Angelique
**parody**

imbalance 【9】
 

「ロザリアー!」
 遠くから自分を呼んでいる声がすると思ったら、その主が一瞬で目の前に現れたので、ロザリアは少なからず度肝を抜かれた。
「こんなところにいたんだね」
 息を弾ませながらも、まだ余力がありそうである。青年とも少年とも呼べそうな彼も、れっきとした守護聖の一員であるのだった。
 風の守護聖ランディ。今の俊敏な動きを見ていると、それも容易に頷ける。
「ごきげんよう、ランディさま。わたくし、これからランディさまの執務室へお伺いしようと思っていたところなのですよ」
「そうなんだ。俺に何の用なのかな?」
「こんなところで失礼致しますが、育成をお願いできないでしょうか」
 育成や妨害の依頼は、原則として執務室で請け負うことになっている。ロザリアは本日二度ほどランディの執務室まで足を運んだが、そのどちらの場合も彼は外出中であったのだ。
「フィリシアにだね。いいよ、どのくらい?」
 そんな慣例であったことも忘れたかのように、ランディは事も無げに頷いた。
 あっさりと承諾を得て、むしろ気になったのはロザリアの方であった。非礼であることは元より承知しているので、殊更謙虚な言い回しになってしまう。
「少しで構いません。本来なら執務室まで伺って、お願いするのが礼儀なのですが……」
「ああ、いいって。俺はあまりそういうの気にしないからさ」
「申し訳ございません」
 深々と頭を下げるロザリアに、ランディは少し困ったような表情を浮かべる。そしてまるで弁解しているかの如く、必要以上に早口で捲くし立てるのだった。
「だから気にしてないって。折角会ったのにさ、『じゃあ、執務室で』って言う方が可笑しいだろう?」
 思わず、そんな場面を想像してみる。ランディと連れ立って執務室へ向かい、そこでようやく育成を依頼する自分の姿を。
「そうですわね」
 確かにランディの言うことは一理ある。馬鹿丁寧に礼儀ばかり重んじていたら、時間が幾らあっても足りないだろう。それ以前に、滑稽でもあった。
 顔を見合わせて、二人は同時に笑った。おそらく二人とも同じような想像に至ったのであろうと、ロザリアは思う。
「そうだ。俺もロザリアのこと探していたんだよ」
 ひとしきり笑い終えた後、今度はランディがそんなことを言いだすのだった。逆ならともかく、守護聖が女王候補を探している理由に見当がつかず、ロザリアは僅かに首を傾げる。
「わたくしを、ですか?」
「そう。これをあげようと思っていたんだよ」
 突如現れた黄色い花束に、ロザリアは目を見開いた。ランディは別段隠すつもりもなく堂々と手にしていたのだが、育成の以来のことばかりに気を取られていたロザリアは、彼の手元まで目が行かなかったのだ。
「まあ……ありがとうございます」
 ロザリアの手の内で、黄金色の花が小さく揺れている。それを見つめるロザリアの瞳もまた、きらきらと輝いて見えた。
 アンジェリークの時と同様に喜んでいるような手応えを感じ、ランディは照れ臭そうに頭を掻いた。
「今朝咲いたばかりなんだ。ロザリアもアンジェリークも慣れない土地に連れて来られて、心細くないかなあ……なんて思ってさ」
「ランディさまのお心遣い、大変嬉しく思いますわ」
 花を握り締めて、ロザリアは深々と頭を下げた。ロザリアの丁寧過ぎる態度に、ランディは再びまごついてしまう。
「他にも色々咲いているんだ。よかったら、また持ってくるよ」
 邪気のない微笑みに釣られるように、ロザリアの表情も緩んだ。しかし、それと同時に心の奥がざわざわと騒ぎ立てていた。
(あっ…………)
 屈託のない彼の笑顔は、アンジェリークによく似ているのだ。
 危険。
 そんな言葉がロザリアの頭をよぎっていった。また、昔を思い出させる人が現れてしまった。何もかもが輝いて見えて、とても楽しかった――――あの、生温い日々が蘇ってしまう。
 強張った顔にぎこちない微笑みを浮かべて、ロザリアは諭すように説いた。
「ありがとうございます。でも、わたくしに贈り物など不要ですわ。わたくしは女王候補生ですのよ。この飛空都市に、遊びに来たのではございませんの」
「そっか……そうだよね。ごめんね、邪魔をしてさ」
 みるみると翳っていくランディの瞳を見て、ロザリアの心が痛んだ。棘のある言葉というのは、諸刃の剣のようである。相手に与えるのと同じだけの傷を、自らにも負わせるのだった。
 ――――男は頼られると嬉しいんだぜ。
 不意にオスカーの言葉を思い出して、ロザリアは唇を噛み締める。
(だって、仕方がないじゃないの)
 落胆させた原因は判っている。自分が投げかけた言葉が、どのような影響を及ぼしたかも知っている。外界にいた頃のロザリアは、人一倍、発言には気を使っていた。一度発してしまったものは、言霊として永遠に残るのだ。
 だから言葉には責任を持ちなさい。相手を傷つけるような言葉は、極力発してはいけませんよ――――これが、母から教えられたことだった。
 それでなくとも本当は、ランディの純粋な好意を無下にあしらいたくはなかったのだ。
 でも今は、以前とは状況が違うのだ。女王は己の後任として、ロザリアを候補に上げた。そしてロザリアは、その期待に添えるような女王になることを決めた。
 頼ってばかりいたら、己の足で立てなくなってしまう。今から甘えてばかりいたら、この先どうなってしまうのだろうか。自分はいずれ、全ての人間に頼られる存在になるのだから。
 ――――馬鹿だな、お嬢ちゃん。こういうときは利用すればいいんだ。
 また、挑発的な声が聞こえたような気がした。この場にはいない筈の、人を小馬鹿にしたような声が。
 不愉快な空耳である。しかし、それはいつまでも耳から離れなかった。
 自分は馬鹿でない。子供だとも思われたくはない。
 めらめらと妙な対抗心が、ロザリアの中で燃え上がる。最初は小さな火種に過ぎなかったそれは、風に煽られた炎の如く、あっという間に肥大していった。
 にっこりと極上の笑顔を携えて、ロザリアは顔を上げる。前を見据えた蒼い瞳には、どこか物騒な光を孕んで煌いていた。
 凶悪なまでに美しさを引き出したロザリアの微笑に、ランディの目は釘付けになった。全身が熱を帯びたような感覚に襲われる。そのことが、余計にランディをどぎまぎとうろたえさせるのだった。
 対称的に、ロザリアの心はいやに冷静だった。表面上は普通であるが、その瞳だけは厚い氷のような色そのままの温度を保っているかのようだった。
 薄く紅をひいた唇が、おもむろに開く。ごく自然に、ランディに笑いかけていた。
 嘲るような空耳は、今も消えない。それはまるで、ロザリアに言い聞かせているようである。
 それならば、オスカーの助言通り――――
「もしどうしてもと仰るのであれば、あなたのそのお気持ちはフィリシアに注いであげて下さい」
 利用することに、した。



