the Prince of Tennis
**parody**

ひ か り の か け ら
 

 合宿といっても秋は長期の休みが存在しない時期であるので、土日の休みを利用した短期のものとなる。土曜日の朝早くに集合して、すぐさまテニスコートへと足を運んだのだった。
 真夏よりはいくらか落ち着いた日差しを存分に受けたテニスコートの中では、健全なる青少年たちが元気よく声を出して練習に励んでいるのだった。
「お前たちは皆、たるんどる!」
 立海大付属中学校テニス部の副部長である真田弦一郎は、コートに這いつくばっている選手たちに向かって鋭く言い放った。真田は構えていたラケットを下ろして、直立ともいえるような姿勢でコートに立っている。
 つい今しがたまで真田の相手をしていた彼らは、全員が肩で息をしているのだ。大きく空気を吸い込んで、激しい運動で失われた酸素を懸命に補っている。そこへ真田が赴きながら、一人一人に気合を入れ直してゆくのだった。
 さながら仁王様に踏みつけられている餓鬼たちといった構図である。地獄絵図といっても過言ではない光景であった。
 けったいな様子を見せているのは、何もこちらのコートだけではない。
「俺様の美技に酔いな」
 隣のコートの主も絶好調であるようだ。得意の台詞と共に、スマッシュ練習を決めまくっているではないか。
 まるで舞踏会の社交ダンスよろしく優美な手つきでラケットを振り回しているのは、氷帝学園テニス部の部長である跡部景吾である。彼の相手をしている選手もまた、踊るような格好でボールを受けていたのだ。
 それらのコートを見やりながら、青春学園テニス部部長である手塚国光は僅かに嘆息する。
 彼らのテニスに比べたら、自分のそれはいかに平凡で慎ましいものであろうか。
 己の究極技が光ったり吸い込んだりすることをすっかり棚に上げて、手塚はそんな感想を抱いた。
「今回の合宿も騒がしいな」
 誰かがそう呟いたのを聞いて、手塚も思わず胸中で同意してしまったのだ。
 手塚にとってこの秋合宿は二度目の参加となる。去年は肘の故障もあって辞退したのだから、実に二年ぶりのことだった。
 手塚と同学年である跡部や真田も、一年生の時からこの選別メンバーに選ばれていた。だから多少の勝手は分かるのだが、今年は一昨年の合宿とはかなり異なった雰囲気を醸し出しているのだった。
 そもそも場所がよくない。去年までは首都圏内ではあったが、東京ではない地まで足を伸ばしていたのである。少し都会から離れただけで、空気の質から違った。澄み切った大気を全身で感じられるのだ。清涼感の溢れる木立の中で行うテニスは、手塚にとって格別なものだった。
 しかし今年は違うのだ。予算の都合だか何だかという不明瞭な理由で、合宿先は代々木にある施設を利用することとなった。青春学園とは目と鼻の先にあり、手塚も何度か通りかかったことがある。近場ゆえ楽ではあるのだが、それなら何も泊まりにしなくてもいいのではないかというほどの距離だった。
 けれども、それは手塚の都合に他ならない。選抜メンバーは何も都民だけではなく、全国から集められているのである。地方出身者にしてみれば、東京での合宿の方が真新しくて喜ばしいかもしれないのだ。
 だから環境に代わり映えのないことは我慢できる。しかし妙に騒がしい外野だけは、どうにかしてもらいたかったのである。
 場所が近いということで、ギャラリーまでついてきてしまったのだ。今も女学生ばかりがフェンスの向こう側でひしめき合っている。彼女たちは口々に応援している選手の名前を叫んでいた。
「手塚」
 低い、女声とは似ても似つかぬ声が手塚を呼ぶ。手塚はおもむろに声のした方向へと視線をやった。
 目深に被った帽子の下から、射るような視線が手塚に向けられている。
「お前に試合を申し込む」
 手塚の行方を阻んだのは真田だった。手を腰に当て、仁王立ちのような格好で手塚の前に立つ。
「……別に構わんが」
 わざわざ足止めをしなくとも、自分は逃げる気も隠れる気もないのだ。そもそも逃げていたら合宿の意味がないだろうし、手塚もまた誰かと試合することを希望していたのだ。
 そうして成立しかけた二人の横から、突如として制止の声がかかる。
「待ちな」
 声の主は容易に分かった。それでも手塚と真田が申し訳程度に振り返る。
 二人の予想は的中した。思い描いていた通りの人物が、居丈高に二人を見据えていたのだった。
「俺様が先だ」
 個性溢れる選手たちの中でも、ここまで高飛車な口調なのは跡部くらいのものである。
「お前は後だ」
 間髪を容れずに真田が退ける。どんなに高圧的に迫られようとも、真田は一歩も引こうとはしなかった。
「俺が先に言ったんだ」
 しかし、それで折れる跡部ではなかった。それどころか自分には正当な権利があると主張するのだ。
「まずは同じ東京出身の者から手合わせをするもんだって相場は決まってるんだよ。数あるテニスの大会だって、そういう仕組みじゃねえか」
 確かに先日まで目標にしてきた全国大会だって、最初は地区大会だの都大会だのを経ていったのだ。そういう意味では、跡部の言っていることも満更でたらめではない。
「いつも同じ顔ぶれでは進歩もないだろう。何のための合宿だ?」
 真田の言い分も、もっともだった。そして、両者は一向に譲り合おうとはしない。
「――いい加減にしてくれ」
 脱力感に襲われて、手塚はうんざりといった声を出した。始まった途端にこの調子では、先が思いやられる。
 どうしてこう自分の周りには揉め事が多いのだろうか。青学を離れてまで同じような目に見舞われる事態に、頭を抱えたくなるのだ。どこに行っても、自分が羽を伸ばせる場所はないのだろうか。
