、今とっても充実してるもの…。だから…涙が出るのよ。きっと…」
　ナミはそう言うと、幸せそうな表情をしながら、水平線に差し掛かろうとしていた太陽の方をじっと眺めた。その光景を黙って見ていたニコ・ロビンだったが、やがてそっと彼女を抱き締めたかと思うと、優しく唇を重ねた。あまりの突然の行動に、呆気に取られるナミ。

「…」
「強い娘なのね…あなたは…」
　ニコ・ロビンは、ナミをじっと見つめながら、再度唇を重ねた。それに対して、虚ろな表情でいたナミだったが、ハッと我に返ると顔を真っ赤にしながら彼女から離れた。

「……ちょっといきなり何するのよ！」
「ふふっ、それ位元気が出ればもう大丈夫ね…じゃあ、話を続けるわよ…」
「あなた…ひょっとして『そっち系』の趣味の補と人なの？まぁ、それはそれで構わないけど…」
　ナミが、それまでよりもやや距離をとりながら言った。

「さぁ…どっちかしらねぇ…ふふふっ」
　そう言いながら微笑むと、彼女は再び続きを話し始めた。

　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊
（回想）
　私は、父と一緒に歩いた道をうろ覚えながら歩いていくと何とかその場所らしき所まで辿り着いた。そこは、川の側にある洞穴で、何かを奉っている感じだった。
　側には何やらこの洞穴を奉る事になった由来となる文章が書かれてる立て札があり、当然ながら入り口は厳重に封印されていた。

「確かパパは…ここの上の方へ登って行った…筈」
　何度も転びながら、やっとの思いで祠の上の方へ登っていくと、そこには大人がやっと入っていけるかという位の岩の裂け目があった。私は躊躇う事無くそこを降りていき洞穴の中へ入ることが出来た。

「暗い…見えない…」
　私は持ってきたカバンの中からロウソクとマッチを取りだして火を灯した。炎に浮かび上がるその穴は、どこまでも深く続いていたが、ここにいてもしょうがないので、その先へと歩いて行った。

　どの位歩いただろうか。手に持ったロウソクが半分位になり、私の手の上で固まっていたのを覚えている。その道中、私は恐怖心を克服すると言う事もあってか、自分に対して自問自答しながら歩いた。

「施設に帰った方がいいんじゃないの？あそこならとりあえず苦労はしないよ」
「でも、あそこにいたら、そのまま人生が終わってしまうような気がする」
「私は、私のパパが…私の先祖が果たし得なかった夢を実現したいの」
「何も今直ぐでなくてもいいんじゃないの？大きくなったらにしようよ」
「その時に、今の気持ちを持ち続けられる保証があるの？昨日も隣村が賊の集団によって滅ぼされたのを知ってるでしょ？」
「それはそうだけど…危険すぎるわ。現に今だって…」
「そうね…私は、なぜまだ子供なんだろうね…」
　そんな事を自分に向かって話ながら歩いていた。やがて、私は洞窟の終点である大きな広間の様な場所に到着した。そこは一面が氷で覆われており、かなり寒かったが、その場所には似つかわしくない様な本や地図が散乱していた。

　私は父の形見となるようなものが無いかどうか、見回してみた。すると、ある場所だけがとても整理された状態で存在しており、そこには祭壇があり、、資料の束、そして手紙が置いてあった。

　私は手紙を手にとって見ると、そこにはこんな文章が書かれていた。

『この実…ハナハナの実は、この手紙を読む我が子孫がどうしても必要な時に食うが良い。そうすればお前がこれから生きる為に必要な能力が備わるであろう。
　ただし、二度と元の体には戻れぬ故、覚悟して食うように。尚、この能力を我が子孫以外の者が食った場合は、末代まで呪われる事を覚悟するがよい』

　その文章の脇には、十数人の名前が書き記され、それぞれがコメントを寄せていた。筆跡が違う事や、上にある名前程文字がかすれている事から、代々訪れたその子孫が書き加えていったらしい。

