the Prince of Tennis
**parody**

晴天乱気流
 

 季節は初夏である。それと同時に、梅雨の季節でもあった。
 しかし本日ばかりは様子が少し異なっている。ここ数日ぐずっていた空が、まるで何かの気まぐれのように晴れ渡った。長く曇天に隠されていた蒼穹が、久々に姿を見せているのだ。
 一連の雨で不浄なものはすべて流されてしまったかのように、取り巻く大気がひどく清浄なもののように思える。
 地上には清々しい青空を逃さぬよう、汗にまみれながらスポーツに励む青少年たちの姿があった。ほとんど夏を思わせる陽気に恵まれる中での活動は、気だるいながらも心地よい疲労を与えたのだった。
 鬱憤晴らしとばかりに力の入った練習も、夕暮れと共に終わりを告げる。まだ物足りないと思うようなところで、時間による強制終了を食らったのだった。
 青春学園中等部のテニス部は大所帯である。先程までは芋洗いのようにぎゅうぎゅう詰めだった部室も、今は部長と副部長の姿しかない。他の部員たちは既に帰路についている頃であろう。
 彼らが去ると、部室は一気に静けさを取り戻す。この時間帯は、部長である手塚国光の好むべき落ち着いた空間となるのだった。
 部室内に備え付けられている長いベンチに腰を下ろして、手塚は部誌を書いていた。これは学校側や顧問から要請されたものではなく、自主的に取り組んでいた彼の仕事であった。
 その傍らで副部長である大石秀一郎が、明日の練習の予定を調整していた。最近はまったく予定通りの練習が消化されていないので、大石は頭を抱えていた。
 テニス部の活動は天気によって大きく左右される。今なお活発な梅雨前線が、彼らの練習の場を取り上げてしまうのだ。
 そのようにして狂ってしまったスケジュールをうまく調整して、部長である手塚に提示することが大石の課題である。大石は時折手塚に助言を求めながら、月末までの予定を再検討しているところだった。
 声をかけられるたびに、手塚は手を止めて彼の意見に耳を傾ける。そうすることで偏りのない決定が下せるのだった。
 経過は、おおむね順調である。お互いの仕事が収束に向かって、まさに最終段階に入った頃であった。
 運動靴を重く引きずるような足音が聞こえ、人の気配が近づいてくる。このような歩き方をする者に、手塚はまったく心当たりがなかった。
 しかし知り合いではないだろうと判断を下した矢先に、前触れもなく部室の扉が開け放たれるではないか。予期しなかった出来事に、手塚は一切の動作を止めて、ドアの向こうに注目した。
 現れたのは、よく見知った少年である。
「お〜い。誰かいるか〜?」
 入ってきたのが同じテニス部員である菊丸英二だということはすぐに分かった。しかし彼らしからぬ弱々しい声に、二人は思わず顔を見合わせる。
 次の瞬間、菊丸の身体が大きく傾いた。明らかに疲れ切ったという様子で、室内に雪崩れ込んできたのだ。
「英二!? どうしたんだ?」
 大石が駆け寄ると同時に、菊丸の膝から力が抜ける。そのさまを間近で目撃してしまった彼が、再度驚きの声を上げた。
「大石だ! あー、よかった」
 見知った顔を見つけて、菊丸はへたり込むような形でその場に座り込んだ。薄く汗を滲ませた顔には、安堵の表情が浮かんでいる。
「助けてよ〜、不二がまだ……」
 不穏な言葉の後に続く友人の名に、手塚が眉根を寄せた。
「不二がどうしたって?」
 横から手塚が声をかけると、菊丸は尋常でないほど飛び上がってみせた。
「げっ! 手塚もいるでやんの」
「悪かったな」
 菊丸の驚きっぷりから察するに、今のは憎まれ口の類でなく、どうやら本気で手塚の存在に気づいていなかったゆえの発言のようだ。それほど菊丸は何かに必死でいて、加えてここで大石の姿を見つけたことで急激に気が緩んだのだろう。一歩間違えば注意力散漫と言われるほど、日頃からあちこちに目を向けている菊丸らしからぬ失態でもあった。
 菊丸は大きく目を見開いた後で、逃げるように手塚から視線を逸らした。どうにかやり過ごそうとしている様子が、ありありと分かる。
「それで不二がどうしたんだ?」
 無論手塚は菊丸の事情を察して、しらを切ってくれるような親切な性格ではなかった。それどころかますます不信感を募らせ、菊丸を強く詰問する。
 返された菊丸は、途端に口ごもった。それでも手塚が目線でしつこく問いかけると、顔は背けたまま渋々と答えた。
「……今さ、裏庭んとこにいるから助けに行ってやってくれない――大石?」
 不自然さを存分に醸し出しながらも、菊丸はあえて名指しで懇願してくる。しかし大石はそれを訝しく思うわけでもなく、真剣な表情で菊丸に向き合っていた。
