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その日は金曜日 【8】 |
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朝刊を取ってくるのは、手塚の役目だった。小学一年生の夏休みに『家の手伝いを何か一つすること』という課題が与えられ、それでこの仕事を選んで以来、実に八年間も続いてしまっているのである。
仕事というよりは、すでに日課となっていた。手塚は同居している祖父と競い合えるほど早起きであるし、朝一番に新聞を読むのも手塚自身であったのだ。今となっては自分のために取りに行っているだけだと言っても、過言ではない。
玄関に置いてある誰のものでもないサンダルを足に引っ掛けて、表に出る。日は昇っているのだろうが、辺りは仄かに薄暗い。昨日までの天気を忘れてしまったかのような曇天だった。朝靄も出ていて、少し肌寒い感じがする。
手塚は大股でポストへと向かった。郵便受けから、新聞がはみ出しているのが見える。その出ている部分を掴んで、手前に引いてみると、呆気なく新聞が抜ける。
同時に、カツンという音を立てて、何かが地面と衝突したではないか。おそらく何かが郵便受けに入っていたのだろう。それが新聞に引っかかって落下してしまったようだ。
昨日取り忘れた郵便物だろうか。
拾い上げようと身を屈めた手塚は、次の瞬間一切の動きを停止した。伸ばしかけた指だけが、どうしようもなく震えている。
胸が痛い。心臓ごと、力いっぱい鷲掴みにされたような気持ちになる。しかし、しばらくは胸を押さえることすらできなかった。
知っているのだ。
目に入った物体に愕然とする。身体はいまだに動き出そうとしない。唯一自由の利く眼球だけが、研ぎ澄まされた感覚となって手塚の全神経を支配していた。
そこに落ちていたもの――淡い灰黄色の小さな機械は、不二周助が所持していた携帯電話だったのだ。
◆◇◆
「不二の携帯が見つかったって?」
乾は驚きをそのまま声に出した。
部屋に戻った手塚は、即座に乾に電話をかけたのだ。かなり非常識な時間であるにも拘らず、乾はコール一つで電話に出た。彼も目覚めていたらしい。熟睡できていないのだろうということは、起き抜けではないはっきりとした彼の話し方からも容易に窺えた。
「そうだ。今から出て来られるか?」
無理な頼みは承知で言ってみると、乾からは思いがけないほどよい反応が返ってくるのだった。
「どこに行けばいい?」
手塚は胸を撫で下ろす。やはり誰かが共に動いてくれると心強いものだ。
「いつものところでいい」
すなわち、例のファミリーレストランを指している。
「多少は動けるぞ?」
乾は次に動く際に便宜のよい場所に行くと提案したのだ。時間のロスが、文字通り命取りになることは、お互い暗に承知している。
「いや、そこがいいんだ」
手塚はあえて、そこを推した。すべてを含めて考慮した上での指定だったのだ。手塚が考えるに、あのレストランが一番動きやすいのである。
「分かった。三十分もしないで着くと思う」
「なら、三十分後に待ち合わせだな」
壁時計を見上げながら、手塚は待ち合わせ時間を確認した。今すぐにでも出られる格好をしているので、時間は充分であった。
「何か持っていくものはあるか?」
「いや特には……」
言いかけて、手塚は考えた。必要になるかもしれないものを思い浮かべる。
「そうだ。都内の詳しい地図があるようだったら、持ってきてくれるか?」
「分かった。それは用意しよう」
「すまないな」
心底から感謝の意を込めて、手塚は礼を言った。今回の件で乾に多分に世話になっていると思うのだ。
「大丈夫だ」
乾は不意に声のトーンを落とした。礼の挨拶にしては奇妙な深刻さを感じて、手塚は首をひねる。
黙ってしまった手塚に対して、乾は更に強い語調で言った。
「不二は無事だ。お前が言ったんだろう?」
予想不可能だった乾の台詞に、電話を握る手が固まった。
知らずと焦っていたのかもしれない。それを乾に覚られたのだろう。
「――ああ、その通りだ」
一呼吸置いて、そう答える。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。はったりでも今は構わない。酷く身勝手だけれども、都合のいいときばかりはその言葉を信じたいと思ってしまうのだった。
手塚はわざと唇を噛み締める。すべてを諦めてしまうには、まだ早すぎるのだ。
「では、また三十分後に」
短く待ち合わせの確認をして、手塚は通話を終わらせた。
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to be continued..... |
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