〈1〉
空は見渡すかぎりに青く、雲はひとつも見つけることはできなかった。午後三時をまわった陽射しも、柔らかく降り注ぐように大地を照らしているようだった。真一はマスク越しにその空を見つめていた。空、というよりはNという隣町の強打者が打った打球を目で追い、そのうしろに空が見えていたと言ってもいいのかもしれなかった。ああ、また。真一は逃れることのできない絶望をまのあたりにするかのように呟いた。ランナーは、いままさに三塁を廻ろうとしている。ボールはまだレフトが拾いあげたところだった。これで今日三回目。真一は、既に二度失敗しているクロスプレーのことを嫌な気持ちで思い出していた。レフトの中沢がキャッチャーの真一に向かって返球する。中沢は、真一が通う小学校でも指折りの遠投の記録保持者だった。ボールと走者の間がみるみる縮んでいった。ランナーは、恥ずかしげもなく全力疾走の顔を真一にみせつける。ボールは真っすぐ、真一に向かって飛んでいた。今度こそ、真一は思った。ぼくがただのデブじゃないってところを見せてやるんだ。真一は息を飲んで、ボールの軌跡を見やった。ボールはランナーを追い越し、バウンドした。ランナーはさらに顔をこわばらせ、真一を見つめている。バウンドして跳ね上がったボールは、真一のミットをめがけて鋭い弧を描く。ランナーは、腕を体の前に組んだ。やっぱり突っ込んでくる気だ、そう思い真一は身構えた。そして、ボールはミットの中に納まった。それから真一は、意識をランナーに集中させた。ぶつかる。真一は、ものすごい勢いで向かってくるランナーを見るに耐えきれず、体をこわばらせ力をこめて目をつむった。
初めて真一が野球に参加したとき、暗黙の了解で真一はキャッチャーをやらされた。なぜそうなってしまったかと言うと、それは真一が太っているからだった。太っている奴は動きが鈍い。まずはキャッチャーで様子を見よう、というのがチームメイトの大半の意見であった。しかし、真一は太ってはいたがそんなに動きの鈍いほうでもなかった。きっとキャッチャーだろう。真一は参加する前からなんとなくそう感じていた。真一の頭にもまた、太っていればキャッチャーという思いがあった。わかっていながらも、実際にキャッチャーをやらされるとなると、真一は嫌な思いがした。真一は自分の太った体を恥じ、そして憎んでいた。真一にとってキャッチャーをやるというのは、ぼくは太っていますと皆に公言しているような気がして恥ずかしい思いがするのだった。しばらくすると、真一はキャッチャーという言葉を耳にすることさえ嫌になるくらいだった。しかし、だからといって野球のメンバーから抜けるというわけにもいかなかった。もし仮に何の理由もなくそんなことをすれば、自然とあいつは太っているから動きがついていけなくて逃げたんだという雰囲気が出来上がってしまい、それもまた真一の自意識を逆撫でしかねないことを自分が一番よくわかっていたからだった。
「やったぁ」その声で、真一は呪縛が解けたように目を開いた。「同点だ、同点」真一にランナーがぶつかることもなくまた、触ったような様子さえも見られなかった。ランナーは、真一が目をつむるだろうと予測して、最初から真一には当たらずに、まわりこんでホームベースを踏むつもりでいたのだった。真一は、仲間の元へと走り去っていくそのランナーの背中を茫然と見つめていた。
「真一」背中から聞こえてくる声に、真一は振り向いた。
「また、目つぶったんだろ。お前はでかいんだからもどっしりと構えているだけでいいんだ。そうすれば相手のほうがビビる。目をつむるから相手のやりたいようにやられてしまうんだ。な、一回やってみろよ」その声の主は、ピッチャーのヒデだった。ヒデは真一と同じ六年生で、チームの中では誰よりも野球が上手く、また誰からも信頼されていた。
「ヒデ、言ったって無駄だよ」そう言ったのは、サードの久保田だった。「もう三点も同じような感じで取られちまったじゃないか」久保田は言い放つように言った。
「まあ、待てよ」ヒデが、久保田の前に立ちはだかった。「真一は別にわざとやったわけじゃないんだ。それぐらいわかるだろ」
「わかるけどさあ、でも……」
「クロスプレーはプロの選手だって怖いんだ。目はつむっているかもしれないけど、真一は逃げずに力一杯頑張っている」
「でもアウトを取れなきゃ逃げたって逃げなくたって一緒だろ」
「そんなことはないよ。逃げすにあそこに立っているかぎりいつかアウトが取れる時がくるさ、なあ真一」真一は、ヒデの優しい言葉に自分の腑甲斐なさをあらためて感じた。ぼくがアウトさえ取れれば、目を開けてヒデの言うとおりにやっていれば……。
