諏訪大社 秋宮 |
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参道が下諏訪宿の中を縫ってのびています。うっそうとした古木に囲まれた境内には、幣拝殿や神楽殿が並び、日本一大きい青銅の狛犬や注連縄、またユニークなオルゴールの灯篭もみられます。 |
日本一大きな注連縄。
諏訪大社には日本一が他にも。神楽殿の前の狛犬は青銅製で日本一の大きさです。またユニークなオルゴールの灯篭も、精密機械が栄えた諏訪ならではです。 |
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諏訪大社 秋宮
幣拝殿 |
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神楽殿下より、幣拝殿を望んだ写真
江戸中期、諏訪の名匠、立川和四郎富棟の代表作です。彫刻の見事さが見るものの心を奪います。 |
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諏訪大社 秋宮
神楽殿 |
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雪の神楽殿
二代目立川和四郎富昌の作く。荘厳な趣を漂わせています。四季によって異なる趣の神楽殿です。厳粛な雰囲気の雪の神楽殿も美しいです。 |
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諏訪大社 春宮 |
| 春宮は下社最初の鎮座地と考えられています。農耕開拓の様式を伝える1月15日の筒粥神事、夏と冬に行われる遷座祭など、長い歴史を持つ諏訪大社ならではの行事が伝えられています。秋宮にくらべしっとりとした感じのするお宮です。脇には砥川が流れ散策も爽やかです。 |
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諏訪大社 春宮
神楽殿 |
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秋宮ほど注連縄が大きくありませんが、瀟洒な作りの神楽殿です。大木が多く立つ境内内にあります。 |
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諏訪大社 春宮
幣拝殿 |
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大隈流の柴宮(伊藤)長左衛門の作。秋宮の立川流と競って作ったものと言われ、清楚な美しさが魅力です。彫刻も見事です。
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相楽総三 魁塚 |
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慶応4年(1868年)鳥羽伏見の戦いで勝利を納めた官軍討幕先鋒嚮導赤報隊隊長として、征討の軍を進めていた相楽総三が、偽官軍の汚名をきせられ、下諏訪の宿で捕らえられて、旧暦3月3日友の町桀田でさらし首の刑に処された。
総三等赤報隊員こそ維新の魁になった人と、同情する心優しい下諏訪の人たちによって処刑の地に魁塚を築き弔い、墓碑が建てられた。
この物語は、長谷川仲の労作「相楽総三とその同士たち」で広く知られ、その他著作や映画・演劇などで取り上げられた。
地元の人びとによる追悼の相楽祭を毎年開いてきたが、新暦となってから4月3日を祭りの日と定め、今は地元有志の相楽会が中心になり、志士の縁者や史家なども集まってとり行われる。
祭りの日以外は静かなただずまいの魁塚を訪れる人が昨年春頃から急増し、花など供えられている。
地元新聞は「魁塚に大異変」と報じたが、そのきっかけは集英社編の「少年ジャンプ」に平成6年4月から連載の漫画「るろうに(流浪人)剣心」であり、それが明年正月から続くフジテレビ系列で毎週水曜夜ゴールデンタイムでの放送だった。
剣客であり革命家でもあった相楽総三等が非業の師を遂げたこの町に各地から訪れる人びとが目立つ。魁塚に供えてある感想文記入ノートや歴史民俗資料館によせられた手記などに、「漫画で知った」と書く人が多いが、その人達は浮ついた面白半分ではない。

女子小中学生から若い女性が多いが、中には卒業論文の研究にという人もあり、また赤報隊に傾注のあまり紺色の陣羽織に黒の筒そでの服に赤と白の鉢巻、手には鉄扇・脇差と勇ましい剣士姿の女性赤報隊員に変化したグループもあって人目をひいた。維新の志士に傾倒したサークルで何回も訪れられた。
魁塚を訪れた人びとの多くが歴史民俗資料館に立ちより熱心に館長の話を聞き資料を見る。
民俗資料館ではこれらの方々から寄せられた手記や感想文などをまとめ、昨年3月から「さきがけ通信」を発行。すでに18号を数える。赤報隊研究に訪れた方々にそれを差し上げているが、「何に増してのお土産」大変に喜ばれ感謝の礼状も寄せられている。

- さきがけ通信から -
○赤報隊相楽総三、私はこの人の強い志に見せられ3月3日命日死下諏訪に来た。(赤報隊を知ったのがごく最近のことだが、、、)もっと赤報隊のこと、相楽総三のことをよく知りたい。調べてみたいと思うが、近代日本ではあまりとりあげられていないようだ。
○私は、維新を語るには、絶対欠かしてはいけない事だと思っている。
東京都大田区 堀川ゆう子
○神戸よりこの諏訪を訪れ、この地の歴史を資料館の方々に説明していただき感謝です。お話しの歴史がとても分かりやすく、特に赤報隊の史実に触れることができ感激です。小中学生の子供たちと親子そろって、江戸から明治への移り変わりを「相楽総三たち、赤報隊の行い」により学ばせてもらいました。
これを機会にもっと関心をもっていきたいと思います。
神戸市西区 西田百合子
○赤報隊を知ってから、私たちの知らない(学校で習わない)裏の明治維新があることを知り驚きました。私も幕末に興味を持った原因は漫画です。そこからいろいろ調べ始め、今ではもう私の頭の中は赤報隊一色です。(私が)全く興味のなかった幕末から明治という時代を生き相楽総三という一人の人物によって幕末のイメージが一転し、すごく興味のある時代になりました。
○今日下諏訪へくるとこが出来て嬉しい限りです。ここに来るのが夢でしたから。同じ考えを持っている人がいるのを知り、来て良かったと思いました。今後は今よりももっと多くの人に赤報隊とその悲劇を知ってもらいたいと思います。
埼玉県朝霞市 吉田雅代
○下諏訪に来て、相楽総三や赤報隊が架空の人物ではなく、歴史を築いた人、実在人物だったと実感しました。現代では人の話や書物でしか彼らを知ることは出来ませんが、少しでも色々な赤報隊を見てみたいと思います。
また「さきがけ通信」を拝見しました。色々な方が違う角度で赤報隊をとらえられてておもしろかったです。たとえば一つのテーマで意見を発表しあう形の通信なんてのおもしろいではないかと思いました。
愛知県安城市 松本エリ |
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