|
その日は金曜日 【5】 |
|
| |
この場でじっとしていても埒が明かないので、手当たり次第捜し回ることにした。
しかし手塚には不二の行きそうな場所などまったく見当がつかない。不二と共に行ったことのある場所、不二から聞いたことのある場所などを懸命に記憶から搾り出しながら、思い当たるところから訪ねてみようと思っていたのだ。
曲がり角で人とぶつかりそうになった。謝ろうと顔を上げて、手塚はその目を瞠る。
「乾、お前も来たのか」
相手が見知った友人であったことに、手塚は安堵した。しかし乾は険しい表情で手塚を睨みつけてくる。
「電話を途中で切るな」
乾の第一声は、手塚への苦情だった。
「かけ直したら外出したと言われてな。ここしかないだろうと思って来たんだ」
額からは汗が噴出していたし、息も弾んでいた。見ただけで乾も走ってきたのだと分かる。むしろそうでなければ、こんなに早く着くはずがないのだ。
「携帯に連絡をしても、見事にシカトされるしな。まったく……闇雲に走っていたって、何も解決しないぞ」
見事なまでに正しい指摘を食らって、手塚はようやく己の行動を省みた。帰宅時の電車に乗る際に、携帯電話の電源を切っていたことを思い出した。
電源を入れて確認すると、着信履歴は乾の名前で埋まっていた。
「すまない」
「とにかく、こっちの状況はどうだ? 不二のおばさんたちはどうしている?」
「今は弟が見ていてくれている」
先程のやり取りをかいつまんで話した。
「そうか……いや、電話を頂いた時に、少し取り乱していたようだから……」
乾の話によると、不二の母親はクラスのではなく部活の連絡網から連絡先を調べたらしい。それも去年の連絡網を取り出してきたので、真っ先に名前があった乾の自宅にかけてきたようだと言う。
「不二は品行方正で通っているからな……おばさんもショックだったんだろう」
砕けた口調で語るのは、場の雰囲気を重くしないためだろう。乾の様子から、そんな感情が見て取れた。
突然、耳慣れた音階が聞こえてきた。乾は咄嗟に自らのポケットを探るが、次の瞬間には首を振っている。
「俺のではない。手塚の携帯じゃないか?」
言われて、手塚も携帯電話を取り出した。するとメロディが少しだけ音量を増す。ランプが数回点滅した後に、それはまたいつものように大人しくなるのだった。
「メールだ」
携帯電話を操作していた手塚の指が止まった。まるで氷付けにされたかのように、硬直してしまっている。
「どうしたんだ?」
「不二からだ……」
手塚の返答に、乾も固まった。二人は顔を見合わせる。
「と、とにかく読んでみよう」
そう言って乾が促すと、手塚はゆっくりと親指で決定ボタンを押したのだ。
『訳あって少し外泊します。理由は帰ったら話すから、今は何も聞かないでください。心配しないようにと、手塚からみんなにも伝えておいてください』
切り替わった液晶画面には、そんな言葉が浮かび上がった。短い文面を、何度も何度も読み返す。
「一応無事、なのか……?」
穏健な内容に、乾の緊張は一気にほぐれていった。事情は分からないままであるが、不二の置かれている状態が悪くなければ御の字である。むしろこの様子だと、不二が自ら何かをしようとしているようである。
しかし手塚の様子がおかしい。端正な容貌は明らかに血色を失い、ひたすらに液晶画面を凝視しているのだ。乾は訝しげに彼を見つめた。
「手塚?」
「これは……不二ではない」
彼らしくもなく濁った声を手塚は返した。
「何だって?」
「不二はこんな書き方をしない」
手の内にある小さな端末を、乾は覗き込む。再びディスプレイに浮かび上がった文字を追ってから、手塚へと視線を向けた。
「何が違っているんだ?」
差し当たって不審な箇所は見つけられなかった。分からない以上、手塚に説明を仰ぐ。
「不二が俺にメールを寄越す時は、必ず最初に名前を入れるんだ」
今でこそ、それなりに使いこなせるようになった携帯電話であるが、手塚が最初に持ち始めた時は酷かったのである。元々は家族との連絡用として持たされていたので、電話をかける、もしくはそれが鳴ったら出るといった、最低限の活用しかできていなかったのだ。
携帯電話をEメールとして使用するようになって、まだ日が浅い。初期の手塚は自らメールを発信できず、誰かから届いたメールの返信機能でのみ返事を返すことができたのだ。当然、アドレス機能なんてものも知らなかった。そのことを不二に伝えると、彼は信じられないとぼやきながらも、毎回メールの最初に署名を入れてくれるようになったのだ。
今となっては不要であるのだが、それでも不二はそのスタイルを維持し続けた。変な癖がついたと不服そうに言いながらも、である。
それが今日になっていきなり癖が抜けるはずがない。
「誰がこんな真似を……」
唇を噛んで沈痛な面持ちで、手塚は吐き捨てるように呟いた。
不二ではない誰かが、不二のふりをして不二の携帯電話からメールを送ってきたのだ。
「まずいな……事態は思ったより深刻みたいだ」
額に手を当てて、乾は考え込むように俯いた。
「まさかもう……」
「馬鹿なことを言うな!」
鋭い声で手塚が叱責する。再度怒鳴りつけようとして、その声が喉に詰まった。
手塚は真正面から乾を見据えた。その顔が緊張していることは、乾の目にも明らかだった。
「悪い。二度と言わないよ」
右手を軽く上げて、謝罪のポーズをする。乾もまっすぐに手塚の視線を受け止めた。
手塚は強く拳を握り締めると、重々しく口を開いた。
「不二は無事だ。あいつに限って、そんなことはない」
口にしてから怖くなった。不二はどんなトラブルにも柔軟に対応するだろう。その辺の対処能力は、手塚も高く評価していた。
そんな不二が帰って来られない状況にあるのだ。
不二の身に何が起こっているのだろうか。手塚にはまったく想像がつかない。行方不明という言葉ほど、あやふやで残酷なものはないと始めて知った。
無情にも何も解決しないまま、時間だけが過ぎてゆくのだった。
|
|
|
to be continued..... |
|
|
|
|