守るべきもの 「岡田、ようやくお前にもチャンスが来たな」  報道陣より先に伝えたかったのだろうか、監督は練習前に僕をそっと呼びだした。グランドの少し低い場所に位置するベンチ席。その空間は、日の光をちょうど遮る場所にある。 「日本代表のオファーだぞ」  僕はその言葉を聞きながら、自分の赤いユニフォームがいつもより濁った色に見えるのを意識した。血は酸素に触れ澱んでいくが、僕のユニフォームは時間に蝕まれたのだろうか。  いや、ただ「日本代表」という言葉から真っ先に連想された青いユニフォームが、この赤の価値を下げただけかもしれない。テレビに映るあのユニフォームは、長い試合の後にだっていつも新品のような輝きを発している。その、のりのきいた、まだ肌になじまないシャツに袖を通すことを、僕はまず最初に思った。 「左サイドのMFは、多分中に入っても争いは激しいだろうけどな、まぁ、それはどこだって同じだからな」  監督は、自分のことのように興奮気味に言った。このチームから代表選手を出すのは初めてではない。それに有力な選手が一時チームから抜ければ、Jリーグの結果は厳しいものになる。それでも、自分と同じように華奢な体格をした監督は、その栄誉を喜んでくれた。その笑顔にあえば、「オファーを受けるかどうかは自由ですか?」などとは言えない。 「これでいいところを見せられれば、ワールドカップは近いぞ。三年前の分も頑張って来いよ」  僕はその言葉に無言で頷いた。二十一歳だったあの時、フランスに行くつもりだった。自分が選考から漏れるとは思っていなかった。あの時流した涙は、一人にしか知られていないはずだったが、自分の気持ちは周りの全ての人に伝わっていたのかもしれない。 「僕も、今度は選ばれし者ですね。昔憧れた勇者みたいです」  僕はできるだけ無邪気な喜びを作り出そうとした。この三年、何が変わったわけでもないのに、物事に純粋に喜んだり、悲しんだりする力だけが薄れてきた気がする。いや、「変化」と自分が認めていない、このちっぽけな左足の痛みのせいだろうか。なぜあの時僕ではなかったのか、なぜ今、僕なのか。 「冒険するのは限られたスペースだけどな。でもそこでは、想像を超えたことが何でも起こる」  監督も僕の言葉に合わせてくれたようだった。彼は、まだ四十代で、監督という肩書きがついたのは五年ほど前からだ。しかし、二十代の頃に膝の故障で選手生命を絶たれてから、彼はずっと選手を育てる、指導するという立場につき続けている。そのせいか、監督には、年齢以上の落ち着きがあるような気がする。自分の背後に様々なものが積まれているように、監督の過去にも他の人には分からないようなことがあったのだろう。そんな気持ちになり、僕はただ、監督に笑顔を作って御辞儀をした。  三段の階段を上るだけで僕は光の中に立つ。薄暗さに慣れた目に、芝の反射が差し込んでくる。所詮、やすっぽい人工芝なのだが、少し明るい気分になって、軽くその上で体をほぐした。もう何人かの選手が集まってきていた。彼らに挨拶だけはしたが、それ以上近づいてはいかなかった。代表入りの通知をまだどのように受け入れていいのか分からなかった。  グランドのフェンスの外にも目をやった。平日の昼間だから、ファンの人影はほとんどなかったが、それでも女の子が五、六人は見えた。熱心なファンの中には、応援している選手が代表入りすると本気で泣くと聞いたことがあった。僕の代表入りもファンになんらかの影響を及ぼすのだろうか。  僕は目があったファンに軽く会釈だけすると、すぐに目をそらし、アップに集中した。朝一番に体を使う時、自分の体の調子をしっかりと捉えておかなくてはいけない。  芝の上に座り、ふくらはぎの筋を伸ばしているときだった。 「入ったんだろ? おめでと」  そんな声が頭の上からした。見上げると林だった。強靱なDFらしい、ごつい体が僕の上に影を落としている。 「林さんは?」 「俺はもう、三十二だぞ」  林はかなり伸びてきた髪を無造作にかき上げながら言った。 「でも、三十三とか、いるじゃないですか」 「それは、二十代からやってきて、その延長の三十三なんだよ」  林は二十代の後半まで、ずっとJFLの方にいた。監督に一緒に引っ張られてこなかったら、林は今でもJリーグに来てはいなかっただろう。目立たない、代表入りの声などかかることもないチームで、林は満足してプレーしてきていたのだ。 「三年前の屈辱が晴らせてよかったじゃないか」  僕が無言でいると、林がそう言葉をつないだ。ロッカールームでの自分の涙を見た唯一の人。でも彼は、あの時だって、全く気まずそうな素振りは見せず、半分笑いながら言った。 「別に泣くのは恥ずかしいことじゃないさ。ただ、目の縁から流れるような涙は流すなよ。こらえにこらえた末、流れる涙は、目の真ん中から流れるものなんだってさ」  そして、何事もなかったかのように靴下を脱ぎ、「くせっ」と言いながら鞄に投げ入れた。  左サイドのMFとセンターバック。離れたポジションでも、お互いの声を拾い合い、どのコンビよりもパスをタイミング良くつなげるのは、あの頃からのつきあいのせいだと思う。 「フランス旅行じゃなくなっちゃいましたけどね」 「代表になって活躍したら、フランス旅行のお金なんてすぐだろ? まったく、金の使い道のない独り身のくせしてなぁ」  そう言いながらも、林はしっかりとアップを続けていた。僕も、気になる左足を中心に筋をしっかりと伸ばした。  怪我に時効はないのだろうかなどと考えた。六年間気にならなかった足首の怪我が、今頃ぶりかえすなどということがあるのだろうか。僕は何かに対する焦りを感じながら、力一杯左足を回した。やはり痛みがあった。プレーすることはできても、プレーを決して楽しませてくれない痛み。嫌なものだ。五年が経って、逃げる必要もなく簡単に時効が成立し、法的には自由になった。でも、時効が成立したところで、事実そのものが消えることはない。そんなこと、足の痛みに教えてもらわなくても分かっているのに。 「あ、山崎だぞ」  林の声でふと我に返った。確かにベンチに監督といるのは、山崎だ。あんな大柄な人間はこのチームに他にいないのだから、目がいい人でなくても分かる。 「まさか、あいつが代表なんてことはないよな」  林がひどく顔をしかめて言った。僕と左サイドのMFを争う十九歳の「若者」。彼と林はなぜかとても相性が悪いようだ。 「さすがに、ここでベンチ入りがせいぜいって奴が、代表じゃないでしょ」 「そっか、そうだよな」  林は、なにを俺は勘違いしたんだというように豪快に笑った。ただ、DFの林がなぜMFの山崎を敵視するのかよく分からない。林のライバルはDFの中にいるはずだ。そして、僕の敵が山崎のはずだ。でも僕は、山崎のむきだしの闘争心に正面からこたえられずにいる気がする。  朝は代表メンバーの発表などで落ち着かなかったチームも、練習が始まるともう普段通りだった。結局今回は、三年前から不動の代表メンバーとなっているFWの先輩と僕だけが選ばれたようだった。僕はできるだけ控えめに「頑張ってきます」とありがちな台詞を吐いてそのまま黙った。なぜか、三年前自分の感じた痛みがぶり返した気がしたからだ。それは自分の側にいる誰かの感情だったのかもしれない。  あまり周りの人達の反応を見たくはなかった。しかし、視界の隅にやはり宮部さんの姿は入ってきてしまった。半年前まで、代表のゴールを守り続けてきた人。しかし、その人も「若手」との戦いに敗れた。一月前からは、このチームの正ゴールキーパーでさえなくなってしまっていた。しかし、前と変わりなくグローブをはめ、フィールドに立つ姿は、守護神にふさわしいものだった。彼は、右手でこぶしを作り、ゴムの突起のついた左手のグローブの内側を軽く叩いた。ぱんっ。誰にも聞こえないような微かな音を、僕はなぜか聞いた。  水曜日の練習は、軽く体を動かした後、すぐに紅白試合になる。レギュラー陣と準レギュラー陣の対戦。味方の中に本当の敵はいる。そして、自分の中に真の敵がいる、そんなことなのだろう。  サイドハーフ左のいつものポジションについて、僕は周りを見回した。斜め前に山崎の大柄な体を見つけた。山崎は「準レギュラー」でもない、いつもは三番手の選手だった。しかし今そこにいるということは、何らかの活躍が監督に認められたのだろう。このポジションに着く前、A組とB組のメンバーと配置が発表されていたはずなのに、その時、僕は気付かなかった。「代表入り」という言葉に、冷静でいるつもりでいながらも、舞い上がっていたのかもしれない。  