あたしたちはただ、静かに下界を歩いてた。
いつもは賑やかなマルセルさまも今日は大人しい。
あたしも話のきっかけを掴めずに黙ってついて歩いてた。
……今頃、飛空都市ではみんなどうしてるだろう。
あたしたちの事、どう思っているのだろう……。
どちらが言い出したかなんて忘れてしまった。ううん、判らなくなったって言った方がホントかな。
まさか本当に実行するとは思っても見なかったけど……
―――もう後戻りは出来ない。
あたしたちに帰る場所はもう、ない………
「地上って寒いんだね」
急にマルセルさまが口を開く。
「ええ、そうですね。……もうすっかり秋だわ」
飛空都市は女王さまのお計らいで一定の気温に設定されている。
四季すらも感じられなかったんだ、あの場所は……
昨日まで雨が降っていたのか、地面の落ち葉は湿っていた。
見上げると、今にも降り出しそうな曇り空。
「真っ暗、ですね。雨…降るでしょうか?」
「う〜ん、今にも降り出しそうだよね」
その前に何とかしなくっちゃ、と努めて明るく言ってるのが手に取るように解る。
「そうですね」
あたしはそれに同じような笑顔で返した。
ねぇ、これからどうするんですか?
……何処に行くんですか?
突如大きな鐘の音がした。びくっと身体が強張る。
「……まだ有ったんだ、この鐘」
夕方のチャイム。この音と共に帰宅するのが昔からの習慣だ。
「マルセルさまの時も有りました? ふふっ、これが凄く嫌だったんです、あたし。無理やり家に帰らなくちゃいけないって思わされて……」
そこまで言って口を噤む。そう、これは帰りの合図。
言ってはいけない事を言ってしまった。動揺してるあたしが居る。
!
足を何かに取られた。派手に転んでしまう。
「っ痛」
「大丈夫? アンジェ!!!」
マルセルさまが駆け寄って来てくれた。あたしに手を貸してくれようと右手を出しかけて…引っ込める。
あたしも今、瞬時に思った。差し伸べられた手に触れることは出来ないって。
―――何故ならあたしの手は氷のように冷たいから―――。
きっとマルセルさまが思ったのも同じ事……
心配そうに、ばつが悪そうに、マルセルさまはあたしのことを見つめている。
「大丈夫ですよ、ほらっ」
元気良く、立って見せる。ほらね、まだ大丈夫……。
安堵の笑みを浮かべるマルセルさま。行こうかと、あたしを促す。
そう、行ける。まだまだ大丈夫。だからここで止めるなんて言わないで。
縋るような気持ちであたしは彼の後をついて行った。
ぽつん、ぽつん、と滴が顔に当たる。
「――降ってきちゃったね、雨」
とうとう空が泣き出した。
「この位なら平気です。早く……急ぎましょう」
早く行こう。立ち止まらずに……連れ去ってください、雨なんかに負けないで。
あたしたちは歩き出す。雨の中を。
―――さっきより確実に遅いスピードで。
もう解っている、あたしも……マルセルさまも……。
あたしたちの帰る場所はもう……あそこしか、ない……。
気付き始めている……ね、マルセルさま。あたしが傘を捜していることを。
彼が言う前に『帰ろう』と言おうとしていることを―――。
静かに二人で歩いていた。残り少ない葉から落ちる滴。濡れそぼった樹は、まるであたしたちの様だ。
雨はまだ…止む気配が無い……。
Fin
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