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May I call you ...

「あのなぁ。だから……」
「イ〜だ。タカヤシキなんて大っ嫌いだぁー」
 高屋敷のもとから一目散に走り去るつぶら。
「お、おいぃ」
 いつものように(笑)ケンカする、つぶらと高屋敷。

「いつもいつもこうだ。もうちょっとアイツとの仲を良くしてみたいんだが……」
 額に手をやり悩みにふける好青年、高屋敷昴。
「――――ほぉ。関係改善を図りたいんだね、高屋敷君」
 その光景を植え込みの陰から見ていた紅咲先生、登場。
「うわぁ! 何やってるんですか、そんなところで」
「それよりも、あの娘との間をもう少し詰めてみたいんでしょ? だったら、1ついい手を教えてあげるワ」
「『いい手』ですか?」
「それはね……」(ゴニョゴニョ)
 紅咲先生、何やら高屋敷に耳打ちをする。

「ええっ!! だって、別に結婚したわけでもないのにそんな事して良いんですか!?」
「ま、やってみる価値はあるとは思うけど。どう?」
「ちょっと、いくらなんでも……」
 提案にややしり込みする高屋敷。
「あ、そう――――そういえば、1つ貸しがあったねぇ」 [※『貸し』については本編の『カウント・ゼロ』(コミックス第9巻)を参照の事]
 思わせぶりな笑顔に、ギクギクッと反応する高屋敷。
「いや、先生、それは……」
「じゃ、決定ね。ま、明日にでもやってみなさいな。ハハ」
「は、はいぃ」
 切り札を出されてしまい、渋々、同意するしかなかったようである。

   ■   ■   ■

 さわやかな日差しの中、東郷高校のいつもの朝の登校風景。
 校門では、はいぱあ警備隊が生徒達に対して朝の風紀検査を行っている。
「んー、これは指定外のカバンだな。マイナス1ポイント。次っ」
 むろん、陣頭指揮をとっているのは高屋敷昴である。

 そこへ登校してきた梨本つぶら。珍しく早起きできたので遅刻しないですんだようだ。
「おはよう、タカヤシキ」
 呼びかけに、やや躊躇するような間があったけれども高屋敷はにこやかに返事をする。
「おぉ、つぶら。今日は早いな。いつもは遅刻寸前なのに」
(ずざざざざっ)
 驚いて、瞬時に数歩あとずさりするつぶら。ちょっと、目がツリ上がっている。

「い、い、いま、何て言った?!」
「え? 『いつもは遅刻寸前なのに』?」
「その前!」
「『今日は早いな』?」
「もっと前!!」
「……。あぁ、『おぉ、つぶら』か?」

 梨本つぶら、爆発モード突入(笑)。
「そーよ。なんでアンタ、わたしのこと名前で呼ぶのよぉ!」
「お前の名前は『梨本つぶら』じゃないのか?」
 努めて冷静な受け答え。
「そーじゃなくって! 昨日まで『梨本』だったのに、なんで今日は『つぶら』って呼ぶかってことよぉ」
「呼んだらイカんのか?」
「うっ……」
(いけないワケ無いじゃない。嬉しいけど、何の前ぶれも無くいきなりじゃ恥ずかしいよ……)
 イイともダメだとも言えず、黙りこくってしまったつぶら。

「なら、『つぶら』って呼んでいいんだな?」
 悩める乙女にダメを押す無粋なヤツ(笑)。そういう風にあおられてしまうと、おのずと返事は一つ。
「ぜっっっっったいにイヤだッ!」
「お前の『イヤだ』は『ぜひ、どうぞ』っていう意味だからな」
 開き直る高屋敷。
 何と返事をしたらよいのか、無いアタマをひねって考えに考えて考えぬくつぶら。
「ん〜〜〜。じゃ、『つぶら』って呼んでくださいッ」
「うん、そうする」
「くぅーーーっ、この天の邪鬼!」
 子どものように、じたんだを踏んでくやしがる。
「あぁ、そうかも知れんな。長年つきあっているんで、おまえの天の邪鬼がオレに移ったようだ」
 クールに言い放つ高屋敷。ほんの少し、口元がゆるんでいるのは、隠し切れない照れなのか。

「だからつきあってないっていってるでしょ! バカ! 大っきらいだぁ〜」
 学校カバンで高屋敷を張り倒し、つぶらは負け犬のようにその場を逃げ出してしまった。
 高屋敷の勝ちである。
「んー。紅咲先生に言われた通りにはしてみたけど、いつもとあまり状況が変わっていない気が……」
 勝った本人は不満のようであるが。

 一方、校舎裏で一人くやし泣き(嬉し泣き?)するつぶら嬢。
「チクショぉ〜〜〜〜。いきなりあんな手使うなんてヒキョウじゃないかぁ。見てろよぉ」
 くやしさのあまり、何か企んでいるようだが……。

   ■   ■   ■

 その夜、高屋敷家。

 高屋敷が自分の部屋で読み物をしていると、執事が部屋のドアから顔をのぞかせる。
「昴さま。『梨本様』からお電話でございます」
「あぁ、ありがとう、徳田さん。いま、出るから」
 読みかけの本を伏せて電話口へと向かう。
(アイツから電話なんて、いままであったかなぁ。何の用だろ?)

