GUNPARADE MARCH
**parody**

朝の唄 【11】
 

 突如、地底を這ってきたような気味の悪い音が、頭の内部に直接鳴り響いた。音というより刺激に近いかもしれない。
 学兵たちは慄き、次の取るべき行動を見失う程に、動揺したのだった。
「201v1、201v1、全兵員は現時点をもって作業を放棄し、可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す。201v1、201v1、全兵員は教室で待機せよ」
 出撃の合図だということを知った。瀬戸口は、整備の為に動かしていた手を止める。
「たかちゃん……」
 少し大きめの椅子にちょこんと腰掛けていたののみが、戸惑いも露わに瀬戸口を見上げている。
「…………行くか」
 ののみは小さく頷いた。彼女の手を取って、瀬戸口が駆け出す。教室にはすでに皆の姿があった。善行を取り囲むようにして、静かに待機している。
 つい今しがたまで、同じ場所で同じような顔触れで授業をしていたのだ。変化したのは、張り詰めた空気だけである。
 狭い教室内を一瞥して無言で点呼を取った後、善行がはっきりとした口調で告げた。
「行きましょうか、皆さん。総員配置、1、2、3。幻獣の数と規模を、算定して下さい。出撃まであと180秒」
 文字通り、これが5121小隊の初陣だった。
 出陣の報を受けた小隊は、すぐさま尚敬高校を発って先陣へと赴くことになった。初戦ともあって司令が下りた場所は人類勢力の高い地域で、友軍も多かった。
 街道は砂塵が舞い上がり、吹く風もどこか荒れていた。大砲の音や怒声が、徐々に近づいてきた。
 司令の顔をした善行は、厳しい眼差しで前を睨んでいた。
「いいですか。実践と言っても基本的に訓練と同じです。あなた方のすべきことはただ一つ。手加減は無用です。敵を殲滅せよ」
「了解」
 否が応にも緊張感は高まっていく。
「全軍突撃!」
 善行のかけた号令に、三機は一斉に前進する。彼らはすぐに建物の影に消えていき、肉眼では確認できなくなった。
「敵の数はおよそ二十だ。なあに、雑魚ばかりだから安心していい」
「でーたーを送ったの。みんな、気をつけてね」
 瀬戸口とののみの仕事も始まったのだ。
 街中ともあって、高層ビルが密集している。複雑な地形に鉄の塊たちは、やりにくそうな動きを見せていた。
「敵の射界に入るなよ。攻撃することよりも、まずそれに気を使うんだ」
 実践経験を積んでいないのは、パイロットだけではない。瀬戸口やののみもオペレーターとして戦場に赴くのは初めてだったのだ。
 しかし、シミュレーションとはいえ最高得点を叩き出していたコンビである。一見頼りないオペレーターなのだが、彼らの適確な指示は優秀と言わざるを得なかった。
 戦闘指揮の一切をオペレーターに任せて、何やら思案に暮れていた善行が歩み寄ってくる。
「オペレーター。ちょっと来て頂けますか」
「はい。――――東原もおいで」
 少し思案して、瀬戸口はののみも呼ぶのだった。三機ともフルに行動を入力済みである。多少の時間なら目を離しても問題ない、そう判断したのだった。
「うん」
 ののみは椅子から飛び降りると、瀬戸口の後について歩くのだった。
 コンソールには巨大な地図が映し出されていた。ちょうど今、立っている辺りの地形を、単純化したものだった。ところどころに赤や青の点が散らばっている。これが幻獣と自軍を表しているのだ。
「こういう状況なんですが……あなた方には説明しなくとも、もうおわかりですよね」
 確認する声に、二人は頷いた。
 善行は満足げに首を振ると、先を続けるのだった。
「それでこちらを攻めていこうと思っているんですよ――――どう思われますか?」
 瀬戸口は画面を見渡した。点滅しているランプの位置を確認する。最後に右端に視線を移したところで、瀬戸口は緩やかに瞬いた。
「そうですね……いいご判断だと思いますよ」
 善行はあからさまに安堵の吐息を洩らした。
 そう、司令も初の舞台であるのだ。どれだけ訓練を重ねてきたとはいえ、実践とそれとは遥かに異なる。善行は軍を率いる者として、それなりに緊張をしていたのだ。しかし部下の面前で迷いを見せることは許されない。上に立つ人間は、孤独とも戦わなくてはいけないのである。
 そんな司令の相談役としての使命も、オペレーターには課せられているのだ。勿論決定権はオペレーターにはない。あくまで相談的な存在に過ぎないのだが。
 善行がこの小隊に来て一番頭を抱えたのが、このことだった。どこまでもふざけた男と、幼い少女のオペレーターで、正直どうしようかと思っていたのだ。しかし、先程までの様子を見ていたら満更ではない。とりわけ瀬戸口は今後もその役を引き受けているだろう、そう思っていた。
「そうですか。それでは三号機をここへ動かす、ということで……」
