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imbalance 【13】 |
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前門に虎を拒ぎ、後門に狼を進む。一つの災難から逃れたと思ったら、別の災難に遭うことのたとえであるが、現在アンジェリークが置かれた状況は、むしろ前門の狼、後門の虎といったところであろう。
実際のところ、アンジェリーク自身には災難も害も何一つ及んでいないのだが、彼女の脳裏に浮かんだのはまさにそんな言葉であったのだった。
前方からは舌舐めずりをせんばかりの狼が、じりじりと歩み寄ってくる。そして、それに対峙すべく、後方からは虎が負けじと眼光鋭く睨みをきかせている。緊張が駆け巡り、一時たりとも気を許せない。
憐れな乙女は、双方を恐ろしい獣に挟まれて完全に逃げ場を失ってしまう。まさにそんな状況下において、アンジェリークは身体を小さくして震えるより他に術がないのであった。
そんな少女の胸の内を知ってか知らずか、笑顔で近づいてきた狼が、おもむろにその口を開いた。
「これはこれは……ご機嫌はいかがなものかな、お嬢ちゃんたち?」
問いかけられているにも関わらず、虎の方は一言も言葉を発しようとはしなかった。しかし剣呑な光を宿した青い瞳が、雄弁にその心内を物語っているのだった。
優しかった親友が、今や虎よりも遥かに恐ろしい存在であると思える。ロザリアから立ち上る殺気を背中で感じて、アンジェリークは
親友は、今や虎よりも恐ろしげな殺気を周囲に放っている
「こっ……こんにちは、オスカーさま」
強張りながらも何とか笑顔を作り上げたアンジェリークは、この場を取り繕うような明るい声を出していつも通りの挨拶をした。
「いい返事だお嬢ちゃん。それに引き換え、こちらのお嬢ちゃんはお行儀がなっていないな。女王になる為の学習より、礼儀作法から学んだ方がいいんじゃないか?」
亀裂が走るような音が聞こえたような気がする。驚いて振り返ると、そこには戦慄いたロザリアの姿があった。
「ろ、ロザリアぁ…………」
周囲に漂う春とは思えない寒々とした雰囲気に、アンジェリークが怯えるような声を上げる。心配げに見上げてくる彼女に免じて、ロザリアは渋々ながら口を開くのだった。
「ごきげんよう」
大変不本意である――――と、ロザリアは表情全体で訴えていた。
「ん? お嬢ちゃんには、何かお気に召さないことでもあったのかな?」
お気に召さない原因ともあろう者が、いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけるではないか。
「オスカーさま。何度も申し上げますが、お嬢ちゃんはいい加減やめてくれません? わたくしもアンジェリークも『お嬢ちゃん』では、紛らわしくて敵いませんわ」
『なるほど』と、わざとらしいまでに大きく頷き考え込む素振りを見せていた炎の守護聖であるが、いくばくも逡巡しないうちに、その端正な顔を上げた。
「そうは言っても、やはりお嬢ちゃんたちは『お嬢ちゃん』だな。金の髪のお嬢ちゃんは、それでも構わないんだろう?」
「え……ええ」
アンジェリークはもはや頷くことしか出来ない。どちらに対して反論することも、この上なく恐ろしく思えたのだ。
思い通りの答えを導き出せて、オスカーは満足げに微笑んだ。聖地の女性はおろか、全宇宙のお嬢ちゃんたちをも虜にしてきたという、あの極上かつ極悪な微笑みである。
「お嬢ちゃんは素直でいい子だな。青い瞳のお嬢ちゃんも、あまり我が侭を言って俺を困らせるんじゃないぞ」
彼の大きな掌が、ロザリアの頭をいささか荒っぽく撫でまわした。幼子をあやすようなその仕草は、綺麗に整えてあったロザリアの髪を激しく乱す。
「わっ、我が侭なのはあなたの方でしょう!!」
乱れた青い髪がみるみる逆立っていくのを、アンジェリークは目の当たりにするのだった。
「ロザリアっ! ブレイク、ブレイク……」
さすがにこのままではいけないと、アンジェリークは身を挺して二人の間に割り込んだ。そうしてオスカーに掴みかからん勢いで対峙していたロザリアを、無理矢理彼から引き剥がす。
「あんたは引っ込んでいてちょうだい!」
