the Prince of Tennis
**parody**

その日は金曜日 【3】
 

 夕食を済ませ、部屋に戻ろうとした手塚の目の前で電話が鳴った。いつも家にかかってくる電話を取るのは母の役目なのだが、さすがに無視するわけにもいかず立ち止まる。
 コールが一つ鳴り終えるのを待ってから、受話器を取り上げる。すると呼び出しの音が消えて、代わりに外線のランプが灯った。
「夜分遅くに失礼致します。手塚さんのお宅でしょうか?」
 手塚が応対をする前に、向こうからまくし立ててきた。
「はい、そうですが」
 聞き覚えのある声だった。誰だったかと思い出そうとしているうちに、相手が名乗りを上げる。
「青春学園二年の乾と申しますが……」
「ああ、乾か。どうしたんだ?」
 途中で遮ってしまった形になったが、乾は気にした様子もなく、「手塚か」と電話の向こうで息をついていた。
「手塚に訊きたいことがあるんだ」
 いつになく改まった口調である。若干の違和感を覚えながらも、手塚は電話に応じていた。
「何だ?」
「今日の放課後だが、お前は不二と一緒に帰ったよな?」
 何も堅苦しく聞いてくる内容ではないだろう。また乾特有の婉曲的な言い回しが始まったのだと、うんざりするように手塚は眉をひそめた。
「ああ。それがどうかしたのか?」
「どこまで一緒だった?」
 まったく事情が飲み込めなかった。何かの謎かけなのかと疑ったほどだ。しかし今回はいつもと異なり、手塚の反応を楽しむといった嫌味な響きが含まれていない。
「……どういうことだ?」
 答える前に、手塚は聞き返した。乾がどんな回答を欲しているかすら分からないので、答えようがなかったとも言える。
「とりあえず落ち着いてくれ」
 こうも取り乱した乾には、手塚も始めて遭遇する。ここにきて、ようやく何かあったのだと手塚は察した。
「落ち着くのはお前の方だろう。いったい何があったんだ?」
「そ、そうだな……」
 電話の向こうで乾は深呼吸をしている様子だった。
「いいか、驚かないで聞いてくれよ」
 更に語調が変わった。とても言いにくそうな感じを受ける。
 手塚は黙って、乾の言葉を待った。こういうときは下手に口を挟まない方が、スムーズに進むのである。
「あのな……」
 おもむろに乾が声を落とした。乾の緊張までが、電話線を辿って伝わってくるような気がする。手塚は何か妙な胸騒ぎを覚えた。
 一拍置いた後、乾は一気に言った。
「不二がいなくなった」
 乾が言った言葉が、瞬時には理解できなかった。いなくなるも何も、不二とは今日だって会っている。それどころか、ほんの数時間前に別れたばかりであった。
 様々な想像をしていた。よくない話であることくらいは、手塚にだって薄々気がついていたのだ。しかし手塚が思い描いていたどんな出来事よりも、乾の発した言葉は現実味を帯びていなかった。
 真っ白になった手塚の頭の中に、更なる衝撃が浴びせられる。
「聞いているか、手塚? 不二が行方不明なんだよ」
 息が止まった。
 不意に、去り際の不二の台詞と表情が、手塚の脳裏に蘇ったのだ。
 ――じゃあね、手塚。また来週。
 ごく当たり前に発せられた言葉だった。手塚の方も、来週になれば自然とまた学校で顔を会わせるのだろうと、信じて疑っていなかったのだ。
 急速に身体中の血が落ちてゆくような錯覚に襲われた。眩暈すら感じられる。貧血にも似た症状だった。
 それでも手塚の心は決まっていた。
「不二を捜しに行く」
「待て! おい、手塚!?」
 乾がまだ何か言おうとしているのも構わず、手塚は乱暴に受話器を置いた。普段では決してしないような乱れた足音を立てて、一目散に部屋まで行く。たんすから防寒具になりそうな上着を取り出すと、それを掴んで大股で階段を駆け下りた。
「どうしたの? 何かあった?」
 騒ぎに気づいた母親が、階下で手塚を待っていた。そして心配そうに問うてくる。家でも比較的大人しくしている手塚が、今日に限っては忙しなく動いているのだ。しかも何も言わずに表へ出ようとすらしている。
 手塚は一瞬、事実を言うか否かで迷った。不二が行方不明になったと言いかけて、言葉に詰まる。物騒なことを言って、外出禁止にされたら適わないからだ。
 また状況が掴みきれない現状で、大事件にされても困るのだ。不二のことは母もよく知っている。言えば心配するのは目に見えていた。下手に騒いで、心を乱させることもないだろう。
 だからといって母親を騙すのも気が引ける。
「部活で揉め事があったようなので、顔を出してきます」
 咄嗟に出た言葉は、あながち間違えでもなかった。真実と不実との、ちょうど等距離にある。
 しかし、母親はやはり怪訝な顔をする。
「もうこんな時間よ。何時に戻るの?」
 壁にかけてある時計に視線をやると、そう言われるのも無理はない時刻だった。
「行ってみないことには分かりません。連絡を入れますから、心配しないで下さい」
 潔癖とも思えるほど、手塚は間違った行いを嫌う。そんな手塚が中学生にしてはいささか非常識な時間に外出しようというのだ。
 手塚の母親は、しばし考えた。息子の顔を正面から見つめる。真剣な、それでいてどこか精彩を欠いている表情をした彼には、きっと自分には察することが出来ない事情があるのだろう。
 彼女は全面的に息子を信じることにした。説明がないにも拘らず、事情を理解して柔軟に受け入れたのだ。
「そう……分かったわ。でも、くれぐれも気をつけてね」
 母は何も事情を知らない。しかし、それでも自分を応援してくれているような気がして、手塚の心にしみた。落ち込んで立ち止まっている場合ではない。
 気持ちとは裏腹に、雲一つ見当たらない空には明瞭な輝きを帯びた月が浮かび上がっていた。穏やかで淡い光が、惜しむことなく地上に注がれている。
 この光は、不二にもちゃんと届いているのだろうか。
 頭上の暗雲を振り払いながら、手塚は夜の歩道を駆けて行ったのだった。

to be continued.....

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update 9,Oct,2003

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