誕生日に花束を
(おまけの小林クンイベント参加SS)
3月にしてはポカポカと暖かい日曜日。
誰でも思わず歌でも口ずさんでしまいそうなやわらかな小春日和のなか、歌ではなくて笑い声が聞こえてくる。
「うふふふっ……」
ここに一人の女の子が、かわいくラッピングされた大きな包みとストローバスケットを手に、道を急いでいた。
淡いピンクのルージュをひいた口元から笑みがこぼれるのも、足元の白いパンプスが軽く弾んだ靴音を奏でるのも、この陽気のせいだけではなさそう。
「小林クン、よろこんでくれるかなぁ」
小林吹雪は、最愛のマイハニー(笑)である小林大和に誕生日プレゼントを渡そうと、彼の家へ直接向かう途中なのである。
彼を驚かせようと、学校でつとめて大和の誕生日祝いが話題になることを避けたのも、残りの小林’sも含めて誰にも邪魔されたくなかったに他ならない。
クラス全員ににらみを利かせて報道管制をした(というよりか、みんな『委員長のためだもんね♪』とあっさり協力してくれたのだが)甲斐があった……のかも。
「ぐふふふぅっ」
これからの行動プランを頭の中に浮かべると、どうしても怪しい目つきになってしまう吹雪。
実はこっそりとプレゼントを渡した後で、あわよくば大和を誘拐して2人きりでデートに持ち込もうという邪な魂胆を持っていたりもするのだ(笑)。
◆ ◆ ◆
バスケットから取り出した[2年A組・緊急連絡網]と書かれたプリントを手に、地番を頼りつつ大和の家を探して歩いている。
春の家庭訪問の時もそうだったが、こういうオリエンテーリングみたいな住宅配置案内板とか道路標識とかを辿るのはけっこう得意なのだ。
(なんとなく、パズル解くみたいだしね)
一歩ずつ答に近づいていくのが判るとドキドキしてくるのところは似てるのかも。
「ええと、この角を曲がって……?!」
ここだろうと路地に入ろうとした、そのとき。
(?!?!)
ある家の玄関前に立っている大和の姿を目にした吹雪はあわてて引き戻し、壁のかげに隠れる。
普段なら「あっ、小林ク〜ンv」と駆け寄って抱きつく(笑)ところなのだが、ピピッといつもと違う空気を感じ取り、思わず逆の行動を取ってしまった。
彼女は、そおっと壁から半分顔を出して様子をうかがってみる。
紺のブレザーに白いワイシャツ、赤いストライブのネクタイ締めて、ピカピカの黒の革靴と、おもいきりよそ行きの格好の大和である。
「くぁわいいっ! 七五三のお宮参りみたい。千年飴袋を持たせたいなあ(爆)」
ショタの心に火をつける(笑)出で立ちに、妄想モエモエしてしまう。
でも。
「行ってきます――」
玄関にいると思われる家の人へかける声は、いつもの大和君らしくない。落ち着いたというか、やや硬い表情というか。
そのまま、彼は吹雪とは反対方向へ歩き出していった。
「お、お出かけなのかあ……(疲)」
さっきまでの『るんたらった♪』な目論見があっさり外れてしまい、がくっと肩を落とす。
が、ふとした疑問が湧いてきた。
「あんなかっこしてどこへ出かけるんだろ。しかも今日は誕生日なのに。っていうかいつもの小林クンらしく無かったし……」
さっきピピッと感じた違和感を、スーパー秀才の頭脳をフル回転させて分析する吹雪なのだが。
「――も、もしかしてデート?!」
こと大和がらみになると歯車が狂うらしい(笑)。
そう考えると心配になってしまい、吹雪は彼の後をつけていくことにした。
◆ ◆ ◆
大和は迷う素振りもなく、しっかりした歩調でどんどん歩いていく。
それでも吹雪にしてみれば追いついてしまうほどの速さなのだが、ちっちゃい大和の姿を見失うことだけ気をつけて追いかけていた。
(それにしても、他人を尾行するなんて)
いきがかり上とはいえ、自分がしていることにちょっと後ろめたさを感じてはいる。
(で、でもサド男もやってることだし、何しろ小林クンが危ない目に遭わないように気をつけてあげないと)
千尋の立場になったみたいな自分を苦笑しつつも、何とか理由をつけて正しいことをしているんだと思い込むように努める。
大和の追跡を始めてから5分ほどで、商店街にさしかかってきた。
その商店街の中ほどで大和は不意に立ち止まり、躊躇なくある店に入っていった。
(えっ、フローリストって――花屋さん?)
