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嘘をもう一つだけ 【3】 |
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勢いよく扉が開き、駆けてきた少女と目が合った。不二の存在を見とめるや否や、気まずそうに顔を背ける。面識はないが、同学年の女子生徒だということは分かった。
謝罪を含んだ視線を、遠ざかってゆく少女の背中へと投げかける。伝わらないことは承知の上だ。
そうして閉じたばかりの重い扉を、不二は右手で押し開けた。立て付けが悪いのか、唸り声のような低い音を出す。
「不二?」
驚きを含んだ声で呼ばれて、不二は僅かに肩を竦めた。
「ごめん、まずいところに居合わせちゃったね」
「いや、構わない」
手塚はそう言うが、どことなく気まずい雰囲気が流れていたのは事実だった。むしろ不二が一方的に落ち着かない気を発していたのだ。手塚は常に独自のペースを保っている。
もやもやとする気を振り払うように、大股で手塚に近づいた。手を離した扉が、不二の背後で自然に閉まる。
「すごいね。相変わらず、もてまくってるんだ」
「冷やかすな」
不機嫌そうな表情のまま、手塚はそう告げる。
「でも、昼休みも呼ばれていたんでしょ?」
「何故知っているんだ?」
「噂になっていたから」
その時の相手の女の子は不二のクラスメイトだった。午前中からそわそわとして落ち着かない様子だった彼女は、昼休みになると友人たちに囲まれて泣いていたのだ。ところどころ聞こえてくる会話の中に手塚の名前が入っていたことで、事情をまったく知らない不二も、何となく推測ができたのだ。
「何だったんだ、今日は……」
低い声で手塚がぼやく。
手塚の憔悴具合からすると、告白されたのはこの二件どころではなさそうである。本来なら手放しで喜ぶべきところであるのだが、手塚にとっては喜びよりも先に苦悶の感情が訪れているようだった。
「ほら、明日は十四日だから」
二月の十四日といえば女の子たちの一大イベントである。日本においては、女性が好きな男性に思いの丈を打ち明ける習慣がある。
手塚の周りでは世間より早くから、告白ラッシュが始まっていたようだ。
「あっ、知ってる? バレンタイン」
不二とは対照的に、手塚は世間の行事にやや疎い傾向があるのだ。特に欧米から海を越えて渡ってきたようなイベントには、関心すら示さないのだから、それも無理はない。
「……さすがに覚えた」
重い溜息混じりに答えて、うんざりといった表情を浮かべている。
言われて不二も納得した。そういえば去年の今頃も、同じように手塚は憂鬱な表情をしていたのだ。
確かに毎年追い回されていれば、嫌でも覚えてしまうのだろう。男女問わずに浮かれて落ち着かない二月十四日であるが、手塚にとってのバレンタインディは余計な体力を使わされる行事に他ならないのだ。
「甘いもの、苦手だもんね」
手塚が苦手としているのは、何もチョコレートだけではないのだろう。
それは不二自身も経験のあることであったが、相手の好意を退けるというのもまた骨を折る所業であるのだ。余程のナルシストでもない限りは、苦手とする行為であろう。
自分に行為を向けられることは、単純に喜ばしいことだと思う。人間なら誰しも、他人に嫌われたくはないという感情がどこかに潜んでいるのだ。考えるより前に、好かれれば嬉しいと思うし、また嫌われれば悲しいと思うのは極めて自然なことだろう。
しかし、だからといって応じられない事情もある。思いを寄せた相手に都合よく告白されるなどというのは実に稀であり、現実はそう上手くいかないのだ。
今日明日と飛び交うであろうチョコレートとは異なり、世の中は甘くはないのである。
「いっそ誰かとくっついちゃえば? そうしたらみんな諦めるよ」
特定の相手がいないから、自分が彼の特定になりたがるのだ。それならば、妥当なところで手を打っておくというのも一つの解決策となる。
不二は首を傾げて手塚を見上げた。
「ねえ、好きな子とかいないの?」
「いない」
即答である。眉一つ動かさずに、手塚はそう言いきった。
思春期真っ只中で多かれ少なかれ恋愛事情に悩む年代の中で、手塚に至っては思いを寄せる相手すら存在しないようだ。
思わずというように、不二の唇から溜息が零れた。
「外見だけは立派な成人なのにね……君ってば小学生みたい」
青学はおろか、他校にも人気のある手塚である。その気になれば選り取りみどりつかみ取りはおろか、取っ替え引っ替えさえ思いのままであろうに、当の本人ときたらそんな気が起きる気配はまったくなさそうだ。
「馬鹿にしているのか?」
「ううん、純粋だなあって感心しているの」
自分から惚れた相手としか付き合わないなどと、今の時代にはいささかそぐわぬ文句が飛び出しかねない。もしかしたら女性から想いを打ち明けること自体も内心ではよく思っていないのではないかと、不二は勘繰った。
「君ってとんでもなくロマンチストか、この上ない不器用な人間なんだね」
「どうせ後者だろう」
不二の返答を待たずして、手塚はそう決め付ける。この手の話題に己が疎いことは、彼自身よく承知しているのであった。
「そうやってすぐに自分で結論付けるんだから……」
不二が溜息混じりにそう言った。
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to be continued..... |
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