　その最後に書いたと思われる人の名前を見た時、私は目が釘付けになった。
「…『私は先人達と同様に勇気が無くてこの実を食う事が出来ませんでした。故にこれを後の者に託します』」

　私は視線を祭壇の方に向けた。するとそこには何やら果実のような物が奉られていた。いくらこの場所が寒いからと言っても、数百年も腐らずに奉られている果実があるものか…とも思ったのだが、私は空腹も手伝ってか、迷わずその果実を食してみた。

　…味…あの実に味などあったのだろうか？とても苦かった事だけ記憶している。
　私はその『ハナハナの実』を食べ終えて、資料の束を見ようとしたその時、猛烈な頭痛と吐き気、腹痛に襲われた。

「ああっ…気持ち…悪い…」
　その場に倒れ込んだ私は、薄れていく記憶の中でこんな事を考えていた。

『このまま…死ぬのかな…私…』
　その時、吐しゃ物が鼻の穴に入った事は覚えているが、余りの苦痛にやがて気を失ってしまった。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

「…で、どうなったの？」
　ナミがニコ・ロビンの鼻先まで顔を近付けて、興味深そうに訪ねた。

「どうなったと思う？」
「そりゃ…そこで死んだんなら今ここに居る訳無いし…『ハナハナの実』の能力が付いたというのが筋なんだろうけど…」
「その通り…なんだけど、実はこの話には後日談があるの」
「後日…談？」
　ナミがそう言った時、彼女の体から無数の手が生え、その手にはおびただしい口と鼻と目が付いており、その内の目が一斉にナミを見たのだった。その余りのおぞましさに、ナミはとっさに大声をあげようとしたが、その手の一つによって口を塞がれた。

「んぐっ！んんんっ…」
　暴れようとするナミを、彼女の体から生えているニコ・ロビンの手が必死に押さえ付けていた。

「驚かすつもりはなかったんだけど…御免なさいね。あの時『ハナハナの実』を食べた私は、失神してる間に能力が開花したらしいの。でも失神してても苦しんだらしくて、気付いたときには今のあなたのように、体中の至る所から手と足が生え、それに目と鼻と口が付いて、もう人間とは呼べない状態になっていたわ。判る？」
「えっ…？」
　ナミが落ち着いたのを確認して、ニコ・ロビンは彼女に生やしていた手を引っ込めた。

「もちろん、落ち着いてから自分に何が起こったのかを理解して、その能力を上手く使えるようにしたけど…ね。でも、今でもあの時の事を夢に見てうなされる事があるの…」
　ニコ・ロビンは水平線の方へ目をやり、寂しそうな表情で呟いた。その事に対してナミは、場の雰囲気を変えるような感じで言った。

「で…でも、その実の能力で生き延びてきたんでしょう？ほら、物事は考えようで良い方にも悪い方にも取ることが出来るし…ねっ！」
「確かに…この実の能力のお陰で、私は幸か不幸か生き延びることが出来たわ。でもね、私も最初の頃から暗殺の仕事をしてた訳じゃないのよ。私が表に出て来られなくなる事があったから…」
「『表に出て来られなくなった』…って、ひょっとしてあの海軍の船を沈めたっていう話の事…？」
　ニコ・ロビンはその言葉に、何も言わずにコクリと頷き、その時の話をナミに語るのだった。

　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊
（回想）
　悪魔の実を食べたからと言って、私の中で何が変わる訳でもなかった。ただ、満足に働く事も出来ない歳であるから、生きる為にほんの少しだけ能力を使う事にし、あとはもっぱら『リオ・ポーネグリフ』に関する情報を収集する事をメインにして生きていた。

　…そう、あの時までは…。

　ある日の夜、とある波止場の近くにある納屋で寝ていた所、その扉が大きな音と共に開き、数人の男が入ってくるのが気配で判った。もちろん、その納屋は私が勝手に潜り込んでた訳であるから、二・三回蹴りを食って追い出されるのだろうと思っていたのだが…その時は多少勝手が違っていた。

