茨姫 3



 女王の執務室の前。扉をノックしようと右手を上げたその時、向こう側から話声が聞こえてくる。
 こんな時間、ましてやこんな場所だ。この部屋に入ることの出来る人間は限られてるはず。そして今は女王しかいないはず――だった。
 上げかけた手を下ろす。扉は、きっちり閉まってはいない。
 その隙間から、部屋の光景が瞳に入る。見えたのは神々しい女王ロザリア―――と、鋼の守護聖の姿があった。
(っ!?)
 涙ぐむロザリア、と彼女を優しく抱きしめているゼフェル。
 その光景に思わず踵を返していた。足早にその場を去る。
 カツカツという靴の音だけがそこに響いていた。
 ばさっ。
 手にしていた書類が落ちる。足を止めて視線を下ろす。
「サイン………貰うの、忘れちゃった………」
 拾い上げたそれを見つめ、アンジェリークはちいさく言った。



◆◇◆




 アンジェリークは考え込んでいた。勿論、ロザリアの件である。
(知らなかった。ロザリアが……)
 そつなく執務をこなしていると思っていた。彼女に心配は無用。しかし、実際はあんな事があったなんて………。
 深く考えれば、思い当たらなくもない。そう、自分は一番近くに居るのだから。
 時折見せる、切ない微笑。その後の妙な明るさ。
 ―――全部、全部見ていたのに―――
 何だか自分が滑稽だった。物凄く腹立たしい。
(こんなあたし大っ嫌い!!!)
 そんな気持ちのまま、アンジェリークは気晴らしに公園に向かった。



◆◇◆




(誰かに相談したい。でも、こんなこと……誰にも言えない)
 むかむかした気持ちのまま、公園まで来てしまった。
 正直、このことはアンジェリークの許容量を遥かに超えていた。
(ゼフェルさまと一番仲が良いのはルヴァさまだけど……なんだか違う気もする………)
 だからと言って、守護聖主席でもあるジュリアスなんて問題外だ。
(一体どうしたらいいの……?)
 そんな時、目の前にはまさに救いとも言えるうってつけの守護聖、リュミエールが居たのだった。



「こんにちは、アンジェリーク。………どうなさったのですか? 顔色が優れませんが?」
「リュミエールさま。あの………」
 縋るようにリュミエールの前に出たアンジェリークだが、ここにきて本当に言ってもいいものかと悩んでしまった。
 これはいわばトップシークレットである。
「―――何か悩みが有るのですね?」
 優しく問う彼に、アンジェリークは驚いて顔を上げた。
「解りますよ。貴女は顔に出易いですから。………私でよかったら力になりますが?」
 これが限界だった。アンジェリークは、ぽつりぽつりと語り始めるのであった。



◆◇◆




 アンジェリークの話は、リュミエールが思っていた以上に深刻な問題だった。
 あれから彼も自然と溜息が多くなってしまう。
「リュミちゃん、今日コレで5回目よ」
「えっ?」
 隣に座っているオリヴィエに目を向けると、「タ・メ・イ・キ」と、指摘された。
 今日は土の曜日。守護聖にとって公然、ではないが殆ど休みである。
 そんな時は何となく同期3人でいる事が多かった。そう、反対側の隣には、同じく心ここにあらずの炎の守護聖もいる。
「あんたたち一体どうしちゃったのさー? 全く辛気臭いったらありゃしない」
 心底嫌そうにオリヴィエが嘆く。彼だけは相変わらず元気であるのだ。
 他の二人は相変わらず明後日の方を見ては、はぁー、と重たい溜息をつくのであった。
「全く、女王試験があった頃と別人ね。……そういや、あの娘たちも別人って言ったら別人だわ。初めはどうなる事やらって思ってたけど、結構頑張ってるみたいだし……綺麗にもなったしね」
 意味ありげにオスカーの顔色を覗うが、相手は全く聞いていないかの態度だった。
 オリヴィエはロザリアと話してから、いつかこのネタでからかってやろうと思っていたのだ。
 しかし、全くの失敗に終わる。諦めきれず駄目押しをしてみる。
「わたしはてっきり、『春』でも来たのかと思ったけどな〜」
 ちらり、全く反応なし。つまらないと、内心で愚痴る。
 そんなオスカーの代わりに反応したのはリュミエールの方だった。
「春………ですか? それはまだまだ来そうも無いのでは?」
 至極真面目に問うてくるリュミエールに、あっはははっー、とオリヴィエは笑った。
「あのねぇリュミちゃん。『春』って言ったら決まってんでしょ。恋でもしてるんじゃないかって言ってるの」
 全く天然よね、と笑い飛ばそうとしたが、それは夢に終わる。
「えーーーっ! 何故それを!?」
 過剰なまでのリュミエールの反応に、二人の鋭い視線が飛んだ。
 しまった、と思ったのはあとのまつりである。すうっと視線をさまよわせるリュミエールに、鋭い声が飛んだ。
「リュミエール、それはどう言うことだ?」
 今日初めてのオスカーの発言はやたらどすの利いたものだった。
「いえ、別に……いや、あの」
 しどろもどろで返すリュミエールに、容赦のない声が飛ぶ。
「どーゆーこと? リュミちゃん?」
 冷たい二人の視線にリュミエールは観念するより方法がなかった。
「どうか……他言無用にして、下さい……」



◆◇◆




 女王に想い人がいる。
 流石にこうはっきり言われると、二人は驚くほかなかった。
「で、一体情報源は何処なのよ?」
 何処まで信じられるのかと、冷静にオリヴィエは問う。
「アンジェリークですよ。悩んでました彼女も」
 それはやたら信憑性が高いわねぇ、とオリヴィエはうめいた。
「何で、そんな事が解ったんだ?」
 尚も尋問のように続く。
「見たそうです、アンジェリークが。……女王の執務室にその人が来るのを」
 オリヴィエがオスカーに視線をやる。……どうやら彼ではなさそうだ。
「居ただけかもしれないじゃない。何してたって?」
 ―――涙の抱擁―――
 これは決定的だった。同情的に言葉を紡ぐ。
「そんなの見ちゃったんだ、あの娘……。それじゃあ悩むわね―――可哀想に」
 ……それに隣の馬鹿もね……。
 それだけ言ってオリヴィエは、隣の人物をそっと見やる。いつもの皮肉げな笑みで、空を見上げてるが、その横顔はオリヴィエには何故か泣き顔を連想させた。



 ―――皮肉にも明日は補佐官主催の晩餐会があるのであった。






to be continued.





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 悩める青年ズ。



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update 15,Mar,1999