 ピッ。
 保留になっていた電話の受話器を手にする。
「はい、高屋敷です」
「おぅ、しばらくだなぁ」
(ん? 男の声って……)
 てっきり相手がつぶらだと思っていたので、声の主がわからず首をかしげる。
「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」
「わからないのか。梨本始(なしもとはじめ)だ。つぶらの兄」
 それを聞いた途端、全身に緊張が走り、思わず直立不動になる。
「あ、ご無沙汰しています。いつも、妹さんには……」
「お前、うちのつぶらを名前で呼び捨てにしたそうだなっ!!」
「は、はいぃ〜」
 つぶら兄に怒鳴られて声が裏返る。
「いいか。今後、『つぶら』などと呼び捨てにする真似はぜっっったいにまかりならんからな!」
「いや、それはちょっと……」
「うるさいっ! 分かったなっ!」
 ガチャン―――ツーツーツー。
 いきなり電話を切られて、受話器が叩き付けられる大きな音に耳を押さえる。

「マイったなぁ……」
 溜息まじりにボヤくしかできなかった高屋敷であった。

   ■   ■   ■

 次の朝、登校途中のつぶら。

「おはよう、つぶら」
と、蒔子が後ろから駆け寄ってきた。
「あ、おはよう。蒔ちゃん。へへっ」
 会った途端に顔がニヤニヤしだす。
「何なに? 何かあったの?」
「いや、これから面白い物が見られるかと思うと、自然と笑っちゃうのよ。どーしても」
「面白いものって?」
「いーからいーから。すぐ校門の前でみられるから、期待してね」
 思わせぶりなつぶらの態度に、首をかしげながらもついていく。


 ほどなく校門に着くと、いつもの風紀検査が行われている。
 当然、高屋敷が陣頭指揮である。
「おはようっ、タカヤシキ」
 呼びかけに、昨日と同じくやや躊躇するような間があったけれども高屋敷は返事をする。
「あぁ、おはようございます、梨本*さん*」
 ニマニマするつぶらの脇で、目を丸く見開く蒔子。
「えっ、えっ? いったい……」
「きょうは、別に風紀違反してないから行っていいよね? タカヤシキ」
「――ん、行ってけっこうです、梨本さん」
 返事をする高屋敷の手は、なぜか強く握られ、小刻みに震えている。何かに耐えるかのように。
「じゃね。行こ、蒔ちゃん」
 つぶらは、口をアングリ開けたままの蒔子の手を引いて昇降口へと向かって歩き出した。

「へへっ、驚いた?」
「驚いたって――どうなってるの、いったい?」
 不思議そうな顔できく蒔子。と、何かひらめいたようで、
「あ、つぶら、高屋敷さんになにかいたずら仕掛けたでしょ? そうでなかったら、あんなふうにプルプル震えてないわ」
「昨日の朝ね、高屋敷がわたしのこと、いきなり『つぶら』って名前だけで呼んだの(デヘッ)」
「?」
 いきなり格好を崩して話し出すのを、いまひとつ理解できない蒔子。
「でねでね、悔しいから、昨日の夜に高屋敷ん家に電話して、始兄の声色で『妹を名前で呼び捨てにするな!』って脅かしてやったの。そしたら案の定、今朝はああいう呼び方になったってワケ」
と、カラカラと勝ち誇ったように笑う。

「でもね、つぶら。ホントは高屋敷さんに名前で呼ばれて、嬉しかったんじゃないの?」
「もちろん、うれしいけど。やっぱりそういう変化って、もっと大事なときに取っておきたいのよね」
「そういうときって、たとえば?」
「そりゃもう――――(ボワッ)」
 つぶらが思い描いた『もっと大事なとき』のシチュエーションが*森生さん限界*を超えてしまい、大袈裟に赤面する。
 それにつられて赤面する蒔子。
「ふう〜ん。つぶら、今どんな想像してたか当てて見せよっか?」
「い、いい。エンリョしとく」
 冷汗まじりに苦笑いしてゴマカす。

 きぃ〜ん こぉ〜ん かぁ〜ん こぉ〜ん。
 予鈴が鳴り出した。
「あ、マズい。出欠に遅れちゃう。急ご、蒔ちゃん」
「うん」
 慌てて駆け出す二人。
 彼女たちがいなくなったあと、植え込みの陰から頭を掻きながら出てきた紅咲先生。
「う〜ん。ちょっと考えが浅かったかな。やっぱりあのカップルは一筋縄では行かないねぇ」

 結局、この数日で変わった事といえば、つきあっていないカップルのケンカのネタが1つ増えただけのようである(笑)。

Fin
written by  さとう はじめ


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