　服装から判断するに、海軍の兵士数人と、その国の保安官達だった。そしてその中の一人…たぶん海軍の下士官クラスだと思うのだが…が、私を覗き込み、保安官の一人に訪ねた。

「こいつで間違いないか？」
「はい、酒場にいる仲間からのたれ込み情報と一致します。間違いなくこの子です」
「判った…あとは本人に聞いてみよう」
　そう言うと、その下士官は私の顎を手ですくい、問いただしてきた。

「ニコ…ロビンだな？」
「…そうだけど…何か…？」
「お前を『第二級危険因子』として逮捕、監禁する」
　その直後、顎を一発殴られ、何が何だか判らないまま目隠しをされ、手足を縛られて連行されてしまった。もちろん、私の能力を使えばその場を乗り切る事自体は問題無いのだが、この事態が一体どういう事なのかを知りたかったので、そのまま成り行きに身を任せてしまった。

　今思えば、それが間違いの元だった…。

　目隠しをされての連行だったのでその時は判らなかったが、船の囚人専用の特殊部屋に私は収容された。そこで私は脱走を防ぐ為という理由で全裸にされ、再度目隠しをさせられた後に、両手を後ろに回されて手錠をはめられ、両足には足枷に繋がれた鉄球を付けられ、首輪まで装着させられた。また、手綱を私の首輪に繋ぎ、更にそれを部屋のある部分に繋いで、私の移動範囲を制限した。

　そういう準備が終わると、それを行った海軍の兵士達は『命令でやってるから…悪く思うなよ』という言葉を残すと、私を床に転がしたまま去っていった。屈辱…今思い出すとそれ以外の言葉が思い浮かばないのであるが、当時の私は『何故こんな事をされるの？何？これ…』という疑問で頭がパニックになっていた。

　その後、そこで何があったのかは…話したくないが、耐え難い屈辱と永遠に消える事がない記憶を刻み込まれた事だけは確かだった。ただ、私は私に屈辱を与えた二人の兵士達を恨むという気持ちは全く無く、むしろ逆に私の方が彼らの方を「命令なんでしょ。私の事は気にしないで」と慰める始末だった。何故なら、彼らは、皆命令に逆らう事が出来ずに泣きながら行為に及んでいただけなのだから…。

　逮捕されてからどの位経っただろうか。私が垂れ流した小便が、私が動く度に『ピチャ』っと音がした。たぶん部屋の隅に簡易トイレはあるのだろうが、拘束されて目隠しをしてる上に、度重なる屈辱行動によって、疲労しきっており、もう動きたくなかったのだ。

　そうしていると、兵士の一人がやってきた音がした。

「ニコ・ロビン…食事の時間だ」
　その男は、私の目の前に容器を置いた。匂いから察するに、スープらしかった。

「…私は、このまま食べればいいの？それとも食べさせてくれるの？」
「食べさせる事は出来ない。これも罪人に自分が犯した罪の重さを悔い改めさせる為の手段だからな」
「手段？」
「そうだ。こんな屈辱を味わう位なら、二度と犯罪を犯すまいという事らしい。効果の程は判らないが、決まり事なものでね…例え子供でも同様に扱うという決まりだし…これはこの船の責任者であるヒュルツ少佐が決めた事だ」
「そう…それなら仕方がないわね…」
　私はそういうと、拘束されて不自由な体を動かし、犬のように舌だけでスープを頂いた。その途中に、兵士多少のに質問をしてみた。

「聞いてもいい？」
「何だ？」
「私は一体どんな罪で捕まったの？」
「君、自分がしてた事がどんな罪なのか知らなかったのか？」
「うん」
「…君が犯した罪は『第二級危険因子』という罪で、更に詳しく言えば君が『リオ・ポーネグリフ』を探して解明するという事自体が罪なのだと、ヒュルツ少佐は我々に対して語っていた。何故その行為が罪なのかは、私も判らないけどね」
「そう…なの…」
「ああ、で、今度は俺が君に尋ねたいのだが、君が探してる『リオ・ポーネグリフ』って、何なんだ？』
　私はその兵士に、私が知ってる事を話した。彼はしばらく沈黙していたが、やがて重々しく口を開いた。