どういうことなのか様子を知りたいのだがさすがに店内に入るわけにも行かずに、吹雪は表でじりじりしながら待つしかない。
しばらくすると、彼はカスミソウと薔薇をあしらった小さなブーケを手に店から出てきた。
「なにい、花束っ?! わたしですら(?)マドレーヌと甘栗しか貰ったことないのにい〜ッ」
吹雪は右手をぷるぷると握り締め、まだ見ぬデート相手にジェラシーを感じて大いに悔しがる。
あまりの悔しがり振りに我を忘れてしまい、店から出て行った大和を見失うところであった。
◆ ◆ ◆
二人は花屋のあった商店街を通り抜けて、国道バイパスまでやってきた。
(この先の遊園地まで歩いていくのかなぁ? まだ、けっこう距離があるのに)
車の往来が激しい交差点で信号待ちをする大和の背をぼんやりと見ながら、つぶやく吹雪。
《〜〜とぉ〜りゃんせ〜とおりゃんせ〜♪〜〜》
そうこうしているうちに、支柱のスピーカーから歩行者信号用のメロディーが流れだしてきた。
(あ、信号渡らなくちゃ)
でも、大和は歩行者信号が青になっても横断歩道を渡る気配がない。
不思議に思ってると、彼は信号の支柱にそっと手にしていたブーケを手向けた。
「パパ、ママ、お姉ちゃん……」
(バサッ)
吹雪はその言葉にハッとして、思わず手の包みを落としてしまう。
その音に振り返って、思わぬ人の姿に驚く大和。
「吹雪ちゃん――どうしてここに?」
「き、きょう、小林クンの誕生日だった、から。その、あのっ」
自分のしていた事の恥ずかしさと、思いがけない事実を知ってしまった狼狽から、ちっとも説明になってない理由しか口にできない。
「うん。確かに今日はボクの誕生日なんだよね……」
そう応えると、彼は青い空を仰いで寂しげに遠い目をした――何かを思い出すように。
『遊園地に連れてってぇくれるってぇ、約束してたじゃないかぁっ』
『しょうがないでしょ? また、今度ねっ』
『いやだぁやだぁっ! みんなキライだあっっ!』
『うーん、困ったなぁ……』
『バカ大和っ! またパパを困らせて』
『しょうがない。大和、遊園地へ連れてってやろう』
『えっ?! ホントぉ?』
『パパ、大丈夫? お仕事に行かなくても』
『あぁ、悪いけど鈴木くんに代わりに行ってもらうように頼んでみるよ。これ以上、大和にキラわれたくないからな』
『わ〜〜〜〜〜〜いっ!! パパぁ、ありがとおぉ』
『まったくもう。パパったら、ホントに大和に甘いんだからぁ』
みんなで素敵な誕生日をすごせる、はず、だった、のに……。
5歳の誕生日。
大和のわがままを聞いて家族全員ででかけることにしたがために自動車事故に遭ってしまい、彼は家族と永遠の別れを告げることになったのだ。
「もしあのとき、ボクがわがまま言わなかったら、あんな事故に遭わなかったんだよ」
手向けられたブーケに目をやり、微かにつぶやく。
「誕生日なんて来なければよかったんだ。そしたら今でも家族(みんな)と一緒に暮らせていたのに」
「で、でもっ!」
顔を高潮させて、何か自分をしっかりさせようとぐっと両手に力を入れる吹雪。
「誕生日が来なかったら、小林クン、生まれて来なかったんだよっ?」
考えもしなかった言葉に、大和は目を見張る。
「そんなの……ワタシはいやだよ。小林クンに会えなかったかもなんて考えたくないッ!」
想いが堰を切るように、吹雪はしっかと彼を抱きしめる。
「誕生日って自分が生まれてきたのを感謝する日なんだよ。少なくとも、わたしは小林クンに逢えてよかった――小林クンに逢わせてくれてありがとうとって神様に言いたいの。だからそんなに自分を責めないで」
その言葉に、氷が溶けていくように大和の表情が和らいでいく。
「ありがとう、吹雪チャン。ボクも吹雪ちゃんに逢えたこと、神様に感謝したいな」
自分を包んでくれる、やさしい暖かな心がここにある。
自分を掛け替えの無い存在であると認めてくれる人が、ここに居る。
そのことがとてもとても貴重なことに感じられる、柔らかな風が吹く春の午後であった。
あとがき
御読み頂きましてありがとうございました。
大和クンをメインに据えたSSがあまりないので、大和派の奮起を促す目的で書いております。<健吾派/千尋派の方々、すいません。
大和クンが『欲しがらない』というポイントはこんなところにあるのではないかなぁと思いつつ、綴ってきました。ぜひ乗り越えて一歩踏み出して欲しいところです。
脱稿寸前になって、本誌今号某作品とネタが被っていることが判明しましたが、路線修正できるほどの能力がありませんので、恥じつつもそのまま提出させていただきます(涙)。
なお、このSSの隠れ目的として、
「もう誕生日が嬉しいという歳ではない〜」
などと(自分も含めて)言わせないためというのもあったりします(爆)。
最後に。やっぱり小林クンSSは書くのが難しいです(大汗)。