Angelique
**parody**

imbalance 【10】
 

 また、だ。
 微笑んでいるのに、その瞳はちっとも笑っているように見えない。
 どうしてそう感じたのかは判らないが、ロザリアはそう思わずにはいられなかったのだ。



◆◇◆




 真っ赤に染まった夕陽が、地上からその姿を消そうとしていた。
 闇が支配するにはまだ早く、仄かに薄暗さを伝えているような刻である。ぼんやりとした世界の中で、水音だけが明確に澄んだ音を刻んでいた。
「ごめんなさい……私、他に好きな人ができてしまったの」
 沈黙を破ったものは、核心を突いた言の葉だった。
「知っていたよ」
 抑揚のない淡々した口調は、絵空事とも思えるような儚い情景に似つかわしいものである。目を見張る少女に向かって、再び優しい声が注がれた。
「いいんだ…………分かっていたさ、とっくの昔から。お嬢ちゃんの蒼い瞳に映るのは、俺とは違う男だっていうことを……」
「許してくれるの?」
 今にも泣き出しそうな震える声で、少女は男に問いかける。それを見た男は、困ったような表情で苦笑していた。
「許すも許さないもないだろう。既にお嬢ちゃんの心はこの俺から離れているのに」
 視線が絡み合う。二人の眼差しは互いに温かく、優しかった。話している内容とは裏腹に、愛しいと思う気持ちが溢れ出ているようであった。
 少女の青い大きな瞳には、謝罪と涙が浮かんでいる。
「ごめんなさい……でも私、貴方のことを本気で愛していたわ」
「俺もだよ」
 目を細めて、二人は小さく笑った。そしてそのまま、ゆっくりと互いの瞼が閉じていく。二人の距離は徐々に縮まっていき、ついには一つになるのだった。



◆◇◆




 夜とも昼とも言えぬ曖昧な時分に、湖のほとりで寄り添う一組の男女。逢引というには深刻だが、口調はあくまで穏やかで。それから、ゆっくりと重なりあっていく影。
 これだけ揃いも揃っていたら、訳ありなのは言うまでもない。
「もしかしなくても……わたくしは、大変なところに居合わせてしまったのかしら…………」
 ようやく洩れた呟きは、何とも間が抜けたものになってしまった。
 これでは、完全に出歯亀である。
 しかし目の前で繰り広げられた展開に、ロザリアは固まって動けなくなっていたのだった。
 根元から四方八方に枝分かれしている灌木の脇に、ぺたんと尻餅をつくような形で座り込んでいる。繁り始めた若葉に遮られていることもあって、ロザリアはちょうど彼らから死角になっていた。
 早々に立ち去りたいが、下手に動いては見つかってしまうだろう。
 見たくもないが、見ていないと自分の存在に気づかれてしまうかもしれない。覗いているようで申し訳ないが、覗きたくてここにいる訳でもない。
 結局様子を窺っているより他無く、複雑な心境でその場に待機しているのであった。
(どうしてわたくしが、こそこそしていなくてはならないのかしら……)
 考えれば考えるほど理不尽である。ロザリアは己の不幸を呪うと同時に、彼らの軽率さを怨みたくなった。
 既に陽はほとんどその姿を隠しているとはいえ、他人も訪れるような場所でこのような行為に及ぶだろうか。人通りは少ないし、ちょっと寄り道をするには不便な場所であるが、自分のように足を運ぶ者だっているのだ。
 ましてや狭い飛空都市である。限られた人数しかいないこの場においては、誰もが顔見知りみたいなものである。
 現に数日前にやってきたばかりのロザリアでさえも、少女が王立研究院に遣える女宮であることを知っていたのだった。そしてもう一方は、ロザリアとしては知りたくもないが、女王候補生として知っておくべき存在なのである。いや、男の方は、『彼を知らない者はこの飛空都市の住人ではないだろう』といっても過言でないくらい知名度の高い人物なのだ。それもその筈、彼はこの広い宇宙にたった九人しか存在しない守護聖の一人であるのだから。
 やはり非常識なのは彼らの方であるのだ。自分は何てついていないのだろうか。本日の育成も情報収集も済んでしまったので、ただ休憩がてら訪れただけであったというのに。誰にも邪魔をされたくないからと、わざわざ湖畔を選んだのだが、その人気のなさが仇となってしまったようである。彼らもロザリアと同じことを思い、わざわざ選んでこの場所にやってきたのだろう。
(んもう、他人の前で目を閉じてしまうなんて……)
 はしたないと呟きかけて、はたと気付く。今、二人は瞳を閉じているではないか。
 もしかしなくても、これはチャンスである。
 ロザリアはたちどころに荷物をかき集め、出来るだけ屈みながら湖を後にした。立ち振る舞いにも普段以上に気を遣い、殊更足音を立てずに歩いていく。
 小さな森から抜け出して完全に彼らの姿が見えなくなって、ようやくロザリアは一息つくのだった。
 いつ見つかるか分からない状態でいるのは、心臓に悪いことこの上ない。まだ鼓動が収まらぬ胸を押さえるように手を当てて、ロザリアは大きく深呼吸をするのだった。
(それにしても……あのオスカーさまにも、こういうことってあるのね)
 色々と驚きっぱなしではあったが、これには一番仰天させられたのだ。百戦錬磨を謳っていたのは伊達ではなかったのだと思い始めていた矢先であったので、なおのことだ。
 振られることが不名誉だとは思わない。愛情にしろ友情にしろ、互いの気持ちがあってはじめて成立するものなのである。だから当然こういったすれ違いは起こってしまうだろうし、それは稀有なことではないだろう。
 それでも、あまり吹聴されて気分のいいことでもないだろう。第一、言う相手もいやしない。
 オスカーの気持ちも多少慮って、ロザリアは見たばかりの記憶を封印することを決めるのだった。


to be continued.....

<<back               [menu]               next>>


ようやく最初に繋がった。


update 20,Apr,2002

[ site top ]