「まって。ここじゃめーなのよ」
 戦場で聞くには些か可愛らしすぎる声に遮られて、善行は目を瞬いた。
 ののみの瞳は揺らぎもせずに画面を向いているのだった。
「東原さん?」
 声をかけると、ののみは善行を仰ぎ見た。思いがけずに凛としたその眼差しとぶつかり、善行はほんの少したじろいだ。
 ののみは腕を真っ直ぐに伸ばして、小さな赤い点を指差した。
「だってここにゴルちゃんがいるでしょ。ここだと危ないのよ」
 善行は苦笑する。
「しかし……我々とて軍人なのですから、それも仕方ないのですよ」
 危険を恐れてはいけないと、暗に言っている。しかし、それでもののみは真剣に説いてくるのだ。
「ぜんめつさせなくってもいいって、せんせーが言ってたよ。げんじゅーは数が少なくなったら、いなくなっちゃうって」
 幻獣は戦力に二割以上の損害が出ると、撤退していくのだ。そのことは勿論善行も承知である。
「ののみは、みんな無事でいてほしいの。いいんちょはどうしたいの?」
「どうって……」
 ぶしつけとも受け取れる質問を浴びせられ、善行は言葉に詰まった。どうしたいと聞かれたって、答えはただ一つである。
 被害最小限で、下された任務を遂行する。そして今回の任務は幻獣討伐であるのだ。
 その為に兵を動かして、幻獣たちを殲滅するまで追い込んでいく。そんな分かり切ったことを今更なんで訊くのかと、善行は眉をひそめた。ののみが作戦の変更を求める理由も意味も、まったく理解できなかったのだ。
 その様子を感じ取ったのか、ののみの唇が哀しそうに歪んだ。
「意味もなく生まれてくるものはないのよ」
 人間にも――――幻獣にもかかる言葉。
 善行は半ば茫然と立っていた。驚いたような、けれどどこか驚嘆を含んだ眼差しでののみを凝視している。
「だからねっ……ええっと………」
「なるほど。わかりました」
 言い終わらないうちに、善行は応じるのだった。身体は完全にコンソールを向いている。そして慣れた手つきで、画面を次々に変えているのだった。
 善行の瞳に、もう迷いの影は落ちていない。
「ふえっ……いいんちょ……?」
「大丈夫だ」
 後ろからののみの頭を撫でる者があった。瀬戸口である。
「委員長はもう平気だ。俺たちも戻るぞ」
 ののみは首を傾げたまま、ゆっくりと瞬きをする。神妙だった顔つきがやがて柔らかな微笑みに変わり、大きく頷いてみせるのだった。
「うん。がんばろうね」
 最後に出した指示での行動も、そろそろ終わっている頃だろう。ののみは自らの仕事を思い出し、席まで駆け足で向かうのだった。
 彼女の後ろ姿を眺めて、瀬戸口は満足そうな笑みを溢す。
(そう、それでいいんだ)
 幼くてもこの時代を生きる娘である。瀬戸口はののみの判断に、心の中で二重丸の採点をつけた。
「ねぇ、たかちゃん」
 着席した途端、ののみが不思議そうに訊ねてきた。
「ん? どうした」
「どうしてさっき、嘘ついたの?」
 声音に少しだけ批難の色が宿っている。瀬戸口はいつもの調子で、明るく言った。
「…………何のことだい」
「ここでいいって。だって、たかちゃんなら危ないのはめーって言うもん」
 この少女は子供だからといって侮れないところがある。瀬戸口は内心の動揺を一切隠し切って、眉一つ動かさずににこやかに答えた。
「気がつかなかったんだよ」
「嘘なの。たかちゃん、ちゃんと見てたよ」
 清い、けれども頑なな瞳があやふやな答えを許さなかった。
「――――目敏いな」
 瀬戸口は、諦めを含んだ吐息を洩らした。この少女には敵わない。
 ただののみの存在価値を知ってもらいたかっただけなのだ。トップクラスの実力を持ちながら、お荷物にしか見えない外見にそれが覆い隠されてしまう。先入観というものは、目隠しの材になってしまうおそれがあるのだ。
 百聞は一見にしかず、である。覆われてしまった事実は、見せるのが手っ取り早いと瀬戸口は考えたのだった。
 しかし、よもや訓辞まで説くとは甚だ予想外ではあったのだが。
 瀬戸口は小さく笑った。
「たかちゃん?」
「……本当に、すごいな。東原は」
「ふええ?」
 ののみはますます首を捻った。
「ほら、次の入力だ。東原ならどうする?」
「あのね……うん、と……あっちゃんたちは、一度後退なのね」
「そうだな。おーい、速水。聞こえるか」
 ののみの疑問を現状の作戦に摩り替えて、瀬戸口は彼女の言及から逃れることに成功するのだった。
 間もなくして、善行の口から完全勝利を告げられるのだった。


to be continued.....

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初陣。ののみの魅力が3上がった。


update 8,May,2002

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