the Prince of Tennis
**parody**

嘘をもう一つだけ 【4】
 

「でも、そっか。明日はバレンタインなんだ」
 またそんな季節が巡ってきたのだ。去年のことを思い出して、不二の気持ちはやや下降する。
「鬱陶しいな」
 ぽつりと手塚の口から本音が漏れた。彼もまた、バレンタインというイベントを好ましく思っていない者の一人だった。
 しかし不二の気持ちとは種類が大きく異なる。
「贅沢な悩みだよ」
 非難とは違う種の口調だったのだが、手塚は責められているのだと受け取ったのだろう。
「所詮は菓子業界が仕組んだ行事だろう?」
 逃げ道を作ろうとしている手塚に対して、ぴしゃりと不二が言い切る。
「でもくだらないとか言っちゃ駄目だよ。一大決心で臨んでいるんだからね」
 すでに言いかけていたのだろう。よすぎるほどのタイミングで不二に禁じられた言葉を、手塚は息と共に呑んだ。
 弁解するような表情で見つめてくる手塚に、不二は器用に眉を動かしてみせる。それは仕方がないなと大人が子供を叱るような仕草だった。
 何となく決まりが悪そうに、手塚は小さく嘆息した。そして不二に疑問を投げかける。
「しかし、そうするとますます不思議だな。何故明日でなくて今日なんだ?」
 どうせなら煩わしいことは一日で済ませて欲しい――とでも言いたげだ。そんな手塚の心中を察して、不二は複雑な笑みを刻んだ。
「明日は殺到すると思っているんじゃない」
 彼女たちでなくても、そう思うだろう。明暗がくっきり分かれる二月のイベントで、この男ほど目映いスポットライトを浴びる者はいないのだ。
「大勢の女の子が押しかける中の一人になるより、今日のうちに単独行動を起こしちゃった方がインパクトあるでしょ」
 しかし同じことを複数の女生徒が考えていたのだから、本末転倒である。残念ながら、本日も誰一人として手塚に印象付けられた女子は存在しなかったのだと、彼の様子から窺い知ることができた。
 現に目の前の張本人は解せない顔で考え込んでいる。ややあって顔を上げると、若干真剣な面持ちで不二を見た。
「そういうものなのか?」
「そういうものなのです」
 きっぱりと不二が言い切ると、手塚の眉間の皺がまた一つ増えた。
「よく分からん……」
 そのまま考え込むような素振りを見せる。
「まあ、玉砕すると明日が切ないけどね……」
 受け入れられれば翌日は薔薇色であろうが、振られてしまっては真っ暗であろう。告白するのも早ければ、後に続く結果もそれだけ早いのである。
「どうして断っちゃったの……とか、訊いちゃうのは野暮かな?」
 慎重に不二がそう問うた。
「どうしてもこうしてもないだろう」
 そう言って、手塚は大きな溜息を一つ漏らした。
「お前なら受諾するのか?」
「……なんか大袈裟だね」
 手塚の言い回しは妙に堅苦しいのだ。
「そもそも付き合うという定義も分からん。一体何を求めているんだ?」
 同年代の男女が定義うんぬんを考えて付き合っているのだろうかと言ったら、それは明らかに否である。何の感情も抱いていない相手とも気軽に付き合ってしまうことすらも、人によっては訳のないことであろう。
「そりゃ一緒に帰ったりだとか、休日は二人で遊びに行ったりとか……そういう類のことじゃないの?」
 まさかいきなりそれ以上の関係を求めているわけではないだろう。しかし手塚相手にそう露骨なことも言えなくて、不二は語尾を濁した。
「そんなことをして楽しいのか?」
「僕に訊かないでよ」
 瞬時に切り返すと、手塚は怪訝な顔をする。どうやら手塚の脳裏には、それらの行為は楽しいものとして映らなかったようだ。
「お前が言ったのだろうが」
 憮然とした口調で手塚が言った。
「だから、それは一般論だよ。好きな人と一緒にいられるのは嬉しいでしょ?」
