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嘘をもう一つだけ 【5】 |
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「手塚が好き」
不二の持ちうる気持ちのすべてが、短い言葉になった。とても切実で、この上ない真実である一言だ。
いつもと変わらないような顔で、手塚は真っ直ぐに不二を見つめていた。しかし、まるで呪縛されているかのように、微動だにしないで不二を見ている。
手塚は困惑しているのだ。予期せぬ事態を、どう対処していいのか瞬時に判断できないといった表情をしている。
しかし感情のすべてが手塚の顔に表れているのではない。それもまた、不二だけにしか分からない微妙な変化だったのだ。
「そんなに驚くことかな?」
視線が絡んだのはほんの一瞬に過ぎなかっただろう。なのに、それがやけに長く感じて、耐え切れずに不二から先に目を逸らしたのだ。
「手塚だけじゃないよ。英二もタカさんも乾も大石も、みんな好きだよ」
嘘ではない。
不二にとっては皆がいい友人なのである。しかし事実を述べただけなのに、どうしてこんなに胸が痛むのだろうか。
「そうか」
手塚が息をつくのが分かった。盗み見ると、あからさまに安堵した表情を浮かべている。
「何か可笑しかった?」
「いや……」
ばつの悪そうな表情を浮かべて、手塚は首を横に振った。
可笑しいのは自分だと、不二は充分に理解している。手塚は友人で、ましてや同性なのだ。
初めはテニスをやる上での選手として尊敬した。興味を失いかけていたテニスへ不二を呼び戻したのは、ひとえに手塚というプレイヤーがいたからだ。手塚という存在を知ってからは、彼と勝負したくて堪らなかった。
そんな手塚に青学で出会えたという偶然を、不二は心から喜んだ。あの時は単純に嬉しかったのだ。同じ中学校に通っていれば対戦の機会は必然的に多くなるだろうし、彼といい友人関係が持てるかもしれないと期待したのだ。
まさか、後に自分がこんな想いを抱くとは思わなかった。
「ちょっとだけ、傷ついたよ」
棘を飲み込んだような気がした。告げても、決して報われはしないのだ。
「不二?」
風が運んできた手塚の声を、不二は聞こえない振りをした。彼の声に心配そうな響きが篭められていたのは、おそらく自分に都合のいい錯覚なのだ。
「そろそろ部活に行くぞ」
「えっ!? 部活あるの?」
思わず驚きの声を上げると、目の前には渋みを効かせた手塚の顔があった。
「勝手に中止にするな」
「だって、この風だと無理じゃない?」
相変わらず、春一番は勢い盛んに吹き荒れているのだ。こんな中で普段どおりのボールコントロールを出来る部員は、一体何人いようか。
「雨でも降らない限り中止にはならん」
「そっか……」
フェンスを掴んだ手を支えにして、不二は身体を後ろへと倒した。自然と前半身が上向きになり、それに伴って青空が視界を覆う。
この分だと、雨は到底望めないだろう。
「君ものんびりしていたからさ。てっきり中止なんだとばかり思っていたよ」
「行くぞ」
踵を返して、手塚が促してくる。しかし不二はフェンスにかけた手を離そうとはしなかった。
「先に行っていてよ」
遠ざかっていった足音が急に止まる。代わりに背後から低い声音が飛んできた。
「サボる気か?」
「違うって。ちゃんとすぐに行くからさ」
振り返ると、手塚と視線が交差した。彼もこちらを見ていたのだ。
「本当だな?」
「信用してよ、手塚部長」
そう言うと、手塚はまた顔をしかめて見せた。
手塚が部長に就任してから半年が過ぎて肩書きで呼ばれることに抵抗がなくなった今でも、不二がそう呼ぶと手塚は決まって嫌な顔をするのだ。
それを分かっていて、今は敢えて肩書きを付けたのだ。そうすることで手塚は会話を打ち切るだろうという、不二の目論みであった。
案の定、手塚は諦めが混在した息を吐き出す。
「すぐに来るんだな?」
「うん」
手塚は多くを訊かない。少しだけいつもと違う様子の不二に対しても、頭から否定したり問い質したりはせずに、一歩離れたところから妥協案を提示してくれるのだ。
こういう手塚の性格は、上に立つ者としても非常に向いていると思う。どちらかというと厳しいイメージが付き纏う手塚だが、その本質は意外に優しくて、いい意味で突き放しているのだ。
人間は一人では生きられないのだが、支えられっぱなしでもまた成長しない。一人で生きていく必要はないが、自らの足で立つことは生きる上で必須である。
そうした匙加減が、意外にも手塚は巧みなのだ。手塚自身がこのように育てられてきたのかもしれない。
しかし有難い反面、今の不二にとっては少しだけ寂しくもあった。
「あまり遅れるとグラウンド十周が待っているからな」
「こんな日にランニングするのは辛そうだから、ちゃんと早く行くよ」
手塚はまだ何かを言いたそうにしていたが、不二が梃子でも動かないと分かると、早く来いと言い残してこの場を去っていった。
遠ざかってゆく足音に、不二は心の奥で呟く自分の声を重ねていた。
玉砕するならまだマシだが、嫌われてしまうのは切ない。
だから咄嗟に誤魔化してしまったのだ。告白自体をなかったことにしてしまえばいい。
しかし一度溢れてしまった想いは、簡単には治まってくれそうもない。太陽の光が感情を浄化してくれたらいいのにと切実に思った。
「あーあ。眩しいな……」
ひっくり返りそうなほど身を反らせて、不二は空を仰ぎ見た。
明日は雨が降ればいい。
そんなことを不二は思った。青すぎる空は、ひどく目に沁みるのだ。
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to be continued..... |
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