| 茨姫 2 |
「じゃあこれは明日やっておくわね」 書類の束を揃えてアンジェリークは言った。彼女が補佐官になってもう一ヶ月。 初めは恐ろしく心配であったが(あくまで周りが)、意外にもそつなくこなしている。 「頼んだわ、アンジェ。……もう遅いから今日は休んだら? また明日頑張りましょう」 「そうね。じゃあロザリア、バイバイ」 ロザリアも早く切り上げるんだよ、と言ってアンジェリークは女王の執務室を後にした。 ふぅ、とひとつ溜息が漏れる。まだやらなくてはいけない事があるから、もうしばらくはここに居るつもりであった。 突如、たった今アンジェリークが出て行った扉がガチャガチャと鳴る。 ここに来る人間は限られている。ましてやこんな時間だ。ロザリアに緊張が走った。 「どなたですの?」 思わず大きな声になる。向こうからの返事はない。 ガチャっと扉が開く。現れたのは―――― 「邪魔すっぞ」 年若い守護聖ゼフェルが、そこに居た。 ◆◇◆ 初めはお互いに良い印象を抱いていなかった。 ゼフェルに言わせると「高飛車で、いけ好かねぇ」 ロザリアに言わせると「失礼で、好ましくない」 しかし試験も進むに連れて、お互いの事が見えてきた。 そして試験終了直前には、度々ゼフェルの世話になっていたのだ。 ――――通いにくい場所が、出来てしまったから。 ◆◇◆ 「ゼフェルさま……。どうやってここへ?」 驚きのあまりに、つい候補生時代の呼び方になる。しかしゼフェルはそういう類のことを煩く言うタイプではなかった。むしろゼフェル自身も、以前の砕けた口調でロザリアに話しかける。 「ばぁか。このカードキーは俺が作ったの」 そう言えば彼は器用さを司る鋼の守護聖。仮に彼が作ったものでなくてもこんな事は朝飯前であろう。 「それにしたってこんな時間に……。どなたかに見られたらどうなさるおつもりでしたの?」 「そんな事は、その時考える」 それより……と、ゼフェルはロザリアを見つめた。 「お前はこのままで良いのかよ?」 唐突に切り出された問いかけに、ロザリアは訝しげに柳眉をひそめた。 「仰っている意味が解りませんわ。このまま、って……?」 「だからぁ〜、このまま女王なんてやってて良いのかって言ってんだよ!」 ――――アイツのことは、もういいのか? 暗にそう匂わせている。 「わたくしの夢は女王になる事でした。その夢が叶ったんです。本望ですわ」 だから考えない……。そう、わたくしはこれで幸せだから。 すると、心底呆れたようにゼフェルは溜息をついた。 「お前ってホント、ひねくれてるよな。その上、ウソツキだしよー」 その言葉にロザリアは激怒した。 「わっ、わたくしは嘘なんかっ!」 嘘は醜いものです。嘘をついてはいけませんよ。 これがカタルへナ家の教えであった。言われなくともロザリア自身も嘘は醜いものだと重々承知していた。 だからついたことは無い、つこうとも思わない。なのに何故こんな事を言われなくてはならないのだろうか。 そんなロザリアにゼフェルは腕を伸ばす。ロザリアは思わず身を引きかけた。 触れる寸前で止まった、ゼフェルの腕。 「…………でもよぉ。ホント、嘘つくの下手な」 ゼフェルの指がロザリアの頬を伝う滴を拭う。流れ落ちた……涙? 「わたくし………」 涙を流してるなんて思わなかった。ゼフェルの指を濡らしてる液体に自らが驚く。 そしてゼフェルの顔を見上げる。ちょっと勝ち誇ったような、ちょっと心配げな顔が目に飛び込んでくる。 そんな彼を見て、ロザリアは本格的に涙が止まらなくなってしまった。 ゼフェルは何も言わずに優しく自らの腕に包み込んだ。 その時、扉の向こうがコトンと鳴った。 ◆◇◆ 落ち着いてきてロザリアがゼフェルの腕から離れる。ぬくもりが、消える。 「どうして……? どうして解ったんですの?」 いまだ涙の跡が残る顔を上げて、ロザリアは訊ねた。 本人だって解らなかった。諦められると思っていた。なのに、何故この人には見透かされてしまったのだろう。 「それは……」 ――――ずっと見ていたから……。 軽く唇を噛んで、言いかけた言葉を飲みこむ。 「……やっぱり俺も、ひねくれてるからじゃねぇ?」 自嘲気味に微笑む。その顔はいやにロザリアの脳裏に焼きついた。 to be continued. |
ゼフェロザスキー。
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update 3,Mar,1999