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それはとても晴れた日で 【5】 |
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音もなく、手塚は進み出た。自然と不二の背後に回る形になり、そこから彼に声をかける。
「本当に経験者でないのか?」
「え? なに?」
順番待ちの列に並んでいた不二周助は、ゆっくりと振り向く。いきなり話かけられたことには、若干の驚きを示していた。しかし声の主が手塚と分かるなり、元のように顔を綻ばせる。
「ああ、君か。どうしたの?」
どうやら不二も手塚を覚えていたようである。しかし今はそれには触れず、繰り返し問いただした。
「テニスを習っていたのかと聞いたのだが」
「ごめん、聞こえなかったよ。ううん、特にはやってないけど?」
「――そうは見えないが」
正直、他の未経験者とのレベルが違いすぎるのだ。癖のないフォームなど、一朝一夕で身につくものではない。
じろじろと不躾に眺めていたが、不二は気を悪くする素振りを見せなかった。むしろ緩い微笑すら浮かべている。
「遊びの範疇だけどね」
不二は遠慮がちに、そう漏らす。心なしか声のトーンが低くなっているようにも感じた。
「たまたま、弟の付き添いでさ」
「それでか」
ようやく手塚は納得する。やはり己の洞察は誤っていなかったのだと確信した。
しかし、やはり不思議なことには否めない。誰でも自分の経験を誇りたがる。若ければ若いほど謙遜などということは考えない分、それは顕著だ。現に一度でもラケットに触れたことのある生徒は、得意げに経験者を名乗っていた。
それを不二は、あえて未経験の側に自分の身を置いたのだ。確かに意気揚々とBコートに行った割には、見るに耐えないボレーをしている者もいる。しかし不二のレベルでここにいることは、謙遜にしても不自然であったのだ。
手塚も大概常人の域を逸しているが、そんな手塚にさえ不二はそれ以上に思えた。
「でも、どうしてそんなことを訊くの?」
不思議なものでも見るように、不二がそう問いかけてくる。
そんな表情をするのは自分の方だと思いながらも、決して変わらぬ表情のまま手塚は告げた。
「綺麗だった」
臆面もない言葉に、不二はしきりと目を瞬かせている。
手塚は聞こえていなかったのかと思い、同じ言葉を繰り返した。
「フォームが綺麗だった」
束の間、不二が沈黙した。息を詰まらせたかのように動かなくなる。不二は手塚を凝視したまま、固まってしまった。
どうしたものかと、手塚が顔を覗きこむ。
不意に、視線を逸らされた。不二は唇を引き結ぶ。伏せ目がちに俯いて、ぽつりと呟く。
「……君の方が、よっぽど綺麗だよ」
それっきり会話はなかった。順番が回って来て、不二は再びコートに入っていく。菊丸の出した球を的確に同じところへ返す不二を見て、やはり巧いと思った。
不意に手塚は視線を感じる。振り向いた先にいたのは、興味深げにこちらの様子を窺っている乾だった。
何となく乾の視線が自分を呼んでいるように動いた気がしたので、手塚は彼のいる場所まで足を運ぶ。
「本格的にテニスを習っていた訳ではないらしい」
さも意外だったような口調で報告するが、乾の方はまるで予期していたかのような反応だった。
「そうらしいね」
乾は一顧だにせず、そう言い切る。
「知っていたのか?」
「ああ。以前に、少し話したことがあってね」
それなら先に言えと思うが、あえて口を噤む。その代わりに不機嫌な眼差しを向けた。分かりきっていることを訊くなど、時間の無駄以外の何物でもない。
しばらく沈黙したままでいると、今度は乾の方から探りを入れてくる。
「それで。得たものはそれだけか?」
「そうだ」
明言すると、目に見えて乾が肩を落とした。
「手塚は、見かけによらず引きが早いんだな」
「どういう意味だ?」
眼鏡の奥の理知的な瞳が、わざとらしく肩を竦めている乾の姿を捉える。
「勧誘してみればいいじゃないか。彼が加われば、青学テニス部はもっと強くなるよ」
まさに手塚が悩んでいる点を、乾貞治は的確に突いてきた。
名門と謳われている青学テニス部であるが、実はここ数年は都大会どまりの成績しか残していないのである。
入部して一ヶ月が過ぎた今、手塚はすでに手応えのなさを感じ始めていた。個々としてのレベルは決して低くはないのだが、ずば抜けた実力の持ち主も存在しない。ゆえに部を引っ張っていく力が、どうしても不足気味なのだ。
いい意味で、手塚は勝ち負けにはこだわっていない。力の差が明らかな相手を打ち負かした時よりも、少しでも気を抜いたら簡単に追いつかれてしまうような相手との試合の方が、何倍も楽しいと感じるからだ。
自分より優る選手と向き合った時、負けたくないと本気で思った。そう思うことで、どんなに疲労しようともボールに食らいついていけたのだ。
しかし今の青学テニス部には、そういった張り詰めるような緊張感がない。最上級生でさえ、手塚の才能と技術を前にあっさりと膝を折る。
増長している訳ではない。手塚はただ純粋に渇望していたのだ。
競い合いながら高め合っていく相手が欲しい。それが、手塚が常に希求していることだった。
なおもストロークの練習をしている不二周助に目を向ける。彼が望むような好敵手だと決まった訳ではないが、それでも手塚は深い感覚的な部分で察していた。焦燥するほど追い詰められる戦慄が味わえる相手だと。
世の中の機微に敏い方ではないのだが、テニスに関してだけは己の感性を信じている。そんな手塚の勘が告げているのだ。試合でもない、ただのスイングやストロークに目を奪われたことなど、初めての経験である。
あの瞬間、言いようもないほど血が騒いだ。
「不二が入部する確率は……そうだな、今のところ五分五分というところかな」
弾き出された数値に、具体的根拠はあるのだろうか。はなはだ疑わしいといった顔で乾を見やると、さも心外そうに肩を竦めるのだった。
「興味はあると思うよ」
「何故そんなことが分かる?」
誰の目にも気取られぬほどひそかに、手塚は眉を動かした。
「おや、手塚は気付いていないのか」
もったいぶって、乾は前置きをする。それから、ごく当たり前のように言った。
「不二はよく練習を観に来ているじゃないか」
苦笑交じりに告げられた乾の言葉だが、手塚にとってはかなりのレベルで初耳だったのだ。
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to be continued..... |
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