斜め後ろにはいつものように林の存在があった。しかし、その後ろに控えているのは、宮部さんではなく、二十歳になったばかりの新しい選手だった。新しいと言っても、もう二年はこのチームにいる。しかし、ピッチに上がることがあっても、宮部さんの「つなぎ」でしかなかった彼を、僕たちはあまり仲間と思えていなかったのかもしれない。宮部さんを敵方のゴールの前に見、そして自分の後ろに違う人間を感じるとき、背中からふっと風が吹いてくるような気がする。  前半十五分。こちらのチームのFWが宮部さんと一対一で向き合った時、僕は迷わず、宮部さんのはじき返す球を待つポジションに向かった。FWのアシストに向かうのではなく、味方より敵の優位を認め、一度「ひく」戦術だった。それくらい僕は宮部さんを「信頼」していた。  予想通り宮部さんはゴールを守った。しかし、それはしっかりとキャッチしてのことだった。はじき返すなどという中途半端な防ぎ方ではなかった。宮部さんはその球を片手に持つと狙いを定め、鋭くけりこんだ。球は山崎に渡った。敵方のFWとMFがざわめくように動いた。  敵方の多くは僕たちをいつか追い越そうとねらうメンバーだ。準レギュラーには若い選手が多い。彼らを見ていると昔の自分を思い出す。そう上手くもないのに、自信だけはあり、パワーとエネルギーは有り余っている。体の不調など気にすることもなく、いつだって全力で相手に向かう。  前半十八分。 「ライン、もっと上げろ」  背後に林の声を聞いた。オフサイドでもねらっているのだろうか。しかし、敵は多分パスを出すことなどなく、ドリブルで突破してくる。僕は、冷静にそう読み、林の声に焦りを感じ取った。背後に宮部さんのいない不安から、できるだけ前線でボールを取り返しておこうと考えているのだろう。  そう思いながらも、僕は守備の位置に少し戻った。しかし、山崎の大きな体はもう自分より相当向こう側にあり、今はDFからのパスを期待するよりなさそうだった。八十キロを優に超える力が一足ごと芝にかかり、土ごと削り取る勢いだった。しかし彼の足首は柔軟に動き、ふくらはぎの筋肉の隆起に全く不安の影などなかった。  僕と林の間に山崎がいる。そして、ボールを持っているのは山崎だった。  結局、山崎の球は林本人が奪った。僕はその瞬間を見て、軽く安堵した。林が僕にパスを出す。敵も林と僕の連係プレーを見飽きるほど見ているから、パスカットを狙って飛んでくるが、林の球はきれいに空中で弧を描き、僕のそばに落ちる。敵が空にいれば地から、地にいれば空からボールを送ればいい。林ほどの技術があれば、問題はただそれだけのことだ。  センターバックから出されたボールを受けたため、僕自身のポジションもいつもよりセンターに入る。そこから前にボールを進める。足の速い僕が起用されている意味。それは、ドリブルで敵を抜き、確実にFWに球を送るという使命だ。実際、僕の持つボールは、足に糸でくっついているのではないかと思うぐらい、簡単には奪われない。小柄な体を生かした、せせこましい動きにぴったりと寄り添ってくる。敵と向かい合ったときは、左足から右足、右足から左足へ小刻みにボールを動かし、上手く相手の逆をついて突破する。昔憧れたマンガのヒーローは、敵が攻めてくる度ボールと一体になってジャンプしていたが、あれはどういう仕組みだったのだろう。ああやって軽々と敵をよけ、オーバーヘッドキックを連続して繰り出せたらどんなに格好いいだろう。そう思いつつも、僕たちのやることは、ちょこまか動き回り、敵のほんのちょっとしたスペースをめざとく見つけてボールを送り込む。それだけの繰り返しだ。  周りの状況を見回すと、右斜め前に絶好のスペースがあった。そしてその先に味方のFWがいた。目が合う。「よこせ」本当は発せられていない声が、聞こえるように思うときがある。今すぐなら、敵よりも確実に早く動きを起こせる。僕はそう思い、これからボールを前に送ろうとしていた右足を内にひきこむと、甲を使って相手にパスを出した。僕は走り以外も、とにかく全ての行動の早さを武器にしている。このペースでパスを出し、敵に取られることなどあり得ないと思った。  しかし、パスを出す直前、僕は背後に人の気配を感じ、パスを出すと同時に地面にたたきつけられていた。倒れる瞬間、パスが正確に通ったのは見えた。だからなおさら、なぜ自分がここで倒されなくてはいけないのか、納得いかなかった。  そして、倒れた後に気付いた左足の痛み。パスを出した右足ではなく、痛みがあったのは左足だった。「くっ」僕の気持ちはそんな声にしかならなかった。  しかし、倒れた瞬間、ファールの笛は鳴っていた。本当の試合でないのをいいことに、僕はそのまま左足首を押さえ、しゃがみこみ、目をつむった。 「なにやってんだ、山崎」  監督の声がした。それを聞いて初めて、自分の足をねらった人間が分かった。でも僕はその位置から山崎を見上げたりはしなかった。なぜかそうしたい気分ではなかった。  後輩がスプレーを持ってベンチから駆けてきた。僕は受け取ると、靴下の上から乱暴に吹きかけた。それくらいでは痛みは治まりそうもなかった。僕は下を向いたまま、深くため息をついた。 「お前ごときがレギュラーに怪我させんなよ。岡田が怪我したら、お前に出番があるとでも思ったんか。やすやす敵にPKを与えちまうような奴、ひっこんどれや」  林の声が聞こえた。そのおかしな関西なまりに苦笑する余裕が、なぜかその時の僕にはあった。ずっと関西のチームにいたから、出身は関東でも怒ると関西弁になる癖がついてしまった、以前林は笑いながら言っていた。でも林の「関西弁」は、関西で暮らしたことのない僕にも奇妙なものに聞こえた。 「お前もひっこんでろ」  監督が冷めた口調で林に言った。監督も林と同じようにずっと関西のチームにいたはずなのに、関西弁や関西人の熱さはうつらなかったのだろうか。フィジカルコーチに僕のことを任せると、監督は山崎だけを連れて、フィールドの外に去っていった。山崎を叱るためなのか、それとも山崎を林から守るためなのか、分からない行動だった。監督の後に続く山崎は、少し背筋を丸め、いつもより小さく見えた。  林の言うようにわざとだったのだろうか。  ファールを取ってでもボールを奪いたかったための「わざと」だったのだろうか。  自分を怪我させるための「わざと」だったのだろうか。  それとも、弱った左足だけを攻めていった「わざと」だったのだろうか……。  こんな紅白試合でだめになるような体で代表になどなれるわけがない。山崎がわざと左足をねらったのだとしても、僕はそれを責める気にはなれなかった。いずれ、早いうちに自分の体はだめになる。年齢など関係ない。監督が二十代の頃現役を退くことを余儀なくされたように、自分にだってそういう可能性はある。僕は、林のように熱くなることもできず、そう冷ややかに思っていた。  ただ、今回はまだそういう時期にはなっていなかったらしい。フィジカルコーチに付き添われ、しばらく足を冷やしながら休んでいると、いつもの微かな痛みだけ残して、左足は回復した。 「『日本に欠けているのはマリーシアだ』ってやつか」  僕が抜けた後も、山崎は監督に連れられて帰ってくると試合に復帰した。林は「レッドカードものだろう」と言っていたが、怪我をさせられた当人である僕の方が冷静に、イエローカードレベルだろうと感じていた。しかし、林の怒りはロッカールームに戻ってからも収まらなかった。 「マリーシア……ですか」  マリーシアというのは、勝つためにする汚い手段のことを意味する。僕もそれくらいは知っていたが、林のその言葉の選び方が気になった。 「日本人は教育としてサッカーをしすぎているから、なんでも紳士的に片づけようとするが、試合なんてものはどれだけ致命的なファールを取られずにきわどいプレーをできるかだ、なんていう考え方もあるよ。監督もそんなことで『世界に通用するプレーヤー』なんてのを作りだしている気でいるのかね」  林の口調は、いつもよりきつかった。 「日本がそうすべきかなんてことは分からないけど、実際外国人選手の攻めは厳しいですからね。競り合って簡単に倒されないだけの体は必要でしょうね」  僕は無意識のうちに話をすりかえようとしていた。林はそこをついた。 「ブラジルにはブラジルの、フランスにはフランスのサッカーがあるように、日本のサッカーってものをしっかり作ったっていいだろ」 「それは、もちろんそうですね。