「体だけはでかいくせに……」久保田がサードに戻るときに、ぼそりと言った。その時、真一は自分でも無意識にその言葉を待っていたことに気付いた。お前は、ダメな奴なんだ。その体で何ができるっていうんだ。真一は自分で自分を責めた。真一は、自分が皆に与えてしまう腑甲斐なさは、その太った体からくるものだと思っていた。皆で遊ぶ缶蹴りや、鬼ごっこも真一が鬼になると、たいていはそこから鬼が変わることがなくなり終わってしまっていた。皆言葉には出さなかったが、自分を責めているのは明らかに感じ取れた。真一はその体を呪った。母親がいつか言っていた、お前はお父さんに似て太りやすいのよね、という言葉。真一は父を、そして、普通の体を授けてくれなかった母親までをも憎んだこともあった。
「気にすんなよ」ヒデが笑顔で、真一に言った。「俺は、お前がキャッチャーだとやりやすいんだ。本当だ。何でなのか自分でもよくわからないけど、俺はお前だと安心して投げられる」
「ありがとう」救われるように真一は答えた。
それからはクロスプレーもなく、その日の試合は終わった。五対三。ヒデが決勝打を打っていた。その帰り道のことだった。夕日が背中を押すように真一を照らし、細くのびた影が真一の前をひょこひょこと歩いていた。その脇にもう一つ、影が姿をあらわし真一の横に並んだ。
「さっきはごめんな」久保田だった。伏し目がちに、どこか申し分けなさそうに呟いた。まわりには真一と久保田の二人だけしかいなかった。「本当はあんな事言うつもりじゃなかったんだ。勝てると思ってたのに点が入ったもんだからついカァーッとなっちゃって。ごめんな」真一には久保田を責める気など最初からなかった。自分の体に負い目があるせいか、いつでも真一は他人よりもまず自分を責めていた。
「もういいよ。ぼくがアウトにしてればもう少し楽に勝てたんだから。だからもう、あやまらなくていいよ」真一は、そう言った自分の言葉が照れ臭かった。遠くで豆腐屋の鳴らすラッパが響いていた。それを追いかけているのか、サンダルを引きずるような音もその後につづいていた。
「真一さあ、キャッチャーって大変だな」唐突に久保田が言った。「キャッチャーってポジションとしては地味だろ、あんまり動かないし、マスクとか付けて顔はわからないし、そのくせ責任ばっかり重大でさあ……」久保田は、自分で切り出した話をどう締め括るべきなのかわからなくなって、口をつぐんだ。しかし真一は、何となく久保田の言いたいことが理解できた。
「いいんだよ。ぼく、この体じゃほかのポジションとかやってもできないだろう。ぼくはいいんだ、キャッチャーで」真一は、隣で並んで歩いている久保田を見つめた。久保田は何も言わず、下を向いていた。足元の小石を蹴飛ばしながら久保田は、真一を褒めてやることができない自分を恥じていた。
「お前のいいところはさあ……」久保田は立ち止まった。「お前のいいところは、その体だよ」そう言うと久保田は、じゃあ、と手をあげて駆けていった。真一も久保田につられて立ち止まり、そのまま駆けていく久保田を見守った。しばらくして久保田は一度振り返り、真一に向かって大きく手を振った。真一もまた久保田に向かって大きく手を振った。
あたりはもう薄暗くなりはじめていた。歩いていると、時折どこかの夕食の支度と思われる温かな、何とも言えないいい匂いが真一の鼻を刺激した。真一は今日の試合のことを思い出していた。「体だけはでかいくせに……」あの時、真一は確かにその言葉を待っていた。いつ言われるだろうかとビクビクしていたことに、言われたときに気が付いた。真一はそう言った相手に憤りを覚えるよりむしろ、ビクビクと傷つくことを畏れながら待っていた自分が情けなかった。ぼくはああ言われた時に、やっぱりって思った。そう思うってことは、何よりも自分でそう思い込んでいるからなんだ。ぼくは知らずに、自分で自分を責めているんだ。それは良くないことなんだ。少なくとも、ぼくはぼくを認めなきゃだめなんだ。そして、久保田が口にした、お前のいいところは太っているところだよ、という言葉を真一は思い出した。「俺はお前だと安心して投げられる」ヒデもそう言っていた。どこからか、香ばしい焼けた肉の香りが漂ってきた。それに反応するように、真一の腹の虫が鳴いた。真一はその腹をしばらく見つめ、おもむろにぐぃっとつかんだ。ぼくのいいところ……。
