ちゃいるど・ぱにっく 6
翌日。 朝から訪問して来た者がいる。 コンコン。 「はぁ〜い」 すっかり二人の部屋となってしまった――元はアンジェリークの部屋から、ロザリアが顔を出す。 「おはようございます、ロザリア」 「おはようございます、リュミエールさま」 元気にロザリアも挨拶する。そんな彼女にうんうんと頷く。 「ロザリアは良い娘ですね。しっかりご挨拶が出来て。……アンジェリークは何処ですか?」 褒められてロザリアも嬉しそうに言った。 「アンジェは奥に居ます。アンジェ〜、リュミエールさまですよぉ〜」 奥に声をかけると、少ししてアンジェリークが顔を出した。 「あっ、リュミエールさま、おはようございます」 「……どうしました? 顔色が随分と優れないようですが……?」 アンジェリークの顔を見るなりリュミエールはそう言った。なんだか具合が悪そうである。 「そうですか? そんな事ないと思いますが……? あっ、今日はもしかしてリュミエールさまがロザリアを見てて下さるんですか?」 「ええ、写生のモデルになってもらおうかと………あなたは本当に大丈夫ですか?」 心配そうになおも問う。努めて明るくアンジェリークは答えた。 「ホントのホントに大丈夫ですって。ほら、ロザリア。今日はリュミエールさまが遊んで下さるって」 「わぁ〜い、本当ですか?」 「ええ、今日は何処に行きましょうか? ……アンジェリーク、くれぐれも無理は禁物ですよ」 「わかってます。じゃあ、ロザリアをお願い致しますね」 それだけ言ってその場を後にした。 しかし、リュミエールの悪い予感は当たったのだ。その日、彼女はジュリアスの元に育成の依頼に行って倒れてしまったのだ。ジュリアスを除いた一同が大広間に集まった。 「ああ、やっぱり。凄い顔色をしてたんですよ、今朝から。原因は何なのです?」 「えーと、過労みたいですよ。……大変でしたからね、アンジェリークも……」 「お嬢ちゃんにはオーバーワーク気味だったからな」 「一生懸命だったしね。ロザリアの分までって」 何も知らないロザリアはゼフェルの作ったロボットでお子様たちと遊んでいる。 「――――で、どうなるのだ?」 ひとり寡黙に突っ立ていたクラヴィスが口を開いた。 「ゆっくり休めば大丈夫だそうですよ……。今はまず睡眠でしょうか」 ジュリアスの見守る中、アンジェリークは貪るように寝ているのである。 「育成……なんて当分出来ないよな」 「私たちで勝手にやるしかないんじゃない?」 何ともいい加減だが、それしか方法はない。 「そう……ですね。わたしも少し調べて見ます。明日にでも王立研究院に行って」 何せ育成なんてしたことがない。リュミエールはふーっと溜息をついた。 「もうこんな時間ですしね。全ては明日にしましょうか」 賛成、との声が上がり全ては明日以降に持ち越されることとなった。 「ロザリアを部屋に連れて行かなくてはいけませんね。ゼフェル、そろそろお休みですよ」 ロザリアの一番近くにいるゼフェルに声をかける。おうっ、とゼフェルから返事が返ってくる。 「だってよぉ〜。ロザリア、今日はこれでおしまいだ」 「おやすみなの?」 まだちょっと心残りがあるのか、残念そうにロボットを掴んで尋ねる。 「ああ。明日また遊んでやっから、今日はもう寝ろ」 「……わかった。おやすみなさい、ゼフェルさま」 問題なくロザリアを寝かしつけるのに成功したかに見えたが、一瞬後に大広間を震わすようなゼフェルの絶叫が響いた。 「うわあぁぁぁ〜〜〜」 ゼフェルは己の瞳より真っ赤になった顔で頬を押さえ、後ずさりをしている。自分から逃げ出さんばかりのゼフェルを、ロザリアはきょとんと眺めて可愛らしく小首を傾げていた。 「あっ、いいなぁ。ロザリア、僕にも」 そう言って近寄ってきたマルセルにも、ロザリアはゼフェルに対してしたのと同じような行為を施す。ロザリアの唇が、マルセルの頬に軽く押しつけられたのだ。 「おやすみなさい、マルセルさま」 「うん。おやすみ、ロザリア」 マルセルも同じものをロザリアに返す。何とも微笑ましい風景ではある――が、唖然と他の守護聖たちはその様子を眺めていた。 誰よりも早く我に返ったオリヴィエが、隣のオスカーを肘で突く。 「ちょっと!」 「…………」 「聞いてんの? あんたでしょ、このロリコン!」 「ろっ……、誰が!」 人聞きの悪い、とオリヴィエを睨みつける。しかしすぐさま視線をロザリアに戻すと、代わる代わるに『おやすみ』の挨拶をする可憐な少女の姿がそこにあった。 「あんな幼い娘に手ぇ出すヤツをロリコンと言わずに何と言うのよ! ったく、見境いったらありゃしない」 あの娘の精神は3,4歳なのよ、と駄目押しする。オスカー自身もよく解っていた。 ―――こんな事になるならするんじゃなかった、と。 「オスカーさま」 残すところ、この二人のみとなった。