the Prince of Tennis
**parody**

それはとても晴れた日で 【10】
 

 去りかけた手塚を引き止めたのは、格好のタイミングで姿を現した部長だった。
 手塚にとってみれば、最悪のタイミングかもしれない。少なくとも一日なりと時間を置いて、頭を冷やしてから挨拶に出向きたかったのだ。
「何を揉めているのですか?」
 殺伐とした雰囲気の中、涼しい顔で青学テニス部部長――大和祐大はゆったりと登場した。
「大和部長!!」
 遠巻きに見ていた一年生の間から、ほっとしたような溜息が洩れる。人波をかき分けて、大和は手塚たちに歩み寄った。
「コートの中で、揉め事はいけませんねぇ……」
 顎に手を当てて、何か考えているようだ。その顔つきからは、大和の感情は見出せない。皆は少なからず追い詰められた気分に駆られていった。
 しばらくすると良案を思いついたような表情で、大和が顔を上げる。その顔には、邪気のない笑みさえ浮かんでいた。
「グラウンド百周ですね、皆さん」
 さらりとそんなことを言ってのける。本気とも冗談とも取れぬ口調だった。
「ま、マジ……百周はないっスよ、部長ーっ!!」
 部員たちは驚いて、互いに顔を見合わせている。青学テニス部では罰則として校庭を走らされることは日常茶飯事だったが、百周などという距離は前代未聞の数字である。
「そうだよ、大和。今から百周はきついぜ」
 三年の杉山も、間に割って入る。杉山もかつて、右手での手塚に負けた一人だった。
「それに俺たちはちゃんと止めたんだ」
 同年代の部員が、大和に申し立てをした。今までの経緯を話しながら、前言を撤回するよう説得している。
 一、二年と当事者である武居は意見などできるはずもなく、黙っているより他ないのだ。
「本気で止めていたら、こんな事態にはなっていないでしょう」
 問いかけるような大和の口調に、杉山が言葉を詰まらせる。
「見ているだけなら罪ではないんですか? 口を出したから許されるんですか?」
 誰もが呆然と立ち尽くした。返す言葉が見当たらない。
 大和は責めているのだ。
「違うでしょう」
 大和がゆっくりと周囲を見渡す。ここにいる全員が関係者であると、糾弾しているも同然だった。
 皆が決まり悪そうに、大和の視線を避けている。
「これは連帯責任です」
 もう反論できる者はいなかった。諦めたように一人、また一人とグラウンドに向かっていく。
「さあさあ、早く走らないと日が暮れますよ」
 部長自らが追い立てると、部員たちは、たちまちのうちにコートから姿を消した。
 そうして、手塚と大和だけが残される。手塚にとって、居心地の悪い間が生じていった。
 仕方がないと、手塚は腹を決めた。深呼吸をして、つとめて抑制した声を作ろうと試みる。
 手塚は意を決すると、深々と頭を下げた。
「短い間お世話に……」
「こらこら」
 言いかけたところで遮られる。不思議に思って面を上げると、いつもと変わらぬ温厚な大和の顔があった。
「君も部員でしょ? 走りましょう、百周」
 当たり前の口調で大和は命じる。
 あまりにも自然に言い渡されて、手塚は目を瞬いた。咄嗟には、その言葉の意味が飲み込めなかったのだ。
「え? 俺は退部します」
 自分の宣言が綺麗さっぱり無視されていることに手塚は眉をひそめる。先程の一大決心を再び告げるのだが、それすらも聞き流されているかのような反応だった。
「おや……そうですか」
 残念ですねと付け加えるが、その口振りからは一片も残念そうな気配が窺えない。
 さすがに手塚も、少しばかり悲しくなった。自分は今回のような不穏分子になるばかりで、青学テニス部には取るに足らない存在であったと言われているようだった。上級生たちは手塚が部を去るということで、内心では清々しているのかもしれない。
「でも」
 不意に大和が口を開いた。薄く色のついた眼鏡のレンズが、きらりと輝く。剣呑な光が、そこに宿ったかのようだった。
「まだ退部届けを貰ってませんが? さあ、走って走って。それから受け取りましょう」
 詭弁だ――と、手塚は思う。この人は、どうあっても自分を走らせなくては気が済まないらしい。
 手塚は左の手を固く握り締めた。これほどまでに迷惑な存在だったのだと思い知らされたのだ。唇を噛むことで、今にも吐き出してしまいそうな言葉を抑えている。
 何を気にすることがあるのだろうか。どうせ最初から嫌われているのだから、これ以上疎まれたって、どうってことはない。
 肩にかけていたテニスバッグを投げ捨てて、コートの外へ出る。手塚は半ば自棄になって、グラウンドを走り始めた。
 手塚の参加は、部員たちを驚愕させた。
 何よりもまず、手当てをすることが先決だと思っていたからだ。それに今回の事件において、手塚はいわば被害者である。
 そんな手塚が誰よりも懸命に走っているのである。真っ先に居た堪れない気持ちになったのは、武居と同学年のレギュラー陣であった。
「なぁ。手塚の奴、何周目だ?」
「それどころじゃねーよ……こっちはもう限界」
 一人追い抜くたびに、後ろから声がする。聞こえてはいるのだが、今の手塚にはその内容が頭にまでは入ってこなかった。
「普通、あの腕で走れっか?」
「バーカ。腕は関係ねぇだろ」
 負けやしない。負けてなるものかと、手塚は強く思っていた。腕のことなど、ハンディキャップにすらならない。手塚はそれを言い訳にして逃げたくなかったのだ。
「なら、お前はできんのかよ?」
「うっせーな。知るかよ!」
「おい。黙って走らないと、余計に疲れるぞ」
 二年生を窘めた声は、副部長のものである。何も悪くはないのに、副部長までもが走っているのだ。
 本格的に連帯責任にされてしまったのだと、手塚は思った。本来なら自分と武居だけが走らされればよかったのだろうに、不条理にも全員がとばっちりを食らったようなものだ。
 考えるほど自己嫌悪に陥っていきそうになる。それを振り払うように、手塚はただ闇雲に走った。皆に謝罪をする資格を得るのは、この罰を終えてからだ。
 口にしてしまった言葉も、考えなしの行動も、決してなかったことにはできないのだから。
 贖罪する気持ちで手塚は走っていた。悔恨の気持ちだけが、その胸にあった。
 黙々とノルマを消化していく手塚の足が、突然止まる。途端にどっと疲れが押し寄せてきた。
 肩で息をしながら見据える正面には、同じように荒く息を吐きながら両手を広げて道を塞いでいた大石の姿があった。


to be continued.....

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update 7,May,2004

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