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聖・はいぱあ・ばれんたいん

 冬の弱い日差しが窓から差し込む、ここは私立東郷高校・生徒会室。
 机の上にうずたかく積まれた書類をようやくこなすと、黒峰会長は少しだけ息をついた。
 そこへ頃合いを見計らったかのように、菊切がアールグレイの注がれたティーセットを運んでくる。
「お疲れ様でした、会長」
「ん」
 目を閉じ、豊かな香りを楽しみながらゆっくりと一口運ぶと、体が温まるのを感じる。
 生徒会室のあるマイヤー館は煉瓦造りの古風な建物ゆえに、空調というものが満足に効かない。なので、ことのほかホットティーの暖かみを感じるのであろう。

 余韻に浸りつつ、ゆっくり目を開けるとそこには――――
「るりらららららら〜〜」
 にこやかにくるくると踊り回る、寒椿の姿が(笑)。これではティータイムの雰囲気も台無しである。
「(怒)なんだ、あれは。ただでさえ寒い部屋なのに、私の悪寒を増やすつもりなのか?」
「違います、違います。あれです」
 とばっちりを受けると思い、慌てて両手を左右に振ると、菊切は壁にかけてあるカレンダーを指差す。
 そこには、14日の所に赤いサインペンで幼稚園児がお絵書きしたような花丸が書き込まれていた。
「(苦笑)もう、明日は聖バレンタインデーなのだな」
「えぇ。『会長にプレゼント差し上げられる』って、寒椿、2〜3日前から足が地についていない状態で」
「また、黒い封筒に映画の招待券というのは御免だぞ」
「いや、それは(笑)」
 彼のプレゼントが黒峰の予想とさほど違っていない事にギョっとし、愛想笑いでごまかす菊切。
 そのネタを悟られないように、話題を逸らそうとする。
「でも、今年はかなりの数の男子生徒も浮き足立っているようです。なにせ、共学になってから初めてのバレンタインデーですので」
 ピクッ。
 黒峰のこめかみが僅かに反応する。
「そうか……不愉快だな」
「は?」
 呟いた一言が何を意味するのかが理解できなかった菊切は小首を傾げる。が、それとはお構い無しに黒峰はスックと立ち上がると、部屋の脇に待機していた梅原田に指示を出す。
「梅原田――高屋敷を呼べ。今すぐにだ」
「は、はい。会長」
 その並々ならぬ緊張感を感じ取ったのか、彼は急いで生徒会長室から駆け出していった。

 数分後。
「お呼びでしょうか、会長」
 呼び出された風紀委員長の高屋敷は、やや緊張した面持ちで黒峰の表情をうかがう。このような呼び出され方の時は、大抵は良い用事でないからである。
 会長の椅子に座り両手を机の上で組みながら、黒峰はこう切り出した。
「明日、登校時風紀検査を実施しろ。風紀委員は明朝7時に委員会室へ集合するように」
「し、しかし、風紀検査はつい先週も行いましたが」
 めったな事で黒峰に口答えしない高屋敷が、こう受け答えするのも無理はない。
 風紀検査の実施計画立案は高屋敷に任されており、会長には事前承諾を得るだけというのが慣例だった。
 このように会長から指示を受けるというのは、高屋敷が風紀委員長になってから初めての事である。
 なおかつ、前回の風紀検査から日が経過していない上に、翌日実施という異例ずくめの内容に戸惑いを隠せなかった。
「いや、そんな事は関係ない! 私が指揮を取るから、必ず実施するように」
「えっ?! 会長自らですか?」
「うむ、そうだ。いいな」
 こう言われては、さすがの高屋敷も文句は言えない。また、深いお考えがあっての事だろうと思うのが関の山である。
「――はい、分かりました。すぐに風紀委員全員に周知徹底させます。では、失礼します」
 しっかと命令を受けると、足早に生徒会室から風紀委員会室へと向かったのである。

 ■ ■ ■ ■ ■



 翌朝。

 正門前に整列したはいぱあ警備隊を前に、黒峰が訓示を行う。
「よし、全員揃ったな。では、これから本校女子生徒を対象に所持品検査を実施する」
 対象が女子生徒のみという内容に、隊員一同ざわめくが構わず続ける。
「学業に不要な所持品を発見した場合には、直ちに没収して私のところまで提出すること。以上。では、散会」
 訓示が終わると、隊員たちは持ち場である正門・裏門・西門の3ヶ所へ駆け出していく。
 黒峰とそのお取り巻きたちは、高屋敷率いる本隊の働きぶりを見物すべく正門前に陣取った。