でも、結局日本なんてサッカー後進国なわけだし」 「けど、俺は奴のやり方が嫌いだ」  奴? それはもちろん山崎を指しているのだろう。しかし、「それは山崎のことですか? それとも監督のことですか?」そんな風に聞きたくなるような林の態度だった。僕はその言葉にどう答えたらいいか分からず、しばらく間を空けると 「世界レベルの試合で、日本が優勝出来るのは、あと何年後でしょうかね」  半分つぶやくように言った。 「来るといいなぁ」  林は自分の鞄を背負うように持ち上げながら、視線を反らして言った。 「けど、日本はまだまだ野球だよな。世の中でサッカーの話題を聞くなんて、ワールドカップの四年に一度ぐらいなもんだろ」  僕は自分がサッカーだけの生活をしているから、そんな風に「世の中」を冷静に見たことなどなかった。自分も鞄を担ぎ上げ、林の後ろを追いかけながら、振り向かないその背中をじっと見つめた。 「ま、俺は引退しても、屋台で飲みながらサッカーの話をする人間になるさ」 「そんな気の早い……」  そう言いながらも、そんな言葉は、死にかけている人間が自分の葬儀の話をしたとき、周りの人間が申し訳程度に言う「まだまだですよ」という言葉に似ている気がした。  林についてロッカールームの外に出ると、気の早い夏の予感を含んだ田舎の匂いがした。汗の充満するロッカールームを臭いと思っているわけではないけれど、外に出ると深呼吸したくなる。それは単に練習の終わった解放感のせいだろうか。  階段を上がると、いつも見かけるファンの子が今日は友達を連れてきているようだった。彼女は悲鳴のような高い声で興奮気味に言葉をかけてきた。僕は笑顔で挨拶をした。平日の昼間に、こんな交通の便の悪い所によく来るなと、ありがたいような、くすぐったいような気持ちになって、頼まれるまま写真に収まった。僕はきっと、彼女たちの向こうにたくさんのファンがいることを意識して生きなければいけない。そうするのが有名になった人間の使命なのだと、妙に堅苦しく考えた。  彼女たちと軽く言葉を交わした後、駐車場に向かった。練習が早く終わっても、そのままさっぱりと仲間と別れて家で眠るだけだ。ベンチ入りもできないような新人は、そのうさを晴らすために飲みに行ったりしているようだが、体が資本の選手にとってアルコールは害にしかならないと、僕たちは分かっている。 「俺の引退が目の前なら、お前の引退だって手の届く距離さ」  林はまださっきの話にこだわっているようだった。僕は笑って応えた。 「サッカー選手の一歳の違いは大きいなんて言ってたのは誰ですか。僕たちは八歳も違うんですよ」 「ま、お前が俺の年になったら、三十二まで現役でいるなんてすごいことだったんだな、って思うよ。けど、それと同時に八年なんてあっという間だったと思うかもなぁ」  林は自分が二十四歳だった頃を思い起こすかのように言った。 「林さんも、サッカーの最長現役記録でも更新してください」  僕たちはそんな特に意味もない会話を続けながら、道を歩いていた。駐車場には広い公園を横切っていく必要があるため、意外に歩く距離が長い。公園の中で、かたまりになって咲いているツツジや、その回りを飛び交う蜂、梅雨の予感などさせない青空を見ながら、僕は少し不思議な気持ちになっていた。「日本代表」という大きな変化を受けながら、自分は今、いつもと同じようにのんびりとした世界の中、いつだって自分に対して態度を変えない「友達」と歩いている。  そのことに対して言葉にならない感謝の気持ちを抱きながら、それでも林の存在など忘れているかのように花壇の方に近づき、他より若干飛び出して咲いているツツジを一輪むしりとり、放ってみた。それはサッカーのボールみたいに重みがないから、どこか遠くに飛んでいくでもなく、その場でくるくると回転しながら落ちた。 「なにやってんだ、お前」  林は、せっかく俺が話をしていたのにという顔をして、僕の方を見た。僕は笑って答えなかった。 「なんか、そういうところ見ると、年齢の差を思い知らされる気もするけどさ。……そういうことか?」  その質問にも僕は答えなかった。その代わり、 「林さんは、高校時代もサッカー部でしたか?」  そんなことを口にした。 「一応そうだったな。でも、冴えなかった。俺がだったのか、チームがだったのか分からないけど。ただサッカーは好きだったな。だから、高校三年の時、就職試験を受ける代わりに、あそこの入団テストを受けた」 「僕は、サッカーだけに全てをかけていたんです」 「そうだろうな、じゃなかったら、三年前のあの涙はないと思うよ。だって、客観的に見たら、代表入り出来るほどあの頃は目立ってなかったし、上手くもなかった。それなのに、自分は『代表だ』って信じているみたいなところが、お前にはあっただろ」 「生意気に見えました?」 「いや、そこで奮起すれば伸びると思ったよ」 「ほんとですか?」 「いや、代表に選ばれた今だから言うのかもな」  もう駐車場についていた。林は鞄から車のキーを取り出し、話をまとめようとしていた。 「とにかく、足、大事にしろよ」  それだけ林は言った。多分僕には話したいことがまだあった。別に林でなくてもいいけれど、側にいる誰かに聞いて欲しいこと。でも、言えなかった。 「はい。ちゃんと直します」  自分の言葉と気持ちが食い違っていくのを感じながら、どうにもできなかった。林の後姿を未練がましく追わないように、自分の車のドアを開けた。  エンジンをかけ、ハンドルに手をかけた。気持ちが混乱している日は特に気をつけなくてはいけない。僕は深呼吸をしてから、車を発進させた。幸せな状態にいるとき、いつもより自分を嫌いになる。いや、正確に言えば、身に受けた幸せを味わってしまったときの自分を嫌悪するという感じだろうか。  ……僕は、サッカーだけに全てをかけていたんです……嘘ではないけれど、言い訳じみた言葉だと思った。  僕は奥歯をかみしめながらも、車のスピードは決して上げなかった。人間、必要に迫られれば何だってするものだと、車の免許を取ったときに思った。もう二度と、人を傷つける機械に乗りたくはないと思っていたのに。  車は快調な音を立て、田舎道を真っ直ぐに走っていった。  次の土曜日、僕はベンチにいた。足の痛みは、以前と変わらぬ鈍いものだったが、監督は僕の替わりに山崎をピッチに送りだした。  監督の「足はまだ痛むか?」の問いに「まぁ、いつも少しは」僕は正直に答え、ドクターの「まぁ、心配するほどではないと思うけどな」の言葉に「多分、そうだと思います」と言った。そして、「どうする? とりあえず今日は、控えにまわるか?」と監督に言われたとき、「それでも別に構いません」という最後の言葉を僕は選んだ。 「山崎が本番でやはり使えないようだったら出てもらうから、ベンチにはいてくれ」監督がそうまとめた。  三日以上試合の続く野球では、ピッチャーが毎日変わるのは当たり前になっている。しかし、週一度しか試合のないJ1の選手にとって、ベンチに回ることが、「レギュラー」の位置を横取りされる一番の危険だということは分かっていた。それでも僕は、山崎にチャンスを与えた。それは「余裕」などというものとは全く違うものだった。林はピッチに出ていく前、僕に軽い一瞥をくれた。強い不満がその目に感じられ、一瞬ひるんだ。山崎は僕の方を見なかった。山崎は結局、あのファールについて一言の謝りもしなかったなと、ぼんやり思った。  試合の最中、僕はピッチに出ていきたい衝動をこらえていた。自分から譲った今回の試合なのに、監督から早く「アップしておけ」の声がかからないか待ち望んでいた。自分の側には、試合に出たくてもそのチャンスを与えられないたくさんの人間がいた。彼らがどんな思いをしているのかあまり考えたくなかった。だから、僕は自分の足の痛みに集中することにした。左の膝を折ってベンチに足首から先を載せ、靴下をおろし、何度も足の具合を見た。山崎に蹴られた所はあざになって残っていた。痛みはその新しい打撲のせいだけだったのかもしれない。  山崎はいつもと変わらず、大きな体をもてあましているような、不器用な動きをしていた。大きなミスもなく、無難にパスを受け止め、それを味方につないでいたが、難もなければ、光っているところもなかった。でも彼はいつも、自分の出番がないのは監督の目が悪いせいだと言い続けていたらしい。三年前の自分も、端から見たらあんなだったのだろうか。  十九歳。Jリーグができたのは彼が十一歳の時だったのだ。高校の頃、サッカーの「プロ」集団ができた僕たちの世代とは違う。