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imbalance 【11】 |
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女王試験が始まったとはいえ、守護聖たちにとっては今までとさほど変わりなく日々が流れていく。平日は基本的に己の執務室に篭り、与えられた任務を着実にこなしていくだけであった。
オリヴィエはオスカーの執務室でたむろしていた。書類を届けにきたのだが、そのまま居ついてしまったのである。
「それで……お前は一体いつまでここにいるつもりなんだ?」
「そう堅っ苦しいこと言いなさんな、ジュリアスじゃあるまいし」
オリヴィエの軽口に、オスカーは顔をしかめる。オリヴィエがジュリアスに敬意を払っていないことを、オスカーはいつも不満に思っていたのだ。
「お前に居座られても、ちっとも嬉しくないんだが」
「あ〜ら。美人はべらすの、好きなくせに」
「男は問題外だ」
「どーせ暇なんでしょ。また聞いたわよ、色々と」
机に向かって書類に目を通しているオスカーと、その机に座ってそれを眺めているオリヴィエ。この場合、時間を持て余しているのは、完全にオリヴィエの方である。そう、要するに彼は暇を潰したいのだ。
守護聖らしからぬ行動ではあるが、オリヴィエの言い分もオスカーには理解できた。こうも単調な日々が続くと、彼でなくとも何らかの刺激を欲するようになるだろう。
オスカー自身も暇であったし、オリヴィエのもったいぶった言い回しが気になったので、彼に付き合うことにした。
オスカーはペンを置いて、その手を机の上に組み直す。話を聞く体制に入ったのだ。
そんなオスカーの正面に座り直し、オリヴィエは嬉々として仕入れたばかりの噂話に次々と花を咲かせていった。
しかし、最初は楽しそうであったオリヴィエの顔も徐々に崩れていき、いつしか笑みさえ浮かばなくなっているのだった。
「――――あんたってホント、極悪非道よねえ……」
事の顛末を聞き出した後の、オリヴィエの第一声はこんな言葉であった。
折角話してやったのに何という言い草であろうか。オスカーは自分の発言も省みず、そんな風に思うのだった。
「人聞きの悪いことを」
いかにも憮然といった表情で、オスカーは眉を顰める。しかし、オリヴィエは前言を撤回しようとはしなかった。
「だってそうじゃない。縁を切った責任をみ〜んな相手に押し付けてさ。自分はちゃっかり他の女と宜しくやってるんだもん。そりゃ、彼女が報われないって」
わざとらしくオリヴィエを睨みつけてみるが、彼はどこ吹く風といった様子である。諦めたような素振りで、オスカーは吐き捨てるように言った。
「何とでも言え」
「ええ、言うわよ。遠慮なく。どーせあんたのことだから、先に熱が冷めたんでしょ。それをよくもまあ、さも向こうが心変わりしたように仕向けられるわよね」
「巧く振られるのも、楽ではないな」
肩を鳴らすような仕草をして、オスカーは大仰に溜息をついて見せた。
「選択権も決定権もごっそり放棄して、相手にやらせようなんて虫が良すぎるのよ」
「それが一番円滑で穏便な方法だろう。あのお嬢ちゃんだって、自分から振ったんだ。彼女の自尊心は保たれ、俺は後腐れがない。まさに一石二鳥じゃないか」
ランチのメニューを決めるような、他の守護聖たちの噂話をするような、明日の天気を予想するような、そのくらい平然と、世間話と何ら変わりない声調でのたまう。
無理もない。オスカーにとっては、本当にこれも日常の一部なのだから。
「この悪党! いつか誰かに刺されるわよ」
むしろ一度や二度や三度や四度――――とにかく、何度か刺されたらいいのだと、オリヴィエは思った。こいつの沸騰した血を多少抜いてやったら、その熱も幾らかは冷めるのではないだろうか。
しかし昔から『馬鹿につける薬はない』といわれている。このくらいの荒療治では、きっとこの大馬鹿には効かないであろうことも、オリヴィエは重々承知していた。それでも少しは大人しくなるのではないかという、ほんの僅かな期待すら縋ってみたかったのだ。
まさに藁をも掴む気持ちである。しかし所詮、藁は藁。それが空を掴むことと同義である事は、明白であった。
そして、それを証明するかのように、オスカーはオリヴィエの提案もどきを、鼻でせせら笑うのだった。
「そんなヘマはしないさ」