 一方、登校途中のこちら、梨本つぶらは眠い目をこすりつつもすこぶる上機嫌である。
(やっとうまくいったもんね〜。このチョコレートケーキを高屋敷に渡せるなんて――うふぅ)
 徹夜で作ったバレンタインプレゼントが入ったカバンを手に、ナチュラルハイで、ただただニヤつくばかりである。

「あっ、タカヤシキ〜」
 つぶらが正門前に着くと、そこには高屋敷がお出迎えである。ただし、嬉しい出迎え方ではなかったが。
「おい、梨本。所持品検査だ。カバンの中身を見せてくれ」
「ええ〜っ?! 何もこんな日に風紀検査しなくてもいいじゃん」
 らぶらぶな展開になるかと思いきや、いきなりの問答無用な問いかけに、ぷうっと頬を膨らませて抗議する。
「今日は会長の指示なんだよ。さ、早く」
「ちぇっ、モー○ーの悪知恵なのぉ?。。。あれっ?」
 高屋敷の催促に、しぶしぶカバンを開けようとするが、自分の脇を男子生徒達がノーチェックで通り過ぎるのに気づく。
「ねぇねぇ。なんで他の人達は検査しないわけ?」
「女子生徒のみが風紀検査対象なんだ、今日は」
 その不合理な扱われ方にカチンときて、高屋敷にギャンギャンと噛付く。
「そんなぁッ?! そりゃ男女差別じゃないかぁ!」
「それも会長の指示なんだ。学業に不要な所持品は没収するっていう」
 女子のみ、黒峰の指示、今日の突然の検査、所持品没収。。。
(ははぁ、バレンダインプレゼントの没収がヤツの狙いなのね。まったく何てヤツなの!)
 腹立だしい相手は黒峰だが、それをそのまま信じて疑わない高屋敷にもムカツクものがある。
「さっきから、「会長」「会長」って、そんなにアイツの言うことが大事なわけ?」
 肯定も否定もしづらい問いにはさも聞こえない振りをして、高屋敷はそのまま職務を遂行しようとする。
「さ、見せてくれよ。何も問題無いだろ?」
「イ・ヤ・ダっ!!」
 彼の差し伸べる手を取り払うかのように、彼女は後ずさりする。
「な、梨本」
「もぉいいッ! ワタシ、荷物、家に置いてくる」
 そう言い残すと、彼女は今来た通学路を走り去っていく。
「おぃ、今から戻ると学校に間に合わないぞ。「荷物」っていったい何だよ?」
 高屋敷の問いかけに、ピタっと足を止め、くるりと彼の方へ振り返る。
 顔を真っ赤にし、涙を我慢していたのだが、とうとう堪えきれない。
「アンタのバレンタインプレゼントよっ!! ばかぁ、タカヤシキなんて大っきらいだぁ〜」
 十八番の爆発とともに脇目もふらずに駆け出して行った。

 つぶらは走りながら、ぐるぐると想いを巡らせていた。
    くやしいっ。どーして、こうなっちゃうんだろう?
    なんで、ちょっとは気ぃ効かしてくれないの、タカヤシキ。
    杓子定規にもホドがあるわっ!
    ――――でも、あの悪知恵を働かせるクロミネのほうがもっと許せないっ。
    いくら、男女がいちゃいちゃ(笑)するのが嫌いだからって、職権乱用であんな手を使うなんで卑怯だよッ。
    男男交際なら良いって訳?
 ピタッ。
 急に歩を止めるつぶら。
 …………。
 しばしその場で考え込むも、
「ムフフフフ――――アイツに一泡吹かせてやるわッ!」
何を思い付いたか、キレた薄笑いを浮かべ、再度、正門へと歩きだした。

 さて、こちら、事の重大さに今頃気付いた高屋敷は正門前でボーゼンとしていた。
「――そうか。バレンタインデーだったのか、今日は」
 破局騒動の一部始終を見物していた黒峰は、高屋敷に近づくと、
「摘発ご苦労であった。成果が上がってワタシも嬉しいよ」
と労いの言葉をかける。
「会長は、こうなることをご存じだったのですか?!」
 悔しさも手伝ってか、強い調子で黒峰に詰め寄る高屋敷。だが。
「何だ? 学業に不要なものを学校に持ち込む事は、イケナイことでは無いのか、高屋敷?」
「ぐッ……」
 正論に弱い彼は、何も声を発する事ができなかった。
「じゃ、もうすこし頑張りたまえ。私達は、裏門の活動を見学するとしよう。ハッハッハ」
 高らかな笑い声とともに、黒峰とお取り巻きたちは、その場から離れていこうとした。