その夜、布団のなかで真一は、その日のことを振り返っていた。昼間の野球の試合や、帰り道の久保田のこと。真一は、冷静になってみると昼間少しは良いところもあるのではないかと思っていたこの体が、やはり嫌でたまらないことに気が付いた。やっぱり嫌だ、と真一は思った。ぼくは太ったこの体がどうも好きになれない。結局太っているからぼくはいつになってもキャッチャーなんだ。キャッチャーなんか嫌だ。あんなところ……最悪だ。ピッチャーは三振を取れば、みんなから凄いと思われる。でもキャッチャーにはそんなものなんかない。ピッチャーが暴投したって、キャッチャーが抑えられなきゃキャッチャーのせいみたいに思われるし、取って当たり前だとさえ思われてるんじゃないか?それにたいがいどこのチームも太った奴はみんなキャッチャーをやっている。何よりもぼくは、太った人イコールキャッチャーのような図式がたまらなく恥ずかしい。ああ、やっぱりぼくには太っているところが自分のいいところだなんてとても思えない。……やせたい。あんなキャッチャーなんかじゃなくてもっと、もっと別のところがやりたい。真一は、祈るように呟いた。結局その夜も、真一はいつのものように痩せたいと思いを募らせて眠りについた。
〈2〉
朝、目が覚めると真一は痩せていた。はじめに気が付いたのは、真一を起こしにきた母親だった。
「どうしたの、それ」真一は、まだ虚ろな意識の中でその言葉を聞いていた。「何だかシューッと空気が抜けちゃったみたいね。フフフッ、おかしい。でも真ちゃん格好いいじゃない」母親はたいして驚きも見せず、台所へと戻って行った。真一は一体なんのことだかわからず、いつもと変わらぬ朝の準備に取りかかろうと起き上がった。そこで、それがいつもと同じ朝ではないことを真一は知った。起き上がるときにお腹のまわりがへこんだような気がして腹を見下ろしてみた。昨日の夜まで厚く垂れ下っていた脂肪がそこには見当らなかった。それに、何よりも下を向くときに顎に肉の抵抗を感じないことに真一は驚いた。やせている。そして真一は、体中の肉という肉を引っ張ってみた。お腹も脚も、腕も顎もみんなやせている。そして一番気になっていた胸も。真一は、何度この醜い女性的な胸を憎んだことだろうかと思った。真一には、同じクラスの連中によってたかって胸を揉まれるという、苦い経験があった。凌辱的なその行為は、一種の祭りごととしてもてはやされ、真一の気持ちとは裏腹に侮蔑を十二分に含んだ笑いをもって行なわれた。真一は自分の体を触りながら、これは夢かと疑ってみた。体を引っ張る感触も、窓から差し込む陽の光の眩しさも、そして自分をしつこく呼ぶ母の声も、どれもが現実のものだった。真一はその現実をひとりでも多くの人に伝えたい衝動に駆り立てられた。そして真一は、足早に身軽な体でもって母親と父親が、そして祖母が待つ台所へと駆けていった。
しかし母親は相変わらず、あまり驚いた表情を見せなかった。やせたことを喜んでくれてはいたが、それをたまたまテストで百点取ったことくらいにしか思っていないようだった。そしてそれは、父親も同じ事だった。真一の父もまた、やせたことにたいして、良かったなという言葉しか反応を示さなかった。真一の心は、静かに冷めはじめていた。祖母にいたっては、やせちゃったのかい、真ちゃんはぽっちゃりしてた方が可愛かったのにねぇ、などと言いだす始末だった。
真一には、誰も興味を示さなかったことが無性に腹立たしく思えてきた。それでも、まだ救いはあった。それは、真一の飼っている犬のヘソジだった。ヘソジは白い中型の雑種で、見た目にはどこにでもいるような犬だったのだが、ヘソジには、他の犬にはない少し変わったところがあった。それは、興奮するとオシッコを漏らすことだった。例えば、ヘソジが大好きな真一の親戚の叔父さんが来たときや、大好物の鶏頭水煮が食べられるときなど、堰を切ったように感情が理性を押し流して、オシッコを漏らしてしまうのだった。もぎ取れるかと思われるくらいに、尻尾を力強く左右に振り、四つ足で直立したままジョロジョロっとしてしまう。はたから見れば、まさに垂れ流しているといっても過言ではなかった。しかも心なしか、ヘソジの顔には興奮するほどの嬉しさと、漏らしてしまった恥ずかしさが見え隠れしているようにも見えるのだった。そのヘソジが、その日の朝に限って、真一の顔を見るなりジョロジョロっとしてしまったのだ。いつもなら、真一は汚いと思うのだが、この時ばかりは、唯一興奮してくれたヘソジを、粗相を恥じらう姿をいとおしく思うのだった。
学校に着くとまた、家にいた時と同じように友達や先生誰もが、その突然の変化にたいして興味を示さなかった。それはヒデも同じだった。真一の心にくっきりと焼き付いていたヘソジの興奮もすっかり失せていた。真一は、もうその頃にはすでに痩せたという喜びが薄れていた。それでも真一には、やせたらまずヒデに言おうと思っていた言葉があった。
「お願いがあるんだ」
「何」
「今度の試合……」
「ん、今度の試合がどうした」
「……」真一は、いざとなると断られるのを怖れて言いだしそびれていた。
