the Prince of Tennis
**parody**

その日は金曜日 【1】
 

 薄曇りの天気の中、青春学園中等部のグラウンドでは朝から多くの生徒が活動していた。
 テニス部も例外ではない。むしろ男子テニス部は名門と謳われるだけのことはあって、その練習量は部活動が盛んな青学内でも抜きん出ている。
 金網の内側では、黄色いボールに加えて、怒号にすら聞こえる喚声までもが飛び交っている。気合の入りようは、その様子からも充分に見て取れた。
 やがて部長である手塚国光の声がコート内に響き渡る。
「よし、全員整列だ!」
 各コートで練習をしていた部員たちが、一斉に手を止めた。ボールもラケットもその場に置いて、手塚の前に集合する。
 雲が切れて、日差しが手塚の顔にかかった。眩しさに目を細めながらも、手塚は連絡事項を告げてゆく。
「本日はコート整備の為に、放課後の練習は行われない」
 大会も一段落している時期である。休暇の間も徹してびっちりと日程が組まれている青学テニス部には珍しく、週末も練習がないのだ。
「休みだからといってあまり羽目を外しすぎるなよ――以上。用具を片付けたら解散だ」
 久々の休養日で部員たちは浮かれているのだが、彼らの上に立つ部長は真面目な表情でお堅い教師のようなことを言っている。しかし、そこではやし立てるような真似は誰もしない。部長である手塚の言葉には、絶対服従が青学テニス部員の暗黙の掟なのだ。
 テニスの腕前は強豪揃いと言われる青学内においても随一を誇り、学業の面でも高い評価を得ているこの学校において学年主席を常にキープする知性、加えて整いすぎて冷ややかさすら覚えてしまう容貌、果ては生徒会長にまで推されてしまったという絶対的なカリスマを兼ね揃えた人物が、手塚国光なのである。いったいどんな人間なら、彼に逆らうことができようか。
 一年生の中には、手塚に憧れて青学テニス部に入ってきたような者も少なくはない。そんな憧れの先輩の下で半年以上の練習を重ねてきて思ったことは、想像以上に厳しい人柄だったということだ。
 甘えは許されない。通常の練習の過酷さに、退部したものも数知れないのだ。新学期当初は驚くほど存在した新入部員が、今は三分の二ほどに減っている。
 そして他人以上に自らを律しているのだ。目の前で自分たち以上にハードな特別練習をこなされてしまっては、反論すらできないというものである。
 下級生は元より、同級生たちからも手塚国光という人間は神聖視される一方である。
 ただし、何事にも例外はある。
 そしてその例外たちが、目下手塚の頭を抱えさせている人物だということは、おそらく当事者たちしか知らないのだった。