「ふ〜ん…。何となく判ったぞ…」
「判ったって…何が？」
「その『リオ・ポーネグリフ』とやらには、この世界の『真の歴史』が書かれてあるんだろう？たぶん、世界政府にとっては都合の悪い事が書かれてあるからこそ…危険因子扱いで取り締まるのではないかと思うんだが…」
「都合の悪い事が書かれている？」
「ああ、詳しい事は判らないけど、この世界の存在そのものが根底から揺るがされるような何かが…」
「私は、それを使って何かをしようとは思ってないわ。真実を知って皆に知らせる事がそんなに罪なの？」
「…」
　その兵士はそれ以上言葉を発せずに黙ってるだけとなり、私はといえば再び皿の中のスープを舌で舐め、かなりの時間を掛けながらそれを平らげた。

　食事を運んできた兵士は、その間ずっと付き添っていたのだが、皿を下げて帰ろうとした時、私の耳元でそっと囁いた。
「君…脱走する気はないか？」
「脱走…？」
　私の能力を持ってすれば、この能力を封鎖される牢さえ出れば、何とかなると思っていたので、彼の言葉は意外だった。

「ああ、ヒュルツ少佐は最初から君を生きたまま海軍本部へ連行する気なんか全く無いんだ。屈辱を与えて弄んだ後に、少佐自らが相手をして最後には…。何故なら『三級危険因子』以上は状況によっては死体での連行も可になってるから、輸送中に暴れて仕方なく…と言う事でもおとがめ無しなんだよ」
「…酷い話ね」
「ああ、酷い話さ。だが、本部も怪しいとは思っていても証拠が無い以上は処分する事は出来ないし、相手が犯罪者だからと言う事もあって、お手上げの状態なんだ。もっとも俺達が告発すれば済む事なんだが…」
「自分の身が可愛いと言う事は、こんな時代に生きるからには必要だと思うわ」
「…君は子供なのに俺よりもしっかりしてるんだな…。俺は自分の中にある正義の為に海軍に入隊したんだ。だけど、今俺がやってる事は何だ。海賊以下の事だ…俺は、俺自身が許せないんだ」
「…」
「それに今回は同調してくれる仲間もいるし、こっちの準備が整い次第君を助けに来るよ。そして脱出した後、俺達は海軍本部に船で行われてる行為を告発しようと思ってるし、君は君で自由にすればいい。それまでもう少しの間だけ辛抱してくれ」
「判ったわ…。あなたの名前は？」
「ロキ…君は？」
「ニコ・ロビン」
「ニコ・ロビンか…いい名だね。じゃ、また後で…」
　そう言いながら彼は、牢獄から出て行った。そして私は少しでも体力を回復しておこうと、浅いながらも眠りに就いた。

　しかし、私達の行動が後にあんな惨劇を生む事になるとは、その時の私には想像すら出来なかった。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊

　ニコ・ロビンがそこまで話した時、ナミがまた大粒の涙を浮かべて彼女の両肩を自分の両手で押さえて言い放った。

「私も結構辛い人生歩んできたと思うけど、いつも仲間がいたし…私を育ててくれたベルメールさんがいた…。だから苦しくてもやってこれたけど…あなたは…・あなたの場合は…救いが全くない人生じゃないの！あ〜ん！」
　人目もはばからずに泣きじゃくるナミを、ニコ・ロビンは自分の胸に抱き締めながら優しく介抱した。

「同情してくれて…嬉しいわ。…ナミ。確かに私は端から見ると辛い人生を歩んでるのかも知れない。でも私には『リオ…ポーネグリフ』を探すという夢があるし、その途中にどんな事があっても苦しくなんか無いわ」
　ナミは何か答えようとしたのだが、しゃくり声が出るだけで満足に話す事が出来なかった。それを見て、ニコ・ロビンは優しく話を続けた。
「暗くなってきた事だし、この続きはまたいつか聞かせてあげるわ」
　そう言うと、彼女はナミを抱きかかえた。