やけに確信を持ったいらえ。どこにそんな自信があるのか、オリヴィエには皆目見当がつかない。
目だけでその真意を問うと、オスカーはさも当然というように言葉を続けるのだった。
「だから、向こうは向こうで他の男と宜しくさせてやっているんだろう」
『させて』やっている。
全ては己の手の内にある。それこそがこの男の本心なのだ。
大胆不敵。傲慢不遜。厚顔無恥。男を形容する熟語がオリヴィエの脳裏に次々と浮かんでは消えた。
悪びれもせず、いけしゃあしゃあと言って退けた悪友を前にして、オリヴィエは深い溜息をつくより他無かった。そして握り締めていた心の藁を、綺麗さっぱり放り投げる。
オリヴィエはすっかり失念していた、奴のもう一つの悪癖を思い出した。大体、この男は大概にしてこうなのだ。燃えるような髪を併せ持っているのに、その心は常にどこかが冷めている。
否、どこかが欠落しているのかもしれない。
底冷えするような光を湛えたアイスブルーの瞳を見つめ、オリヴィエは諦めたようにごちる。
「あんたを本気にさせるものってないのかしらね?」
「心外だな。俺はいつでも本気だぜ」
さも当然と、オスカーは左の肩だけを僅かに上げる。
「自覚がないなら、尚のことよ」
オリヴィエなりに心配しているのである。どんなに文句を言い合っていても、一応は友人なのだから。
(ホントに。一度くらい、あんたが熱くなるところを見てみたいわ)
それが女であったら、格段と面白いだろうに。
決して叶わないであろうが、そんなことにでもなってくれたら退屈しないで済むのにと、オリヴィエはやはり自らの娯楽ばかりを考えているのだった。
◆◇◆
軽く首を振ったオリヴィエの視界に、蒼い色彩が飛び込んできた。半開きの扉の向こうに、人影が見えたのだ。
背筋を伸ばして本やら書類やらを抱えてたたずんでいるのは、話題の女王候補生の片割れであった。凛とした立ち振る舞いは普段と何ら変わりないが、その整った容貌が若干青白く見える。
挨拶さえ発しないロザリアを不審に思いながらも、オリヴィエは彼女に笑顔を向けるのだった。
「あら、ロザリア。そんなところで何やってるのさ?」
いつもならここでそつのないいらえが返ってくるのだが、彼女は微笑すら返そうとしなかった。それどころかロザリアの顔色は、青から赤へとみるみる変化しているではないか。
「ご機嫌麗しゅう、女王候補殿。……って、どうしたんだお嬢ちゃん? そんなに怖い顔をして」
二人の問いかけにロザリアは答えない。ただ震える彼女の白い手が、真正面を指差すのだった。
「あなた……誇り高い守護聖であるくせに…………最低ですわっ!!」
ロザリアの恐ろしいまでの剣幕に、その場にいた二人の守護聖は反射的に身を引いた。
オリヴィエが半歩だけ右にずれるが、まっすぐに伸びたロザリアの指は微動だにしなかった。
どうやら、最低な守護聖はオスカーの方であるらしい。
ほっとしたオリヴィエの口から、思わず失笑が洩れる。安堵して現在の状態を冷静に分析した結果、それは格好の機会であることに気がついた。オリヴィエはちょうど退屈していたのだ。仮にも守護聖に、しかもオスカーにこういう物言いをする者――しかもそれが女性である――は、非常に稀なのだ。こんなに楽しめそうなチャンスを、逃してなるまいか。
「盗み聞きは高尚な趣味なのかな、お嬢ちゃん?」
「なっ……」
オリヴィエと話している時とはまったく異なる優しい口調であるのだが、その内容はどこか刺々しいものだった。
「感じの悪い言い方するわねえ〜。通りすがりに、たまたま耳に入っただけでしょ。気にしなさんな、お姫様」
オリヴィエは助け船を出した。友人の目から見ても最低の男なのだ。しかし面と向かってそう言って退けた人物は、皆無に近い。むしろロザリアには拍手を送りたいと思っていたくらいなのである。
オスカーの自信は、根拠のあるものなのだ。悔しいことに顔も力も伊達ではない。彼の剣技の右に出る者はおらず、精悍な顔は余裕に満ち溢れ、渇きを知らぬ滝の如くよどみない言葉が流れ出すのだ。そして、こと悪巧みにかけて彼の脳は非常に優秀で、めまぐるしく回転しては、尋常ならぬ能力を発揮する。
もっとも性質が悪いのは、それらの能力や魅力をオスカーは十二分に知り尽くしていて、それを存分に使いこなせることだ。
それゆえに、この最低な男を屈服できるような男もいなければ、この最低な男に骨を抜かれない女もいないのだ。
(女騙している手管がモロにバレて、この馬鹿もちょっとくらいは焦るかしら?)