◆◇◆




 誰もいなかった部室に続々と人が戻ってきた。室内が、にわかに騒がしくなる。
「あ〜あっと。朝練の後は、腹が減っていけねぇな、いけねぇよ」
 部室に戻るなり、桃城武は自らの鞄を漁り始めた。鞄の至るところから、携帯食のようなものが姿を見せる。桃城はそれらをタワーのようにして、部室の机に積んでいた。
 次から次へと現れる食料品の山に、海堂薫は眉をひそめる。
「そんなもんばっか食ってんじゃねえよ」
 海堂家は自然派食品を、こよなく愛する家庭だった。都内にしては広大な庭を所有していることもあって、自宅で無農薬野菜を栽培しているのだ。また海堂の母親は料理好きで、何かと自分で作ってしまうのだ。海堂家ではヨーグルトや手打ちうどんに至るまでも、市販のものが食卓に並ぶということはなかったのだ。
 そんな海堂の食生活からいって、桃城の食事の様は乱れているとしか映らなかった。この上なく不愉快そうな表情をして、吐き捨てるように呟く。
「栄養が偏るだろうが」
「バーカ。これは健康食品だから、問題ねーっつーの」
 勝ち誇ったように桃城が言い捨てる。わざわざパッケージを指し示して成分を読み上げては、これ見よがしに頬張っていた。
「何を女みたいなことを抜かしてやがるんだ」
 ダイエットと称して、このような類のものしか口にしていなかったクラスメイトが思い出される。彼女たちの不健康さにも、海堂は密かに嘆いていたのだった。
「誰が女だって!?」
 聞き捨てならないといった様子で、食品を置いて桃城が立ち上がる。今の台詞が、よほど頭にきたようだ。
 しかし海堂は、まったく動じずに言い放った。
「てめえだ。この軟弱野郎」
 絵に描いたような売り言葉に買い言葉である。両者は互いに睨みつけ合った。
「ああっ!? やるのか、マムシ!?」
「俺はてめえのチャラチャラしたところが大嫌いなんだよ」
 入学してから半年が経とうというのに、この二人はそりが合わないことが多かった。入部当初からも、とにかく小競り合いが絶えないのだ。
「ああ、もう! 二人とも相変わらず仲良く喧嘩しているんじゃない!」
 仲裁に入ったのは、菊丸英二だった。菊丸も今や先輩である。一年前までは率先して馬鹿騒ぎをしていたが、現在は更にやかましい後輩たちを諌める立場という側に回ることになったのだ。時間というものは、人間を多少なりとも成長させてゆくものである。
「冗談じゃないっす!」
「どこ見てるんすか、英二先輩!?」
 海堂と桃城は、ほぼ同時に反論した。そしてそのことに、互いが反発する。
「ほらなー。このタイミングだって絶妙じゃん」
 揺るぎようがない事実を突きつけられて、二人は如実に絶句する。
「ダブルス組んでる大石とだって、真似できないにゃ〜」
 そう言って、菊丸はけらけらと腹を抱えて笑い出した。こうなってしまっては、もう返す言葉もない。
 ずれた机を直していた河村隆が、その場から声をかける。
「部長たちが戻ってくるまでに、止めた方がいいんじゃない?」
 河村が言うことはもっともだと思ったまさにその時、無情にも部室の扉が開いた。
「何を騒いでいるんだ?」
 ちょうど話題に乗せられていた部長が、怪訝そうな顔で入室してくる。部内の規律には殊更厳しい手塚だ。今の騒ぎを知られようものなら大変である。
「いえ……何でもないっす」
 後ろ手に何かを隠しながら、桃城が思いっきり首を横に振った。
 その様子を訝しく思いながらも、手塚が一歩踏み出すと靴の下で小さな音が鳴った。同時に嫌な感触が伝わってくる。まさかと思った時には、もう遅かった。そっと左足を上げると、そこには変わり果てた姿の食べ物と思しき残骸があった。
 瞬く間に、手塚の表情が歪んだ。
「誰だ、部室で飲食をした者は?」
 怒号のような誰何の声に、一同は震え上がる。テニス部部長手塚国光の厳しさは新入部員内にも、もれなく知れ渡っていた。普段からよく怒鳴っているが、こうして抑えて発せられた台詞の方が、より恐ろしさを増すのだった。
 もちろん同級生はその限りではない。下級生たちからは怖いもの知らずだと称される菊丸が、親しげに手塚の肩を叩いた。
「んなの、決まってんじゃーん」
 菊丸の視線が犯人へと向かう。
 それを契機にほぼ全員が、一斉に桃城を見た。視線を一身に集めた桃城は、思わず数歩だけ後ずさる。
 鋭く手塚に睨まれて、もう二、三歩ばかり後方へ下がりたくなったが、あいにく机が邪魔をして身動きが取れなかった。
「桃城、お前か」
 蛇に睨まれた蛙よろしく、不肖桃城は縮こまっていた。手塚からものすごい重圧を感じたのだ。部長である手塚国光とはたった一つしか年齢が違わないのに、この貫禄は何であろうか。