「えっ？ちょっと、何…？」
「何って…今晩は寝かさないって言ったはずよ。約束は守ってもわうわ」
　ナミを抱きかかたまま、船室へ向かうニコ・ロビンであったが、その顔はどこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。自分の生い立ちを真剣に聞いてくれた事が嬉しかったのか、それとも…。

　一方、ナミは顔面を蒼白にさせながら、必死に抵抗していた。
「お願い！それだけは！まだ心の準備が…！」
「ここの船長と同じで、ホント往生際が悪いわね…ふふふっ」
　ニコ・ロビンは能力を使って手を無数の生やし、ナミの手と足を動けないように固定した。

「さぁ、観念なさい！」
「ううっ！うぐうううっ！！」
「ふふっ、可愛い娘ね…」
　ニコ・ロビンは、そう言いながらナミを抱きかかえたまま嬉しそうに船室内へと消えていった。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

　実は…その光景を、遠くの物陰で初めから見てた者が一人…いた。薬の調合の最中に、潮風に当たって休憩しようとしてその場を目撃してしまったチョッパーである。

　彼の聴取力をもってすれば、二人の会話を盗み聞く位は問題無い筈なのであるが、甲板に出てきていきなり目に飛び込んできたのがキスシーンだったので、目玉が飛び出すくらいびっくりしてしまい、自分の心臓の鼓動以外は興奮しまくって全く聞こえていなかったのである。

「た…大変だ…」
　チョッパーは二人が船室に入っていくのを見届けた後、甲板にいる筈のルフィー達を探した。

「ルフィー！いるんだろ？ルフィー！ウソップ！ゾロ！どこにいるんだ？返事してくれよ！」
　空は完全に夕闇に変わっており、いくら星があるとはいえ見えにくい事は事実だった。チョッパーは、甲板のあちこちを探し回ったが彼等らしい人影は見付けられなかった。

「おかしいなぁ…いる筈なんだけど…あっ！！」
　何かにつまずいて転んでしまうチョッパー。

「痛っ…何だよ。こんな所に誰が物を置いて…って？ルフィー！」
　何とチョッパーがつまずいた『物』はルフィーで、彼は昼飯を食べてから今までず〜っとその場で昼寝？をしていたのである。そしてその脇には同じく昼寝？をしていたウソップの姿もあった。

「起きてよ！ねぇ！起きてよ！ルフィー！ナミが大変なんだ〜！」
　そう言いながら、なかなか目覚めないルフィーを平手打ちして起こそうとするチョッパー。すると、ルフィーの頭はゴムゴムの実の能力の為、平手打ちされる度に右に左にと大きく伸びまくった。

「へぇ、面白いや…って、楽しんでる場合じゃないっ！起きてよルフィー！」
　チョッパーが渾身の力を込めてルフィーの頬をを叩くと、今まで以上に頭が遠くまで伸びていき、その先で寝ていたゾロの頭とぶつかった。

　ゴ〜ン！

　鈍い音が辺り一面に響き渡った。

「いって〜！！何だ一体…？」
　ゾロがぶつかった頭の部分をさすりながら目を覚ますと、目の前には幸せそうな表情で寝ているルフィーの顔があった。

「おおっ！何じゃてめ〜！寝相が悪いのもいい加減にしろってんだ！」
　思いっきりルフィーの頭をけっ飛ばすゾロ。すると、今度ウソップの顔面にぶつかり、彼はルフィーの頭と共に船の端まで吹っ飛んでいった。

　チョッパーは、ゾロの存在に気付くと大急ぎで彼の元へすっ飛んで行った。

「ゾロ〜！大変なんだ〜！」
「おう、チョッパー。一体どうした？」
「それが…それが…」
　ナミとニコ・ロビンの行為を一体どう説明していいものかどうか戸惑うチョッパー。そうしていると、そこにフライパンを持ったサンジが厨房の方からやってきた。