「大きくなったらJリーグの選手になる」彼は当たり前のようにそう感じて育ったのだろう。そんな世代に時々憧れるときがある。でも、林などから見たら、初めから「プロ」でプレーするのが当たり前だった僕たちの世代も羨ましいものなのかもしれない。  Jリーグができた頃、僕は東京の高校にいた。高校一年生だった。サッカー部に入ってはいた。でも、そこのサッカー部は強く、一年に声がかかるほど人手不足ではなかった。部活の間ほとんどずっとボールを磨き、先輩の目を盗んでは少しだけボールを蹴る、というような生活だった。そんな僕にとって、Jリーグなど、ブラウン管の向こうの全く関係のない世界だった。テレビでサッカーを見る機会が増える、有名な選手のプレーを日本でも見られるようになるらしい、そういうレベルで嬉しいだけのことだった。  ただ、僕は子供の頃から、ほとんど毎年のように「転校」を繰り返す生活を送っていた。そういう人間は、ひどく社交的になるか、自分の世界にこもるか、どちらかのタイプにわかれるように思う。僕はどちらかというと後者のタイプだった。現実にはただのボール磨きやユニフォーム洗いをするだけの「サッカー選手」でも、Jリーグを見ながらいつか特別な世界に羽ばたく日を一人夢想してはいた。そして実際、サッカーの強いそこの学校でこそ使えなかったものの、僕はサッカーの珍しい技をたくさん持っていた。それは、いつも友達を開拓していなくてはいけない人間が見せる「芸」のようなものだった。僕は時にはマジシャンのように、また時にはピエロのように、人にその芸を見せ、どうにか関心をひくことに成功していたのだった。  その芸は、東京の学校から新潟の学校に転校した、高校三年の時も功を奏した。東京の学校から行くと、新潟の学校の生徒はみな、大人しく控えめに見えた。僕がいつもの自己紹介代わりに、ヒールのリフティングを見せると、クラスメートは興奮して、僕をすぐサッカー部に連れて行った。サッカー部では全国高校サッカー選手権の予選に向け、練習が行われているところだった。以前いた東京の学校では二年に一度は出場していた大会に、その学校はまだ出られたことがないという話だった。そして、新潟の高校は冬の雪で練習時間があまり確保できないせいか、どこのチームが出ても大体第一試合で負けてしまうのだと、クラスメートは言った。  校庭では、ランニング、パス練習、シュート練習とごく初歩的な練習が行われていた。その練習に連れて行こうとしていた友達を押しとどめ、僕は校舎の二階から練習風景を見ていた。それは多分、旅人のような通行人のような視線だったと思う。高三で転校しても、長くて一年いるだけだ、そんな冷めた考えが自分にはあった。 「トモ」と呼ばれていたクラスメートは、なかなか校庭に降りていこうとしない僕のことを辛抱強く見守っていた。四月だった。しかし新潟の風はまだ冷たくしっとりとし、大げさに言えば、雪の余韻を抱え持っていた。僕とトモの頬も微かに赤くなっていただろう。東京の学校とは違い、校庭は奇妙に広く、その向こうにも使い道のなさそうな草原が続いていた。風がその伸び放題の雑草の間を抜ける。あんな中で力一杯ボールを蹴り、その衝動で草がさわさわと鳴ったらどんなに気持ちいいだろうと僕は思った。  ただ、そんな夢想も顧問の先生の怒鳴り声で、ばらばらになって散った。「そんなんで予選を突破できると思うか。越二高に勝てると思うか」先生の声は、新潟の涼しさにも、僕の冷めた視線ともそぐわず、熱く響いた。生徒達はその声を受けながら、落ちかけていたスピードを取り戻し、ボールを持ったままだだっぴろい校庭を走り回った。「顧問はまぁ、怖いけど。でも、いい人だからさ」トモは精一杯のフォローをした。  そして、「希望のポジションはどこ?」と少し大人びた口調で聞いた。僕は「フォワード」と答えた。トモはなぜかすまなそうな顔をして、「そっか、フォワードは二人、いるんだ。レギュラー。そこだけは強いんだ」と言った。そこまで聞いて、鈍い僕もやっと彼がサッカー部員であることに気がついた。「君は、フォワード?」と聞くと、「そんな訳ないよ。よわっちいミッドフィルダーさ。主に左サイドのね」簡単に答え、「本当は僕も、練習に出ないといけないんだ」と笑った。僕は改めてトモの体つきを観察した。背は自分よりもあったが、ぶつかったらはじき飛ばされそうに細い体だと思った。「よわっちい」その言葉が謙遜ではないかもしれないと失礼ながら思った。 「ごめん。こわい顧問に怒られるだろ?」彼を遅刻させたことに謝ると、トモは笑って「でも強いメンバーを一人連れて行った方が、いい働きになるだろ」と言い、僕に背中を向けた。僕はトモについていくことにした。本当は、サッカー部にこだわりはなかったのだけれど、トモのためについていきたい気がした。校庭に向かう間、田舎らしい木の階段でトモは一度立ち止まり、「うちのチームは、左利きがいないんだ。だから、左サイドならまだレギュラーもチャンスがあるよ。左の練習、しない?」と聞いた。僕は適当に頷いた。  トモはいい人過ぎたのだろうか。一日目の練習で「才能」を見込まれた僕は、高三という変な時期からサッカー部員になることになった。そして、顧問の先生に「前の学校ではどのポジションだったの?」と聞かれると、とっさに「ミッドフィルダー」と答えていた。本当は僕にポジションなどなかった。「フォワードは争いが激しい」さっきトモにそう聞いた僕は、半分無意識に「フォワード」と言うのを避けた。しかし、「右と左、どっちが得意?」そう聞かれたとき、さすがに僕は迷った。「左」と言えば有利になることは分かっていたが、そう言ってはいけないと思った。僕は「どちらでも」変な逃げ方をした。  結局、僕がトモの「左サイドのミッドフィルダー」というポジションを奪ったのは、それから一ヶ月も経たないうちだった。  主審の笛の音に我に返った。顔を上げると、緑の芝に日の光が強く照り返し、その中で見慣れた赤のユニフォームと、緑のユニフォームが闘っていた。今の笛は、林が敵のFWにオフサイドトラップをかけ、成功した合図のようだった。ボールが味方に戻った。  新しい「正ゴールキーパー」が球を受け取ると、高く蹴り上げた。その球は山崎の足にぴったりと合った。新しい世代が生まれ始めていることを感じた。でも、そのことに対して感慨はなかった。あの時、トモに対して罪悪感を感じないよう自分に言い聞かせた僕は、今、自分のポジションをねらう人間を決して批判できはしない。ただたまに、この明るい、いかにも作り物らしい鮮やかな芝の奥に、水分を含みひんやりとした新潟の土を感じることがあるだけだ。  トモは僕に「おめでとう。うちのチームを絶対出場させてくれよ。そのために、君をこのチームに連れてきたんだから」と言った。そして、いつもベンチ席から僕たちを見ていた。その姿は決して情けなくも、哀れでも、悲しくもなかった。ただなぜだろう。自分が思うように動けないとき、それに対してトモが無言で怒ったり、笑ったりしているようで、僕は次第にトモと距離を取るようになった。  ボールを持って何人もの敵を強引に、そしてどこか不器用に突破していく、左サイドMFを見ながら、僕はトモのことを久しぶりに考えていた。彼はあれから新潟の大学に進学し、今はもう勤め始めているはずだった。でも今、客席で憧れを持って僕たちを眺めている人たちの中に、トモがいるような気がした。  また高い音域で笛の音が響いた。気がつくと、山崎の大きな体が、芝の上に倒されていた。フリーキックが与えられた。倒された山崎は何もなかったように、起きあがり駆け始めたが、そこで監督が僕に「そろそろ出番だ」という合図をした。監督がこの状況で何をどう判断したのか分からないまま、僕はアップを始めた。  心は試合の外にあったのに、体はずっと試合を欲していたようで、フィールド上での僕は、水を得た魚のようによく動いた。ただ僕は、気持ちよくプレーしながらも、本当は心の片隅で山崎のことを考えていた。ベンチに窮屈そうに座っている大男。山崎に自分のプレーを見せつけたいと思っていた。こんな感情は久しぶりだった。  〇対〇。僕の力でその動かない試合を展開させようと思った。そのためなら何でもできるような気がした。当たり前のようにレギュラーでいると忘れてしまうハングリーな気持ち。  僕は迷わず敵のMFの足を削り、両足で上手くボールをホールドしながら相手を苛立たせ、その隙をつき、思い通りのゲームを作っていった。「マリーシア」林はそう批判するかもしれないが、僕は本気だった。