the Prince of Tennis
**parody**

それはとても晴れた日で 【8】
 

 中学校生活最初の中間考査を終えて、ようやく部活が再開される。一週間の部活停止期間は、手塚にとって非常に長く感じられた。
 そうして六月に入ってもなお、変わらぬテニス三昧の日々が続いている。
 注意して見てみると、頻繁に不二が部活を観に来ていることが分かった。フェンスの向こう側には、毎日誰かしらが見学に訪れる。それは青学の女生徒だったり、他校のテニス部員らしきものだったりするのだが、その人垣の間から特徴のある髪が見え隠れするのだった。
 不二は写真部員らしく、時折カメラを持って現れる。しかし不二の様子は、すべてが異質であった。
 一つはそのカメラである。他にもカメラを持参でやってくる者も少なくはない。しかし大抵がデジタルか使い捨てのカメラなのに対して、不二が手にしているのはどこか古臭い旧型のものだった。
 変わっている点はそれだけではなく、不二がこちらを向いている時は決してカメラを構えていないのだ。応援にしろ偵察にしろ、カメラを持っている生徒たちは当然のことながらテニスコート内を撮る。ところ構わずたかれるフラッシュには、部員たちも辟易していたのだ。
 しかし不二は、そういったことは決してしない。ここにいる間は、ただ純粋にテニスを観に来ているようだったのだ。まるでファインダーですら邪魔であると言わんばかりに、コート内で行われているプレイはすべて肉眼で追っている。不二の瞳は真剣そのもので、試合に限らず練習さえも食い入るように見つめているのだ。
 ミーハー気分で青学のテニス部を見学に来ているのではないことは、傍から見ていても明らかだ。乾の言葉通り、やはり不二はテニスに興味があるのではないだろうか。
 それならば何故入部しなかったのだろうか。写真部というのは、それほど魅力的なのだろうか。
 不二周助の姿を見かける度に、手塚はそんなことを思うのだった。