「おい、お前らはいつまで寝てる気だ？飯の準備が出来たからさっさと食いやがれよ」
　そこに、先程吹っ飛ばされたウソップが、手にルフィーの頭を持ちながら戻ってきた。

「ったく、あやうく海に落ちる所だったぜ。…おう、みんなそんな所で何してんだ？」
「あ〜よく寝た。どうしたみんな…飯か？」
　やっと目を覚ましたルフィーも話に加わった。

「みんな聞いてくれ…実は…」
　チョッパーは、意を決して彼が見た光景を皆に話すと、ルフィーを除いた残りの三人は目玉が飛び出さんばかりに驚きの声をあげた。

『なに〜っ！！ロビンとナミがキスして抱き合ったまま部屋に入っていっただと〜？』
　ウソップは驚きの余り口をあんぐりと開けて白目を向き、サンジは鼻血を吹き出しながら後ろにぶっ倒れてしまった。

「キスって何だ？食えるのか？」
　相変わらず食い物とお宝の事しか頭にないルフィーだったが、ゾロは彼を横目に見つつこう言った。

「食えはしねぇけど、いいじゃねぇかよ。誰が誰を好きになったってさぁ。とりあえず俺は飯にするぜ」
　その行為に、ウソップは驚いた表情で言い放った。

「ゾロ！お前は二人がそういう関係になって勿体ない…いや違う、これからの航海に支障をきたすと思わないんか？あ〜っ？」
「んな事言ったって、好き合ってんなら仕方ねぇじゃねぇか。それに、俺は別に興味ねぇけど、お前らにとっちゃ、娯楽が一つ増えていいんじゃねぇの？気になるんなら覗いて見りゃいいじゃんか。もっとも命の保証はしねぇがな…はははっ！」
　そう言いながら、ゾロは腹ぺこで動けないルフィーを小脇に抱えると、食堂へと向かって行った。残された三人…チョッパーとサンジとウソップは、しばらく呆然と見つめ合っていたが、やがてウソップがポツリと呟いた。

「…あの『金が全て』のナミが、ニコ・ロビンと出来ていたなんてなぁ…」
　その発言に、チョッパーが不思議そうに聞いてきた。

「その『出来ていた』ってのは…何だ？俺、二人の光景を見てたらドキドキしたよ」
　チョッパーの素朴な問いに、サンジは、タバコをくゆらせながら優しく答えた。

「それはなぁ、チョッパー…人…生き物としての自然な反応だ。そして人は気の合った男と女が付き合い、ベッドを共にし、子孫を作ってと言う事を続けていく生き物なんだ。まぁ…本能と言ってもいいかな」
「本能？でも、ナミとロビンは女同士だよ」
「まぁ、子孫を残すってのは結果的に…と言う事であって、世の中色んなヤツがいるからなぁ…。しかしナミさんとロビンちゃんがそんな関係だなんて…知らなかった…。二人とも、この俺という者が同じ船に乗ってるってのに、何でそんな不毛な行為に…それを防げなかった自分が恨めしい…ああっ！」
「アホが、一生やっとれ！」
　ウソップの目は、呆れを通り越して、とても哀れんだ目になっていた。

「『そんな関係』って…何だ？」
　チョッパーの素朴な質問に、ウソップは彼の耳元で詳しく教えてあげるのだった。そうするとチョッパーの顔が見る見る赤くなった。

「そっ！そんな事するのか！？裸で抱き合ったり！入れたり！」
『バカ！声が大きい！』
　慌ててチョッパーの口を押さえるウソップとサンジ。

「んごご…」
「まぁ、彼女たちも人並みに性欲があったって事だ。嬉しいやら、女同士と言う事で俺としては悲しいやら…だな」
　サンジのその言葉にチョッパーはふと思い出した事があった。いつだったか忘れたが、新薬の開発に成功したという事でドクトリーヌに報告しに行ったとき、彼女が病室で患者と共に裸でいた事があった。