「どうしたんだよ、言ってみろよ」ヒデは、キャッチャーのことではないかと思っていた。ヒデは、真一が太っているからキャッチャーをやらされているのだと思っていることを知っていた。
「ポジションのことか」真一が微かに動揺するのを、ヒデは見逃さなかった。「キャッチャーのことなんだろう」真一はうつむいたまま、短く首を縦に振った。ヒデには、やせた真一が何よりもまずそれを望むことは容易に想像ができた。
「ぼくも、違うところがやってみたいんだ。キャッチャーばっかりじゃなくて外野でも内野でも……、そんなにぼくだってそんなに下手じゃないと思うし……それにもしかしたらその方が、その方がむいているかもしれないし……」「わかった」ヒデが、真一を制するように口を挟んだ。「わかった。じゃあ今度の試合、お前はライトをやれよ。トオルが塾があるからもう来れないって言うから誰にやらせようか考えてたところなんだ」ヒデは、真一の顔に安堵の波紋が広がってゆくのが見えた。「真一だって、キャッチャーばかりじゃつまらないだろ」ヒデは皆にこのことをどう説明しようか考えていた。
真一が、キャッチャーしかやらせてもらえないのは、何も太っていることだけが原因ではなかった。他にも原因はあった。その一つは、真一が持つ太っていることへのコンプレックスだった。真一はとりたてて野球が下手ということもなかった。しかしだからといって上手いということもなかった。だからヒデは、何よりも野球に自信を持つには真一がその体を生かせるキャッチャーが良いのではないかと思っていた。そこで真一は、自分に対する自信を取り戻せるとヒデは考えていた。しかし、真一にとってキャッチャーは太っていることの代名詞にしか過ぎなかった。ヒデもそれは承知していた。
ヒデの目の前で、真一は嬉しそうな顔を浮かべてライトのことを話している。
「ライトってさあ、やっぱり守る範囲が広いから素早く動けないとダメなんだよね」真一は、自分の痩せた体を見下ろして、何もかもが思い通りにできると信じている、無邪気な幼い子供のようにつぶやいた。「走ったりするしね」ヒデはそんな真一を見ていると、言葉が詰まる思いがした。そんなに嫌だったのか。そう思うと、今まで真一にキャッチャーをやらせていた自分が憎らしく思えてきた。
ヒデが真一にキャッチャーをやらせていたのにはわけがあった。ヒデは真一のように大きい体のキャッチャーに向かって投げるときは、安心して力を込めることができたし、また真一に向かって投げるときは、気分的なものなのかのびのあるいい球を投げられた。ただ真一は誤解していた。とりたてて上手くもない自分がキャッチャーをやらされるのは、太っているからだと頭から思い込んでいた。ヒデに投げやすいと言われるのも、真一に対する慰めや、気休めの言葉だろうと考えていた。たしかに真一は、その太った体で外野などのフライを追い掛け廻す自信はなかった。しかし、内野でゴロを捕るくらいは出来るだろうとは思っていた。それが、いつも決まってキャッチャーをやらされた。 「フライを捕る練習もしないとね」翳りのない表情が、真一の顔にはあった。
「えっ、ああそうだな」
「どうかしたの」
「なにが」ヒデは、自分の失望を真一が思い違ったりしないか気掛かりだった。
「何となく、変だよ」真一は、疑うことなくはしゃいでいた自分を戒めるようにうつむいた。「ぼく、ライトやめた方がいいのかな」
「なにいってんだよ。いいんだよ、真一はライトで」
真一のキャッチャーを熱望していたのは、ヒデだった。それは、本当に真一にやってほしいという思いからくるものだった。皆そのヒデの気持ちは知っていた。しかし真一は、ヒデが皆のやらせてしまえという意見を取りまとめているだけなのだろうと思い込んでいた。そして真一は、自分の思い込みからくる誤解が原因でキャッチャーを嫌いになった。真一にとって、キャッチャーをやるというのは、太っているという名札を下げるようなものにしか過ぎなかった。それからというもの些細なミスを犯したことさえ、真一は太った体のせいにしていた。太ってさえいなきゃこんな失敗はしなかったんだ。ぼくのせいじゃないんだ……。真一は、勘違いをしていた。
「本当にライトをやらせてくれるの」真一は耳に刻み込むために、もう一度ヒデの言葉が聞きたかった。「ああ、もちろんだ」真一にとっては、何よりも外野をやらせてくれることが嬉しかった。これで、太ったからだがもたらした嫌なものすべてから解放されるような気がした。
「真一」ヒデが少し沈んだ声で言った。「キャッチャーは、これから矢部にやってもらう」真一はうわの空で聞いていた。誰がやろうと真一には興味もわかなかった。ただ、真一の中にヒデの沈んだ表情だけが、喜ぶ気持ちとは裏腹に、真一の心の隅に残っていた。
〈3〉