くすくすと笑いを洩らしているオリヴィエを気にすることもなく、オスカーはロザリアに歩み寄った。
「偽りは人の為って書くんだぜ、お嬢ちゃん。それが大人の作法なんだよ」
オリヴィエの期待に反して、オスカーはうろたえもせずに平然と言い放つ。
「騙すことが作法ですか? わたくし、始めて知りましたわ」
一瞬怯んでいたロザリアであったが、すぐに我を取り戻し、今度は食ってかかる。少女は幼い頃から嘘をつくことは最低の行為なのだと教えられてきたのだ。だから、これはロザリアなりの皮肉である。
しかし、相手が悪すぎた。悲しいことにこの不埒な守護聖は一枚も二枚も上手なのだ。ロザリアの可愛らしい厭味などではほんの少しの痛みすら与えずに、むしろそれを逆手にとって何十倍にも膨らませてお返しすることなど朝飯前なのだ。
「おっと、これはすまなかった。お嬢ちゃんに大人の恋愛論を唱えたって、まだ理解できる訳がないな」
簡素な台詞で大きなダメージを与える。自他共に認める完全無欠の女王候補がもっとも嫌うところである『子供っぽさ』と『理解不足』を、ご丁寧に混ぜ合わせて差し出したのだ。
案の定、ロザリアは悔しそうに唇を噛み締めて、オスカーを睨めつけた。
「わ……わたくしに理解できないことなんてなくってよ!」
ほとんど怒鳴るように反論する。感情が昂ぶって、ロザリアの顔は朱に染まっている。固く結ばれた両の手は、怒りの為に震えているのが判る。
そんなロザリアを煽るように、オスカーは「いいや」と首を左右に振るのだった。
「いいや、あと五年……いや、せめて三年は必要だな」
いかにも心配していますという保護者面をこさえてはいるが、その隅でゆっくりと唇だけを、しかしロザリアにも判るように緩ませた。
完全にからかって遊んでいるといった態度が、ますますロザリアを不愉快にさせる。
「もっとも、俺が直接指導してやれば、あっという間に上級者だけどな。どうだ、学んでみるかいお嬢ちゃん?」
百聞は一見にしかずと言うだろう。
日に焼けて充分過ぎるほど筋肉の付いた腕が、ロザリアの方に伸ばされる。自分のものとはまったく異なるよく鍛え上げた腕が、少女の肩に落ちた髪を掬い上げる前に、ロザリアは力一杯それを撥ね退けた。
「結構ですわっ!!」
ふわりと風を生んで、青い髪がなびく。その風に乗って、微かにいい匂いが室内に漂う。
その香りが消えるより早く、ロザリアはオスカーの執務室を後にした。どんな状況下においても、『ごきげんよう』の挨拶だけは忘れない。退出の礼は、一分の隙もない、とびきり優雅なものだった。
いささか品位に欠けるくらいの大きな音を立てて扉が閉じる。男二人が残された室内には、妙な静けさが訪れていた。
「ロザリアといいアンジェといい……今回の女王候補生たちは、ほんっとに面白い娘だねぇ」
しみじみといった風情で、オリヴィエは少女たちをそう評価する。
オスカーはそんなオリヴィエを見て、わざとらしく肩を竦めて困った表情を浮かべてみせる。
「悪い奴め。お子様たちをあまりからかうなよ」
「それはこっちの台詞でしょーが」
揶揄するようなオスカーの台詞に、オリヴィエはしっかりと返しを入れる。それから目を細めて、楽しげに頷いていた。
「あんたの言葉に惑わされない女の子がいたとわね。こりゃ、見込みがあるわ」
「なに、俺が本気でかかって陥ちない女なんてないさ――――それがたとえ、女王でもな」
「いい加減におしっ!」
言葉と同時に、平手でオスカーの頭をはたく。オスカーは避ける素振りもみせずに、甘んじて友人の愛の鞭を受けるのだった。
「口と同時に手を出すなよ」
分かっていたから避けなかったのだろう。大した痛みを感じた様子もなく、オスカーは笑って抗議するのだった。
「まったく……誰かに聞かれたらどうするのさ」
オリヴィエは慌てて周囲を見まわした。随分な発言をそこらの厳格な守護聖にでも聞かれていたら、大目玉を食らっていたであろう。
(不敬だってば、ありゃしない)
ロザリアがご丁寧に扉を閉めてくれたことを、オリヴィエは心から感謝した。
安堵の後には、面責したい気持ちが湧き上がってくる。『アンタこそ感謝しろ』と言わんばかりの非難がましい目で見ると、オスカーは不敵な笑いを浮かべるのだ。
「そんなことは、判り切っている」
ところがオスカーから出た言葉は、輪をかけてろくでもないものであったのだ。
「聖地一のプレイボーイの名にかけて、女王を口説くまでだ」
――――やはりこの男は最低である。
オリヴィエは改めて、目の前にいる悪友の評価を、そう下さざるを得なかった。
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to be continued..... |
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