　その時は特に気にも止めなかったのだが、そういう事が後に何回もあったので、今思うとそういう行為に及んでたのかもしれないとチョッパーは思った。

「そういや、ドクトリーヌもそれ…やってたかも」
　チョッパーの言葉に、ウソップが萎えたように言い返した。

「いや、あの婆さんの事はどうでもいい。問題はナミとロビンだ」
　三人の間に沈黙の時間が流れ、やがてサンジがポツリと呟いた。

「覗くか？」
「覗くってお前…見付かったら半殺しなんてもんじゃないぞ」
　ウソップが目を細めながら言った。

「たぶん…全殺し…だろうな」
　サンジが二本目のタバコに火を付けながら答えた。

「ぜ…全殺し…」
　脅えるチョッパーの方を、サンジはポンと叩き、こう言い放った。

「俺達は男だ。欲望には忠実に動くべきだと思うし、見付かっちまったら潔く逃げるべきじゃないのか。なぁ、みんな？」
「お前、カッコ良いこと言ってると思ってる様だけど、全〜然説得力無いぞ」
　ウソップが間髪入れずに突っ込みを入れた。

「覗かねぇってんなら、別に構わないぜ。こんな時の為に覗き穴まで作ってたというのによ…」
「お前、料理しながら何やってんだよ！！」
　ウソップが呆れたように言った。その後、三人は極力気配を殺しながら、ナミとニコ・ロビンがいる部屋の隣にある物置へと向かうのだった。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊

　物置に入った三人は、まず隣の部屋との壁に耳を当ててみたが、声を押し殺してプレイしているのか、物音一つ聞こえてこなかった。

　拍子抜けした三人は、今度は…息を殺しながら覗く順番をジャンケンで決めていたが、突然隣の部屋から、ナミの弱々しい声が聞こえてきた。

「もう…もうダメ。お願い…許して…」
「何言ってるの。まだまだ頑張れるでしょ？お楽しみはこれからよ。ふふふっ！それに、降参して困るのはあなたの方じゃなくて？」
「それは…ううっ…」
　屈辱に耐えているナミの声に三人の股間は固くなり、順番そっちのけで覗き穴を奪い合った。すると、『バリバリバリッ！』という音と共に壁が壊れ、三人はナミ達のいる部屋に転がり込んでしまった。

　その場に一瞬の気まずい空気が流れた。

「ちょっとあんた達…そんな所で何してるのよ！」
　ナミが驚いた様に言い放った。

「何ってそりゃ…あれっ、ナミさん。何で服着てるんですか？」
　期待していた姿では無い事に対して、サンジが驚いたように言った。

「何って、ロビンとチェスをするのに裸でやれっていうの？」
　ナミの言葉に、サンジとチョッパーとウソップはテーブルの方を見た。すると、その上にはやりかけのチェス盤があり、その脇でニコ・ロビンが楽しそうに手を振っている。

「なんだ、チェスだったのですか。俺はてっきり…」
「てっきり…何なの？」
　ナミの言葉に、サンジはふと目線をそらした。しかし、チョッパーがうっかり話してしまう。

「二人は『出来ている』って、裸で抱き合ってるって…」
「バカッ！言うなっ！」
　ウソップが慌てて口を塞いだが、時既に遅かった。

「はは〜ん。大体判ったわ…。あんた達、私達の事を誤解したのね。そんでその物置に潜んで覗こうとした。…ったく、こっちは負けまくってて、ひっじょ〜に機嫌悪いというのに…この代償は高いわよ…」
　ナミは、クリマタクトまで持ち出して、今にも襲いかかってきそうな雰囲気をかもし出していた。

「やべぇ、このままじゃやられる。いいか、一気にドアまで走ってこの部屋から逃げ出すぞ」
　小声で話すサンジの言葉に、チョッパーとウソップは静かに頷いた。

「ちょっとそこっ！覚悟は出来た？」
　ナミのその言葉が言い終わるか終わらないかの内に、三人は一気にドアがある方へ掛けて行った。

　呆気に取られるナミを後目に、三人は脱出成功…と思ったのだが…ニコ・ロビンの『ハナハナの実』の能力によって、床から生えた手でそれぞれの足を捕まれてしまったのだ。まるで罠に引っかかったかのように、派手にぶっ倒れる三人。