「いいか、俺様はこいつに貸しがあるんだ」
 跡部が手塚の左肩部分のウエアを掴んだ。すると、真田も手塚の右肩部分のウエアを引っ張る。
「何を言うか。それを言うなら、俺は十年前から貸しがあるぞ」
 勘弁してくれと手塚は思った。二人で言い争いをしても一向に構わないが、自分を巻き込むことだけはやめてもらいたいものである。
「とにかく離せ」
 二人の手からもぎ取るように衣服を奪取すると、手塚は乱れた襟元の部分を几帳面に整えた。手塚が今、身に着けているものは、青学のレギュラージャージである。これは青学のテニス部に入部したからといって、誰もが身に纏えるものではない。校内のランキング戦を勝ち抜いた、選ばれし八名のみに許されたレギュラーの証なのだ。
 そんな名誉あるウエアだが、二人に左右から強く引っ張られたことで、だらしなく伸び切ってしまった。直らない襟元に、手塚は若干のやるせなさを覚える。
 伸びた部分を元に戻す方法はないかと思案に暮れる手塚を挟んでの睨み合いは、依然として続行中であるようだ。
「あーん? 馬鹿なこと抜かしているんじゃねえよ」
 胡散臭げに跡部が目を細める。充分に真田を睨みつけてから、手塚の方を振り返った。
 こちらもこれでもかと見やった後に、再び真田に向き直る。そして親指で肩越しに手塚を指し示しながら、跡部は次のように述べたのだ。
「いくらこんな顔をしている手塚でも、十年前って言ったらまだガキじゃねえか」
「おい、それはどういう意味だ?」
 文句の声を上げるが、手塚の発言は豪快に無視される。手塚を押しのけるような形で、真田が一歩前に出たのだ。
「残念だったな。俺はその時分から手塚のことを知っているんだ」
 真田はふんぞり返って跡部を見据えた。その姿は妙に威圧的で、加えて若干得意げである。
「ん?」
 不意に跡部が何やら思いついたような顔を上げる。そして手塚と真田を交互に指差しながら、どちらへと言う訳でもなく問うた。
「何だ、お前ら幼馴染なのかよ?」
 実は手塚と真田の祖父たちは、共に警察官で顔見知りであるのだ。現役を退いた今でも、警察学校で若い警官たちの指導をしていたりする。しかし孫の目から見ても二人の気はまったく合っていないようで、昔から何かと対立ばかりしている姿を目にしていたのだ。
 そんな祖父の先入観をばっちりと受け継いでしまったのが真田である。初対面の時から、妙に手塚に対してライバル意識を剥き出しにしてきたことは、手塚の記憶にもあったのだ。
「幼馴染なんかではない。ただの腐れ縁だ」
 言下に真田が否定をするが、跡部はそれを嘲笑うかのように鼻を鳴らした。
「バーカ。世間では、それを幼馴染って言うんだろう」
 意外な事実に驚きながらも、少なからず跡部は納得をする。多かれ少なかれ手塚と真田は似ている部分があるのである。そもそも爺むさいところはそっくりだ。二人して年齢を誤魔化しているとしか思えないほどである。
「で。そんなガキん頃からしつこく恨んでいるって訳か。手塚も災難だな」
 災難か否かを問われれば、頷きたくもなるのが現状だ。真田は昔から対抗心が強く、手塚が何かをしているとことごとく邪魔をされたような覚えがある。
「しつこいとは何だ!」
 しかし真田本人は異議を申し立てる。
「何だも何もねえだろう。男のくせに、明らかにしつこいじゃねえかよ」
 まるで自身がされたことであるかのように、跡部は嫌そうに顔をしかめる。そして同意を求めるように手塚を見た。
「なあ、手塚?」
 しかし手塚は首肯もしなければ、否定もせずに、ただ漆黒の瞳を虚空へと向けていた。その姿は、何かを考え込んでいるようにも見える。
「おい、手塚? 阿呆みたいに意識飛ばしているんじゃねえ」
 いささか乱暴に肩を揺すられ、手塚は我に返る。手塚の目前には気味悪そうな顔をした跡部の姿があった。
「ああ、すまん」
「朝っぱらから呆けているんじゃねえよ」
 跡部の失礼千万な言葉も、手塚の耳にはあまり入ってこなかった。
 実を言うと、真田の言葉には引っかかる部分があったのだ。そうして散々悩んだ挙句に手塚の口から漏れたのは、あまりにも素直な問いかけだった。
「……俺が何かしたのか?」
 真田に何かをされた覚えは確かにあったのだが、自分も知らぬ間に何かをしてしまっていたのだろうか。
「貴様!? 忘れたというのか!?」
 掴みかからん勢いで、真田は手塚に詰め寄った。否、真田は実際に手塚の襟元に掴みかかっていたのだ。
「申し訳ないが、まったく心当たりがない」
 動じることなく、手塚はきっぱりと言ってのける。隠そうとも取り繕うともしない手塚の態度は、真田を面食らわせるには充分すぎる代物だったのだ。
「……こういう奴だよ、こいつはよ」
 あからさまに跡部が肩を落としてみせる。肩透かしを食らったのは、何も真田だけではないのだ。第三者の跡部でさえ、真田にいくばくかの同情を覚えてしまう。そのくらい手塚のとぼけ具合はすさまじい破壊力であったのだ。
「真田よぉ……こいつが何をしたか聞かせてやれよ」
 むしろ聞きたいのは跡部本人であっただろう。よく知ったもの同士の因縁などという面白い話題を聞き逃す訳にはいかないのだ。
 跡部に促された真田は生真面目な表情を崩さぬまま、やがて決心したように頷いて見せた。


to be continued......

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update 16,Mar,2004

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