◆◇◆




 なるほど。
 翌日、パスハから受け取ったフィリシアの育成データを眺めて、ロザリアはそう思わざるを得なかった。
 光のサクリアと風のサクリア。同じだけ依頼した筈なのだが、届いている量がまったく違うのだ。
「要は気の持ちよう……と、いうことなのかしら?」
 別れ際のランディの顔を思い出す。ロザリアの言葉に、何かに打たれたかのように目を見張り、それからしきりに頷いていた。
 ――――女王陛下って凄い方だよね。そっか……君たちはそんな存在になろうとしているんだよなあ。俺、なんか感動したよ。ロザリアを見ていると、俺たちも頑張らなきゃって気にさせられるよ。うん、頑張るから育成は任せてくれよ。
 やるぞー! という、気合のこもった掛け声を残し、ランディは爽やかに聖殿へと戻って行ったのだ。
 ロザリアは呆然と、彼の後ろ姿を見送っていた。まさかこれほどまでに効果的だとは思わなかったのだ。
 ランディの表情から憂色が消えたことは非常に喜ばしかったが、代わりにいささか力が入り過ぎではないかという不安が募った。
 張り切りすぎて、無茶をしないだろうか。真っ直ぐに走っていったが、あの勢いでは周囲がちゃんと見えないのではないだろうか。
 あまりにもストレートなランディの言動に、ロザリアは昨日から気が気でなかったのだ。変なことに災いしなければいいのだがと、王立研究員に来るまで胸のざわめきは拭えなかった。
 しかし、そんなロザリアの心配も杞憂に終わった。とりわけ事件らしきことも起こっておらず、育成は順調になされていた。ランディは暴走するでもなく、ロザリアの依頼を忠実にこなしてくれたに過ぎなかったのだ。ただ、注いでくれた力が通常より多かっただけのことである。
 そう、ロザリアにとって実にありがたい結果だけが残ったのだった。
 不本意だが、オスカーの真似――もとい、アドバイス通りに行動してみると、存外に好意的な反応が返ってくることが判った。相手に不快感も与えず、自分も希望のものを得た。なるほど、これは至極建設的である。
 彼が女性に人気があるというのも、あながち間違っていないかもしれない。
 妙な納得をして、ロザリアは本日の育成と学習に向かうのだった。


to be continued.....

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ロザリア・デ・カタルヘナ16歳。色んな意味で、女王様目指して驀進中。


update 14,Apr,2002

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