そしてそんな僕に、林はパスを出し続けていた。やはり林とよいコンビが組めるのは自分でしかないと思った。僕はボールを持ったまま、フィールド上を力一杯駆けた。足の痛みは不思議に気にならなかった。耳元で風の鳴る音が聞こえた。それくらい、僕の走りは速かった。さっき山崎を倒したDFが向かってくるのが見えた。体の小さな僕に、相手をはじき飛ばす術はない。しかし、相手をかわし、相手の体勢を崩す技は持っていた。ちょこまかと敵から逃げることでゲームを作る僕は、草食動物のように広い視野を持っている。いち早く敵を見つけると、人にはない自分独自のリズムでボールを外に出し、体も外に踊らせる。敵の足が空を蹴り上げる。  走っている途中、何度か空きスペースに味方を見つけた。パスを要求しているのが分かった。ここでパスを出さなければ、「自分だけいいとことるのか。FWに攻撃を譲れ」だとか「代表になったからっていい気になって」そう思われるだろう。ボールを持ちながらも、僕は冷静だった。しかし、ボールを譲る気にはならなかった。味方の前にスペースが見えたように、自分の前にも、曲がりくねってはいるものの、進むべき確かな道が見えた。  必死に走った。走るのが気持ちよいと思えるのは久しぶりだった。一〇〇メートルを十一秒台で走る僕は、よく周りから「走っていて気持ちいいだろ」と言われた。しかし、自分自身では走ることを楽しめていないような気がしていた。速いスピードを出すと、必ずと言っていいほど頭の中で警報のようなものが鳴る。一〇〇メートルを十一秒で走っても、それは時速に換算すれば、三十二キロほどでしかない。それなのに、どうしてだか、高速道路で速度を上げすぎたときのアラームのような音が、頭の中で響くのだ。 「ピーーーーーィ」  しかし、今日自分の耳に届いたのは、嫌な警報ではなく、シュートを認める主審の笛だった。試合開始四十分に初めて入った得点。仲間は走ってきて、僕の頭や背中をはたいた。「自分だけいいとことりやがって」などという冷たい声はその中に混じってはいなかった。 結局その日の試合は、うちのチームがそのまま波に乗って二対〇でジュビロに勝った。ロッカールームに向かう間、林と監督に「足は大丈夫だったか」と聞かれた。僕は「全く問題ありません」と力強く答えた。山崎のことを思いだし、ベンチの方を見たが、もう彼の姿はなかった。  着替えを終えると、林が近づいてきて「今日はかみさんと息子が来てるんだ」と笑顔を作った。「珍しいですね」言うと、「今日は息子の六歳の誕生日だからな。これから祝ってやるんだ」ということだった。林はいつも「独り身は自由だし、お金もあっていいよな」とばかり零していたが、こんな風に家族のことを話しながら笑顔になることもあるのだと改めて思った。  林の一人息子、幸人君には四歳の時に一度あったことがあった。しかし、幸人君の方は僕のことを覚えてはいないようだった。 「今日、初めに点を入れたお兄ちゃんだよ」  林は僕のことをそう紹介した。 「ナイス・シュート」  幸人君は小さな手を精一杯上に向けて差し出してきた。小さいくせに、眉毛だけ林に似て既に太いのに笑えてしまった。僕は、しゃがみ込んで目線を同じにすると、右手を差し出した。 「幸人くんも、サッカー選手になりたいのかな?」  僕はできるだけ子供に話しかけるにふさわしい言葉と調子を選んで話したが、 「もちろん。Jリーガー」  幸人くんは、はきはきと、「もう子供じゃないんだから」と言いたげな態度で話した。林に似て頑固でわがままに育ちそうだなと心の中で思いながらも、僕は、 「待ってるよ」  と、男同士の約束というように答えた。林はそんな「生意気」な息子の頭をぽんぽんと軽く叩くと、笑顔になった。子供が自分と同じ夢を抱くというのは、自分が尊敬されているようで嬉しいものなのだろうか。  僕は林一家をグランドの前で見送った。林は何でも話せる兄貴のような存在だが、自分の心の奥に一番引っかかっていることだけは彼に言えないだろうと、幸人君を見ながら思った。林は、子供への愛を知りすぎている。  今日の試合はホームだったため、他のメンバーとも近場で別れた。山崎が何か話しかけてくるかと思ったが、それも別になかったし、自分から話しかける気にもならなかった。山崎の働きは、特別誉めるほどでも、けなすほどでもなかった。そして、いつもメンバーから離れたスタンスでいる山崎は、今日も帰りのバスの中、誰と何を話したわけでもなかった。一人、窓際の席に座り、携帯を見つめているだけだ。そんな山崎を意識している自分がおかしかった。別に彼が密かにレギュラーへの手応えを今日感じたからと言って、だからなんだということもない。ただ、僕は重たい鞄を背中に担ぎ上げる彼の後姿を見ながら、今日の山崎はいつもとどこか違うように思った。  家に帰ると留守電が点滅していた。僕の家の電話に、チームのメンバーや家族以外から連絡が入ることはほとんどない。 「プライベートなことは俺にも内緒なのか?」林が真剣な顔で尋ねたときのことを思いだし、少し笑った。隠しているのではなく、僕には話すべき特別な「友人」だとか「恋人」だとかがいない。本当はだたそれだけなのだ。大げさに言うと自分の人生に、他の人間を巻き込ませてしまうのがいやなのだ。 「メッセージ。一件目」  無機質な女性の声が流れた後、僕の耳に届いたのは、予想に反して珍しい人物からのものだった。 「南高の原田だ。元気でやってるか。今は、住所から電話番号が分かるんだな。思いもしなかった。昨日のニュースで見た。ついに日本代表なんかになっちまったんだな。驚いた。岡田の技術を一番かっていたのは私だが、そんな華奢な体で、世界までいけてしまうなんて、思っていなかった。努力の賜なんだろうな。おめでとう。頑張って来いよ」  声の主は、新潟の高校のサッカー部顧問だった。毎年年賀状のやりとりだけはしていたものの、声を聞くのは久しぶりだった。簡潔なメッセージの奥から、先生の気持ちはにじみ出てきていた。  先生とトモの力がなかったら、今の僕はいないのだと思うと不思議な気がした。ただ、それは純粋な感謝の気持ちではなかった。 「お前がいないと、このチームはだめだ。本当に、体は大切にしてくれ。試合に出られないなんてことにならないようにな」  先生はこの声と同じ声で、そう僕に言った。僕だけにそう言った。他のメンバーも、僕が先生に特別扱いされていることは分かっていた。怖くて有名だった先生が、僕にだけはいつも甘かった。厳しいことを言って、僕が抜けてしまうことをおそれていたのだろう。僕は自分がそんなたいそうな力を持っているなどとは思っていなかった。実際、東京の学校ではレギュラーにさえなれなかったのだから。ただ先生の信頼が、生徒にも伝わり、みながボールを僕に集めてくれた。僕は人の数倍ボールに触れる機会を得た。そして人よりも多く経験を積み重ねることができた。また、頼りにされているというプレッシャーも僕を育てた。ボール磨きをしていたときの自分とは違う人間が、それによって生み出された。 「お前がいないと、だめだ」  先生がその言葉をいったのは、多分一度だけだったのだろう。しかし、僕の中でその言葉だけがぐるぐると回った。  あの時。自分のバイクで跳ね飛ばされた小さな女の子をみつめていた時も、僕に聞こえてきたのはその声だった。「お前がいないと、だめだ」という言葉は、次に「チームを勝たせるために、試合には絶対に参加してくれ」になり、最後には「チームのために、逃げろ」に変わった。  ただ僕は単に少女を見捨てたわけではなかった。僕自身バイクを転倒させ、左足を強く打っていたが、足を引きずって倒れた少女のところまで近づいた。  もう八時近かった。夏とはいえ、周りは闇に包まれていた。そこまで寄らなければ、僕は彼女の血を見ることもできなかった。多分本当はまだ鮮やかな色をしているであろう血液は、闇に溶け黒ずんで見えた。右側からはじき飛ばされ体の左半分をコンクリートでこすったようだった。上になっている右腕にはこれから打撲のあとができるのかもしれないが、その時はまだきれいで、左腕と左足から流れ出る血だけが、妙に生々しく思えた。彼女は意識を失っているのか目を開けず、声も発しなかった。ただ苦しそうに息だけしていた。僕は「すぐ救急車が来るから」と言って、あわてて公衆電話に走った。自分の足が痛いことなど忘れていた。  救急センターの人は僕に色々なことを聞いているようだったが、僕はそれに応えるのももどかしく、女の子が倒れて苦しがっていること、血が流れていることをただひたすら繰り返した。