明け方に上がった雨のおかげで、グラウンドはしっとりとした地肌をあらわし、午後になってもまだサラサラとした感触を少年たちの足裏に残していた。真一はその日もまた、足が棒になるような思いを抱きながらライトに立っていた。
真一がライトを守るようになってから、その日が四試合めだった。少年野球にとってライトというポジションは陸の孤島のように侘しく、真一に代わってからの三試合のうち、ライトに球が飛んできたのはわずか五球だけだった。その内の二球はゴロで、三球がフライ、そしてその三球のフライのうち二球は落球させていた。もうその頃には、真一にとっては野球そのものが苦痛になりかけていた。 真一はその日、まだ一度もボールに触れていなかった。試合はとくべつ乱打線になることも、投手戦になることもなく面白味に欠けていた。そんな中で、みんなが唯一関心を寄せていたのはあの強打者だった。
「ヒデさあ、あいつに打たれっぱなしだよな」
「そうそう、今日なんか三打席ぜんぶだぜ」みんなヒデに聞こえないように話してはいたが、ヒデはみんながそう言うようなことを話していることは、薄々感づいていた。ちくしょう、あの野郎。ヒデはみんな以上に、そのことをわかっていたし、もうすでに充分彼を意識していた。
真一の代わりにマスクをかぶっているのは矢部というおとなしい少年だった。矢部は、それまでファーストを守っていた。彼は派手なプレーをすることはなく、堅実に仕事をこなす性格だった。だから当然ミスも少なく、キャッチャーに移ってからもこれといって目立った失敗はなかった。そしてまたそれを自分からアピールするようなこともなかった。だから彼の良さに気付くものも少なかった。それでも矢部は充分満足していた。彼にとっては野球が出来るというだけでよかったのだった。真一はそんな矢部にどこか惹かれていた。控え目で、いつも落ち着いて見える矢部に尊敬に近い思いを寄せていた。その矢部が自分に変わってキャッチャーをやっている。真一は少し複雑な気持ちだった。やっとの思いで立つことの出来たライトのポジション。ぼくはここで何をしたっていうんだ。たったの三試合でフライを二つも落としている。しかも、飛んできた三球のうちの二球。この前の試合はそれが原因で負けたといってもいいくらいだった。きっとみんなもぼくのせいだと思っているかもしれない。真一はまた、黙って自分を責めた。あんなに嫌だったキャッチャーには矢部が座っている。矢部ならきっと……。それ以上矢部と比較することを怖れて真一は考えることをやめた。試合はもう終盤へとさしかかっていた。このまま触ることもなく終わってしまうかもしれない。真一は何も出来ないでいる腹立たしさと、焦りに似た感情を覚えた。ぼくは何を望んでここにきたんだろう。
バッターボックスには彼が立った。強打者。真一がキャッチャーだったとき、最後のクロスプレーを生んだあの強打者だった。ランナーは二塁。そこには、あの時と同じ状況があった。グラウンドには、静かに緊張がはりつめている。0対0。ヒデは、打ち取ることは考えず、彼の三振だけを望んで投げた。そして、ヒデは真っ向から勝負を挑んだ。ボールはヒデの意志に反して、ド真ん中にはいっていった。高い金属音が真一の耳にも届いた。打球はレフト方向にのびている。真一からは、球が強いあたりを窺わせる角度で飛んでいるのが見えた。二塁ランナーは、ホームを奪おうと必死に駆ける。クロスプレー。真一の脳裏にあの時のことがよみがえった。ボールはレフトからホームへと向かう。誰の目にもクロスプレーは避けられないと思われた。真一は息を飲んで矢部を見つめた。矢部はベースの上で、ボールの帰りを待って構えている。ランナーは、廻り込んでホームを狙う。ボールがミットの中に納まる。矢部には慌てた様子もなく、まるで手本を示しているかのように落ち着いてミットをランナーの体にかぶせた。アウト。真一を除くチームメイトの誰もが歓喜の声を上げた。真一も本心からではなかったが、遅れてみんなにつられるように喜んだ。
ベンチへ帰ると、誰もが矢部を讃え、矢部のいないところでさえも彼を讃える声で溢れていた。
「お前、才能あるよ」
「これからはお前がキャッチャーだな」
「まさかアウトになるなんてなあ……」
当然のことながら決して誰も真一を責めはしなかった。しかし、真一は責められていた。みんなが矢部を讃える言葉は、真一にとっては自分に対する非難の声でもあった。真一はひとり、矢部に称賛の言葉をかけられないでいた。そうすることで真一は、溢れでる惨めさをどうにか保っていた。いっそみんなと同じく矢部に声を掛けることが出来たらどんなにか気が楽だろうかと真一は思った。しかし、真一にはそれが出来なかった。真一のまわりには、喜びと笑いが満ちていた。
