|
朝の唄 【9】 |
|
| |
昼休みとなった校内を、瀬戸口は黙々と歩いていた。気持ちよく晴れ渡った空とは対照的に、ひどく気が滅入っている。次第に腹まで立ってきて、足元に転がっていた小石を思いっきり蹴り飛ばす。小石は勢いよく転がって、プレハブ校舎に当たって乾いた音を立てた。
「あれえ、たかちゃん!? いまきたの?」
ののみの声が降ってきた。見上げると二階の手摺りに乗り上げて、瀬戸口に向かって手を振っている。小石がぶつかった音に気づいて、ののみが顔を出したのだ。
「こ、こらっ! 危ないから降りなさい」
ののみの背丈では届かなかったらしく、そこにいつも置いてあるダンボールを足場に身を乗り出したようだ。今は足をぶらぶらとさせて、ほとんど前屈みになっている。
「はーい」
ののみは素直に飛び降りた。そうしてカンカンと音を立てて、階段を降りてくる。ののみの様子が明るければ明るいほど、彼女が可哀想でならなかった。
「午前の授業はもうおわっちゃったよー。あ、お昼たべた? まだならいっしょにたべよーよ」
てくてくと歩いて来たののみを、瀬戸口は思わず抱きしめる。それは細く小さな身体だった。
「ふぇ?」
ののみが疑問符をそのまま音にしたような声を上げるが、瀬戸口は押し黙ったままその手を離さなかった。
彼女が戸惑っているのは察していた。本来そういう機微は瀬戸口の得意とするところだったのだ。しかし抑制が効かなかった。
今更過去のことを蒸し返しても、ののみが喜ぶはずもない。それにののみのことだから、それがどんなに悲惨であっても『大丈夫』と言うのだろう。彼女から愚痴も泣き言も聞いたことがなかった。
力になってやりたい。でもののみから頼ってくるわけでもない。結局何もできない無力さに、瀬戸口は嫌気が差していた。
「たかちゃん?」
お願いだから怖がらないで欲しい。
心の中で瀬戸口はそう祈っていた。後に続く言葉を、瀬戸口は判決を下される罪人のような気持ちで待っていたのだ。
やがて、ののみがぱっと顔を上げる。
「…………あ、おなかすいたのね?」
「……………………」
彼女が千思万考の末に出した一つの結論は、瀬戸口を脱力させるに充分だった。
勘違いも甚だしいが、空腹を覚えているのも確かであった。昨夜から何も口にしていないのだ。もしかして腹が鳴ってしまったのかもしれない。そうだとすると相当に情けないことなのだが。
「お昼にしよ。ねぇ、みんなもいっしょにごはんたべよーよ」
いつのまにやら二組も授業が終わったらしく、続々と階下に人が降りてきているのだ。視線をぐるっと徘徊させると、遠巻きにこちらを見ていたギャラリーたちはそれから逃げるように目を泳がすのだ。
(絶対に何か誤解されている気がするぞ……)
それが強ち間違っていないことを、直後に確信することとなる。ののみの提案を受けるみんなの声に、やたらと気合が入っているのだ。
「イイでスね」
「よし、いっちょやってやるか」
小杉や田代の後ろで、中村も頷いている。誰の目も爛々としていた。
危険人物と認定されたのか、はたまた今後の展開を期待されているのか。どちらにしても瀬戸口にとって、あまり芳しい状況ではないのは確かであった。
ののみはそんな策略めいた雰囲気など気にせずに、単純に喜んでいるのだった。
「まいちゃんもだよ?」
素知らぬ表情ですぐ脇を通りぬけようとした舞の腕を、ののみはぶら下がるような形で引っ張る。舞はあからさまに驚いた顔をした。
「わ、私もか!?」
舞にしてみれば突然の誘いだったのだ。ましてやすでに大人数になりつつある。日頃から単独での行動を好んできた舞は、正直うろたえていた。ほんのりとではあるが頬まで染まっている。
ののみはそこに笑顔でとどめを刺した。
「いっしょにお昼しよ」
なんだかんだいって、舞はののみに弱いのだ。彼女のお願いを断ることのできたためしは、一度もないのだから。
「…………分かった。任せるがいい」
結局こうなるのが常であった。ののみは満足そうに微笑んでいる。案外、彼女が一番の策略家かもしれない。
「じゃあ、そこでいい?」
ののみが指差した先に、食堂が見える。大人数で食べるには、最適な場所であった。
「オッケーです」
「早いとこ行こうぜ」
ふと、中村と目が合った。瀬戸口を熱く見つめているが、当然のことながら瀬戸口自身は彼にまったく興味を持てなかった。気にすることなく、中村を置いて先に食堂へ向かう。
「――――変態ばい」
そんな瀬戸口の背中に向かって、中村がぼそっと呟いた。そして、追うように彼も食堂へ向かうのだった。
|
|
|
to be continued..... |
|
|
|
|