相手はそれだけではなく、僕の名前や住所なども聞いているようだったが、僕は「そんなことはどうでもいいんです、早く来てください」としかそれに応えなかった。気が動転していた。その台詞さえ自分で記憶していたものではなかった。翌日の新聞の記事ではじめて知ったことだ。  僕はしばらく少女の側にいた。でも何も言わない少女のことをずっと見ていると、自分を取り囲む闇の存在がとても強くなっていった。それはまるで、自分の未来の暗さのようだった。僕はその時、顧問の先生の声を聞いた。「お前がいないとダメだ」声はそう繰り返した。僕は少女のことを見捨てたかったわけではない。でも、自分のいるべきフィールドを左サイドから見た映像だけが頭の中を占領し始めた。仲間が自分にボールをパスしてくれた時のことばかり思い出した。  そして気付くと、僕はバイクにまたがり、少女のもとを去っていた。  翌日その事故の記事を目にした。小さな扱いだった。でも確かに僕の起こした事故についてだった。彼女は命には別状ないこと、しかし足に障害が残るかもしれないこと、そして名前を言わない不審な通報が入ったことなどがそこには書かれていた。  僕はしばらくその記事を見つめた。「平井綾(11)」彼女の名前と住んでいる市の名前は僕の脳裏に焼きついた。それは一生消えることがないだろうと思えた。ただそれでも僕はその記事を丁寧に切り抜き、財布に入れた。選手権が終わったら、必ず彼女とその両親に謝りに行き、「ひき逃げ」犯として自首しようと思っていた。  でも僕は結局そうしなかった。そして積極的に「時効まで逃げ通そう」という意志があったわけでもないのに、気付くと時効までの五年さえ経ってしまっていた。あの時の記事はボロボロになりながらも、僕の財布の中にしまわれているままだ。  あの時の僕に、そして今の僕に「サッカー」という役割がなければ、少女の両親の憎しみを受けて、僕は殺されてもよかった。なのに、僕はまだ今も生きながらえている。そのことが時に僕を不快にさせる。  自分のしたことを先生のせいにしようという気はないが、先生の声を聞いても、懐かしさはあまり感じられなかった。僕は、留守録のメッセージをすぐに消去した。先生の声は、電話機がテープを巻き戻す機械的な音にとってかわられ、二度と僕の耳に届かなくなった。  翌週の月曜日、またいつものグランドにいた。僕はこの生活を自分の手では変えることができない。いつだって外からの力を待ち望んでいる。いや、待ち望んでいるふりをしているだけで、今あるものを少しでも失うことが多分、怖かった。  前半の練習の後、僕は芝生に寝転がる姿勢で休んでいた。足の調子は良くなかった。今日はボールを持っていた右足にタックルを受けただけだったが、転び方が悪かったのか、左足首まで痛んだ。僕はいつだって大切なことの前に、重大なミスを犯してしまう。そんな運命なのだと半分やけになっていた。 「足、大丈夫でしたか?」  休んでいる僕の所に向かってきたのは山崎だった。珍しいこともあるものだ。さっき僕にタックルを食らわせたのは山崎だったが、今日の山崎の行為に責められるところはなかった。それは林がつっかかっていかなかったことを見ても明白だった。 「お前に心配されるほどじゃないさ」  僕は芝の上に座ったまま山崎を見上げ、突き放すように言った。ピッチの上を、何を怖れることもなく全力で走り回り、敵に正面からつっこんでいく彼の姿が目に蘇った。それはただ「若い」という言葉だけでは説明できない、「勝ち」にこだわる男の姿だった。サッカー雑誌でよく見かける「日本人選手は勝ちへの執念が欠落している」という文字が僕の目の前で踊った。 「でも、人に怪我させるだけじゃなしにボールを取れ」  山崎はそういう僕の言葉を聞いて微かに笑った。その余裕が気に障った。山崎の顔は逆光になって黒くつぶれている。表情はよく読みとれない。しかし山崎はふと笑いを止めると、 「岡田さん、足、怪我するの分かって、ボールを守りました?」 と聞いた。 「怪我すんの分かってたら足を守った」  僕は答えた。山崎に対して「怪我はサッカー選手にはつきものだ。そんなものを怖れていてピッチになんか立てるか」そう説教する気になどならなかった。左足をねらわれるのを怖れて、この頃右足で球をキープすることが多くなっている、自分でそう分析できていたからだ。 「この間の試合で、あれだけアグレッシブな攻めを見せた人の言葉とも思えませんね」  山崎は笑っていたが、「なんで嘘つくんだよ」という声が聞こえてきそうだった。僕はあいまいに濁して、会話を終わらせようとした。自分のポジションをねらっている選手と話す心の余裕は今の僕にはなかった。  しかし、次の言葉を聞いた瞬間、僕は思わずそばにある芝を両手で握りしめた。 「左足、相当ひどいんじゃないですか?」  僕は表情を隠すことができなかった。自分から見て山崎の顔は逆光でつぶれていても、山崎は僕の表情をしっかりととらえられる位置にいるはずだった。でも僕は笑顔でごまかすことを忘れていた。とっさに言葉も出てこなかった。 「そんなこと……」  言おうとする僕を制して、山崎は、 「別に弱み握っているとか言いたい訳じゃないですから、ほんとに」  とだけ言うと去っていった。山崎のスパイクが芝を痛めつける音が一足ごと聞こえてくるような気がした。柔らかく曲がる山崎の足首。それが日の光を浴びて、僕の目に刻みつけられた。  弱みを握っていると言いたい訳じゃない……確かに山崎は自分の左足のことを知りながら、右足しか狙ってこなかった。こんなところで見せられた、山崎の「余裕」に僕は気分を害され、奥歯をかみしめた。  このチームに来た頃、僕は先輩選手のあらを探し、そこを徹底的に攻めることに徹していた。狙っていた左サイドMFには紅白戦の時など、とにかくセンターまでおびきよせ、一対一の勝負を挑んだ。相手の弱点ばかり分析した。いいところを学び、取り入れようなどとはしなかった。相手の弱いところを監督やコーチの前で明らかにし、どちらがレギュラーとして優れているか比べてもらおうという気持ちだけがあった。  もともとは「全国高校サッカー」の大会までだった僕の選手生命は、チームを初出場に導いた功績を買ってくれた、今のチームの監督によって引き延ばされた。いや、そんな言い方は、自分の責任を回避しすぎている。ただ僕は、ブラウン管の向こう側の世界であった憧れのJリーグで、どうしてもプレーがしてみたかった。ただそれだけのエゴで僕はサッカーを続けることを選んだ。そしてそのエゴは、次はレギュラーになりたいという強い願望になり、あげくは日本代表入りへの執着に変わった。Jリーグ入りの誘いを受けたときから、僕と僕の人生はおかしくなり始めたのかもしれない。 「今週はヴェルディ戦だな。今度こそ勝ちたいな」  いつもの帰り道、林の選んだ話題はそれだった。ファーストステージは今週が第九節。残りあと七試合だった。うちのチームは現段階で四位。先週はジュビロに勝ったし、その流れに乗って、いつも苦戦させられているヴェルディにも勝ちたいと皆思っていた。 「新田君も最近安定しているし、チーム、大丈夫なんじゃないですか?」  僕は、新しいゴールキーパーである新田をなぜか養護した。 「そうかな」  林はそれ以上のコメントを避けた。今日は風が強く、空を見上げるとかなりのスピードで雲が流れていた。雲は流れるだけではなく、形を変えた。僕はそれを目で追いながら間を取った。 「まぁ、自分の背後にいる人間は、どっしりと構えていてくれる人であって欲しいけど、宮部さんはやっぱり本当はかなり腰、痛めているという話でしたし」 「でも九十分くらい守りきれるはずだろ。……けど、宮部さんは代表を落ちた。監督としては多分、そういう奴にはさっさと見切りつけて、新しい宝石磨きをしたいんだ。うちからまた新たな代表を作りたがってる」  林の言い方には「代表」に対する批判も込められているようだった。日本のJリーグさえもりたてられない奴らが、ワールドカップだなんだで浮かれてんじゃないよ、林の言いたいことも分かる気がした。  今日は五月にしては少し暑かった。ジーンズが肌にへばりつくのを感じながら、僕は一本道を歩き続けた。最近軽い調子では交わせない会話が増えたような気がした。 「監督を、批判していますか?」  僕はこの際だから正面切って聞いてみることにした。林は一呼吸置くように、鞄を持ち上げ直した。 「大の男同士だ。そうべったりくっついちゃいらんないさ」  林の答えはそれだけだった。