◆◇◆




 部活後の片付けを任されている一年生が部室に戻ってくる頃には、上級生の姿はほとんど見られないのが常であった。
 しかし同学年だけの部室というのは、下級生にとっては却って居心地がいいものである。部活における唯一といってもいい開放的な時間とあって、着替えの手を動かす傍らで、それ以上に口が動くのだった。
「あーあ。不二も入部してくれたら楽しかったのにな〜」
 ことあるごとに、菊丸はこんな台詞を吐いて嘆く。すると決まって乾が、その話に乗ってくるのだった。
「駄目だったみたいだね」
 ぽんと手塚の肩に手を置いて、さも落胆したとばかりに言ってくる。
 誰にも話していないはずなのに、どうして周知の事実となっているのだろうか。手塚はそんな疑問を抱く。不二はあれこれ吹聴する類の人種には見えなかった。
「そうそう。いったい何を言って振られたんだよ〜、手塚ぁ〜?」
「…………」
 からかうような菊丸の声を、手塚は沈黙で受け流した。
 不二を誘いに行った場に、この菊丸もいたのだ。そして手塚にその話を持ち出したのは乾である。
 菊丸の状況証拠と乾の推測が、一つの結果に辿りついたのだろう。そしてその憶測をネタに、二人はいつも手塚に絡んでくるのだった。
「不二っていうのは、そんなにすごい選手なのか?」
 河村隆が身支度をしながら、乾に問いかける。河村は五組の生徒だった。
「そうか、タカさんたちは知らないんだよな。すごいかどうかはまだ分からないけど、興味深い人材だよ」
「俺の親友だにゃ〜……って乾! データー取るために、不二を追い回したら駄目だかんなー!」
「さすがに追い回しはしないよ」
 飄々と答える乾に、菊丸は不満そうに口を尖らせた。
「むぅ……じゃあ、どうするんだよ?」
「それは企業秘密だな」
 大して広くはない部室で声高に話しているのだから、聞くつもりがなくても耳に入ってしまうものだ。会話には加わっていないものの、彼らの喋り声は手塚の耳にもしっかり届いていた。生真面目な手塚は、中学生の分際で企業も何もある訳ないだろうと、かなりどうでもいいことを考えていた。残念ながら口に出すような性格ではなかったので、手塚のつっこみは誰の耳に届くこともなく闇に葬られてしまうのだった。
 そんな手塚に、再び話の矛先が向けられる。
「もう〜〜〜。不二がテニスに来ないのは、手塚と乾の所為なんだー」
 本人が目の前にいるのも構わずに、菊丸は盛大にぼやいた。
 実に根拠のない謂れであるが、それは見事に手塚を直撃した。理不尽な罪を着せられたことに驚きを隠せない手塚は、着替えの手を止めて振り向いた。
「ウチの部って、怖い奴ばっかじゃんか! これじゃあ不二だって怯えるって」
「ひどいな、菊丸」
 乾が素早く言い返すが、本人はさほど気にしていない様子である。
 反対に、すこぶる気にしていたのは手塚だった。冷たさを感じさせるほど美しく整った顔に、苛立ちの表情を浮かべている。
「……乾はともかくとしてもだな、俺の言動は極めて真っ当だ」
 可能な限り感情を押し殺した声で、手塚はそう主張する。かくして声は一応の平静を保っていたが、眉間には無数の皺が寄っていた。
「それそれ!」
 目敏い菊丸は、すかさず指を差した。手塚の真似と言わんばかりにしかめっ面をして見せ、次のように唱える。
「手塚は顔が怖いんだよー。こ〜んな顔してたら、不二でなくてもびびるって」
 怯えられたことはないと反論しかけるが、それが不二の本心であるかどうかは分からない。
 手塚の思考回路が、ぴたりと停止した。菊丸の意見は、あながち嘘ではないかもしれないと思ったのだ。
 固まってしまった手塚を見て、乾がもっともらしい口調で述べる。
「手塚は表情が硬いしね。柔軟は足りているかい?」
 それを聞いていた菊丸は、手を叩いて大笑いをしている。
「乾、上手い! 座布団一枚」
 加熱していく二人の横で、手塚の険悪な形相を見て、大石秀一郎は縮み上がってしまった。ただでさえ穏やかにはほど遠い双眸が、凶悪この上ない代物に変わっているのだ。
「お、おい……お前たち、もうその辺で……」
 気遣いの大石と言われるほど、彼の人柄は部内でも定評だ。
 そんな大石が逸早く危険を察して、際限なくエスカレートしていくだろう二人を止めに入る。しかしどちらもその程度で止まるような殊勝な性格ではなく、お構いなしにべらべらとまくし立てているのだった。
 そっと手塚を見ると、彼は無言で身支度を整えていた。大石が話しかけるべきタイミングを窺っている最中にも、自らの荷物を持ち上げている。
 手塚は振り向きざま、皆を一様に睨みつけ、低く言った。
「――帰る」
「え!? あっ、ちょっと……!」
 憤然と背を向けた手塚に、大石が慌てて呼びかける。手塚は耳を貸さず、そのまま部室を後にした。
「二人とも! 今のは、虐めの一歩手前だぞ!!」
 向き直って、大石は鋭く叱りつけた。険しい表情で二人の態度を改めさせようとするが、乾も菊丸もまったく意に介さない。
「えー!? 大石ってば、オーバーだって〜」
「そうそう。言うなれば、愛あるがゆえの虐めだよ。なぁ、菊丸」
「うんにゃ」
 小学生みたいな言い逃れをする乾と、それに激しく賛同する菊丸の結託ぶりは絶妙である。大石はがっくりと肩を落とした。
 そして胸裏で白旗を掲げるのだった。あの手塚でも敵わなかったものを、一人ではどう足掻いても太刀打ちできまい――と。
 憔悴の表情で、大石は天井を見上げた。河村がその肩に手をかける。大石の今の気持ちを共有してくれるのは、この河村だけだった。
 乾と菊丸は、相変わらず手塚をネタに楽しんでいる。
「それにしても、手塚って意外と繊細なんだな」
「むしろ千歳って感じだけどな……」
「おっ、上手いな菊丸。それは頂いておこう」
 すかさずメモを取る乾を見て、大石は胃がきりきりと音を立てるのを感じていた。



◆◇◆




 しかし、この程度の言い争いは実に可愛らしいものであったと、間もなくして知ることとなるのだった。


to be continued.....

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update 5,May,2004

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