「ぜんぜん恐くなかったってよお」
「俺がこんな体だったら絶対できないよ」
矢部は痩せていた。線の細い華奢な体だった。その矢部がクロスプレーでアウトを取った。真一にとって辛かったのは、自分が唯一逃げ道として持っていたものを完全に塞がれてしまったことだった。ぼくは太っているから……。クロスプレーは痩せた体であるほうが不利に思えた。誰もがそう思うだろう。それはライトから見ていた真一にも明らかだった。ランナーとしてはやはり太ったからだの方が脅威に思うだろう。真一がランナーだったとしてもそう思ったに違いない。真一は、誰も責めない代わりに自分で自分を責めた。そうすることで真一は、落ち着くことが出来た。その一方で、そんな自分にも恥じていた。真一にとって太っているという負い目からの解放は、何の解決にもならないものだった。毎夜のようにただ一心に痩せたいと祈り続けたことを真一は思い出した。そして遂に願いがかなったあの朝。お前のいいところは……太っているところだよ。久保田の言葉が真一の頭をよぎる。その久保田は今、みんなの輪の中心で矢部のクロスプレーを真似してみせていた。
「ここで、こうかぶせたんだよな」
「違うよ、もっと腰は低かったよ」
太っているほうが可愛かったのにねぇ。真一は、そう言ったときの祖母の少し寂しげな顔を思い出した。ぼくも矢部のように、また何の欠点も感じられないヒデのようになりたい。その思いが募れば募るほどに、どうしていいかわからない自分に、真一は行き場のない苛立ちを覚えていた。
〈4〉
あのクロスプレーの試合の後から、矢部には明らかに風格のようなものが感じられた。自信がついたんだろう、とヒデは思った。それでもやはり、ヒデは真一の方が投げやすいと思っていた。こういうのを相性がいいって言うのかもしれない。この矢部の自信が真一にもあったら……、ヒデはそう考えずにはいれなかった。
その日の試合も、真一はライトから矢部とヒデの間を行き来するボールを見つめていた。そして真一は、この間まで座っていたキャッチャーのことを考えていた。ぼくがあそこに座っていた時、みんなからはどう見えていたのだろう。きっと頼りげのないキャッチャーに見えたに違いない。ぼくはいつも、野球をやっていると言えば、決まってキャッチャーなのかと言われてきた、いつもそうだった。それはきっとぼくが太っているから、だからキャッチャーだとみんな思い込んでいるんだろう。そのことが更に、真一の心からキャッチャーを遠ざけていった。ぼくはもう太ってなどいないんだ。だからキャッチャーをやらなければいけないということもなくなった。真一は無理して強がっていたが、キャッチャーすらもやることが出来なくなった、ということにも気がついていた。
「おい、どうしたんだよヒデ」フォアボールのランナーが一塁二塁と続いていた。「らしくないじゃないか」試合はもう、最終回を迎えていた。ヒデの周りに、仲間が一人二人と集まりはじめていた。一点差。かろうじて真一のチームがリードしていた。
もうやめようかな、真一はふと思った。きっとぼくには野球が向いてないんだ。やせたからって、結局何も変わらなかったじゃないか。きっとぼくには合わないんだ。今までもなかったし、きっとこれからも楽しいなんて思うことはないんだ。太っているとか、それ以前の問題なんだ。
いつのまにかヒデのまわりに数人の人垣が出来上がっていた。ランナーは二塁三塁に進んでいた。バッターボックスにはまた彼が、あの強打者が立っていた。
「こいつは敬遠したほうがいいよ」弱々しい声で久保田が言った。「その後で、次の奴をアウトにすればいいじゃないか」ヒデは少しムっとした表情を浮かべて言った。
「俺が打たれるとでも言うのか」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」久保田のその言葉は、ヒデの強い口調が言わせているようだった。「そんなつもりじゃないんだけど……」
ヒデはこの数試合、この強打者にやりたい放題にやられていた。だからヒデも特に彼を意識していたし、そのことをチームのみんなも気にしていた。
