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imbalance 【4】 |
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震えて止まらない指先を、隠すのが精一杯だった。
聖地で女王との会見を終えた後もまだ、それは収まらなかったのだ。
緊張によるものでもない。ロザリアは大概緊張しない性質だし、謁見を待っている間も彼女の心は落ちついていた。
それが、どうであろう。
女王本人を目の当たりにした途端、指が、心が、激しく震えた。
存在感。威圧感。
命じられてもいないのに、おのずと膝を折り、頭を下げている自分がいた。否、自分だけではない。同じように次期女王として呼ばれたもう一人の女生徒も、女王の片腕として敏腕を揮っている女王補佐官も、偉大なる存在の前ではただこうべを垂れるだけであったのだ。
呼びかけられた柔らかい声音。
威厳や品格に満ち溢れて、でもどこか温かみのある声は、全てを超越した力の果てに生まれる包容力の現れであろう。
女王になりたいと、ロザリアは心から思った。それと同時に、今のままでは確実になれない、とも。
何かが足りない。総てが足りない。
このままでは、いけない。
短い対面を終え二人の女王候補生は、補佐官であるディアに連れられて飛空都市に舞い戻る。今日の予定、今後の生活、そのような必要事項をディアは二人に説明してくれていた。
にこやかにディアの話を聞いているもう一人の女王候補の横で、ロザリアは神妙な面持ちで繰り返しひとつのことを考えていた。
(女王になるということ。女王であるということ。わたくしの――――目指していること)
半ば上の空で飛空都市に戻り、形式に添った守護聖たちとの対面を終える。首座である光の守護聖ジュリアスが退室し、続いて忙しいのであろうか地の守護聖ルヴァが挨拶もそこそこに部屋を出ていく。無言で席を立った闇の守護聖クラヴィスを追いかけるように、水の守護聖リュミエールまでが去っていく間も、女王という人の強烈なまでの印象がロザリア思考から消えてくれることはなかった。また、それに伴って初めて生じた焦燥感も、じわじわとロザリアを苛んだ。
そんな落ちつかない心境の中で意外な人物との意外な再会を果たしたロザリアが、パニック状態に陥ってしまったことは、実に仕方ないことと言えよう。
◆◇◆
年長の守護聖たちが退出し終えると、その場はにわかに喧しくなった。あからさまに興味を含んだ眼差しが、女王候補たちに向けられている。
しかし、そんなざわめきがロザリアの心を落ちつける糧となった。周囲が慌てたり騒いだりしているほど、自分は冷静に分析し対処できるという妙な性格の持ち主だったのだ。
いつのまにか震えの止まっていた指先を見て安堵する。誰にも気づかれないように小さく息を吐いて、おもむろに顔を上げ――――ロザリアは、再び息を呑んだ。
「あっ、あなたは……」
「また逢えたな、お嬢ちゃん」
ひらひらと手なんぞ振ってロザリアに挨拶をしている守護聖は、先日寮まで荷物を持ってもらったあの男であるではないか。落ち着きを取り戻した心が、またざわざわと騒ぎ出した。
「彼女をご存じなんですか、オスカー様!?」
「まさに『女の居る所にオスカーあり』だな……」
驚きや呆れを含んだ声が、年少の守護聖たちから上がる。しかし、真っ白になってしまったロザリアの思考まで、それらの声は届かなかった。
「あ、あ、あ……あなたってば、守護聖さまでしたの!?」
愚問であることはこの上ない。補佐官であるディアを除くと、ここには守護聖と女王候補しか呼ばれていなかったのだから。
だからこそロザリアの血の気が、さっと引いた。そうして、己の行為がまざまざと蘇ってくる。
誇り高き守護聖を使いっ走りにしてしまった。
どうか別人であって欲しいと、心から願った。先程の挨拶は、自分の聞き間違いであったと。
しかし、次に続いた言葉によって、ロザリアの儚い希望は粉々に打ち砕かれるのだった。
「先日はどうも」
動揺を隠せないロザリアとは打って変わって、炎の守護聖であるらしいその男は緊張感など欠片も持っていなかった。
「こちらこそ……」
慌てて返事はしたが、その先が続かない。俯きがちに次の台詞を考えようとしたが、気の利いたものは何も出てこない。
頭を抱えそうになったロザリアの前に、オスカーと呼ばれた彼が力強い足取りで進み寄ってきた。彼の指がロザリアの顎を捉え、俯きがちだった顔を上げさせる。
「あの朝も言った筈だぜ。お嬢ちゃんの可憐な瞳は、底のない海のような悲しみを帯びるよりも、春の陽射しのような柔らかい喜びの光を湛えてくれ、とな」
