GUNPARADE MARCH
**parody**

祇園草紙 【3】
 

 生い茂る草木に隠されるように、その入り口は存在した。
 月光とは異なる種の光が、仄かにその一帯を照らしている。用心深く中を覗うが、見張るものは誰一人いなかった。
 慎重に、足を進めていく。夏だというのに、洞の中はひんやりとした空気に満ちていた。
 小さな燭台が、壁に沿って並んでいる。その前を通りすぎると、炎がゆらりと形を変えていく。同時に壁に映る己の影も、合わせて変化しているのだった。
 岩室の先に、一際明るい個所があった。
 暗闇に慣れた瞳は、却って光に弱くなっている。突如飛び込んできた輝きに、一瞬目が眩んだ。何度も瞬きをして、素早く瞳をこの環境に適応させる。そうして開けた先にあったのは、部屋のように幾分広がっている所だった。
 冷たい岩室の中で、ここだけどこか温かく感じた。
 見上げると、弓のような弧を描いた月が、そこにぽっかりと浮かんでいる。ちょうどこの真上だけ、天窓のように大きく開いているのだった。他より明るいのは、月の光の助力もあってのことだろう。
 視界の端に、白いかたまりが映った。
 捜していた存在に、鼓動が大きく跳ねる。その人はひっそりと、跪いてこうべを垂れていた。
 伏せられた長い睫に、蒼い光が注がれている。熱心に祈っている様子は、何かの儀式のようでもあった。
 邪魔をしてはいけない。自然と心がそう思っていた。音を立てないように、そっと彼女に近づく。苦手とする清浄な気が、今は心地よかった。
 その時、背後から激しい殺気を感じた。
 覚えのある感覚に、ようやくここへ来た目的を思い出す。臨戦態勢を整えると同時に振り返る。唸るような声を上げているのは、尋常ならぬ大きさの猫であった。
「いいのです、猫大将」
 凛とした声音が、歪んだ空間に響き渡る。
 決して大声でもない穏やかな一言であったが、その場の者全てを制する力があった。事実、大猫も自分も動けないでいる。
 祈りをやめて、彼の人はゆっくりと顔を上げた。
 昔と変わらぬ微笑が、そこにある。脳裏に焼き付いて離れなかった、懐かしい微笑み。
 思わず駆け出したその時、目の前で影が大きく揺れた。蝋燭の火が作るそれが、浮ついた己を咎めているように、大きくなったり小さくなったりしながら足元に纏わりついているのだ。
 またしても自分の役割を忘れるところであった。感傷めいた想いを打ち消すように、自らの身体に爪を立てる。手の甲に浮かんだ筋は、とても扇情的な色をしているのだった。
 赤く滲んだその手を持ち上げる。出口は己が入ってきた道のみだ。今はそれも塞いでいる。女の逃げ場はもうない。
 てこずることもない。声を上げる間もなく、勝負は決まるだろう。顔を歪めて、ゆっくりと歩み寄る。
 二人は、正面から対峙した。
 自分を認識した女が、今もなお滲んでいる筋と同じ色をした唇を開いた。
「私を殺しに来たのですね」
 忘れている。
 女の対応は、暗殺者に対するそれである。瞳にも、余計な感情はちらついていない。
 よかったと、心の底から思った。
 自分は一度、失敗をしている。そのことをこの女が覚えていたら、あの弱い鬼だと知っていたら、彼女はとことん抵抗していたであろう。しかし彼女は逃げ出そうという素振りも見せない。別人だと――――残忍な鬼だと思っているからこそ、逃げることは無駄な努力だと覚悟が決まっているのだ。
 鬼の中に燻っていた、わだかまりは消えた。これで通常通り、罪悪を感じることもなく成し遂げられるだろう。
 意味もなくちりちりと傷む心と葛藤しながらも、鬼は最後の一歩を踏み出した。
「祈りが通じたのですね。私を、殺しに来てくれたのでしょう?」
 恐怖も怯えの表情も、女は浮かべていなかった。むしろ彼女の黒い瞳に、滑稽な表情の自分が映っている。
 一思いに殺ってしまば、自分の任務は完了である。
 女に知らしめるというよりは、自分に言い聞かせるように、鬼は小さく頷いた。
「そう」
 残酷な肯定であるにも関わらず、女は満足そうに微笑んだ。そうして再び両手が祈りの形を作っていく。
 その時、金属が引き摺るような音を立てた。
 よく見ると彼女の両手首に、太い金色の輪が絡みついている。祭事に纏う装飾品の類いでないのは明らかだった。何故なら、同じ色をした重い鎖が、枷となってそこについていたのだから――――。
 思えば最初から変であったのだ。敵対する種族の頂点に立つ者が、どうしてこんな薄暗い室で生活しているのだろうか。大勢の従者たちにかしずかれている筈の女である。それが、この状態は監禁そのものでなかろうか。
 惨たらしい現状に、鬼は動くことができなくなっていた。
「…………なんで、泣いているのですか」
 驚きを含んだ柔らかい声が降ってきた。最後の瞬間がいつまで経ってもやってこないことを不思議に思い、女はそっと面を上げたのだ。
「悲しい……」
 泣くということが、どういうことかは分からなかった。ただ、今自分の中にある気持ちを、そのまま彼女に伝える。
 困惑した色を浮かべた瞳が、揺らめいて自分を見つめていた。
「なぜ悲しいのですか」
「人が……し、死ななければ、生きていけないから」
 かつて死を望んだ人間がいたであろうか。誰もが死に行くことを恐れ、最期の最期までくどいほど足掻いていた。
 それほど忌み嫌う死を願わなくてはいけないほど、この女性は辛い立場にあるのだろうか。
 振り上げた手が、萎えた。
「あなたは、優しいあしきゆめなのですね」
 優しく言い聞かせるような口調に、彼女は真摯な想いを込める。
「綺麗な涙。……あなたに自由にしてもらえるのならば、私も幸せでしょう」
「きれい? 俺が?」
 激しく何度もかぶりを振っていた所為で、顔を覆っていた布は完全にその役目を果たしていなかった。暗い闇夜ならともかく、明るい室の中では、その顔すべてが晒されている。
 はっきりとそれを見ているはずなのに、彼の人は大きく頷いてみせるのだった。
「重要なのは心なのですよ。なによりも綺麗なのは、優しい心」
「……俺……、俺は……」
「さあ、名前をあげなさい。人族の代表を討ち取ったと」
 彼女――――シオネ・アラダは目を瞑って微笑んだ。細く白い手はゆっくりと折れ曲がり、再び組まれていった。
 僅かに上を向いた面が、月光に晒される。淡い光を受けて蝋のようなかんばせが、その白さを増していくようだった。死を迎える直前の表情とは到底思えない、至極穏やかなものだった。
 その余りの潔さに、鬼の心が震えた。彼女の言葉は崇高な命令にすら聞こえる。命ぜられるがままに一歩踏み出すと、彼女の上に己の影が落ちた。彼女を照らしていた光が遮られてしまった。昏い闇の中でひたすらに祈りを捧げる横顔が、急にとても儚く映るようになったのだ。脆く惨めな有様。これが人族の代表の姿であろうか。
 涙が落ちた。


to be continued.....

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初恋……?


update 7,Apr,2004

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