Angelique
**parody**

imbalance 【7】
 

 笑いの収まらぬまま庭園に足を踏み入れると、見慣れた同僚たちの姿があった。ここは人々の憩いの場として使われることが多く、休憩する為の円卓や椅子も設置してあるのだ。
 遠目からでもよく判る一際派手な配色の身なりをした男が、オスカーに向かって手招きをしている。ともすれば珍妙とも思える格好をしているのは、夢の守護聖をおいて他にいない。その横には優雅に腰を落ち着けている水の守護聖の姿もある。オリヴィエにリュミエール。二人ともオスカーと同期の守護聖であった。
「あんたも、大概マメだよね……」
 一連のやり取りを見ていたのだろう。呆れとも尊敬ともつかぬ眼差しが、オスカーに注がれるのだった。
「そうか?」
 空いている椅子を引いて、同席の許可も求めずに座り込む。卓と平行になるように椅子をずらし、長い足を邪魔そうに組んでいた。
「朝からどこをほっつき歩いていたって?」
 オリヴィエの問いかけは、オスカーを僅かに驚かせた。彼の地獄耳は有名だが、まさか会話まで聞こえているとは思わなかったのだ。感心のあまり失笑していると、オリヴィエから視線のみで答えを促されるのだった。
 その目が「忙しいのだから早く言え」と訴えている。
 朝はあまり機嫌の宜しくない同僚を見遣り、オスカーは仕方ないなというように口を開くのだった。
「朝からではない」
 彼の興味を煽るようにオスカーは殊更意味ありげに、しかし至極完結に述べた。先程の純真なお嬢ちゃんと違い、その一言で全てを理解したオリヴィエは、あからさまに顔を歪めた。
「…………夜からなのか。あー、やだやだ。ゼフェルが言っていたことも、一理あるじゃない」
 自分から話題を振ったにも関わらず、オリヴィエは聞かなきゃよかったと悔やんでいる。我関せずを装っていたリュミエールも、これ見よがしに溜息をついているのだった。
「別に悪いことはしていないだろう」
 実にあっけらかんとそう答えるオスカーに、今まで沈黙を守っていたリュミエールが悲しそうに呟いた。
「良いことでもないと思いますが」
「だよねぇ」
 同期でありながら彼らは三人三様である。司るサクリアの性質は元より、特技も好みもまったく異なる面子であるのだが、こうして一人を攻撃する際には、残った二人は驚くほど素晴らしいチームワークを見せるのだ。
 云い様のない雰囲気が漂いかけたちょうどその時、全てを吹き飛ばすかのような明るい挨拶が、三人に投げかけられる。
「おはようございます!」
 早朝からこんな大声を出す人間は一人しか居ない。
 オリヴィエが気だるげに声のした方へ顔を向けると、思った通りの人物が背筋を伸ばして立っていたのだった。
「あんたは朝も早くから元気だねえ」
「はい!」
 風の守護聖であるランディは溌剌とそう答えている。年少守護聖たちの中では最も年上であるのだが、まだどうも子供感覚が抜けない少年であった。
「健全で何よりですよ」
 こちらも朝から爽やかな微笑みを絶やさないリュミエールが、更にその目を細めていた。
「リュミエール……お前はもしかして、遠回しに俺を非難しているのか?」
「いいえ、オスカーの勘違いでしょう。お気に障りましたら、申し訳ありません」
 しれっとリュミエールはそう答えるが、オスカーは釈然としない何かを感じていた。
 炎と水。司るサクリアが相反するこの両者は、日頃からこうして気が合うんだか合わないんだかの論弁が生じることがある。それぞれの敬愛する光の守護聖ジュリアスと闇の守護聖クラヴィスとの間でも、絶えず冷たい小競り合いが勃発している。そのことに引き摺られているだけではないにしても、笑顔で談笑というものには縁遠い二人なのである。
(まったくいい歳こいてさー。守護聖なんざ高々九人しかいないんだから、仲良くとまでは言わないけど、大人の付き合いしてよね)
 いつも間に立たされる自分の身にもなって欲しい、とオリヴィエは思わざるを得なかった。朝からちっともついていないと、己の心中のみで嘆く。
 しかしオリヴィエにも運があったのだ。殺伐とした雰囲気を破ったのは、現状を欠片も把握していないようなランディの明るい声だった。
「そうだ、オスカー様。アンジェリークかロザリアを見かけませんでした?」
 実際ランディは周囲から漂う不穏な空気を何とかしたいなどとはこれっぽっちも考えていなかったのだが、幸運かなあっさりと話題は流れ、オリヴィエにとってはようやく朝らしい心安らかな空間が出来上がるのだった。
「蒼い瞳のお嬢ちゃんなら今しがたまでそこに居たが……って、どうして俺に聞くんだ?」
「そりゃ、オスカー様が一番お詳しそうだと思って」
 ランディの人選も、あながち間違っていないのであった。『女の居る所にオスカーあり』というキャッチフレーズは何もゼフェルだけが思っていた訳ではなかったのだ。むしろ公然たる事実であろう。大っぴらに口にするのはゼフェルくらいのものであるのだが。
