茨姫 1



 試験も半ばに差し掛かった頃。二人の女王候補はようやく試験にも慣れてきた。
 そしてここでの人間関係にも………。
 初めはなんだかぎこちなく浮いていたロザリアであったが、アンジェリ―クからよい影響を受けて皆と打ち解けられるようになった。
 ちょうどそんな頃、それは起こったのだ。
 きっかけはオリヴィエの些細な一言に過ぎなかった。
「ねえねえ、ロザりん♪ 最近やけに仲良いじゃない? あの馬鹿と」
 『あの馬鹿』とは彼と同期の悪友、炎の守護聖オスカーを指している。
「ええ、育成のアドバイスをして下さいったり……。わたくしが至らないからでしょう。よく面倒を見て下さってますわ」
 にこやかにロザリアは非の打ち所の無い答えを出す。
 その様子にオリヴィエはあのねぇ、と大仰に溜息をついた。
「あんたの育成は完璧じゃない。どっちかっていうと心配なのはアンジェのほうよ。にしてもアイツったらわざわざそんな大義名分掲げてあんたのところに来るわけ?」
 ホント仕様も無いヤツね。そう言ってオリヴィエは面白そうに笑っていた。
 ――――それから、何となくロザリアは彼を避けるようになった。
 育成は最小限に、執務室でも長居はしなくなった。日曜日には会わないようにどこか遠くへ出かける。
 そうこうして、二週間が過ぎた。



◆◇◆




 日曜日の午後。すっかり習慣となってしまった森の奥にロザリアは来ていた。
 大樹に寄りかかり、本をぱらぱらとめくっている。しかし内容なんて全く頭に入っていない。文字通り、ただ、めくっているだけだった。
 思い浮かぶのはただひとり………。
 はぁー。
 最近は溜息をつくことも多くなっていた。理由は…判っているのかいないのか……。
 めくりつづけるページを何気無しに見つめながらロザリアは思う。
(逢いたくない…訳ではないんですけど……)
 むしろ逢いたい。…でも…逢えない……。
 ―――ドウシテ―――
 これ以上逢ってはいけない気がしていた。誰に言われた訳でもない。
 ただ、何かが危険信号を出していた。
 深入りしてはいけないよ。
(解っておりますわ)
 私は女王候補なんですもの。その言葉に胸が痛む。
 女王候補。いずれ女王になる人。
 女王。この宇宙を統べる孤高の存在……。



 そこまで思考が及んだ時 ふと、視界が陰る。雲でも出てきたのかと顔を上げると…
「……こんなところに居たんだな」
「!!!」
 逢ってはいけないはずの彼がそこに居た。



「こんなところでわざわざ読書か。また酔狂な事だ」
 少し棘を含んだ声に内心の動揺をすばやく隠してロザリアは本を閉じた。
「あら、静かで気に入っているんです。でもちょうど読み終わったところなので……」
 そう言って立ちあがろうとした彼女の背後の幹に両腕を伸ばし、ロザリアの退路を断つ。
 オスカーの両腕に囲まれて、身動きが取れない。
「…またそうやって逃げるのか? ………何故避けるんだ?」
「………申し訳ありません」
 解らないようにしてきたつもりだった。一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。
 普段なら誤魔化していたかもしれない。しかしこの薄氷色の瞳はそれを許さない迫力がある。
ロザリアは素直に謝罪の言葉を口にしていた。
「……謝って欲しいわけじゃない。何故だと聞いているんだ」
 何故? 何故だかなんてロザリア自身もよく解っていなかった。
 ただ逢ってはいけない、危険だ、と誰かが叫んでいた。
 返答に詰まる。嘘は……許されない。しかし何と答えていいのか解らない………。
 顔が上げられない。言葉が出ない。沈黙だけがそこにある。
 そんな彼女の様子を見てオスカーは口を開く。
「顔も見たくないほど、嫌われていたんだな」
 言葉に棘はもう感じられない。しかし、どこか悲痛な声。ロザリアは慌ててかぶりを振る。
「ちがっ…」
「……そうだな。ちょうど良いのかもしれないな………」
 独り言のように呟くと幹についていた腕をはなす。
「邪魔して悪かったな……お嬢ちゃん」
 ぽんぽん、と小さな子供にやるように頭を軽く叩くとオスカーは踵を返してその場を後にした。
(言わなくては。早く言わなくては。ほら…行ってしまう…)
 デモ…ナンテ……?
 身体の力が抜ける。すとん、と再びしゃがみ込んでしまう。
「…わたくし……馬鹿みたい………」
 そんな呟きが、ぽつんと落ちた………



◆◇◆




 ―――それから数日後、ロザリアは女王になった。






to be continued.





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 恥ずかしい過去の遺物その1。



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update 3,Mar,1999