「ナイス！ロビン！」
「どういたしまして…ナミ」
　そう言い合いながらナミとニコ・ロビンが喜びのハイタッチを交わした。

「さて…と。邪な考えを起こして、その上ここから逃げだそうとした分…スペシャルコースでいくからねぇ…。ロビン、手伝ってくれる？」
「いいわよ。こう言う事は得意なの…私。バロックワークスでの事を思い出すわ」
　ニコニコ笑いながら、三人の元へ近付いて来るニコ・ロビンの姿に、三人はとてつもない恐怖感に襲われた。

「や…やっぱ、俺、こいつを仲間に入れるの…反対だったんだ…ひぇ〜！」
　断末魔のような三人の悲鳴が、闇の夜空に響き渡った。

　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　＊

　その頃、食堂ではみんなの分まで食べているルフィーと、自分の分だけは必死に防御しながら食べているゾロの姿があった。

「そういや、みんな遅いな…。食いたく無いんなら全部食っちまうぞ！」
「何言ってんだ。お前、あらかた食っちまってるじゃないか！おいっ！おれの食い物に近寄るんじゃねぇ！斬るぞ！」
　そう言いながら、二人は何とかテーブルの上の料理を全て平らげた。

「そういや…食ってる最中に悲鳴…聞こえなかったか？」
　ゾロが楊子を使いながら言った。

「そんなの聞こえたか？俺は食うのに忙しくて聞こえんかったし、食ってる最中も皿の音以外は鳴ってなかったと思うけどな…」
「お前がガチャガチャ音を立てて食うから、回りの音が聞こえねーんだよ？」
「そうか？俺は気にならないぞ」
「まぁいい。お前と話してても無駄だからな…いくぞ」
「おうっ」
　二人は、再び甲板で夜空を見ながら過ごそうと、食堂を後にした。すると、ドアの外には顔面を大きく腫らしてパンツ一枚で両手に水入りのバケツを持って立たされてるサンジとチョッパーとウソップの姿があった。

　その光景に驚いて話しかけるゾロ。
「お前達一体何やらかしたんだ？まさかホントに覗いちまったのか？」
「何やらかしたんだ？」
　ルフィーも不思議そうに訪ねた。その言葉に、うつろな目で応えるウソップ。

「……答えたくない」
「右に同じっ！」
「右に…同じ」
　続けて答えるサンジとチョッパー。

「まぁ…いいけどよ。あんまり無茶だけはすんなよ」
　そう言いながら満腹で動けないルフィーを抱えてその場を去ろうとした時、ナミとニコ・ロビンの姿がある事に気付いた。

「あれは、覗きの罰か？」
　ゾロはナミに問いかけた。

「まぁ…ね。でも、あんた達は加わらなかったみたいね。賢いわ〜」
「ば〜か。お前らの裸なんか頼まれたって見やしね〜よ」
　ゾロはそう言い放ち、その場を立ち去ろうとした。

「本っ当に可愛くないんだから…。ロビン、食事にしましょ！」
　ナミはそう言うと、ロビンと共に食堂へと入っていった。その言葉を聞いて、ゾロの顔が見る見る青ざめていった。

「やべっ！」
「どうした？ゾロ」
「どうしたもこうしたも、お前が全部…」
　そう言った直後、食堂からナミのかん高い声が響き渡ってきた。

「無いっ！！食べ物が全然無いわ！全部食い尽くされてる！…ルフィー！ゾロ！一体どういう事？！」
　その言葉を聞くや否や、ゾロはルフィーを抱えたまま、一目散に逃げ出すのであった。

　今日も海は穏やかで、何もなく平穏無事に過ごせた…これはそんな日のお話…。

おわり