 現にオスカーは探し人の片割れの居場所は把握していた。二分の一と、かなりの高確率である。
「あははっ、違いないね。んで、ランディの坊やはどうしてお姫様たちを探しているって訳?」
「二人にこれをあげようと思って……今朝咲いたばかりなんですよ」
 照れ臭そうにランディが差し出した黄色い花を見て、オリヴィエは驚いた声を上げる。
「福寿草じゃないの。へえ、もう咲いていたのね」
「あ、そういう名前の花なんですか? よく知らないんですけど、綺麗だなって思って」
「あんたにしては気が利くじゃない。幸せを運ぶ花なのよ、これって」
「ここに来たばかりで、二人とも心細いでしょう。喜びますよ、きっと」
 いかにもランディらしい行動であったが、オリヴィエとリュミエールは手放しで褒めた。ランディも先輩でもある二人の守護聖に肯定されて、嬉しそうにはにかんでいる。
 うんうんと妙にわざとらしく頷いていたオスカーが、ランディに笑顔で詰め寄った。
「坊やもなかなかやるじゃないか。で、本命はどっちだ?」
「な、な、な……何を仰るんですか、オスカー様。そういうんじゃないですよ」
 顔を赤らめながら、ぱたぱたと両手を左右に振ってランディは謙虚に否定した。
「ということは遊びか。お前も案外、隅に置けない奴だな」
 震えるランディの肩をオスカーが叩いた。完全にからかわれているだけなのだが、悲しきかな当人だけがそれに気づかない。更に赤くなった顔を大きく振って、ランディは懸命に反論する。
「おっ、俺はオスカー様とは違いますっ!!」
 間髪入れずにオリヴィエが手を上げる。
「同意」
「私も二人に同意です」
 あっさりと二本目の手も上がったので、ランディは少しだけ安堵する。そうしてオスカーに抗議の目で訴えると、彼はやれやれと肩を竦めて見せるのだった。
「揃いも揃って俺を誤解していないか?」
「誤解ではなくて理解だと思いますが……」
 素直で真面目な風の守護聖ランディの最大の欠点は、馬鹿正直なところだった。また場の雰囲気が読めないという短所もあるが、それは時に長所にもなり得るのだ。
 ちょうど今も、薄青色の瞳が冷たく光るが、その時ランディの視線は公園の入り口でふわふわ漂っている金色の髪に釘付けであったので、それを無意識に回避している。何とも言えない、幸運の持ち主でもあるのだった。
「あ、アンジェリークだ! すみません、ちょっと失礼します」
 福寿草を手に、ランディは立ち上がった。嬉しそうにアンジェリークをめがけて一直線に駆け出すランディを見て、オスカーは残念そうに苦笑する。この場にいなければ、虐めようがないのだから。
 三人は出来の悪い弟を見るような温かい目で、照れ臭そうなランディと嬉しそうなアンジェリークを見守っていた。
「おやおや、可愛い反応。青春だねえ……」
「本当に。ランディは素直で真面目ですしね」
 まるで捻くれていて不真面目な人間が存在するかのような言い回しである。しかし捻くれていて不真面目な人間がそんなことは気にする筈もなく、駆けていった弟分の背中に親しみを込めた視線を注いでいるのだった。
「確かに可愛いものだな。十八か……俺たちも聖地に召喚された頃は、あんな風だったのかもな」
 珍しく感傷に耽ったオスカーが、そんなことを呟いている。リュミエールはそれに、こちらも珍しく笑顔で相槌を打つのだった。
「少なくとも、貴方は違いましたけどね」
「何か言ったか、リュミエール?」
「いいえ、特には」
 寒い。この寒さはどういうことだろうと、オリヴィエは己の身体を抱きしめた。
 あの鈍いランディでさえ、この場に居合わせていたら怖気立っていただろう。
(あのねぇ、あんたたちはどっちも同じくらい可愛くなかったわよ!)
 早く坊やに帰って来て欲しいと、オリヴィエは切に願った。その甲斐あってか間も置かずに、息を上げてランディが戻ってきた。どうやら渡すのに成功したらしい。持っていった黄色い花は残らず消えていたし、何より極上の笑顔を携えての帰還だったのだ。
「アンタは可愛いねえ、ランディ」
 思わず抱きしめて撫でまわすと、慌てふためいたランディが抗議の声を上げる。
「なっ……何をなさるんですか、オリヴィエ様〜!?」
 うろたえる姿が余計に可愛らしく思う。この時ばかりは同期三人の意見は一致したようで、まごついているランディを見て破顔一笑するのであった。
「よ、用事があるので先に聖殿に行きますね。あ、そうだオスカー様! 今日の夕方も稽古付けて貰えますか?」
「ああ。一時間程度なら構わんさ」
「ありがとうございます! それじゃあ、仕事が終わり次第お邪魔しますね」
 現れた時と同様に、勢いよく去っていく。風の守護聖ランディは、まさに電光石火を絵に書いたような男であった。
「剣の稽古、ですか?」
「ああ。俺の暇を見つけると、すぐにかかってくるんだ。坊やよりレディの相手をしている方が遥かに楽しいっていうのにな」