「俺は構わないけど、英二は大丈夫なのか?」
 気遣うように大石が視線を落とす。菊丸が不自然だったのは、何も声音だけではないのだ。
「ああ、これ?」
 大石の視線に気づいた菊丸は、右足を僅かに上げた。菊丸はずっと、その足を庇うような歩き方をしていた。
「着地する時にちょっとひねっちゃったみたいでさ〜」
 再び足を地に下ろした時、菊丸は僅かに顔をしかめた。痛みが走ったのだろうということは、手塚の目から見ても明らかだ。
「最初は大丈夫だったんだけどさぁ……」
 そこまで言うと、苦笑いを浮かべながら困ったように首を傾げる。僅かな躊躇の後、菊丸は自嘲混じりな声音でこう告げた。
「ここまで歩いていたら、ちょっと痛くなってきたかもしんない」
「駄目じゃないか、無理に歩いたりしたら」
 すかさず大石は一度座るように菊丸を促した。決まり悪そうに一度頷いてから、菊丸はゆっくりとベンチに腰を下ろした。
 あの菊丸が素直に応じるところから、本格的に壊してしまったのかもしれないと窺える。
 それまで聞き手に回っていた手塚が、そこで口を開いた。
「大石は菊丸を保健室に連れて行ってくれ」
「え?」
 手塚は日誌を閉じて、おもむろに席を立った。
「不二のところへは俺が行く」
「ええっー!? ダメダメ〜」
 反射的に立ち上がりかけた菊丸を、大石がその身を押さえつけることで辛うじて止める。
「こら、英二! 言ってるそばから動くんじゃない」
 注意する声には微かに焦りと怒りの色が混じっていた。仏の副部長と言われる大石であるが、このようなことに関しては容赦がない。
「大石の言う通りだ。不二のことは俺に任せて、お前は保健室に連れて行ってもらえ」
 一方の手塚は、大石とは対照的に実に尊大な態度である。頭ごなしにそう言い付けるが、菊丸はまだ納得できないような顔をしていた。
「でもさぁ……」
「部長命令だ。怪我人は黙っていうことを聞け」
 最後通牒だとばかりに、手塚は鋭く言い放った。
 これは手塚だけが使える特権的切り札である。使いようによっては傲慢になってしまうそれを、実際に手塚が用いることは極めて少ない。
「それって横暴じゃん!」
 語調がどこか弱いのは、菊丸自身も手塚の言っていることが正しいと分かっているためであろう。手塚は何も意地悪く言い負かそうとしている訳ではないのだ。
「横暴でも何でもない。お前が無謀なだけだ」
 一方的に有利な手塚に、大石が駄目押しのような援護をする。
「でもちゃんと治療しておかないと、試合にも出られなくなるぞ」
「ううっ……」
 夏はテニスの大会が目白押しである。それなのに試合に出られないことほど辛いものはないだろう。さすがの菊丸も、これには唸らざるを得なかった。
 そんな菊丸を見て、手塚と大石は互いに小さく嘆息した。しかし二人の発している色合いは微妙に違う。
「だったら手塚と保健室に行けばいいんじゃないか」
 不意に大石の語調が柔らかいものへと変化する。それでいて説得させるような、彼特有の言い回しだった。
「俺が不二の方に行けば問題ないんだろう?」
「えー、それも嫌だな……」
 ならばと大石が妥協案を持ちかけるが、間髪を容れずに菊丸はそれを拒否した。これまでの返答は何らかの事情があってのことなのであろうが、今のは明らかに私情で判断したであろう。
「勝手なことばかり抜かすな」
 我侭としか受け取れない菊丸の発言に、とうとう手塚の一喝が飛んだ。こうなってしまっては、いくら怖いもの知らずの菊丸といえども諦めざるをえない。
「……じゃあ、大石と保健室に行く」
 渋々といった表情で、菊丸は俯きながら首肯した。
「なら俺は、不二の様子を見てくる」
「何だかよく分からないけど、気をつけてな」
 大石が微苦笑を浮かべながら、それでも不安げに声をかける。手塚はそれに短い言葉で答えて、部室を後にする。
「裏門前の一番でっかい銀杏の木んとこだからなー。間違えるなよ」
 踵を返した手塚の背中に向かって、室内から菊丸がそんな言葉を投げかけた。
「ごめん、不二」
 扉を閉める間際に小さな呟きが手塚の耳を掠めたが、手塚は別段気にせずに建物に背を向けた。
 菊丸の真意を否応なしに気づかされるまでに、そう時間はかからないのだった。

to be continued.....

<<back               [menu]               next>>


 前半はお姫様救出劇となります(笑)


update 24,Jun,2004

[ site top ]