「Jリーグに引っ張ってくれた恩人」周りのみんなは、林が監督のことをそう考えていると思っている。しかし、林の中ではそれは決して事実ではない。なぜなら、林はJリーグなどというものにこだわってはいなかったのだから。 「他のチームに行くことも考えるってことですか?」  他のチームというより、前のチームに戻る意志があるのか本当は聞きたかった。しかし僕の質問は微かに的を外したものになった。 「俺も、引退してコーチなり監督なり、子供達を教える指導者なりになることを考える時期なんだよ」  林も答えを少しごまかしたようだった。しかし、その後でひとつはっきりと言った。 「監督と考えが合わないと思うことは正直ある。誰にだってあるだろ? でも試合の責任を全て負うのが監督であり、俺たちは監督に従っている人間だ。チームにいる限り文句は言わない。監督のために一勝でも多く取る、それだけだろ?」 「でも、監督のことを信じられない選手っていうのは、寂しい存在ですよ」 「信じていなければ、ここまでついては来なかったさ」  それは当たり前のことだったが、その言葉を林の口から聞けたのは良いことだった気がした。 「使ってもらえる限り、監督に一つでも多くの勝利をプレゼントしていくよ」  狭い田舎道を向こう側から車が近づいて来て、そして通り過ぎた。舗装されていない砂の道で車はがたがたと音を立て、軽く弾んでいた。僕たちは道の端によけ、車を見送った。その後、改めて林が言葉をつなげた。 「ここで学んだことを、もしかして他のチームで生かすこともあるかもしれない。けど、俺はスパイをしているつもりなんかないし、今は選手であることにだけ集中したいから」  僕はその言葉に頷いた。ただ、林が監督になったら、山崎や新田のような人間は使わないだろうと思った。将来、林の率いるチームと、うちのチームが闘うことになったらおもしろいかもしれない。林と監督が本当に勝負出来るのは、その時になってからなのだろう。 「ヴェルディ戦、勝ちましょうね」  僕は初めの会話をまた繰り返すようにし、話をまとめた。駐車場に来ると、それぞれの車のボンネットに抜けるような青空と夏の雲が映っていた。それは機械と自然の融合した光景、などという言葉ではなく、もっと圧倒される映像だった。大げさに言うと、車の中に自分が誘われていくようだった。  フィールドにいるとき以外、足の痛みはさほど気にならなくなっていたが、なぜかその光景を見たとき、僕の選手生命もそう長くないという気がした。 「また、点取れよ」  その声が聞こえた次の瞬間には、ドアの閉まる音が大きく響いた。  土曜日。僕たちは川崎のグランドにいた。日本のサポーターにはフーリガンなどと比べたらそう悪質なのはいないけれど、やはりアウェーの試合はホームと感覚がかなり違う。ロッカーもシャワーも椅子も、全て人から貸し与えられているという感じがするし、フィールドに出ても、変なたとえで構わないなら、おびきよせられた闘牛みたいな気分だった。  その日、僕の足の具合はやはり良くなかった。ドクターに診せてはいるのだが、痛みが消えることはない。強い薬を飲み続けている間以外は。今までにないほど痛みが続くので、僕は最近少し弱気になり、長期の休養を取った方がいいのではないかと考えたりもした。しかし、そう口にする機会はなかった。  試合開始前、監督が僕たちを集め、最終的な布陣を白板に書き、説明し始めた。驚いたのは、右サイドのMFが空欄になっていることだった。僕はいつもコンビを組んでいる、右サイドのMFを見た。彼はじっと椅子に座っていた。「足が腫れすぎてる。ここで使うのは危険だ」監督は彼についてそれだけコメントした。その言葉を聞いたとき、僕はふと前回軽い気持ちで試合に出なかったことを考えた。あの時、彼や林もこんな気持ちになったのだろうか。自分たちが先発選手に残ったのに、なんだか「残された」感じがした。 「右サイドは山崎を入れる」  監督の声が耳に届いた。しかし、その言葉の意味はすぐには入ってこなかった。山崎が右サイドの先発? 納得がいかなかった。右サイドのMFなら他にもいた。山崎が右サイドを全く練習していないと言う気はないが、必然性が感じられなかった。ただ山崎は当然のような顔をして監督の方を見ていた。僕は周りを見回した。驚いたのが自分だけなのか知りたかったからだ。他のメンバーは微かに眉をひそめていた。それは、監督に無言の抗議をしているようにも見え、ただの戸惑いの表現のようにも見えた。ただ一人、林だけは明らかな不満を顔に表していた。「そんなんじゃ、勝てない」その顔は如実に語っていた。しかし監督はそんな林の顔など見ていなかった。  作戦会議が終わり、それぞれが散っていくとき、誰かが山崎に「右サイド、平気なの?」とささやく声が聞こえた。山崎は「高校時代は右もやってましたから。ただ左での活躍だけが取りざたされただけで。僕はチャンスさえあれば何だってやります」そう答えていた。山崎は、みんなに聞かせるかのような大きな声で、堂々と言った。  監督にそっと呼び出され「今日は、代表の監督が見に来るから」と言われたのはその後だった。その言葉には、ここでいいところを見せておかないと、代表でもベンチだけになるぞという内容が含まれているようだった。僕はただ頷いた。ますます足の痛みについて言う機会を失してしまったと心の中で思った。  フィールドに向かうとき、林が「気に入らない」声に出して言うのを聞いた。僕はその言葉には答えず、「それでも監督のために勝利を目指しますか?」とだけ聞いた。勝利を目指すのは選手なら当たり前だが、それが自分のためではなく、監督のためなのか聞きたかった。 「監督と、チームのために」  フィールドに出たとき、僕達の上には光と一緒に声援も降り注いできた。そのために林の言葉は少しかき消されがちだったが、確かに林はそう言葉を発したようだった。  前半は残念ながらいいところなく終わった。〇対一。敵にリードを許した。敵に決められたゴールは敵が強いためではなく、自分たちが弱いために許したものだった。キーパー一人を責められるものではないが、新田は、首位を狙うチームのゴールを守るほどには経験を積んでいなかった。ごく普通のシュートは止められても、普段と違うリズムで叩きつけられるヘディングに、文字通り手も足も出なかった。林や他のDFも必死に敵を阻もうとはしていたが、その動きと新田の動きはまだ連動していなかった。  いつもなかなか勝てない宿敵との戦い。そこで決められた先制ゴールは、ただの一点以上の重みがあった。点を入れられたとき、キーパーを責めるべきではないと思いながらも、多分心の中では皆、前半だけでも宮部さんに守ってもらいたかったと感じていたと思う。「次の世代」を育てなくてはならないと、林に言い聞かせる立場である僕でさえ、その時そう思ってしまったのだから。  そして僕自身、右サイドにいる山崎と上手く連携を取れないでいた。なぜチームの流れを作り、維持しなくてはいけないこの時期に監督はこんな場当たり的な布陣を敷いたのだろう。皆がむしゃらに走り、蹴っているだけで、なんのまとまりもなかった。  それに、開始から三十七分……。僕は相手のMFに体当たりで向かってこられ、前に倒れた。そしてファールを取ることもできず、ボールだけ与えてしまった。「足を蹴られることを分かっていて、ボールを守ったんですか?」この間の山崎の言葉が頭に蘇った。終わったことを悔いても仕方ないのに、ハーフタイムに試合の状況と山崎の言葉を思い出すと自分にただ腹が立った。あの時僕はボールを右足でキープしていた。右斜め前方から狙ってこられたとき、体を左にひねるだけでなく、ボールを左足に移し、キープすれば良かった。それなのに、相手の足がボールに伸びてきたのを見た瞬間、僕はとっさに左足をかばい、体の向きだけを変えて右足で乗り切ろうとした。  そんなプレーを山崎にも林にも、そして今日の試合に来ているという代表の監督にも見せてしまった。それは後半で埋めなくてはいけない大きな失点だった。  しかし、あの時左足をかばったにもかかわらず、相手に転ばされたことにより、足の痛みは増していた。後半で「いい働き」ができるのか自信がなかった。  ベンチに戻ると、ドクターから 「左足が痛むか」  と言葉をかけられた。やはり左足をかばうプレーは皆に分かってしまっているのだろう。僕は謝りたい気分だった。ドクターに謝っても仕方ないのだけれど、本当に謝りたい人の代わりにその言葉を聞いてもらいたいような気がした。 