天使逃亡
「ねぇ、バレないよねえ。ロザリア?」 「言い出したのはあんたでしょ。大丈夫よ、このわたくしがついているんですわ。抜かりはなくってよ」 おっほほほー、と得意の高笑いでアンジェの心配を一笑する。 それでもいまいち心配顔のアンジェリークだが、決して引き返そうとはしなかった。 今日は土曜日 たまには地上で遊びたい!! と言うアンジェリークの言うことも、最もだった。 いい加減ここには何もなさ過ぎるのだ。買い物くらいしたって育成に差し障りはないだろう。 早くから大陸に下りてエリューシオンの都市で再会する。これが成功したら次はフェリシアに行くつもりであった。 育成も終盤に差し掛かり、姿を見せるのも可能になった所以の出来事だった。 「堂々としてれば、ばれないわよ。第一わたくしたちが女王候補だって、どなたが判るのかしら?」 確かに女王候補の名は有名ではあるがその顔を知っているものは少ない。 ましてや自分たちで育成している大陸では彼女たちは“天使さま”で通り、顔を見た事があるのは大神官くらいのものだ。 「そうよね、大丈夫よね」 なんだか急に楽しくなってきた。浮かれながらアンジェリークは街をさまよう。 「だからって走るものじゃ……ちょっとアンジェ」 きゃあぁぁぁ〜とアンジェは久々の町を満喫していた。 しかし、話がトントン進むはずもない。若い女の子の二人連れ。都市化された街は、悪い輩でいっぱいだった。 「あんたの大陸ってがらが悪いわね」 呆れたようにロザリアが呟く。 「そんな事……ないってば」 ちょっと自信なさげなアンジェリーク。 「あら、現にあるじゃない」 そう言って顎をしゃくって見せた。目の前には知らない男が三人。 女王候補だとはわからなくとも二人は良家のお嬢さまには十分過ぎるくらい通ってしまう。 ロザリアに至ってはそれが真実である。 「ろっ、ロザリアぁ〜」 逃げよう、とアンジェリ−クは同意を求めるようにロザリアに目を向けた。 しかしロザリアは毅然としてアンジェリークの前に立った。そう、まるで彼女を庇うように。 「あんたは下がってなさい」 えっ? と驚くアンジェを余所にロザリアは辺りに武器になるものを探した。 目に付いたのは、捨ててあった細い鉄の棒。 (こんなものに触れたくはありませんが…仕方ないですわね) それを持って低く構える。 「……ロザリア?」 「貴方たち……怪我したくなければ下がりなさい」 ――さながら正義の味方である。 「はっはっはー。おい、このお嬢ちゃん俺たちとやる気だぜ?」 「やめなやめな。怪我するのはそっちの方さ」 「………判って頂けないようですわね」 俄かここは闘技場となった。 ロザリアの立ち回りはそれは見事なものだった。女剣士さながらの剣ならぬ棒さばき。 相手の力を巧く利用して、それを自らの力に還元する。 突如、大きな金属音が辺りに鳴り響いた。 「アンジェ!」 「えっ?! きゃあぁ!!!」 アンジェリークの足元にロザリアがはじいた剣が飛ぶ。 「それ持ってなさい」 視線を向けずに声だけで命令をするロザリア。 「えっ? でも……」 「持ってるだけで構わないから」 「わっ、解った」 アンジェリークは足元の剣を拾い上げる。 (うっ、重い〜) カキーン!!! またしても剣が弾け飛び、重い剣を引きずってアンジェリークは拾いに行くのだった。 それはそう長い時間ではなかった。 ……そうして悪党はロザリアの剣の前に皆倒れた。ひいひいと惨めに去って行く。 「すっごーい、ロザリア!!!」 「あら、別に大した事なくってよ」 スカートについた埃を払い、得意げにそう言った時…… 「いや、大したものだ。なぁ?」 「「!!!」」 その声に振り向くと、そこには炎、風の二人の守護聖がいた。 面白そうなオスカーと呆然としてるランディを見てロザリアはくらり、と眩暈がした。 「あっ、オスカーさま、ランディさま」 お忍び発覚にも関わらず、呑気な声を上げるアンジェリーク。今の騒ぎでそんな事はすっかり忘れているらしい。 その後ろでロザリアは珍しく狼狽している。ふと、手にしていた棒の存在を思いだし、思わず彼らに見えない様に投げ捨てる。 がっちゃーん!!! コンクリートの地面に落ち、金属棒は派手な音を出す。 その音に愕然とするロザリア。驚くアンジェリーク。笑いをかみ殺すオスカー。我に返るランディ。 (ああ……この事が露見してしまった……) 秘密と言うのは一人に知られたら3人には伝わってしまうのだ。ましてや守護聖はたった9人しかいない。 今二人にばれた時点で全員に知れ渡るのもそう遅くはないだろう。 (わっ、わたくしのイメージが……) 今まで築いてきたものがガラガラと音を立てて崩れ去って行く感覚に襲われた。 「もしかしたらお前よりいけるかもしれないな。どうだ、今度手合わせでもしてみては?」 可笑しそうにオスカーは妙な提案を出す。ロザリアは遠慮します、と言うだけで精一杯であった。 「ロザリアってば凄いんですよぉ〜。もう向かってくる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」 (このお馬鹿!!! もうそれ以上言わないでぇ〜!!!) 「ああ。しっかり見てたさ」 (―――終わったわ) 結局、そこでお忍びは終わり。お互いの大陸に残した遊星盤を持ち帰らなくてはならないので、アンジェリークとランディはそのままエリューシオンでロザリアはオスカーとフェシリアへ向かうこととなった。 遊星盤までは何事もなかった。それでは、と先に帰ろうとしたロザリアであったがオスカーに止められる。 