「朝早くから動き回っているんだし、多少は仕方ないんじゃないかな?」
 横からやんわりと大石秀一郎が助け舟を出す。相変わらず気配りの絶えない大石は、周囲からの推薦もあって副部長に任命されていた。
「それは皆も同じだ。理由にはならん」
 鬼の部長に仏の副部長。
 青春学園テニス部の新体制は、このような幹部から構成されていた。
「桃城、お前は放課後グラウンド……」
「今日は整備だから、グラウンドもコートも使えないよ」
 言いかけたところで、すかさず不二周助が口を挟む。青学テニス部ナンバー2と謳われている天才テニスプレイヤーは、鬼部長の扱いにおいても天才的だった。
 桃城の目には、不二の背中から後光が射しているかのように映る。思わず拝んでしまいたくなったほどだ。
 渋い顔で僅かに逡巡した後に、手塚は判決を下す。
「――放課後、部室を掃除しろ」
「ちーっす……」
 罪が大幅に軽減されたことで、桃城は安堵の溜息をついた。しかし安心するのはまだ早かったのだ。
 桃城の手の内にあるカロリーメイトを取り上げて、手塚は冷酷に言い放つ。
「それと、これらは没収だ」
「ええっ!? そりゃないっすよ、部長!」
 悲痛な声を上げるが、前言は決して撤回されなかった。
「部室が綺麗になっていたら、来週返してやる」
「うへぇ……」
 空腹を訴えるやかましい腹を押さえながら、桃城があからさまに項垂れる。桃城にとっては、何よりも重い罰則であった。
「着替えたらさっさと教室に戻れ」
 哀れ一年生部員たちは、逃げるようにして部室を去っていった。
 下級生たちがいなくなると、部室は途端に広くなった感じがする。
「桃も可哀想に……育ち盛りなだけなのにね」
 手塚の右隣が不二のロッカーである。不二は着替えながら、手塚に話しかけてきた。
「あいつはもう充分育っているだろう」
 本気とも冗談ともつかぬ口調で、手塚はそう言い放った。
 不機嫌そうな手塚の横顔を盗み見て、今のはきっと本気の台詞だったのだろうと、不二は確信する。そもそも手塚は、こういう場面で冗談を言えるほど柔軟な性格をしていないのだ。
「むしろ育たなくてはならないのはお前だ。一年にまで身長で抜かれてどうするんだ?」
 ぽんぽんと不二の頭に手を乗せた後に、何事もなかったかのように着替え始める。おそらくはこれも、手塚の本心からの発言であろう。
「……なんか腹立つ」
 そのまま不二は、着替えの手を止めて俯いてしまった。
「おい、不二……?」
 多少は気になって、手塚は不二の顔を覗きこんだ。それとほぼ同時に不二が勢いよく顔を上げるので、手塚は咄嗟に身体を引いた。危うく手塚の顎と不二の頭が衝突するところだったのだ。
「今のは酷い! 傷ついたよ」
 唇を歪ませて、不二は訴えてくる。色素の少ない不二の瞳が、断じて許さないと語っていた。
「悪かった」
 詫びを入れてみるが、不二はへそを曲げたままである。
「誠意が見られない」
「……どうすればいいんだ?」
 観念したように手塚がぼやくと、不二の表情が豹変した。
「じゃあね」
 にんまりと不二が微笑む。その顔を見て手塚はやられたと思ったが、すべては後の祭りだった。
「今日の帰り、付き合って」
 逆らいがたいほどにはっきりとした明眸を携えて、不二は一つの妥協案を提示する。
 この場面において、断ると言える人間がいたら見てみたいものだ。手塚は不二には見えないところで、こっそり嘆息した。一年経った今も、相変わらず不二には負けっぱなしである。
「いいだろう」
「ホームルームが終わったら、一組まで行くから」
 念を押されて、手塚は頷いた。迎えに来られなくとも、この期に及んで逃げるつもりは毛頭ない。
 逸早く着替えを済ませた不二は、机の前にまで足を進めていた。
「来週まで、これは僕が預かっておくよ」
 彼の示す先には、桃城から没収した菓子の山があった。散らかっていた机の上を片付けると、それらすべてを不二が纏め上げた。
「君だと忘れてそうじゃない。お菓子を持ち歩く習慣なさそうだし」
 不二に貰ったチョコレートを鞄に入れたまま放置して溶かしてしまったのは、まだ新しい記憶である。
「それに、これ以上桃を怯えさせるには忍びないし」
 機嫌よく手塚に向かってそんな一言を投げつけると、不二はそれらの食品を自らのテニスバッグに詰めてしまうのだった。

to be continued.....

<<back               [menu]               next>>


オンでは導入部だけになりますが、よろしかったらお付き合いくださいませ。


update 7,Oct,2003
Happy  birthday Tezuka!

[ site top ]