ロザリアは分け隔てなく近寄ってくる。 「おやすみなさい」 昨日と同じ場所に、柔らかい唇が触れた。 「……ああ、おやすみ」 オスカーは思いっきり後悔しつつも、お礼と言わんばかりに同じものを返す。 「おいっ!!」 「オリヴィエさま」 文句を言ってやろうかと思ったオリヴィエに、可愛くロザリアが声をかけたので、それは無に終わる。ロザリアに笑顔を向けると、彼女はにっこりと嬉しそうに寄ってきた。 「おやすみなさい」 「はいはい、おやすみ。良い夢みるんだよ」 オリヴィエも軽く目元にキスを返し、右手を頭に当てた。僅かなサクリアの流出。 (こいつ、自分だって同じ事してるじゃないか!) そんなオスカーの怒りを背中で感じているにも関わらず、オリヴィエはそしらぬ素振りで受け流していた。 全ての挨拶を終え、いざ寝るだけという段階になって、ロザリアの顔が怪しく曇った。 「ジュリアスさまは? ……それにアンジェも!?」 一番気付いて欲しくないものに、気付かれてしまった。 「えーと、ですね……アンジェはちょっと居ないんですよ」 「すぐ帰ってくるの?」 「今すぐと言うわけには……数日かかりますかねぇ……」 「アンジェ、いないの……?」 泣き出しそうな表情に説明していたルヴァが焦る。 「すぐ帰ってくるって。だから今日は我慢しろ」 ゼフェルが後ろから助け舟を出す。ルヴァを見上げると、彼もそれに大きく頷いていた。 「……ちゃんと帰って来るのね? ……わかった、がまんする……」 「おっし、偉いぞ」 ゼフェルは右手でぐりぐりとロザリアの頭を撫でた。褒められたロザリアは、嬉しそうにはにかんでいる。意外であるが、なかなか子供の扱いが上手いゼフェルだった。 そんなゼフェルの袖を、ロザリアが「ねえねえ」と引っ張る。可愛らしい仕草は皆の笑みを誘ったが、その後に出てきた言葉は彼らの想像を遥かに超えたものだった。 「じゃあ、今日はどなたと寝るの?」 「はぁ〜?」 ゼフェルが思いっきりすっとんきょうな声を上げる。 「アンジェ……いないんでしょ? じゃあロザリアはどなたと寝ればいいの? ………ゼフェルさま?」 「ばっ、ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ!!」 子供はともかく、女の扱いには慣れていないゼフェルであった。お休みの挨拶の時より、更に顔を赤くしてゼフェルはわめく。 「今日くらいひとりで寝ろ!」 「嫌だもん。ご本読んでもらいたいんだもん」 ぷう、っと頬を膨らませてロザリアは訴える。梃子でも動かなそうな様子を見て、守護聖たちはざわめきを隠せない。にわかに緊急事態が発生してしまったのである。 「だからってなぁ〜、……そうだマルセル。お前が行け」 「だっ、だってロザリアの本だよ? 僕は読めるかどうか分かんないよ」 急に話を振られて困っているマルセルへ、ランディが爽やかに救いの手を述べた。 「俺が行こうか?」 「おめえは論外! あのなぁ、ロザリアったって今のロザリアじゃ、そんな難しいもん要求しねえよ」 少年守護聖たちがもめている最中、再度オリヴィエが隣の悪友に肘鉄を食らわす。 「当然、あんたも論外だからね!」 「……お前もな」 「どうしましょうねぇ。困りましたねぇ……」 突然のことにみんな困り果てていた。そんな時、今まで何も発言しなかった守護聖が一歩前に出た。 「あっ、クラヴィスさま?」 瞳を擦っていたロザリアを、クラヴィスは軽々と抱きあげる。座ったままの姿勢のまま運ばれていく――所謂、お子様だっこの形であった。 「眠たがっているから連れて行く」 それだけ言うと、広間に背を向けて歩き出すのだった。 「クラヴィスさまがご本読んで下さるの?」 「ああ。……どんな本だ?」 「うーんとねぇ、ルヴァさまにお借りしたの。えーと、『三年寝太郎』」 「……知っている。なかなか良い話だ……」 パタン。 扉が閉じる音が、空しく辺りに響く。後に取り残された守護聖たちは、皆呆気に取られていた。 「なぁ。なんかさぁ、一番まずいんじゃねぇの?」 「そんなことは……。あの方は安らぎを司る守護聖なのですよ。むしろ一番適役なのでは?」 「……何とも言えないわね」 「しかし何故『あの』何もしたがらない人が動いたんだ? 俺もゼフェルに同意するぜ……」 リュミエールを除く誰もが、一瞬危険なものを感じた。周囲の雰囲気を悟り、慌ててリュミエールがフォローに回る。 「大丈夫です! ロザリアは金髪ではないので」 何故!? この場にいる誰もがそう思った。そして、ますます怪しいのではという空気が、重々しく充満していく。 結局この夜、安らかな眠りにつけたのは二人の女王候補と、クラヴィスただ一人だった。 |
もう何でもアリ状態。
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