ここから    開場までまだ間のあるロビーで、あの人の姿を見つけた。それだけで、手先が冷たくなり、気管が収縮するのを感じた。  あれから四年経ち、二七歳になった今も、結城さんは変わっていなかった。ラフなジーンズ姿で、黒縁の眼鏡をかけ、いつもの様に右足を左足の前に組んで立っていた。  広いロビーの中、彼は私に気付かない。そして彼らの会話は私には聞こえてこない。でもきっと「俺たちも早く、こんな劇場でやりたいよな」などと話しているのだろう。そんな気がした。  唯一変わったのは、結城さんの表情だった。いつも私たちの前では、厳しい先輩の演技をしていた彼も、今は友達に対し屈託ない笑顔を作っていた。  彼が私の希望を打ち砕き、進むべき道を破壊した、などとは思わない。しかし、私の心の中には、いつも彼の言葉があった。 「お前に、舞台に立つ資格なんかない」「そんな奴、いらないから、もう来んな」  その頃の結城さんには、新人を劇団員に育てる役目があった。厳しい言葉は、その「役目」の言わせたものだった。しかし、違う劇団に移ってからも、その言葉は頭から離れなかった。私はつらいことがあるとすぐその言葉を信じた。結果、それから二年も経たないうちに、私は舞台を降りた。友達は「かわいそうだよ、もっと夢を信じていい時期なのに」と言った。でも私には、彼の言葉に従うことが一番いいことのような気がした。  結城さんのことを思い出すと、いつも背景は裸電球のぶら下がる狭いテントになる。大学の敷地の裏に、自分たちで鉄筋を組み立て、作り上げた稽古場。その中で体を動かすと熱気がすぐに充満した。そしてテントの中に急拵えで作られた「舞台」には、いつも何本か釘が出ていて、裸足の足に傷を作った。 「逃げ出したくなる空間」私は稽古場を心の中でそう名付けていた。夢のためなら、人はどんな所にでも身を置けるのだろう。  ただ、私の夢は本当に役者になることだったのだろうか。自分の夢がどこかで、「結城さんの側にいること」にすり替わってしまっていることも否めなかった。厳しい「先輩」の仮面を窮屈そうに脱ぐ、その瞬間を見ることが、私の幸せにもなっていた。結城さんもそんな私の気持ちを分かってか、稽古の時は一番の問題児で、叱ってばかりの私に、無愛想ながらいつも自分の衣装の洗濯を頼んだ。 「もうやめちまえ」その言葉さえ、本当は心から言った言葉ではなかったのかもしれない。劇団に残ることをあきらめた私に、一度結城さんは電話をくれた。「もう一度稽古に来いよ」一言不器用に言った後、長い沈黙が訪れた。携帯など普及していなかった頃だった。公衆電話からかけてきたらしい電話の向こうに、車の音が聞こえた。  他の先輩に「新人の期間が終われば、先輩も後輩も、仲間になる」と言われたことがあった。でも、私達の関係はどこか作られた不自然な関係のまま切れた。電話をもらってから一ヶ月後のことだった。もう三度目になる怒鳴り声のあと「お前は俺の理解の域を超える」投げ捨てるように言った言葉だけが、私の心に届いた。私は、役者としても、人間としても、彼に何かを伝えていくことをやめた。否定されたという気持ちだけが残った。  開場の時間になったらしく、ロビーの中がざわついた。人の流れが入り口に向かって進み始めた。私もそれに合わせた。結城さんはまだ、ロビーの脇にいた。私は、あの時から変われただろうかと考えた。自分なりに演劇に代わる何かを探し始めた気ではいたが、彼の姿を見るだけで動揺する自分は、成長などしていないのかもしれない。  ふっと気付くと、もぎりの流れにわきから入り込んでくる影があった。その背丈、背中の形、筋肉のつき方に見覚えがあった。私はすっとその人をよけ、道を空けた。彼は私には気付かずに劇場の中へ向かった。その後ろ姿を見つめることしかできなかった。  しかし、結城さんと一緒にいた友達が、私の存在に気付き、彼にもそれを教えてくれた。結城さんが振り向いた。私は「会釈」と呼ぶには深すぎる御辞儀をした。結城さんも同じぐらい深い御辞儀をした。私はそれにまた御辞儀を返した。結城さんもまた、御辞儀をした。そしてそのまま無言で私たちは別れた。心がいっぱいになった。  客席に向かいながらふと思った。私は彼のことを「劇団を辞めさせた人」と思い続けてきたが、彼も私のことを「俺が辞めさせてしまった奴」と同じように苦く思い続けていたのかもしれない、と。彼は、そんな風に考える温かい人だった。  お互いをあの時に縛りづけていたものが、今、消えた。