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imbalance 【5】 |
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ぱんぱんと小気味のよい音が響いた。高い位置で手を叩いたオリヴィエによるものである。
「さあ、みんな。そろそろ執務に戻るよ。あんたたちも、これから忙しいんでしょ?」
解散が告げられたのだ。守護聖たちは女王試験の手助けをする為に、聖地からここ飛空都市に呼ばれてきた。次期女王となる二人の候補生たちに助言と各々が持つ力を与え、時には励ますなどして、少女たちを正しい方向へ導いていくのである。
しかしその傍らで通常業務もこなさなくてはならないのだ。すなわち、今まで以上に忙しくなったのだ。
「え、ええ。そうですわね。それではオリヴィエさま、皆様、ごきげんよう」
優雅に会釈をして、ロザリアは踵を返した。
試験はもう始まっている。オリヴィエの言う通り、のんびりなどしていられないのだ。
「ロザリアー! ちょっと待って〜」
足音と共に、高い少女の声が追いかけてくる。ロザリアは少しだけ速度を落して、しかし振り向きもせずにそれを待った。
「はー、やっと追いついた。ロザリアったら、歩くの早いんだもの」
肩で息をしながらも、アンジェリークはロザリアに歩調を合わせて話しかける。
「今日は色々あってビックリしちゃったねえ」
「そうですわね」
楽しそうなアンジェリークとは対称に、ロザリアは気の乗らない生返事を返していた。
「ねえねえ……ロザリアってもうオスカーさまとお会いしていたの?」
「ええ。と言っても、偶然に過ぎないのですけどね」
「うわ〜。それでそれで? いつどこでお会いなさったの?」
「アンジェリーク・リモージュさん?」
確認するようにロザリアの語尾が上がる。名前を呼ばれたアンジェリークは、嬉しそうに相好を崩すのだった。
「やだ。わたしのことはアンジェって呼んでよ」
ロザリアは相変わらず頑なな態度を崩さない。あからさまに嘆息して、堅い表情で言葉を続けた。
「それでは、アンジェ。わたくしはここに遊びに来たのではなくってよ。あなたとつまらない世間話をするより前に、やらなくてはならないことが山ほどあるの。では、ごきげんよう」
「あっ、ロザリア……」
「まだ何か用ですの?」
思わず立ち止まって振り返る。少しだけ落胆したようなアンジェリークの表情が目に飛び込んできて、ロザリアの胸がちくりと痛んだ。
「用って訳じゃないんだけどね、これから寮に戻るんでしょ?」
「当然ですわ」
「だったら、一緒に行きましょ。隣だもんね」
確かに、彼女の申し出を断る理由は存在しない。
「…………よろしくてよ」
ロザリアが首肯するや否や、アンジェリークの表情は再び綻んでいった。ふわっと花が咲いたような、心底嬉しそうな笑顔。飛び跳ねかねない勢いで、ロザリアのすぐ横について歩いている。
(この子は嫌い)
ロザリアは反射的にそう思った。
むしろ恐ろしかったのだ。無邪気な様子は、少し前までの自分にとても似ている。ロザリアが身を切られるような切なさで捨ててきたことを、いとも容易く思い出させようとしてくる。
「嬉しいなぁ」
邪気のない声で、そう呟く。無言で視線を送ると、大きな翠緑色の瞳がじっとロザリアを見上げていた。
「ロザリアとなら、いいお友達になれそう」
一途にロザリアを見つめている、揺るがない瞳。柔らかくて優しい、無防備な微笑み。
「あ……ありがとう」
真っ向から好意をぶつけられて、柄にもなくロザリアは照れてしまう。釣られるように返す言葉も素直なものになってしまった。
(――――違う。これじゃあ駄目なのよ)
ロザリアの足が止まった。それに気づいたアンジェリークも、立ち止まってロザリアの方を振り返る。
小首を傾げたアンジェリークが、視線だけで「どうしたの?」と問いかける。
「なっ、何を言っているのかしら、アンジェリーク。わたくしとあなたはライバルなのよ。いい友人になんてなれるわけないじゃない」
「えー、どうしてー?」
「間延びした声で、当然のことを聞かないで」
厳しい声を出したつもりだった。しかし、それでもアンジェリークは少しも表情を崩さずに、「どうして?」だけを繰り返す。
「だってだって、ホントに『どうして?』って思うんだもん。どうしてライバルならお友達になっちゃいけないの?」
「それは……」
主星の実家やスモルニィ女学院を思いだし、ロザリアは心に痛みを覚えた。
元の世界と聖地とでは、時の流れが違うという。女王試験中に滞在している飛空都市は、女王陛下の計らいもあって、主星にいた頃と変わらぬ早さで時は流れているという。
しかし、それも今だけなのだ。女王になることが決まったら、聖地に行ってその任を果たすだろう。女王になるということは、家族も友人も、今までの人生さえも捨てるということに同義なのである。
その至高にして孤高の存在になる為に、ロザリアとアンジェリークは呼ばれたのだ。その二人が友人となって、一体その後どうするのであろう。女王になるのは、どちらか一方であるというのに。
仲良くすることは簡単だ。女王補佐官であるディアの口振りからして、それを二人に望んでいるかのようにも思えた。助け合い支え合い、そうして高め合っていく存在にと、彼女は言っていたのである。
(でも、結局は離れ離れになるんじゃない)
それなら始めから仲良くしなければいいのだ。所詮は数ヶ月の試験なのだ。第一、互いに親睦を深めている場合でないであろう。初めての場所に、初めての試験なのだ。覚えなくてはならないことは山ほどあるし、日々変化していくであろう大陸からは目を離すことも出来やしないだろう。
(いなくなって清々するってくらい、嫌いになればちょうどいいのよ)
そう、そのくらいでちょうどいいのだ。女王は二人も必要ない。どんなに親密になったとしても、同じ道を歩むことは出来ない。
ならば、少しでも寂しくない方を選ぶのが賢明である。
「ねぇ、ロザリア……?」
一言も発しなくなったロザリアに、アンジェリークがおそるおそる呼びかけたのだ。その声に弾かれるように顔を上げたロザリアの瞳に映ったのは、心配そうに自分を見るアンジェリークの顔だった。
ロザリアは唇を噛み締めた。危うく優しげな言葉をかけてしまうところであったのだ。
「少しはご自分で考えたら?」
叩きつけるようにそう言って、ロザリアは逃げるようにその場を去った。もの言いたげなアンジェリークの視線がロザリアの背中に突き刺さっても、決して振り向きはしなかった。
これ以上、問われないように。これ以上、好かれないように。
何より、自分が彼女を好きになってしまわないように。
アンジェリークもそれ以上追ってくることはなかった。ロザリアのヒールが生んだ無機質な音だけが、規則正しく回廊に鳴り響くのだった。
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to be continued..... |
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