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調息盤   大舘健一

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1974年生まれ。今年30歳。一区切りってことで、20代の10年間を振り返ってみる。



■行定勲『きょうのできごと

■「don't think twice, it's all right」(『The Freewheelin' Bob Dylan』Bob Dyaln)
 家にはコードレスホンもなく、もちろんまだ携帯を持っているわけでもなく、深夜のキッチンで低く唸る冷蔵庫の音を気にしながら電話をかけた。自分の名前を告げた直後の相手の声を聴けば、自分について興味があるかないかはすぐにわかる。「キャッチホンだから、10分後にかけなおして」。ちょっと焦らして相手の気をひこうと、11分後にかけなおすす(早く話したい気持ち抑えるのは60秒が精一杯)。3回コールして、留守番電話に切り替わった。
「さよなら」も言えなかったじゃないか。だってまだ何も始まっていなかったんだから。全てをメガネのせいにして、コンタクトレンズにしてみた1994年。


Ben Watt『Buzzin'fly Volume 01』

■「do you remenber the first time?」(『His'n Hers』Pulp)
 ちょっと自信がついた?いや、ちょっとした経験を積んだだけ。
 1995年の夏。


>■『ppcm』

■「天使の涙」(W.カーウァイ)
 二人の女の子とつるんでよく遊んでた。会社勤めをしている彼女たちは、同い年なのに学生の僕よりもいろんなことを知っていて、洗練されている感じがした。彼女たちと張り合うために、ミニシアターに通ったり、ヨーロッパのファッションデザイナーの名前を覚えたり、必死だったのを覚えてる。真夜中、表参道のデ・プレでロサンゼルスの地図を広げてた彼女たちとも最近は全く音信普通。
 何をするにも時間だけは有り余ってた1996年。「期限切れ」という言葉もピンと来なかった。でも長い夜も、必ず朝は訪れてしまうんだよな。


■『Ludwig Reiter』

■「southern Man」(『After The Gold Rush 』Neil Young)
 大学3年で僕が選んだゼミは、国際人権法だった。つまり、ラブ&ピース。先生とはちょうど20歳くらい年が離れていた。最初の飲み会で連れて行かれたのが、西早稲田のロックカフェ。「Buffalo Springfieldのほうが好きなんだけど」と言いながら、聴かせてくれたのがこの曲だった。
  30歳以上の人の言うことも信じてみようと思った1997年。


■NODA・MAP『透明人間の蒸気(ゆげ)』

■「musin in my mind」(『Colours』Adam F)
 1998年。卒業。そして就職。最初の配属先は埼玉県郊外の旧城下町。大学時代の友人たちに遅れをとっているような気がして、焦りを感じてた。年に2回大きなお祭りがあって、そのたびに新人は手伝いにかり出されてた。今でもDrum'nBassを聴くと、お囃子のリズムとともにあのひどく憂鬱だった日々を思い出す。結局のところ、1年もすればそれなりに楽しくなってきたんだけどね。割と適応能力の高い僕。


■N.Philbert『音のない世界で』

■「young Sound」(『Snowflakes』V.A.)
 初めて自分で買った車はMINI COPER BSCC Limited。運転するのが嬉しくて、その秋は週末になると必ず富士五湖へ出かけてた。西湖の湖畔を駆け抜けながら、富士山にガッツポーズ!!まさにドライヴィング・イン・ザ・ブラックフォレスト! Andanteというより、Allegroな1999年。


■谷川俊太郎『智慧の実を食べよう』

■『陽子』(荒木経惟)
 大阪の万博会場の近くが実家だった彼女は、卒業と同時に実家へ帰っていった。彼女の名前は陽子。2000年の彼女の誕生日に僕が贈った『陽子』は、"いらない"とその場で返された。
 学生の頃は、好きなものが全く違うことが、逆に楽しかったんだ。でも、気が付いたら"彼女と自分の二者択一”を迫られていた。僕は「自分」を選び、遠距離恋愛は2年で終わった。冬だった。とても寒かったよ。


■Glenn Gould『平均律クラヴィーア曲集第1巻』

■「we've only just begun」(『Introducing Lynn Marino』The Frank Cunimondo Trio)
 「このまま仕事に忙殺されて歳をとっていくのかな」と思っていたら、仲の良い友人たちも同じような気持ちを抱えてた。出会うこと、知り合うことをテーマに「東京出会い系サロン」というイベントを始めた2001年の夏。「出会い系」にこめられた"思いがけない出会いへの期待感"と、「サロン」にこめられた"顔見知りな安心感"。大事なのは、「片手間」であっても継続させるということ。毎回エンディングはこの曲だった。

 

■佐内正史『鉄火』

■「night and day」(everything but the girl)
  自分のために花を買う。その心を美しいと感じた。
 恋する2002年。

 

■畠山美由紀『Wild and Gentle』

■「samba de verde」(『WEEKEND IN TOKYO〜sabor de brasileira』V.A)
 2003年初めて実家を離れた。オフィスビルの立ち並ぶ殺風景な街。陽当たりは良好とは言えない、独り住まいに標準的なワンルームマンション。
 これまで以上に"会社と部屋の往復のみ"という状況に拍車がかかったのは間違いない。レコードを手にとっても、一枚を全て聴くのに必要な時間を計算している自分に嫌気がさす。
 だから、休日の朝、挽いたばかりのゴールデン・マンダリンを飲みながら聴く音楽は、最高の贅沢で、生きる喜び。

 

■鷺沢萌『愛してる』

■「愛し愛されて生きるのさ」(『Life』小沢健二)
 10年前の20歳の誕生日。高野悦子の「二十歳の原点」から引用して、その日の日記には「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」なんて書いてみたのを覚えてる。どこまで切羽詰っていたのかはよくわからない。かなり感情過多というか自己陶酔だったんだとも思う。でも、とにかくあらゆることに自信がなかった。それは、誰か一人にでも「大丈夫だよ」と言ってもらえれば解決するくらいの単純なものだったかもしれないけど。
 あれから10年。独りで未熟なことには変わりないけど、2004年の僕にはたくさんの大切な人がいる。そしてそこには音楽がいつも流れてるんだ。

 


To 大舘健一 さん
 ここに挙げられているCDや本などのいくつかは、ボクの中でもささやかなメモリアムになっています。例えば"Snowflakes"。70年代のMPSレーベルのイージーリスニング系コンピ。なんて字で書くとおもしろみは全く伝わらないですね。それにしても時代と国を隔てた音楽が、どうして今のボクの気分と通じあうのだろうと、このCDを聞いた時にも思ったものです。どこかしら自分自身に通底するものと出会うと、いつも感じるあの不思議な気もち。いまちょうどこうして大館クンのメモランダムを見ながら、そんな気もちの交差点のようなものを感じています。(大江田)

 
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