「はい」  僕は正直に答えた。 「後半も出る意志があるのなら、もう一度テーピングをし直そう。ただ、もしかしたらこの痛みは、筋が傷んだというような簡単なものじゃないかもしれない」  ドクターは僕の足首を色々な方向に曲げ、反応を見ながら言った。内側に曲げられると相当な痛みが走った。 「できれば、今日はこのまま休んで、きちんと病院の検査を受けた方がいいと思うんだが。これ以上痛めたら、手術で相当期間使えなくなるということもある」  そう言いながらドクターは監督の方を見た。監督はただ一言、 「やれるよな」  と聞いた。瞬間、僕の頭の中に、その質問はどういう意味なのだろうという疑念が湧いた。それは、僕のためなのか、チームのためなのか、監督のためなのか……。しかし、それがもし、監督のエゴから出た言葉であっても、それに従おうと思った。なぜなら、僕自身がここでピッチを後にしたくなかったからだ。 「もちろんやります」  そう言って、僕は審判以外に誰もいない芝の上を眺めた。芝の一本一本の尖った先端まで見えそうだった。じっとそれを見つめた。自分の気持ちの中、足首の中、体の中、そして未来の中で、激しい動きが起こりそうだった。  後半十七分。僕は林からパスをもらい、それを右サイドにできたスペースに送り込んだ。山崎がベストのタイミングでそれを受けた。山崎はまるで、僕がパスを送るのは自分でしかないと信じているようだった。彼の動きは自信に裏付けられていた。山崎はボールを持ったまま、センターへ切り込んでいった。ドリブルをしたまま、自分の得意な左サイドまで突っ切るつもりかもしれない。それは普通なら、左右の布陣のバランスを考え、安全のために避ける行為だが、山崎ならやるだろうという気がした。そして実際、山崎の体は、ピッチの右半分を越え、左にまで食い込んできた。僕は、迷うことなく、山崎と逆の動きをし、右サイドに向かった。他のMFや、FWが若干の動揺を見せた。しかし、彼らも新しくフィールド上に作られた布陣に加わろうと、積極的に新しい位置を求め始めた。チームが一つの生き物のように動き始めた。  山崎の前方に右サイドのDFが立ちふさがった。山崎より体は小さいが、執念深さで有名な選手だった。山崎は右回りで敵を抜こうとした。僕はてっきり自分で抜くものだと思った。しかし、山崎の右前方にもセンターバックが近づいてきていた。僕はその存在を認めると、足の痛みなど忘れて、全速力で山崎の側に駆けていった。その僕を目指して、山崎のバックパスが出された。山崎は後ろを振り返ってなどいなかった。そこに僕がいるということをどうして知ったのだろう。しかし、そのボールは普段の山崎からは想像もつかないほど正確なものだった。それは、走っている僕の右足の内側にすんなりと収まった。  今までどちらか一人しか選ばれない運命にあった二人が同じフィールドにいた。ポジションを奪うでも、奪われるでも、与えるでも、与えられるでもなく、二人がそこにいた。それはとても気持ちのいいことだった。  僕はそのまま、またセンターまで上がっていき、そしてFWにボールを出した。そのFWの蹴り出した球は、ポストにはじき返されたが、側に詰めていた選手によって、ゴールに押し込まれた。ゴールの側にいた選手達はそこに集まって、抱き合ったり、肩や背中を叩き合ったりした。僕は、山崎のところまで駆けていき、胸の辺りをドンと叩いた。山崎が笑った。スポーツ新聞のトップを飾れそうにいい笑顔だった。後ろを振り向くと、林はゴールキーパーの新田たちと喜んでいた。空気が、そして流れが変わった。  しかし、後半三十四分。早くもピンチが訪れた。敵がDFを次々にドリブルで突破していき、後は林とキーパーを残すのみとなった。林の位置もまだ浅い。ここで林を転ばせて突破でもすれば、あとはPKと変わらないアドバンテージを持って、敵はシュートに向かえた。林が正面から向かっていった。そして、ボールを持っている敵の右足めがけて、自分の右足を差し込んだ。林もかなりごつい体格はしているが、敵も負けてはいない。ここで足をぶつけ合ったら、相当な衝撃がお互いに走るだろう。僕は懸命に自陣に戻りながらも、林のおかれている状況を分析していた。  林の足が、ボールに当たった。敵の右足が少しぶれた。そう見えた。けれども、それは錯覚だった。本当は敵が相手の攻撃の衝撃を緩めるため、わざと足を後ろに引いたのだった。敵は、その少し引いた位置から今度は林に攻撃を仕掛けた。すでに前方に向かい、速度のついてしまった林の足は、敵の足と、そこにへばりつくようにして存在しているボールにひっかけられるような形になった。林の体が一瞬宙に浮いたように見え、そして前方に倒れた。それを見たとき、僕の心と左足首に閃光のような痛みが走った。でも、僕をその場に引き留めようとするその痛みに抗って、僕はだた走った。林の飛んだ光景に、僕はあの時の衝撃をまた味わい返していた。事実としては忘れられなくても、印象や映像としては随分薄まってきたあのシーン。それがまた蘇ってきた。僕の頭は真っ白になった。いや、芝と同じ色に染まったと言った方がいいかもしれない。ただ色だけがある。それ以外には何もない、そんな状況に陥っていた。ただ、そこに一つの言葉だけがあった。 「止めろ」  チームのために、ゴールを守れという意味なのか、それともあの、六年前の、逃げた卑怯な自分を止めろということなのか、ただそれだけの言葉が僕の耳に届いた。回りのみんなも走っていた。林も体勢を立て直そうとしていた。しかし、このチームで一番足が速いのはもちろんこの僕だった。敵がゴール前で、キーパーとの一対一の勝負を決め込み、一瞬動きを止めると、狙いをつけた。僕と敵の間にはまだかなりの距離があった。誰も僕が追いつくとは思わなかっただろう。しかし僕は全力で走れる所まで走ってから、タックルを仕掛けた。敵がシュートを放とうとした瞬間、地面についていた僕の足は右だった。このまま左でタックルをしなくては、敵のシュートよりも遅れてしまうのは明らかだった。僕は迷わなかった。足は痛んだ。そしてドクターの「相当期間使えなくなる」という言葉が脳裏をよぎったことは認める。しかし、迷いはしなかった。  六年前のあの時、僕は自分のためだけに逃げたわけではなかったと思う。しかしその後、僕は自分の未来のために逃げ続けることを選択してしまった。でも、ここでチームより自分をとるようなことはしたくなかった。  僕の足は、正確に相手の持っているボールに当たった。敵は思いがけない僕のタックルにバランスを崩し、倒れた。しかし、まだボールは自陣のゴールに向かって進んでいた。  自殺点。  そんな言葉が僕の脳裏によぎった。僕は、痛みのためか、普段より倍も太くなったように感じられる足を押さえながら、上半身だけ起こしてボールの行方を祈るように見守った。今まで応援の歌や声でざわめいていた観客席も静まりかえった。そして、ボールは僕の前方に倒れている敵の影に隠れて見えなくなった。  しかし、次の瞬間、歓声が起きた。どちらの歓声なのだろう。僕は必死に起きあがろうとした。その瞬間、僕の背中に何かが触れた。「ありがとう。助けられた」林の声が頭の上から降ってきた。体を起こすと、しっかりとボールを抱え持つ、新田の姿が見えた。  僕はそのまま、担架に乗せられ、挙げ句、病院の手術室まで運ばれていった。ドクターの予言通り三ヶ月という長期間、僕は使いものにならなくなったらしい。試合後、林と新田が見舞いに来た。その後試合は、同点のまま延長戦になり、うちのチームは、結果、負けたということだった。二人ともうなだれていた。あの時、心から嬉しそうに感謝の言葉をかけた林も、「ワールドカップでもないんだから、ここまでの怪我して守らなくてもさ」などという冷たい言葉を吐いた。しかし、林もそうは言いながら、「所詮Jリーグの一試合」に全力をかけた僕に、悪い気はしないようだった。「もっと冷めた奴かと思ってた」林はやはり、若干の負い目を表し、ため息をつきながらも言った。 「絶対に帰ってこいよ」その言葉を聞いたとき、初めて自分の置かれている状況のまずさに気がついたが、僕にとってそれはどうでもいいことだった。試合に負けたのもどうでもいいことだった。いままでどこかばらばらだったチームが、新しい一つのチームとして生まれ変わる現場にいたということだけに、僕は満足した。  林たちが帰った後、僕は財布の中から切り抜きを取りだした。三ヶ月。僕はサッカー選手ではない、一人の人間としての時間を手に入れることができた。  〈了〉