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朝の唄 【3】 |
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5121小隊。
熊本県、尚敬高校に設置された部隊である。個別研修を終えた瀬戸口とののみが、本日付けで派遣されたところである。
一言で、プレハブ校舎であった。
尚敬女学院に間借りをしているとは聞いていたが、これは想像を超えていた。なまじ昨日までいた施設が、わりあい綺麗だった所為もある。風が吹いたら倒れてくるのではないかと思う薄い壁に、雨が降ったら水漏れしそうに頼りない屋根なのだ。
「こりゃ……とんでもない所に来ちまったな」
「たかちゃん、たかちゃん。あのね、おくじょーがあるのよ」
一方ののみは、初めて見る校舎をいたくお気に召していた。珍しいものでも見るようにきょろきょろとして、視線が落ちつかない。これは捕まえていないと、そのまま飛んでいきそうなほどである。瀬戸口は念の為、ののみの制服の肩の部分をこっそり抓んでおいた。
彼らは呼ばれるまで名ばかりの廊下で待っていたのだ。瀬戸口とののみと、もう一人明るい茶色の髪をした女が、そこに待機している。おそらく彼女が事務官であろう。
ふいにののみは走り出そうとするが、くいっと後ろに引っ張られる形でその足を止める。瀬戸口の懸念が幸いしたのだ。
ののみは肩に置かれた瀬戸口の手を見て、それから瀬戸口本人を見上げる。
「おくじょー行っちゃ、ダメかな?」
「……挨拶が終わってからにしような」
「うん!」
ののみはここへ来た目的を、すっかり忘れているようだった。
「どうやら、自主訓練はいいようですね。今後はその肉体能力が低下しないよう、日常的にトレーニングを続けてください」
教室からは、厳然とした声が聞こえてくる。瀬戸口がガラス戸から中を覗くと、司令と思しき人物が、立ち上がってその場を仕切っている。たしか名前を善行と聞いている。
「次です。今日から、事務官とみなさんを誘導するオペレーターが来ます」
善行が目線で来るように指示をした。ようやく許可をもらい瀬戸口とののみ、それにもう一人の少女が教室に入る。
「質問です、設営委員長ぉ!」
「どうぞ、滝川くん」
滝川と呼ばれた少年が元気よく手を上げる。瀬戸口は学級会みたいな印象を受けた。
「オペレーターって何ですか」
「……速成って……そこまで授業が端折ってあったんですか」
善行が、がっくりと肩を落としているのが見て取れる。彼が脱力するのも、無理はない。根本的なことがごっそり抜け落ちていて、この先やっていけるのかと瀬戸口でさえも諦めにも似た思いで、善行の説明を聞いていた。
「たかちゃん……ののみたちのお仕事って、ゆーめーじゃないんだねぇ」
ののみが小さな声で話しかけてくる。
「本番ってものを経験していないからさ。一度戦場に赴けば、俺たちの役割だって理解されるだろう」
「がんばろうね」
「ああ、そうだな」
その時、善行が瀬戸口とののみの方に向き直った。
「……じゃあ、自己紹介をどうぞ」
急に話を振られて、ののみはおたおたする。そんな彼女に「準備しておけよ」と告げてから、瀬戸口が一歩前に出た。
「俺、美少年。お嬢さん方、宜しく。野郎は、どうでもいいや」
ますます力の抜けていく司令を見て、からかい甲斐のある人物だと認識する。生真面目に尤もなことを言い出すタイプだな、と瀬戸口は評した。
「名前を言いなさい」
「はい、司令。瀬戸口隆之だ。ま、宜しく頼むわ」
もう大丈夫だろうなと思いながら、瀬戸口はののみに視線を移した。余計な一言を付け加えたのは、彼女の為の時間稼ぎも兼ねていたのだ。無論、それだけでなく瀬戸口自身の趣味でもあったのだが。
下がった瀬戸口に代わって、今度はののみが前に出た。
「えっとねー、ののみですっ!」
考えた結果の自己紹介としては、何ともののみらしいものだった。瀬戸口は、こちらを振り向いたののみに「よくできました」と、音にはならないくらい軽い拍手で労う。
「あのぅ……委員長」
滝川は自らの目を疑うように、幾度も瞬きをしている。若宮というスカウトが滝川とののみを見比べて、一言溢した。
「ふむ、パイロットも速成ならオペレーターも速成というわけだな」
あからさまに失望した物言いだったが、ののみがそれに気付いていないのが幸いだった。
「たかちゃん、たかちゃん。ソクセイってなんですか?」
ののみは小声で瀬戸口に訊ねる。
「立派なオペレーターだって褒めているよ」
そう返すと、ののみは嬉しそうに微笑んだ。
「……どうも、若宮くん。適切な助言をありがとう。彼らがこれから、あなた方の機体のオペレーションを行います。東原くん」
「うん」
名前を呼ばれてののみは元気よく返事をするが、善行はその渋い表情を崩さない。
「はい。でしょうが」
「うん。……はい」
ののみは生返事で受け答えた。どうやら周囲が気になって仕方ない様子である。瀬戸口の袖を引っ張っては「たかちゃん、あれはなんですか?」と、しきりに尋ねているのだった。
そこで、またののみは司令から叱責されてしまうこととなる。
「珍しそうに、きょろきょろしないで下さい」
むっとして何か言い返してやろうかと思った瀬戸口の前に、妙なイントネーションで話す女が、そこに割って入った。
「まあまあ、子供やさかい、ええやないですか。それに自己紹介がまだやろ」
正鵠を射られ、善行は若干居心地悪く感じる。子供相手にむきになるなんて、大人気なかったと猛省する。
「はぁ。……で、こちらが」
「どうもー! お世話になりますぅ。加藤祭です。おおきにー! おおきにー!」
正論を並べた後の自己紹介としては、何ともちゃらけたもので、善行は軽く頭痛を覚える。思わず厭味の一つも言いたくなった。
「……商売でもするつもりですか」
「あら、ばれた?」
ぺろっと舌を出している加藤に、善行はこめかみを押さえた。二の句が告げずに黙り込んでしまった彼を見て、加藤は慌てて訂正をする。
「あーん、うそうそ」
「そうですか。……いや、僕としたことが、流されそうになりました。彼女は我が部隊の経理・事務の一切を取り仕切ります」
「まかせてやー」
胸を張ってそう答える。一体何に使うのか、加藤は後ろにハリセンを常備しているではないか。
善行は、それを見なかったことと決める。
「まあ、人手不足なんで、指揮車の運転もお願いすることになるでしょう。特免はとってますよね」
「まかしときぃ」
「結構」
要は仕事ができればいい。善行はそう思うことにした。自分の経験からいっても、縛りつけられると余計に反発したくなってくるものだからだ。
「それから……近日中に器材と整備員達が来ます。これで部隊として運営できるわけです。とりあえずは、仲良くして、合同授業を受けてください」
あの女性も来るんだな。そう思うと、善行はまた溜息を付きたくなったのだった。
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to be continued..... |
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