ぱちぱちと瞬きだけが繰り返される。たっぷりと見詰め合うこと数十秒。今のロザリアにはこの状態を把握できるほどの余裕もなかった。第一、そんな台詞を言われてもいない。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん? そんなに情熱的に見つめ返してきて……俺に見惚れたのか?」
顎にかけられた長い指に、囁くような甘い声。
初めて逢った時から妙に気になっていたことがある。今の今までそれをどう表現していいのか分からなかったのだが、ここにきてようやくすとんと落ちてきたのだ。
ロザリアはようやく言うべき台詞が思い当たったとばかりに、ぽんと両手を合わせる。そして忘れないうちに、それを早口で捲くし立てるのだった。
「何かが引っ掛かると思っていたのですが、ようやく判りましたわ。その口調といい、立ち振る舞い方といい……あなた、いやらしいんですわ」
先日親切にしてくれたこともあって、ロザリア自身はあまり悪い意味をこめたつもりはなかった。ただ純粋にそう思っただけで、適当な言葉がこれしか思いつかなかったに過ぎないのだ。
しかし、この場の空気は急激に張り詰める。そのことを発言主であるロザリアは、瞬時に察してしまうのだった。
皆の目が明らかに失敗したと大きく書いてあるロザリアの青い顔と、生半可なことでは崩れないオスカーの端正な顔を行き来する。
誰も一言も発しない、不気味なほど静かな空間。誰かが生唾を嚥下する音さえも、聞こえてしまいそうなほどの沈黙。
今度こそ本気でロザリアは逃げ出したくなった。その気持ちが表に出てしまったのか、身体が後ろの方へ下がっていく。その拍子にオスカーの手が、ロザリアの顔から離れていった。
「ぷっ!!」
我慢しきれなくなったオリヴィエの口から、押し殺した笑いが洩れる。それを契機に皆は沈黙から解放され、方々から声が上がるのだった。
「言うじゃねえか。おっもしれー、この女」
ワンテンポ遅れて、しかし誰よりも派手に笑い転げていたのはゼフェルである。何度も手を叩き、身体を折りまげて笑っている。
「お、オスカー様はそればっかりでもないんだよ、ロザリア!」
「ランディってば全然フォローになってないよ……。ほら、ゼフェルもそんなに笑わないで」
最年少である筈のマルセルが、年若い守護性の中では一番落ちついた反応を見せていた。
代わる代わる自分とオスカーの間に立つ守護聖たちに、ロザリアはただ頷くしかできなかった。
一方のオスカーは、ロザリアから離した指を、一度だけ鳴らしてから下に置いた。
「いやらしい……ねぇ」
最初こそ面食らったものの、言われた本人はさほど気を悪くするでもなく、ロザリアの発言を反芻していた。確かに、否定できないところはある。勿論、面と向かって言われたのはこれが始めてであるが。
「アンタさあ。まさか、もうこの娘に手ぇ出した、って言うんじゃないよね?」
小声で訊ねてきたオリヴィエの問いを、オスカーは一笑に付した。
「俺は至極紳士的に振舞っただけだ。そうだよな、お嬢ちゃん?」
「はいっ!? な……何か仰いまして?」
大爆笑を買った原因が己の発言にあるとあって、ロザリアはますます混乱状態に陥っていた。周りの反応から察するに、自分は大変失礼なことを言ってしまったのではないだろうか。
おそるおそる視線を上げると、あの切れ長の双眸と見事にぶつかってしまった。しかし薄青色の瞳が、まるで面白いものを見つけたような笑いを含んでいたので、ロザリアは少し安堵したのだった。
「お嬢ちゃんの発言で皆が激しく誤解しているのさ。責任を取って何とか言ってやってくれないか」
ざわざわとしていた音が、ようやく言葉として耳に入るようになってきた。彼の言葉を分析し、すぐさまロザリアは頭を下げた。
「あ、申し訳ございません……」
顔を上げると同時に、蜂の巣を突付いたように騒がしかったホールが、一転して静かになった。ロザリアの謝罪は皆の注目を引きつけるに充分だったのだ。
全員の目がロザリアに集中している。誰もが事の真相を知りたがっていることは明白であった。
「あの……そちらの守護聖さまには…………」
言いかけて、思わず口篭もる。言うべき内容は簡単だ。飛空都市へ始めてきた朝、偶然出会って寮まで荷物を運んでもらった。たったこれだけのことである。
しかし、これは不敬罪に当たらないであろうか。
到着早々にやらかしてしまった失敗に、ロザリアは青くなる。自然と声も小さいものになってしまい、もっとも楽しみにしている鋼の守護聖から野次が飛んだ。
「何だって? 聞こえねーぜ」
アンタ、ホントに何もしていないの?