 と、事は一件落着しようとした、その時。
「おぃ! タカヤシキっ!!」
 一同が振り返ると、そこには両手を膝に突き、ぜーぜーはーはーと息を弾ませている一人の美少年が。
「は、はいぱあ仮面?!」
 彼の登校する姿など見た事の無かった高屋敷は、名前を呼ぶだけで、あとはただただ目を丸くしているばかり。
 そんな呼び掛けに呼応するかのように、彼はつかつかっと高屋敷の前に立ちはだかると、
「オレの気持ちだ、受け取れっ!!」
と手にした紙袋から小さな紙包み取り出すと、エイヤッとばかりに高屋敷の胸元に押し付ける。
 はいぱあ仮面の高屋敷への愛の告白(?)に、どよめく一同(笑)。

 はいぱあ仮面は、やおら高屋敷の左耳に口を近づけたかと思うと、こう囁いた。
「これは、オレのじゃなくて、梨本の気持ちだからなッ。大事にしてやれよ」
「あぁ、わかった。オレも後で梨本に謝るけど、お前からもアイツに謝っておいてくれよな」
 高屋敷がそれまでの緊張した面持ちから、柔らかなやさしい笑顔を見せる。
 この行為に、またもどよめき腰が砕けそうになる黒峰ご一行。
 どうやら、見る角度の関係上、高屋敷がはいぱあ仮面に頬へキスされて、えへらえへらと笑みを浮かべているように見えたらしい(後日談)。

「お、おい、貴様ッ!」
 黒峰はどうにも我慢できずに、はいぱあ仮面に怒りの矛先を向ける。
「よぉ、黒峰。職権で、か弱い女子高生の乙女心を踏みにじるような奴は、高屋敷は大ッキライだってさ。ははは」
「ぐぅ〜っ。高屋敷、そのプレゼントを没収しろっ!」
「おいおい、検査対象は女子生徒のみだったろ? 今から男子も検査対象にするって言うなら、まずはそこのお取り巻きの胸ポケット辺りからやってもらおうか」
 ぎくぎくぎくぅ。
 左胸を押さえて妙に脅えてしまった寒椿は、どうしようもなくなって黒峰の腰にすがりつく。
「会長〜。勘弁してくださいぃ(涙)」
「おい、まさかお前……」
「ば、バカッ。何やってるんだよっ」
 取り乱す寒椿を一喝する梅原田。
「あ〜。ボクはストレートだから関係無いんだけどなぁ(泣)」
 その騒動を脇で見て、一人ボヤく菊切。
 結局、男の直感(?)で隙を突かれた生徒会側は、はいぱあ仮面に何も手出しができずじまいとなる。

「へへっ。じゃな、タカヤシキ」
「――お、おぃ」
 高屋敷は、その場から去ろうとするはいぱあ仮面の二の腕をはっしと掴む。
「な、何だ?」
 すっとポケットからハンカチを出すと、はいぱあ仮面の目元をぬぐい出す。
「ほら、泣いた跡がある。みっともないぞ」
 彼の優しさにほんの僅かだけ浸っていたが、周囲に見られていると気がつくやいなや、かぁぁぁっと思い切り赤面すると、
「お、大きなお世話だっ! これ以上オレに近づくなよっ!! あばよっ」
と言い残し、脱兎のごとく走り出して校舎の陰へと消えていった。

 ワナワナと怒りに震えるお取り巻きをよそに、黒峰はふと気がついた。
「はいぱあ仮面の告白をすんなり受け止めたっていうことは、もしかして、高屋敷もついにモー○ーの気が出てきたんじゃないか?」
「ええっ??」
 驚く寒椿達をよそに、黒峰の表情がどんどん崩れだしてくる。
「おい、菊切。今日の予定は全部キャンセルだ。いいな」
「えっ? でも午後から……」
「いいっ。オマエに任せる。私はこれからちょっと出かけてくる」
「どちらへ行かれるのですか?」
「高屋敷のプレゼントを買いに三越まで行ってくる。梅原田、車の用意だ。急げっ!」
 ご乱心かとも思える会長の壊れかたに、生徒会一同、バタバタしつつも裏門へと駆け出していった。

 後日、東郷高校新聞部の報道によると、バレンタインデー当日において、一番浮き足立っていた人物は黒峰会長であるという調査結果が報告された模様である(笑)。

on Jan. 3rd 2000, written by Hajime Satow


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