「お嬢ちゃんは一人でそれに乗って帰る気か?」 「……? ええ、勿論ですわ」 するとあからさまに残念そうな顔をする。怪訝に思いながらもロザリアは何故ですの? と訊ねた。 「てっきり一緒に乗せてくれると思っていたんだがな」 ………どうやらこの乗り物に乗ってみたかったらしい……。 「こんな小さいものに!? 壊れてしまいますわ!」 「壊れやしないさ。第一実験済みさ」 ………嘘くさい…。 しかし強引に乗りこむオスカーを止める事は出来ず、結局共に乗って行くこととなってしまったのだ。 流石に狭い。第一彼の躯は人並みをはるかに超えて大きいのだ。 いつもでは有り得ない密着状態にロザリアは居心地悪そうにしていた。 「あれも教養のひとつだったのか?」 今尚面白そうに、オスカーは隣のロザリアに尋ねる。思わず大声を出すロザリア。 「まさかっ!!! しっ失礼。……ただの遊びです…」 「それにしてはやけに本格的に思えたが…?」 追求は緩まない。本格的にやっている人間に隠す事は出来ない。彼に比べたらそれこそ遊びの域に過ぎないのに……。 観念して言葉を紡ぐ。 「…………家のものにも隠しておりましたのに……」 オスカーはほう、と興味深げに相槌を打つ。 「隠れて習っておりました」 「これからはお嬢ちゃんの逆鱗に触れない様に気を付けなくては」 「茶化さないで下さい。……若気の至り、ですわ」 「どうしてまた習ってまでして憶えたんだ?」 彼女がそこまでした理由にオスカーは大変興味があった。 「………またお笑いになられるから…言いません」 拗ねたように横を向く。 「笑わないから…教えてくれないか?」 珍しく真摯なオスカーの低い声。 もう、どうせばれてしまったことですし、と半分やけっぱちになってロザリアは語り始めた。 「わたくし…いずれは結婚すると思っていたんです」 あんまりな展開にオスカーは驚きを隠せなかった。 「それと何の関係が……?」 全く分かってくれていないオスカーに少しだけむっとする。 「わたくしが結婚ということは王族なり貴族なりの、それなりの家に嫁ぐと言う事です。そういう所ってあれこれ諍いが多いでしょう? それで子供なりに考えたんです。どうして侵略された時、皆で運命を共にしなくてはならないのか……」 「……それは昔の話だろう? そうでなくとも女子供は保護されるのが普通では」 「でも身分ある者の妻だったらどうですか? 敵の妾になるか奴隷として生きていく他ないのでは」 「ああ。それで女一人でも逃げ出せるようにって訳か……」 全く気の強いお姫さんだな、と苦笑する。 しかしロザリアはきっぱり、違います、と否定するのだった。 「ひとりで逃げるなんて言ってません。……どうして女じゃ信じてもらえないんでしょうね」 あからさまに大きな溜息をひとつ。オスカーは彼女の言いたい事が全く掴めてなかった。 「何を?」 「力を、です。いざとなったら人ひとりくらい助けて見せますわ」 まだ見ぬ誰かを思い、瞳を輝かせている。 「いくらなんでも…それは……」 「いいえ、大丈夫です。わたくしが守って見せますわ」 先ほどご覧になったでしょう、とあれほど後悔した事も忘れロザリアは熱弁を振るっている。 思わず呆気に取られるオスカー。そんな彼の様子に我に返って、ロザリアは恥ずかしげに俯く。 「………と思っていたのです…」 幼い頃は……と付け加えるように言った。しかし、恐らくまだその思いは消えてはいないのだろう。 (……本当にこの娘は“お嬢ちゃん”なのか?) 普通のお嬢さんではないだろう。深窓の令嬢であることに代わりないのだが、彼の知っているそれとは余りにも異なっている。 我知らず笑いが漏れる。 「笑わないって仰ったのに……」 抗議めいた声。しかし笑われて当然とロザリア自身思っていた。 「馬鹿にしているわけじゃない。……でもじゃあお嬢ちゃんは誰に守られるんだ?」 「“お嬢ちゃん”は止めてください。…先ほどの方みたいで嫌ですわ。……わたくしは……勿論わたくし自身でですわ」 当然でしょう、と力強く答えを返す。 「だったらその男だって自分で守れるだろう」 「でも」 失念だったのか思わず言いどもるロザリア。駄目押しの様にオスカーは続ける。 「それとも、相手の男はよっぽど臆病なのか? 自分とその妻に守られて」 「……………」 急にオスカーの口調が真剣になった。ロザリアの瞳を見つめて言葉を発す。 「もっと頼りな。お嬢ちゃんの細腕に守られる男ばかりじゃないぜ?」 この俺みたいにな、とすぐさまいつもの調子に戻ったので、ロザリアは何とか陶然となりそうな自分を取り戻せた。 そんな彼女を気にするわけもなくオスカーはああ飛空都市が見えてきたな、と楽しそうに前方を見ている。 その様子に呆れながらも片隅でロザリアは独り言のように囁いた。 「……足手まといにはなりたくなかったんです」 大切な人なら尚更……。 「オスカーさまなら如何します? もし周りが包囲されて、もう駄目だって時に…?」 この人はどうするんだろう。急に聞いてみたくなった。 そんなの決まってる、と不敵に微笑まれてロザリアは一瞬、心が騒いだ。 間髪を入れずに彼は言った。 「―――連れて逃げる」 と。 天使の逃亡はここで終わった。 ―――そして天使は捕われる。……抜け出せない、檻の中に――― Fin |
あーほーだー!!! と力一杯叫びたくなるような話を書いてしまいました。
単にロザリアに立ち回りをさせたかっただけです。なんか強くてもいいかな、な〜んて……。ちょっとした出来心です、はい。