 手塚はしきりに顔をしかめている。眉間の皺がますます濃くなっていった。
「さあ? よく分からん」
 ようやく導き出された答えはあまりに手塚らしいもので、不二は苦笑すら忘れていた。
「……君に一般論を説いたのが間違いだったようだね」
 常人の思考回路から逸脱しているのが、この手塚国光なのだ。世間一般の人間と同じ尺度で測ってはいけないのだと分かっている不二でも、時折うっかり忘れてしまうことがあった。
 一方で手塚は何かを考え込んでいるようだった。眉間に複数もの皺を寄せて悩む姿は、一介の中学生とは思えない貫禄だ。
 不意に手塚が顔を上げる。そして正面から不二を見据えた。
「お前はそういうことがしたいのか?」
 突然そう問われて、不二は返答に窮した。この男は真剣な顔をして、いきなり何を訊いてくるのだろうか。
「したいんじゃないかな……多分ね」
 口許に微笑を滲ませて、曖昧に語尾を濁す。そうして不二は軽く目を伏せた。
 本当はいつも願っている。共に下校するだとか遊びに行くだとかはすべて口実なのだ。
 傍にいられればそれでいい。好きになんて、なってくれなくて構わなかった。
「まるで他人事だな」
 手塚は不二がまったく親身になっていないと取ったのであろう。不満を含んだ口調で、吐き捨てるように呟いた。
 そんなことはないのだと不二は心中でのみ答えるが、当然のことながらそれは手塚には伝わらなかった。
 相談というよりは殆ど愚痴に近い調子で、手塚は言葉を口に乗せる。
「試合を見ているとも言っていたが、一体試合の何を見ていたのだろうかと思うような内容だった」
 元々手塚はミーハー気取りで部活を観戦しに来る連中を好ましく思っていないのだ。青学のテニス部は自分たちが入部する以前から伝統も実績も備わっている。ただでさえ見学を希望するものが多い中、最近ではテニスのルールも知らない女生徒が急増しているのだ。
「でも、僕も手塚のテニスは好きだよ」
 不二は静かに瞳を閉じた。目を瞑るだけで、グラウンドに立っている手塚の姿が脳裏に浮かぶ。
 真っ直ぐと正面を見据える眼差しや、左手に持ったラケットまでもが忠実に思い出される。手塚のプレースタイルは息をするよりも容易く思い描けるのだ。
「動作の一つ一つは単純なことなんだけどさ。トスをあげる右腕の伸ばし方とか、癖のないフォームとか、左手でのバックハンドとか……」
 思い出すだけで息を呑みそうになる。どうしたらあんな動きができるのであろうかと、それを目にするたびに不二は思うのだ。
 力強さの中に繊細な優美さが潜んでいる手塚のテニススタイルは、どんな言葉でも言い表せないのだ。
「すっごく綺麗」
 それでも敢えて言葉にすると、やはり陳腐な表現になってしまった。漏らされた響きに無念さを感じつつ、不二がゆっくりと顔を上げる。すると、正面から向けられた手塚の眼差しにぶつかった。
「面と向かって言われるとさすがに照れくさいが……しかし、不二にそう言って貰えるのは嬉しい」
 そう言うと、手塚は唇の端を僅かに上げたのだ。部活の仲間にさえ表情が乏しいと言われている手塚であるが、よく見ていれば端々に感情を表しているのである。
 それは不二にしか分からない、微妙な変化であった。
 手塚の素直な感情表現が、不二の胸を突いた。心臓を鷲掴みにされたような錯覚に襲われて、完全に目を奪われた。
「好きだよ」
 思いの丈が凝縮して、自然に唇から零れた。すると、それらに引きずられて、堰を切ったように感情が溢れ出してくる。
「手塚が好き」

to be continued.....

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update 3,Mar,2004

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