「バカ言うなよ。俺は打たれない。いや打たせない、あいつにだけは絶対に」強打者は、これ見よがしにうなるようにバットを振り廻していた。素振りというよりは挑発のようだった。その強打者と、ヒデは目が合った。ヒデと目を合わせたまま、彼はバットの先端をヒデに向けた。そして軽く素振りをすると、口元に笑みを浮かべながら視線を落とし、スパイクで足場を馴らした。そのわざと反らした視線に、ヒデは相手の余裕を感じて腹立たしく思った。勝負。ヒデは直感的に、そう決意した。「頼む、どうしてもやりたいんだ。いま敬遠したら、あいつはずっと俺が逃げたと思うだろう。もしかしたら、あいつは俺が一生あいつに勝てないとさえ思うかもしれない。それが俺には我慢できない。たしかに勝てるかどうかはわからない。本当に負けてしまうかもしれない。でもやりたいんだ。後悔したくないんだ。負けてもないのに負けたと思われるくらいなら、いっそ勝負して負けたほうがましだ。だから勝負させてほしい。頼む」ヒデを囲む少年たちは、皆互いの顔を見つめて、その言葉に対する答えの切り口を探した。誰もがうつむき、黙っていた。ヒデと共に、勝敗の責任を背負い込むことにおじけづいていた。しかしそこに、強く凛然とした声があがった。
「やってよ」真一だった。「やってくれよ。ぼくは何もしてあげられないかもしれない、でも……。見たくないよ、ヒデが負けたところなんか」真一は、揺らいでいた気持ちをヒデに託した。ヒデが勝ったらぼくは野球を続けよう。もし、もし負けたらぼくは野球をやめよう。それならもう未練はない。ヒデが負けてしまうような野球なら、ぼくがやり続けていたって勝てる時なんて来るはず無いんだ。みんなは顔をあげ、黙ったままで彼らを見守っていた。誰もが真一の言葉で、試合に消極的な態度を取っていたことに気がついたようだった。そして、彼らを強くひたむきに見つめることで、真一の、ヒデの言葉を共有できるとさえ、信じているようだった。
「もしも」ヒデは強く息を吐くように言った。「俺がもし負けたら、もう……、もう野球はやらない」その口調からは、堅い決意が窺えた。「本当は、少しもやめたいなんて思ってないんだ。でも俺は、それ以上に負けたくないんだ。特にあいつにだけは打たれたくないんだ。みんなが俺と同じ気持ちでいるのなら全力で守ってくれ。アウトはあと一つ。それで試合は終わりだ。俺をやめさせたくなかったら死ぬ気で守ってくれ」
ヒデは、いつになく感情をむき出しにするようなピッチングをした。ヒデの打たれまいとする思い。それは、他の誰の目にも、外野にいる真一にも伝わる気迫だった。負けたくない。真一の心のなかに、そうつぶやいたヒデの姿が焼き付いていた。ワンツー。力んでいるせいか、ボールが先行していた。第四球。バットが空を斬り、強打者は思わぬ誤算のために体勢を崩した。そして、焦りを隠すかのように素早く立ち上がり、軽く素振りをする。第五球。高め……ボール。カウントはツースリーになっていた。そこに居る誰もが、ヒデの掌のなかのボールに意識を集中させた。いつもなら騒がしいくらいのグラウンドには静けさが浸み透っていた。掛け声を出すものすらいない、真昼の静寂。真一は、三振でゲームは閉じるだろうと予想していた。そしてそれは、グラウンドを守る誰もがそう願っていた。ヒデの勝利。そしてその後に訪れる勝者にのみ与えられる至福のひととき。真一は誰よりもヒデの勝利を願った。それは真一にとって、ヒデの勝利は自分の勝利でもあったからだった。打者を睨み続けるヒデ。そしてヒデを睨む強打者。強打者は耐えきれず視線を落とした。そこへヒデは、機を逃さずに投げ込んだ。バットへ。その先のミットに向かって。ボールが手を離れた瞬間、ヒデには強打者が少しだけ笑ったように感じられた。ヒデは、自分のタイミングで投げたつもりが、実は相手のタイミングで投げさせられてしまったような気がした。濁りのない金属音が、空高くこだました。ボールは、ライトへ、真一のほうに向かって一直線に飛んでいた。
〈5〉
真一のスタートが出遅れた。まさか自分のところに飛んでくるとは、真一は考えもしなかった。ボールは空高く舞い上がり、ぐんぐんと距離をのばしている。真一は駆けた。ホームを背に、駆けた。真一は、背中越しにみんなの叫び声がするのを耳にした。その時の真一は走ることに夢中で、それらを聞き取ることが出来なかった。「しんいちーっ」ヒデは、力の限り大声を張り上げた。「しんいちーっ」それにつられて、あとから他のみんなの声が続く。真一はちらりと振り返り、空を見上げた。ボールは力強く、一直線に飛んでいた。それが落ちそうなところをめがけて真一はひたすらに走った。
誰もが真一に注目していた。ヒデは真一を見つめたまま両手でグローブを握りしめた。去年の誕生日に買ってもらったばかりの、まだ微かに新品の匂いが残るグローブ。ヒデは大きく息を吸いもう一度叫んだ。しんいちーっ。その祈りに近い叫びの先端で、真一はひねるように左手を空へと掲げた。そして、真一は走りながら空を仰ぎ見、グローブを不器用に構えた。ボールは真一の前に、今まさに落ちようとしているところだった。真一は左手を力のかぎりぐっと伸ばした。すると真一の体勢は崩れ、走っていた勢いも加わって地面へと倒れこんだ。倒れてもなお、真一はグローブを地面につけようとはしなかった。なぜなら、グローブの中にある確かな感触を、真一は感じていたからだった。それでも真一は、おそるおそるグローブを開いて中を確かめてみた。確証が確信に生まれ変わる瞬間。真一はその中に、グローブの中にボールを見つけた。そしてすぐさま起き上がり、真一は左手を高々とあげた。遠くで仲間が飛び上がって喜んでいるのが見えた。真一は野球なんかどうでもいいと思ったことを思い出し、土まみれになった自分を見て吹き出した。ヒデはグローブをぎゅっと握り締めて野球が続けられることを喜んだ。そして、それを真一が創りだしてくれたことを何よりも嬉しく思った。