それでも、アンジェリークは離れなかった。ロザリアの腕にしがみ付き、彼女を止めようと試みる。
「離しなさいよ」
「ダメ! けんかは絶対ダメっ!!」
「誰も喧嘩なんてしていないでしょ!」
まるで他人事のようにその様子を眺めていたオスカーが、楽しげな色を多分に含んだ声音で、ロザリアを諭しにかかった。
「まあまあ……。相変わらず怖いお嬢ちゃんだな。ほら、金の髪のお嬢ちゃんが、君の迫力に怯えているぜ」
自分を引き合いに出さないで欲しい。
アンジェリークが心の中でそう嘆くと同時に、鋭い眼差しが自分に向いているのを感じた。考えるまでもない、ロザリアのものである。「本当ですの?」と、その蒼い瞳が問うていた。
――――ううん、まさか〜。ロザリアが怖いなんて、思うはずないじゃない。
そう言いたいのだが、アンジェリークの口は思うように動いてくれなかった。平然と正反対のことを言ってのけることができるほど、アンジェリークは大人でも図太くもなかったのだ。
ロザリアの視線が、痛いほどに突き刺さる。そんな彼女の無言の重圧は、自分で思った以上に恐ろしいのであった。
いまやロザリアは、下手に触れれば爆発は必至のダイナマイト状態である。そんな一触即発な状況を打ち破ったのは、オスカーの穏やかな声音だった。
「おいおい、余計に竦んでしまっているじゃないか。だから、その険しい表情がいけないんだ。まずはにこやかな笑顔を作ってだな……」
ロザリアの眼差しが自分から離れ、ほっと息を吐きかけたアンジェリークの心が瞬時に凍っていった。むしろオスカーは導火線に火をつけているではないか。幾ら彼の専門分野とはいえども、これはあんまりである。
これ以上ロザリアを煽らないで欲しいと、アンジェリークは切実に願った。オスカーがからかう度に、ロザリアの怒りの度合いは確実に激しくなっているのである。
そっとロザリアを窺い見ると、案の定わななく唇を隠そうともせずに正面を見据えている少女の表情があった。相当頭にきているに違いないだろう。
そして、オスカーは分かってそう動いているのだ。平静な表情を崩さないオスカーの瞳の奥で、いたずらめいた光がちらちらと灯っている。よく見なくては分からないくらい小さなものであるが、それはロザリアの顔色が変わるたびに、確実に輝きを増している。
ロザリアも怖いが、オスカーも怖い。
逃げ出してしまいたいが、このまま放って置いたらますます手に負えない事態に突入してしまうだろう。アンジェーリークはそんなジレンマの中にいた。
「オスカーさまぁ〜。ご機嫌よう」
オスカーが片手を上げて応えると、向こうの女性軍からは黄色い声が上がった。そして連鎖反応のごとく、次々と声が上がり、無数の手が上がる。
「これは随分と元気なお嬢ちゃんたちだな。ご機嫌麗しそうで、何よりだ」
必要以上に丁寧に応対する炎の守護聖に、ロザリアは冷ややかな目を向ける。
「ここにいる皆様は、大変視力がお悪いようですね。わたくしには完全なロクデナシにしか、見えないんですけど」
もはや遠慮も何もない発言であるが、オスカーは小さく肩を竦めるだけだった。
「皆が皆、お嬢ちゃんと反対の意見だとしたら、少数派であるお嬢ちゃんの目の方を疑うべきではないのか」
「まあっ!?」
ロザリアの瞳がこれでもかと大きく見開かれる――――矢先に、アンジェリークは彼女の腕をがっしりと掴んでいた。
「わ、わたしたち忙しいので、この辺で失礼致しますね」
「何をするのよ、アンジェリーク!?」
そのまま有無を言わせずぐいぐいと腕を引くアンジェリ−クに、ロザリアは抗議の声を上げる。
「いいから行くの。それでは、オスカーさま。さようなら〜」
アンジェリークは強かった。もがくロザリアを決して放さず、引きずるようにその場を後にする。
「ちょっと、アンジェリーク。そんなに引っ張らないでちょうだい……」
少女たちの姿が、次第に小さくなっていく。怒っているようなロザリアが、叱られているようなアンジェリークに連れられていく。どうにもアンバランスな二人の少女を眺め、オスカーは笑いを堪え切れずにいたのだった。
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to be continued..... |
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