その割にはロザリアが言いよどんでいるではないか。訝しんだオリヴィエが肘で小突いてきたが、オスカーはそれを無視してロザリアの言葉を待った。
「荷物を運んで……頂きました。それも……むっ、無償で……」
「ほらな」
勝ち誇ったようにオスカーは頷き、オリヴィエを小突き返した。
呆気ない結末ではあったが、常日頃から炎の守護聖における手癖の悪さに悩まされてきた一同は、ほっと肩を落とす。
ただ一人、ゼフェルだけは周囲の反応とは異なり、至極残念そうに舌打ちをするのだった。
「な〜んだ、それだけか。つっまんねーの」
「その言い方こそ何だよ、ゼフェル」
ランディは思わず食って掛かった。尊敬するオスカーの潔白が証明されたのに、酷い言い草をする同僚が許せなかったのだ。
切迫した雰囲気に二人の女王候補たちは息を飲んだが、当のゼフェルは面倒くさそうな視線をランディに返すのだった。胸倉を掴んでいるランディの手を邪険に払い、ゼフェルはさも悔しそうにうそぶく。
「えー。だってよー、てっきりまたおっさんがヤバいことやらかしたのかと思ったじゃねーかよ。ジュリアスの野郎にでも、チクってやるつもりだったのによぉ」
「馬鹿を言うな。やばいことをやらかすのは、大抵お前の方だろうが」
黙っていた当事者であるオスカーが、呆れたように口を開いた。
彼の言う通り、聖地一の問題児の異名は、ゼフェルの為のものであるのだ。
「うっせーな。知ってるんだからな。ジュリアスが知らねーってだけで、ホントはお前の方が何倍も悪ぃことしてるってよ」
「へえ。例えばどんな?」
「うっ…………色々だよ!」
オスカーが巧妙に動いている為に尻尾を掴ませない、という訳ではない。むしろ容疑は上げればキリがないほどごろごろ出てくるのだ。しかし、そのどれもが思春期真っ最中のゼフェルには少々過激――すなわち男女の色恋に関するあれこれである――で、口にするのも躊躇われるのである。
うやむやにしようとしたゼフェルだが、赤くなった顔が彼の思考を雄弁に物語っていた。当然、オスカーはそれを見逃してくれるほど親切ではない。
「ほらほら、上げてみろよ。お前に言わせりゃ色々あるんだろう、俺の罪状が?」
「うっせーぞ、おっさん! オレはてめーと違ってナイーブなんだよ」
「ゼフェルがナイーブ? うっそだあ〜」
「おめーは黙ってろ、マルセル!」
ロザリアは呆気に取られて、彼らのやりとりを見ていた。どうやら自分は不敬だ何だと責められることはしていなかったらしい。
すっかり話題に取り残されてしまった二人の女王候補の元に、オリヴィエがやってくる。
「気にしなくていいよ。あの馬鹿ってば力だけは有り余っているから、いっくらでも扱き使ってやんな」
「聞こえているぞ、オリヴィエ」
お子様集団に囲まれているオスカーから声が飛んだ。オリヴィエは身体ごとそちらを向き、溜息混じりに言葉を返す。
「本当のことでしょ。男だったらいちいち文句言うんじゃない」
「ぬかせ」
「そもそも女の子が困っていたりしたら、我先に駆けつけるくせに」
「至極当然の行動だろうが」
いやに胸を張ってそう答えるオスカーに、オリヴィエは呆れたように呟いた。
「ほらね」
それから再び向きを変えて、屈みこむような姿勢をとる。オスカーと交わしているものとはまったく異なる優しい口調で、オリヴィエは二人の女王候補たちに明るく言った。
「改めて、私が夢の守護聖オリヴィエだよ。ようこそ飛空都市へ。これから宜しく、アンジェリーク、ロザリア」
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to be continued..... |
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