「レシピ1:フィドル鍋」  盛本康成

 もうちょっと前のことだけど先月、横浜サムズ・アップでHotclub Of Cowtownのステージを見た。初来日の時よりもリラックスしていて、それなのに3人とも音のキレが良い。「やっぱり見ていて、聴いていて自然と顔がほころんでしまう音楽ってあるんだのう」と、この音楽で顔がほころぶ自分が嬉しくなったりもした。

 ところでこの夜の白眉はと言うと、Elanaちゃんのフィドルである。もちろんWhit Smithの荒っぽいけど楽しいギターもJake Erwinのパワフルなウッド・ベースもいいのだが、なんと言ってもこちらが♂でもあることもあって、Elanaちゃんの二の腕に目が行ってしまうのだ(「2メガ行ってしまう」と変換してビックリした。何かと思った)。
 かの渋谷のレコード店「H」の店長O氏も「Elenaちゃんの膝頭がカワイイ」と言うておられる。僕は「二の腕派」なのだが、その論争はさておき。

 そんなわけで、翌日鍋をつつきながらH.C.C.のCDを聴いて、思わずDavid LindleyやChieftainsのことなんかも思い出しつつ「そういやオレって昔からフィドルが入った音楽が好きだったんだよなあ」などと考えた。そういや最初はStephen Grappeliで触れたんだった。
 フィドル。ヴァイオリンと同じだそうですね。CounryやJazz Swingの時にフィドルと言われることがあるだけで、H.C.C.のCDにもフィドルではなくViolinと書いてある。でもこの音が入るだけで、曲想ががぜん変わってしまう。むしろ結果的にその曲になくてはならない楽器になってしまうというのが独特です。
 しかし、普段は音楽や楽器について特に分析的なことなど考えないわしが、突然こんなことを思ってしまうのが妙である。「どして?」と思って目の前にある鍋を眺めて気がついた。「油揚げ」が入っていたからだ。

 「油揚げ」。これが入っていると入っていないとでは味が違う。や、違うというよりなくてはならないものになる。小松菜と共に鍋にして、炒めてよし、単独で焼いてもよし。油揚げのない国には住めない! と思うくらいわしにとっては「必需品」の油揚げで、その夜は「小松菜と油揚げ」の鍋。なに、レシピはごく簡単です。

 土鍋に五分目くらいの水を張る。そこへ酒、塩、醤油を投入、この時点ではうっすらと醤油の色がつく程度。野菜から水が出るわりには煮ていくうちに水分が飛ぶので、この時点である程度の味を決めてもよい。ただし、濃いめにすると喉が渇き、ビールの量が増えるので注意が必要。台所に出し昆布が転がっていたらそれを入れるとなおよろしい。

 具はすべて鍋を火にかける前に入れる。小松菜はざっと洗ってざく切り、油揚げは表面がカリッとした薄目のものをよしとする。2枚を1cm幅くらいに切り、別に湯で戻しておいた春雨は湯を切って先の小松菜・油揚げと一緒に鍋の中に並べて火をつける。これだけだ。

 鍋が沸騰したら蓋をずらして火を弱火〜中火にし、15分ほどたったところで卓上のコンロへ移す。あとは横に肉屋で買ってきたコロッケなり鶏の唐揚げでもあれば充分であろう。ビールによし、日本酒によし、しかもご飯と一緒に食べてママカリであります。「日本食界のフィドル」にして必需品の「油揚げ」による鍋。ぜひ一度おためしください。

 なお、新鮮な葉付きの蕪が手に入ったらそれで同様の具で蕪鍋にしても絶品。その際、葉は同様のざく切り、蕪は皮を剥いて厚めに切って入れ、その形が崩れる寸前で食べるのが本寸法。蕪を薄く切ると若干後悔するのでご注意。溶けてなくなっちゃうんだよね。
 楽曲中、ギターがフィドルに負けて溶けてなくなることがあるのと似ているのか違うのか。そこはそれ成り行きの結果オーライ、つーことでひとつ。


ひとくさりの付録
 
ヴァイオリンとフィドルは同じ楽器ですね。その違いを考察している本もあるけれども、「ぼた餅」と「お萩」の違いを議論するようなものと奥和宏さんは著書「アメリカン・ルーツ・ミュージック」のなかで述べておられます。ただしクラシックやジャズではヴァイオリンと称し、カントリーやオールドタイムではフィドルというのが通例です。そういえばブルースの場合は、なんて言うんだろう。これは覚えてないなあ。まぁ、フィドルと呼ぶ方が似合うけれども。
  Hotclub Of CowtownのElanaチャンは、元々がクラシックを勉強してきた人。大学の卒業を目前にして、「クラシックじゃ、食べていけないわよ」とお母さんに言われて、好きだったブルーグラスやジャズの世界に飛び込んだそうです。とこれは来日時に彼らにインタビューした松永クンから聞きました。そう言われてみると彼女の弾くヴァイオリンの音色に、クラシック風味が隠されているように感じます。
  ちなみにボクも「油揚げ」のファン。カリカリに焼いて生姜醤油で食べたり、そのまま煮ふくめたり。買っておいたはずの「油揚げ」が「いつの間にかすぐに無くなっちゃうんだから」と、妻にたびたび言われています。(大江田)

Please come to ライブラ日記! 充実の連載「新・ライブラ日記」はこちらからどうぞ。


▲このページのTOP  
▲Quarterly Magazine Hi-Fi index Page