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それはとても晴れた日で 【7】 |
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教室を出て、南にある階段を上っていく。何も語らないまま黙々と進む手塚に対して、不二は文句も言わずについてきた。
屋上へ出る重い扉の前で、手塚は立ち止まる。そこでようやく振り返って不二を見た。
誰にも邪魔されず話せる場所として手塚はここを選んだ。実はこの扉は常時施錠されていて、ここから表に出ることはできない。屋上へ続く扉は、全部で四箇所ある。そのうち東西からの二箇所が開放されていて、休み時間等であれば生徒たちは自由に行き来できるようになっているのだ。この時期はまだ野外も心地よく、昼時の屋上はそれなりに人気スポットでもある。だから手塚はあえて表には出ようとせずに、通行止めになっている踊り場へ足を運んだのだった。
「突然すまない」
扉伝いに、楽しげな女生徒の声が聞こえてくる。屋上はとりわけ女子に人気があった。しかし、こちらは死角になっているので、二組の教室にいた時のような騒ぎは起こらない。
「いや、別に構わないよ」
屈託なく不二が微笑む。不二はいつもこのように穏やかな笑みを湛えている。それが手塚の彼に対する印象だった。
入学式の時からそうだったと、回想に浸りかけて慌てて戻ってくる。ついでに、また忘れるところであったことも思い出す。
おもむろに手塚は口を開いた。
「自己紹介がまだだったな。一組の手塚という」
不二が呆気に取られた顔で、手塚を見上げている。数秒の空白があって、それから不二が小さく息を吐く。
「……ずいぶんと悠長な自己紹介だよね」
さすがに一ヶ月も間を空けたのは長すぎであったか。中学という新しい生活に入って、色々と慌しかったので時間の間隔は短く感じていたが、客観的にみればそれは充分な時間であるだろう。
「でも君のことは知っているよ、手塚国光くん」
「手塚でいい」
そう返すと、不二はすんなりと受諾した。
「じゃあ、手塚。そもそもさ、この学校で手塚のことを知らないなんていうのは、モグリしか考えられないでしょ」
「――どういう意味だ?」
不可解だといった思いで、手塚は不二を見た。
別に『モグリ』という言葉の意味が分からなかった訳ではない。現代用語に限りなく疎い手塚だって、そのくらいは知っている。
不二が手塚を見知っているのは当然だとしても、その他の生徒までがそうだとは限らない。そもそも手塚は、特にでしゃばった行動は取ったこともなく、友人たちといる時でも騒いだりはせず比較的静かにしているつもりだったのだ。
しかしそれは単なる思い込みで、自分の知らぬ間に何か悪目立ちをしてしまったのだろうか。手塚はそんな懸念を抱いて、次の言葉を待つ。
「…………新入生代表でしょ、君」
何故か呆れたような口調で、不二はそう言った。
確かにそんなこともあったのだ。しかし手塚自身が校長の挨拶など覚えていないように、周りも手塚の宣誓なんて忘れているかとばかり思っていた。
「誰も聞いてはいないかと思っていた。よく覚えていたな」
感心したように言うと、不二は一瞬目を見開いて、それから大仰に嘆息してみせた。
「君ってば、自分を知らなすぎ……」
小さな呟きは手塚にも聞こえたが、特には触れなかった。
「ところで、どういったご用件かな?」
都合よく不二の方から話を切り出してくる。
手塚はあらかじめ用意していた台詞を口に乗せた。
「テニス部に入らないか」
まわりくどい言い回しが不得手な手塚は、単刀直入に切り出した。言いたいことだけを簡潔に相手に伝える。それが手塚のいつものスタイルだった。
駆け引きも何もない誘い文句に、不二の方は呆れるのを通り越して驚いてしまったようだ。目を丸くして、手塚を見つめている。
「ウチのテニス部って、スカウトして回るほど人材不足だったっけ?」
反語的な言い回しであることは、口調からも明らかであった。しかし手塚はそのことに気づかずに続ける。
「そうではない。体育の授業を見て思ったんだ。お前はテニスに向いている」
どこまでも真摯な手塚の口調に、不二も茶化すのを止めた。ばつが悪そうに微笑んで、それからおもむろに口を開く。
「お誘いはありがたいんだけどさ。残念ながら僕はもう、別の部に所属しているんだよね」
不二は迷う素振りも見せなかった。極めて淡白な反応は、手塚の思惑が見事に砕かれたことを意味する。
もっと早くに気づいていればと、手塚は滅多にない後悔の念に襲われていた。
ここ青春学園は、多くの進学校がそうであるように、わりかし校則が緩い。生徒の自主性に任せるといった教育方針で、必要以上に規則で縛ったりはしないのだ。
しかし、例外もある。部活動に関することが、その一つであった。
青春学園中等部では、すべての生徒がいずれかの委員会および部活動に所属するよう義務づけられている。生徒たちに集団生活を経験させて、世間に出ても困らない社会性を身につけさせていくことが目的であった。
新入生は五月半ばまでに所属する部活を決めなくてはいけない。いわゆる帰宅部という選択肢は、それに含まれていないのだった。
その代わり、一度決めた部活に三年間通していなくてはならないということはなく、青春学園の学生である間はいつでも好きな時に退部ができる。その後一週間以内に、次の部活を決めればいいのだ。その際、かつて所属していた部活に戻ることも可能である。
ただし、どちら付かずの中途半端になってしまうとの理由で、部活の掛け持ちだけは許されていない。
ちょうど際どい時期ではあったのだ。
すでに入学して一ヶ月が過ぎている。そろそろ所属する部活を決めなくてはならない頃合いなのだ。
「何部だ?」
往生際が悪いと自覚しながらも、訊ねずにはいられなかった。その一方で、不二なら何をやってもそつなくこなしそうだと思っていた。
「写真部だよ」
「……は?」
躊躇もなく返された答えに、手塚は柄にもなく一瞬詰まってしまった。あれこれと想像していたのだが、何となく文化系は予想外だったのだ。
「だから、ごめんね」
少しだけ申し訳なさそうに、不二の目が細められた。元々柔和な顔立ちであるが、こういう表情を浮かべると輪をかけて優しい印象になる。
校舎内に予鈴が鳴り響いた。屋上にいた生徒たちが上履きを鳴らして駆けていく音が、それに続く。
当然手塚と不二の耳にも、休みの終わりを告げるチャイムは届いていた。説得に当たる間もなく、タイムリミットがきてしまったのだ。手塚は残念そうに息を吐く。
目の前でふわりと柔らかい微笑が、一瞬揺れた。
「それに青学のテニス部って強いんでしょ。一年生は夏までレギュラー取りなんて出来ないくらいにさ」
駄目押しのように、不二は続ける。
「だから僕なんて必要ないんじゃない」
軽く首を傾げながら朗らかに笑う不二を見ると、また無性に諦めきれない思いが駆け巡るのだった。
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to be continued..... |
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