GUNPARADE MARCH
**parody**

朝の唄 【8】
 

 鳥の囀りは、まったく目覚まし役割を果たさなかった。

 雲の間から顔を出した太陽の日差しが、瀬戸口のこめかみを照らした。眩しくてすぐには目を開けられない。降り注ぐ光を少しでも遮ろうと手を伸ばすが、遮断する為のものに触れることはない。
 瀬戸口は瞬時に目が醒めた。ここは誰かの家でなどではない。屋外で裏庭で、ましてや指揮車の上である。瀬戸口は図らずも野宿を決行してしまったのだ。ごつごつした寝床の、何と心地の悪いものか。
 こんなに明るくなってしまったのだから、完全に寝坊したことになる。授業はとっくの昔に開始されているだろう。
 おもむろに伸びをしようと思ったら、身体が悲鳴を上げた。
「痛ぇ……」
 完全に失敗だったと瀬戸口は後悔する。ゆっくりと上半身を起こして、くしゃりと乱れた前髪をかきあげる。たったこれだけの動作でも、身体は軋むではないか。
 ずり落ちていった毛布を見て、完全に昨夜のことを思い出した。
 遅くまで星なんて眺めていたからすっかり寝過ごしてしまったのだ、と。
 昨夜はあれから尚敬高校まで戻り、取り敢えずプレハブ校舎までやってきた。幸いにして詰所には人気がなく、寝るにも格好の場所であった。しかし生憎なことに毛布がない。指揮車に積んであったことを思いだし、今度は裏庭へ向かったのだ。
 記憶通りの場所に保管されていたので、毛布は簡単に入手できた。見つかってしまえばこんなところに用はない、と立ち上がったその時に、また星が目には入ってしまったのだ。
 誰に作られたわけでもなく、誰に支配されるでもなく、幾億年の彼方から時間さえも超えて今を耀き続ける星々。
 いつの世の変わらずに瞬いている微光から、瀬戸口は目が離せなくなったのだ。
 そうしてそのまま眠りこけることになってしまう。比較的気温が高かったこともあって、毛布のみの野宿でも風邪を引くことだけは免れたようだった。
「あ〜あ……参ったな」
 目を擦りながら、瀬戸口はぼやいた。まだぼんやりとする視界がだんだんと鮮明さを帯びて――――急にまた暗くなったのだ。
「おはようございます」
 いきなり至近距離に現れた顔に、瀬戸口はぎょっとした。息すら届く距離で、覗きこまれているのだから、無理もないことである。
 声をかけてきたのは坂上だった。あまり起き抜けに見たくない顔である。
「……おはようございます」
 それでも相手は教師なのだ。取り敢えずはきちんと挨拶をしておくのが得策であろう。後退ってしまった身体を起こし、瀬戸口は立ち上がって姿勢を正した。
 挨拶は一通り終わったのに、坂上は立ち去ろうとはしない。まだ他に何の用事があるのだろうかと、瀬戸口は疑問を抱く。しばらく思案して、一つだけ原因が思い当たった。
 授業である。
 腕にはめた時計を見ると、すでに十一時を廻っている。まじまじと坂上を見遣ると、その神妙な顔からは、ただならぬ怒りを感じるではないか。
「――――瀬戸口くん」
「はい……」
 ――――やれやれ、また叱られるのか。
 幾ら慣れているとはいえ、なるべくなら避けて通りたいものである。真摯な表情を作り反省しているふりをしようと思ったが、次に発せられた言葉によって否応なしに顔が引き締まるのだった。
「君はののみくんから、好かれていますね。……色々、世話を焼かれませんか。世話焼きさんですからね、あの子は」
 どうしてこの男が――よりにもよって芝村の息のかかる人間がののみのことを知っているのかと、瀬戸口は渋面を作った。剣呑な瞳で坂上を射るほどに凝視する。瀬戸口はこの男の真意を見抜かんとしていたのだ。
「実験が終わり、士魂号に載せられる予定だったあの子を引き取った父親は、有能であっても、ひどく芝村的でね……」
 普段なら過剰に反応せざるを得ない『芝村』という単語よりも、気に懸かるものが幾つかあった。あんな小さな子供に何の『実験』をする必要があるのだろう。それに『のせられる』と言っていた。当初、ののみはパイロット候補だったのか。しかし、そんな話は彼女からこれっぽっちも聞いていない。
 辿りつけない答えに、我知らず身震いがした。
 坂上は瀬戸口を気にする様子もなく、独り言のように淡々と語り続ける。
「ここに来るまでに、養育年金も騙し取られていてね……」
 この話が偽りでないのなら、ののみは何て苦労を重ねてきたのだろう。あの幼さでそんな経験ばかりして、それでああも笑えるものなのだろうか。瀬戸口の胸は熱くなった。
 誰を責めることもなく、精一杯今を生きている彼女は、昨夜見ていた煌きを思わせるのだ。
「今ここにいるのは、時々発揮される、理解不能の芝村一族の温情主義ですよ」
 坂上は忌々しげに吐き捨てた。意外にも、それはまるで芝村を憎んでいるかのような声調だった。
「まあ、せいぜいかわいがってあげてください。身寄りも成長するあてもありませんから、遊び相手としてはいいと思いますよ」
「っ!?」
 ふざけんな、と危うく罵声を浴びせるところだった。瀬戸口は歯を食い縛って、坂上を睨めつけた。辛うじて激しい感情の昂ぶりを自制させていった。
「どうして……そんな話を俺にするんですか」
 語気を抑えて、低く言葉を吐き出す。口調は穏やかであったが、坂上を見据えた双眸から瀬戸口の憤りが感じ取れた。
「――――さあね。なんででしょうね」
 自分にもよくわからない、とでも言いたげに、白々しく坂上は首を捻った。それだけ言うと坂上は、瀬戸口を一人残してまたどこかへ消えていくのだった。
 坂上の姿がすっかり見えなくなるまで、瀬戸口はその場に立ち尽くしていた。
 空の高いところで、鳥が何かを求めるように鳴いているのが聞こえる。
「芝村の犬が…………畜生!!」
 右手が空を切り、背後の指揮車に当たって止まる。叩きつけた拳は、怒りに震えていた。


to be continued.....

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坂上せんせの話にときめいてしまった私は鬼か外道?


update 29,Apr,2002

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