GUNPARADE MARCH
**parody**

朝の詩 【2】
 

 用事を済ませてくると告げて、男はその部屋を後にした。
 再び静寂が訪れる。少女はまた一人になった。
 しかし、孤独感は一切ない。
「待ってるよ……ののみはちゃんと、待っているのよ」
 ――――すぐに戻るから待っていて。
 そう言い残されたのだ。その言葉が、胸の中で暖かく息づいている。
 たとえこの先ずっと迎えに来なかったとしても、この言葉を思い出すだけで一生だって待っていられそうな気持ちにさせられていたのだった。
 しかし、そんな思案も杞憂に終わる。
 ほどなくして再び、軽いノックと共に扉が開くのだった。
「待たせたね」
 姿が現れるなり、少女は男の元へ駆け寄る。子犬のように足下にじゃれつく少女の頭を、男は大きな手で撫でるのだった。
「こっちの準備は終わったよ。ののちゃんはどうだい?」
 すぐに戻るから準備をして待っていて、と男は告げていたのだ。それにも関わらず、状況は出て行った時と、さほど変わってはいない。室内は最初に訪れた時と同様に、この年頃の女の子なら誰でも喜びそうな品物でいっぱいである。
 しかし、少女は大きく頷いて見せたのだ。
「持って行くものは、何もないのかい?」
 再び少女の顔が上下する。何も必要ないと、彼女の瞳が物語っていた。これだけ多くのものに囲まれながら、そのどれにも執着をしていないのだ。
 あまりの思い切りのよさに、男は失笑せざるを得なかった。
「欲のない娘だね……。でもまだ何も用意していないから、まったく持っていかないっていうのは、少々困るかな」
 言うなり、男は入ってきた扉とは反対側の壁に向かって歩く。楢を材としたクローゼットの前まで進み、そこで足を止める。
 両開きの扉には対になる細工が施してある。真鍮の把手に手を掛けて、それを大きく開けた。
 普段着から正装まで、少女に合った服が無数に納められている。男はそれらを手に取り、ハンガーにかかっている洋服をひとつひとつ吟味して、自ら荷造りを始めたのだ。存外に手際がよく、当面使うであろう類いの衣服を、次々に折りたたんでは詰めていった。
「お気に入りとかは、なかったのかい?」
 黙って自分の行動を見ていた少女に話しかけると、彼女は即座に首を横に振る。
 想像通りの返答に、男はまた口の片端を引き上げた。
 少女は僅かに首を傾げる。男が意味深な表情を作っている理由を、彼女には理解できなかったのだ。
「おや……」
 脇に備えつけてあったチェストを開いた途端、男は声を上げた。
「ののちゃん……見てごらん」
 言われるがままに、少女は部屋の奥までやってきた。滅多に近寄らなかった白い壁がすぐ近くにあり、少しだけ身体が強張る。しかし、かつての恐ろしさを今は感じなかった。
「ほら、綺麗だね」
 無数の色彩が、彼の手から零れ落ちていく。
 促されて覗きこんだ少女は、思わず息を飲んだ。引出しの中には、こんなにも綺麗な花が咲いていたのだ。今まで知らなかった――――否、興味がなかったものが、急に心ときめくものに変化していった。紅潮した頬を手で覆い、身動ぎもせずにそれに魅入っていた。
「ののちゃんにはどれが似合うかな?」
 ひとつひとつ丁寧に、花のように咲き誇っていた布を少女の前で広げて見せる。
 それはリボンであった。
 様々な色彩を目の当たりにし、彼女の感動はもはや最高点に達していた。しばらく息を飲んで見つめていたが、やがてそっと手を伸ばす。小さな手に触れるそのどれもが、本物の花弁のように滑らかで柔らかいものだった。
 ようやく見せた幼子らしい反応に、男は幸せそうに微笑んだ。ふと何かを思案して、彼は一度その場を離れる。時を置かず戻ってきた彼の手には、似つかわしくないものが握られていた。
「ののちゃん、ののちゃん。それを持ったままでいいから、ここに座ってごらん」
 自らの足下を指差して、男は言った。言われた通りに少女はちょこんと腰かける。
 男は少女の髪を撫でてから、持っていた櫛で丁寧に梳かしていった。
「髪の毛を結ってあげよう。きっと、ののちゃんに似合うよ」
 何度も何度も、ゆっくりと梳かれていく。それが心地よくて、いつまでもこうしていたかった。
「どのリボンがいいか決まったかい?」
 うっとりと浸っていたところを急に問いかけられて、少女は慌てた。握り締めていた手を広げて、ひとつひとつ吟味する。
「えっとね……うんとね…………」
 しかし一向に決まらない。どれも素敵なリボンなのだ。目移りしてしまい、容易には決められない。
 その様子を察してか、背後から男はリボンに手を伸ばした。
「このピンクも可愛いね。淡い緑も似合うかな……」
 指し示されたリボンを両手に持っては、再び悩みあぐねいている。彼女の表情だけを見て取ったら、どんなに重大な決断を迫られているのかと憂慮するほどだ。
 幼子の真剣な様子に、男は笑いを堪えるのに苦労した。
「まだ決まらない? それじゃあ、この白いリボンは? それともなければこの青い…………」
 次々にリボンを広げていった男の指が止まった。青を基調とするチェックの柄のリボンから、目が離せなくなっていたのだ。
「どうしたの?」
 幅広いリボンが掌の上で踊る。ふわりと空に舞い上がったそれを逃がさぬよう、力強く握り締めた。
「いや……」
 言いかけて、それもやめる。『何でもない』は、彼女には通用しないだろうと察したのだ。
「青はね……私の好きな色だったんだ」
 だから正直に答える。男の返答に、少女は首を傾げた。
「今はきらいなの?」
「いいや、今でも好きだよ。我が一族にとって、重要な意味を持つ色なんだ。だけど……ののちゃんには青より暖色の方が似合うね――――きっと」
 青いリボンを置いて、同じ柄で黄色がベースとなっているものに手を伸ばす。少女の栗色の髪に当ててみると、思った通りよく似合う。
 しかし、彼女はいやいやと首を横に振ったのだ。
「こっちがいいのよ」
 差し出したのは、先程の青いリボンである。あれだけ決まらなかったのに、今は迷いもなく青いものだけを握り締めていた。
「黄色いリボンは嫌かい?」
「きいろもすきだけど、あおもすきなのよ。ののみもおんなじ色がいい」
 誰と同じかは、明白であった。
「――――わかったよ。これで束ねておくね」
 頑として聞かない少女の態度に、男は苦笑する。
 大きな手が、再び器用に動きだす。真ん中から二つに分けて、それぞれを緩やかに捻って結い上げる。仕上げに巻き上げた部分を、青いリボンできゅっと縛って留めた。


to be continued.....

<<back               [menu]               next>>


ののパパは、完全にオリキャラですね……。


update 8,Aug,2002

[ site top ]