the Prince of Tennis
**parody**

それはとても晴れた日で 【11】
 

 結局、時間内に百周を走りきれた者は、レギュラー陣と一部の上級生――それに手塚だけであった。大石に足止めされた後も、手塚は走り抜いたのだ。
 完全に意地であった。そして手塚なりのけじめでもあったのだ。
 通常の部活時間を丸一時間も超過した頃に、ようやく大和は口を開いたのだ。
「今日はもう遅いですから、残りは後日にしましょう」
 それは罰則が消滅したことを意味する、体のいい赦免の口上だった。
 よろよろになった部員たちが、グラウンドから身体を引きずるように戻ってくる。後は普段のように挨拶があって、本日の部活が終了した。
 片付けは一年生が分担して行うことになっている。
 しかし今日ばかりは、上級生たちも自主的に加わっていた。ボールやらネットやらを手早くまとめて、早々に引き上げていく。そうして残されたポールだけが、一年の担当になった。
 同級生たちが心配の視線を送る先で、手塚は黙って作業に加わっていた。近寄れない雰囲気が手塚から発せられている。迂闊に声をかけようものなら、怒鳴り返されてしまいそうだ。それが分かっているから、誰も手塚を止められずにいた。
 大石などの比較的手塚と親しくしている者たちは、何度も視界の隅に現れては彼のすぐ傍を通り抜けていくのだった。手塚を止めるきっかけを掴もうと、様子を窺っているのは明らかである。
 手塚自身もその気配は感じていたが、平気な顔で応えられるほど大人でもなかったし、またそんな余裕もなかった。
 額から流れ落ちる汗は、激しい運動による発汗作用なだけではない。左肘が熱を持っているのが分かる。少し動かしただけで、それは痛みを伴った。
 激痛を振り払い、手塚はポールに手を伸ばした。
「なあ、手塚……もうさ、帰った方がいいって……」
 恐る恐るといった風情で、菊丸が声をかけてくる。それに便乗して、大石も遠慮がちな口調で説得に当たる。
「そうだよ、後は俺たちがやっておくから……」
「いいから黙ってやれ」
 硬い声で手塚は答えた。それっきり、黙々と作業を続ける。
 手塚から鋭く苛烈な空気が伝わってきたので、一同はまた何も言えなくなった。
 背中に痛いほどの視線を感じていたが、手塚はあえて気づかぬふりを決め込んだ。痛みはだんだん麻痺してくる。この分だと、明日は腫れるかもしれない。
 ポールを持ち上げようとした時、後ろから腕を掴まれた。
「っ!?」
 苦痛が不覚にも顔に出る。睨むようにして振り返ると、そこには心配げに手塚を見つめる大和の顔があった。
「駄目じゃないですか。意地を張って無理をしたら、後で大変なことになりますよ」
「大和部長……」
 右手でそっと肘を隠して、手塚は呟くように言った。
「君はもういいですから、保健室で診てもらいなさい」
 ご丁寧に手塚のテニスバッグまで持ってきて、大和はそうするよう勧めた。
「そうだよ。ここはいいから、早く行きなよ」
 大和部長という大きな味方を得て、ここぞとばかりに大石は言った。
 手塚の方は無言である。成り行きを見守っていた大和が、そこで再び口を出した。
「ほら、友達も心配していますよ。それとも一人では行かれませんか?」
 無理なら誰かに付き添ってもらえと大和は言った。彼の口振りから察するところ、それは冗談ではないだろう。手塚が依怙地になって拒めば、部長命令で一年の誰かしら――もしくは全員をかりだすことくらいはしそうである。
 さすがに大勢で連れ立って行くことだけは遠慮したい。そんなことになるよりはと、手塚は渋々ながら首肯するのだった。
「……大丈夫です。それでは、失礼します」
 深く頭を下げてから、バッグを担ぐ。それから手塚は、ゆっくりと校舎に向かって歩き出した。
 やや行ったところで、小走りに近づいてくる足音が聞こえた。それが間近で聞こえるようになったと同時に、名前を呼ばれる。
「そうそう、手塚くん」
「はい?」
 本日何度目になろうか。またも大和に呼び止められて、手塚は妙な面持ちで振り返る。
「退部届けは受け取れない――それで構いませんね」
「……はい。すみませんでした」
 数分前の衝動的な振る舞いを、手塚はすでに恥じていた。頭に血が上って浅はかな言動に及ぶなどという行為は、形こそ違えど、あの時の武居となんら大差はない。
 意気消沈していく手塚に、大和は優しく声をかけた。
「君はいい友達に恵まれていますね。人が集まるというのは、それだけ君の人望は厚いのですよ」
 ふと、大和が目線を逸らす。その先を手塚も追いかけると、遠巻きにこちらのやり取りを気にしている一年の集団がいた。
 そちらに一度視線をやってから、手塚は再び大和を見上げる。
「彼らのことですか?」
 大和も彼らを見ているようだ。それから満足そうに頷いた。
「……ええ、そうですよ。君を見てくれている人は、ちゃんといます」
 手塚には、大和が何を言いたいのか分からなかった。わざと本音を逸らしているようにも取れる。
 疑問を投げかけるように見上げる手塚に、大和は相好を崩した。
「だから君は、自分が正しいと思ったことを貫きなさい」
 それだけ言って、大和は手塚の背中を叩いた。早く保健室に行けと、促しているようだった。
「色々とご迷惑をおかけ致しました。それでは、失礼します」
 会釈をしてから手塚は踵を返した。
「先程、僕が言ったことも、忘れないで下さいね」
 手塚の背中に向かって、そう投げかける。大和の台詞を思い出し、手塚はまた胸が熱くなるのを感じていた。


to be continued.....

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update 8,May,2004

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