それからまた、真一は元の太った体に戻ってしまっていた。痩せたときと同じように、誰もたいして関心を示さなかった。母親は、風船みたいで楽しいわね、と言っただけでそれ以上何も言わなかったし、祖母にいたっては、真一にも聞こえるほどの大きさの音をたてながら唾を飲み込み、目を大きく見開いて何やらブツブツ言いながら手を合わせる始末だった。
真一は、ヘソジの反応が気になった。どうなるんだろうと、おそるおそるヘソジの繋がれている小屋を覗いてみたが、真一の期待に反して別に何の反応もなかった。しっぽを振るでもなく、近寄ってくるでもなく、前足をきれいに折り畳んだまま、ヘソジはただじっと座って玄関の前におかれた植木鉢を見つめているだけだった。
それでも真一に落ち込んだ様子は見えなかったし、野球を嫌いになるということもなかった。真一のライトのポジションは定着していた。というよりは矢部のキャッチャーが定着したから真一は太ってもライトを変わることはなかった。しかし、ヒデは口には出さなかったが、真一のキャッチャーを今だに望んでいた。ヒデは何度となくそれを真一に伝えようとしたが、口に出せばその一言が、また真一を苦しめやしないかと言葉には出来ないでいた。
それからしばらく経ったある試合の日、矢部が練習中に足を捻挫してキャッチャーのポジションが空いてしまうというアクシデントが起きた。みんな突然空いてしまった矢部の穴を埋めるのは難しいと考えていた。そのくらい、矢部のキャッチャーはみんなから信頼されていた。しかし、そんな中でヒデだけは違う考えをもっていた。ヒデは、この機会にこそ、真一にいま一度キャッチャーをやってほしいと考えていた。しかしヒデには、それを言うことがどうしてもはばかられた。
そして、替わりのキャッチャーが決まらないまま、試合開始の時間がせまっていた。
「ヒデ、どうするんだよ」みんなからそう言われて、ヒデは困惑していた。本心で言えば真一にやってもらいたい。しかし、それを真一に言えば、太っているからまたキャッチャーかと思われるかもしれない。でも、こんな機会はもうないかもしれない……。みんながヒデを取り囲んでいた。
「ヒデが決めちゃえよ」俺が……。ヒデは、後ろの方に立っている真一をちらっと見やった。真一は、ヒデを見つめていた。ヒデは真一が自分を見つめる眼が、ささやかな真一の拒否の意志のように思えて、真一をキャッチャーにすることを諦めた。
「……じゃあ、キャッチャーは……」ヒデがそこまで口にした時だった。
「ぼくがやるよ」涼しげな真一の声だった。「誰もいないなら、ぼくがやる」みんなの間に微妙なざわめきが起きた。「いいのか」ヒデは、沈黙が真一を後押しさせたのではないかと考えた。
「いいんだ。やらせてよ」そう言った真一の顔からは、うっすらと自信の色さえ窺えた。「今なら矢部君よりも上手く出来そうな気がするんだ」ヒデはもやもやしたものが一気に消し飛んでしまったような気がした。
「そうか、わかった。じゃあ、真一にまかせよう」必死になって、ヒデは込み上げてくる笑みを隠していた。「よし、今日は、0点におさえてやるぞ」その気になってくれた真一のためにも、ヒデは本気でそう思った。
「そんな事言わないでよ」不機嫌そうに、膨れた頬をさらに丸く膨らませて、真一が言った。
「どうして」
「だって、今日はクロスプレーさえやってみたい気がするんだ」
ヒデは抑えきれなくなった笑みを顔に浮かべながら、この太った友人を心から頼もしく思った。
その頃、真一の家では人知れずヘソジがジョロジョロっとやっていた。当然のことながらヘソジは興奮していた。華々しい真一の本当の変化に、ヘソジは遠くから勘づいて興奮していたのだった。人に見られていなかったということもあったが、その時のヘソジはいつものような恥ずかしい顔も見せずに、いまグラウンドにいる真一のように堂々としていた。
そして試合が始まった。その日の空もまた、高く澄んでどこまでも青かった。ヒデは、ランナーが出ると必ず、自信家としてはまだ駆け出しのこの友人のために、一球だけわざと甘い球を投げてみせたりするのだった。
〈 完 〉