 そう嘯きながらも、オスカーの瞳はどこか笑っているではないか。
「真面目っつーか、健気っつーか……それで、見込みはあるのかい?」
「あの坊やは太刀筋は悪くないんだが、どうも剣にまだ迷いがあるんだよな。まあ、でもこれだけ練習したがるんだ。心意気だけは高く評価してやりたいものだな」
 一本も取れたことがないくせに、オスカーの前に何度膝を折っても立ち向かってくるのである。それでも徐々にではあるが手応えが感じられる相手の成長を、オスカーは楽しんでいたのでだった。
「そういうところは昔の貴方によく似ていますね」
「ほ〜んと。余計なとこまで似ないといいんだけど」
「一言多いぞ」
 同僚思いの二人は、絶えずそれとなく彼の不埒な振舞いを示唆するのであった。しかし残念なことに、当の本人からはちっとも懲りた様子を見受けられない。そのことは、彼の声音から容易に推測できてしまうのだった。
 暖簾に腕押し。糠に釘。どんな厭味を言っていたとしても、この赤毛の男には効かないのであった。
(あの坊やとだって、タイプ的には似ているのに、どうしてこんなに正反対なんだろう?)
 こっちは扱いにくいったら、ありゃしない。
 それでも、三人で会うことは多いのだ。なんだかんだ言って、気の合う連中なのかもしれない。そう思うと、オリヴィエは余計に落ち込みたくなるのだった。
「類は友を呼ぶ、か……」
「何か言いましたか、オリヴィエ?」
「いいや、何でもないさ。…………あー、もうこんな時間。私もお暇するよ」
 コンパクトで顔をチェックし、口紅を付け直す。
「お前もどこぞの淑女並みにマメだよな」
「何か文句ある?」
 オリヴィエの視線は鏡の中である。口先だけで問うと、さも不可解といったオスカーの声が返ってきた。
「いや、別に……。よく、そんなものをべったりと付けられるなぁと思って」
「よかったら、あんたにもべったり付けてあげようか?」
 さぞや面白い顔が見られるに違いない。炎の守護聖という肩書きによく似合う、どぎついまでに赤い口紅をポーチから引っ張り出して詰め寄るが、心底嫌そうに拒否されるのであった。
「いや、遠慮しておく。口紅の味はあまり好きじゃない」
「…………あっそ」
 当然の事ながらオスカーが口紅を付けているのを見たこともなければ、オスカーに化粧を施してやったこともない。
(一体全体、どこで味わっているのやら……)
 口に出せば「愚問だな」の一言で片付けられるのだろう。分かっているからそのことには触れず、広げた荷物を手早く片付けた。
「じゃ、私は行くからね。あんたもちゃんと仕事するのよ」
 オリヴィエに続くように、リュミエールも立ち上がる。オリヴィエ同様、オスカーに釘をさすことも忘れない。
「私も聖殿へ向かいます。オスカー、貴方も遅刻はなさらないように」
「子供か、俺は?」
 勘弁してくれよ、とぼやきながら、オスカーは前髪をかきあげた。本当にこの同期の連中は、自分のことを誤解しているのではないかと疑いたくなってしまうほどである。
「今日から試験開始なんだぜ。いつお嬢ちゃんたちが訊ねてきてもいいように、俺は万全の体制で自分の執務室に篭っているさ」
 これで文句はないのだろう、とオスカーの瞳が語っていた。しかしリュミエールとオリヴィエの表情は、険しさを増すばかりである。
「篭るだけじゃ駄目なんですよ」
「見境なしに襲っても駄目だからね」
「ああ、もう。いいからお前らは先に行け」
 さも鬱陶しいと言わんばかりに、オスカーは手で追い払う仕草をする。彼が本気で嫌がっているのが面白くて、オリヴィエは声を上げて笑うのだった。
「こっわーい。んじゃ、あんたもすぐに来るんだよ。行こう、リュミちゃん」
 すっかり目が覚めたのか、オリヴィエはリュミエールを引き摺るように聖殿へ向かっていった。
「まったく……けたたましい極楽鳥が飛び立つと、一気に静かになるな」
 風がそよぎ、オスカーの頬を撫でていく。陽射しにも、徐々に熱が感じられるようになってきた。
「おはようございます、オスカー様」
 呼び掛けに顔を上げると、見たことのある女官がにこやかに立っていた。オスカーは反射的に溢れんばかりの笑顔で迎え、おはようと返す。
「今日も見目麗しくて何よりだ。朝から君のような素敵なレディと出会えるとは……俺もついているぜ」
 素早く手を取って、その甲に口付けることも忘れない。遠くから除いていた別の少女たちから、黄色い声が上がった。
 どうやら出仕時間に突入したようだ。彼女たちにも漏れなく挨拶しながら、オスカーは立ち上がった。重かった筈の腰があっさりと上がり、すれ違う女性たちと楽しく会話をしながら、己の職場へ向かうのだった。


to be continued.....

<<back               [menu]               next>>


実は仲良しさんな中堅守護聖たち。


update 27,Mar,2002

[ site top ]