諏訪大社・諏訪湖・八島湿原・ビーナスライン


■わが国最古の歴史の諏訪大社
歴史を遡ればはるかに太古の時代へと続く諏訪大社。全国に一万余の分社を持ち、古代は狩猟農耕の神として、武士の時代には軍神として、現在では産業や交通安全、縁結びの神として崇められています。鎌倉幕府、室町幕府などの篤い庇護を受け、戦国時代に武田氏をはじめ幾多の大名が帰依しました。
- 諏訪大社下社の主要神事 -

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諏訪大社 秋宮
参道が下諏訪宿の中を縫ってのびています。うっそうとした古木に囲まれた境内には、幣拝殿や神楽殿が並び、日本一大きい青銅の狛犬や注連縄、またユニークなオルゴールの灯篭もみられます。
日本一大きな注連縄。
諏訪大社には日本一が他にも。神楽殿の前の狛犬は青銅製で日本一の大きさです。またユニークなオルゴールの灯篭も、精密機械が栄えた諏訪ならではです。
諏訪大社 秋宮
幣拝殿
神楽殿下より、幣拝殿を望んだ写真

江戸中期、諏訪の名匠、立川和四郎富棟の代表作です。彫刻の見事さが見るものの心を奪います。
諏訪大社 秋宮
神楽殿
雪の神楽殿

二代目立川和四郎富昌の作く。荘厳な趣を漂わせています。四季によって異なる趣の神楽殿です。厳粛な雰囲気の雪の神楽殿も美しいです。
諏訪大社 春宮
春宮は下社最初の鎮座地と考えられています。農耕開拓の様式を伝える1月15日の筒粥神事、夏と冬に行われる遷座祭など、長い歴史を持つ諏訪大社ならではの行事が伝えられています。秋宮にくらべしっとりとした感じのするお宮です。脇には砥川が流れ散策も爽やかです。
諏訪大社 春宮
神楽殿
秋宮ほど注連縄が大きくありませんが、瀟洒な作りの神楽殿です。大木が多く立つ境内内にあります。
諏訪大社 春宮
幣拝殿
大隈流の柴宮(伊藤)長左衛門の作。秋宮の立川流と競って作ったものと言われ、清楚な美しさが魅力です。彫刻も見事です。

相楽総三 魁塚
慶応4年(1868年)鳥羽伏見の戦いで勝利を納めた官軍討幕先鋒嚮導赤報隊隊長として、征討の軍を進めていた相楽総三が、偽官軍の汚名をきせられ、下諏訪の宿で捕らえられて、旧暦3月3日友の町桀田でさらし首の刑に処された。
総三等赤報隊員こそ維新の魁になった人と、同情する心優しい下諏訪の人たちによって処刑の地に魁塚を築き弔い、墓碑が建てられた。
この物語は、長谷川仲の労作「相楽総三とその同士たち」で広く知られ、その他著作や映画・演劇などで取り上げられた。
地元の人びとによる追悼の相楽祭を毎年開いてきたが、新暦となってから4月3日を祭りの日と定め、今は地元有志の相楽会が中心になり、志士の縁者や史家なども集まってとり行われる。
祭りの日以外は静かなただずまいの魁塚を訪れる人が昨年春頃から急増し、花など供えられている。
地元新聞は「魁塚に大異変」と報じたが、そのきっかけは集英社編の「少年ジャンプ」に平成6年4月から連載の漫画「るろうに(流浪人)剣心」であり、それが明年正月から続くフジテレビ系列で毎週水曜夜ゴールデンタイムでの放送だった。
剣客であり革命家でもあった相楽総三等が非業の師を遂げたこの町に各地から訪れる人びとが目立つ。魁塚に供えてある感想文記入ノートや歴史民俗資料館によせられた手記などに、「漫画で知った」と書く人が多いが、その人達は浮ついた面白半分ではない。

女子小中学生から若い女性が多いが、中には卒業論文の研究にという人もあり、また赤報隊に傾注のあまり紺色の陣羽織に黒の筒そでの服に赤と白の鉢巻、手には鉄扇・脇差と勇ましい剣士姿の女性赤報隊員に変化したグループもあって人目をひいた。維新の志士に傾倒したサークルで何回も訪れられた。
魁塚を訪れた人びとの多くが歴史民俗資料館に立ちより熱心に館長の話を聞き資料を見る。
民俗資料館ではこれらの方々から寄せられた手記や感想文などをまとめ、昨年3月から「さきがけ通信」を発行。すでに18号を数える。赤報隊研究に訪れた方々にそれを差し上げているが、「何に増してのお土産」大変に喜ばれ感謝の礼状も寄せられている。



- さきがけ通信から -

○赤報隊相楽総三、私はこの人の強い志に見せられ3月3日命日死下諏訪に来た。(赤報隊を知ったのがごく最近のことだが、、、)もっと赤報隊のこと、相楽総三のことをよく知りたい。調べてみたいと思うが、近代日本ではあまりとりあげられていないようだ。

○私は、維新を語るには、絶対欠かしてはいけない事だと思っている。
東京都大田区 堀川ゆう子

○神戸よりこの諏訪を訪れ、この地の歴史を資料館の方々に説明していただき感謝です。お話しの歴史がとても分かりやすく、特に赤報隊の史実に触れることができ感激です。小中学生の子供たちと親子そろって、江戸から明治への移り変わりを「相楽総三たち、赤報隊の行い」により学ばせてもらいました。
これを機会にもっと関心をもっていきたいと思います。
神戸市西区 西田百合子

○赤報隊を知ってから、私たちの知らない(学校で習わない)裏の明治維新があることを知り驚きました。私も幕末に興味を持った原因は漫画です。そこからいろいろ調べ始め、今ではもう私の頭の中は赤報隊一色です。(私が)全く興味のなかった幕末から明治という時代を生き相楽総三という一人の人物によって幕末のイメージが一転し、すごく興味のある時代になりました。

○今日下諏訪へくるとこが出来て嬉しい限りです。ここに来るのが夢でしたから。同じ考えを持っている人がいるのを知り、来て良かったと思いました。今後は今よりももっと多くの人に赤報隊とその悲劇を知ってもらいたいと思います。
埼玉県朝霞市 吉田雅代
○下諏訪に来て、相楽総三や赤報隊が架空の人物ではなく、歴史を築いた人、実在人物だったと実感しました。現代では人の話や書物でしか彼らを知ることは出来ませんが、少しでも色々な赤報隊を見てみたいと思います。
また「さきがけ通信」を拝見しました。色々な方が違う角度で赤報隊をとらえられてておもしろかったです。たとえば一つのテーマで意見を発表しあう形の通信なんてのおもしろいではないかと思いました。
愛知県安城市 松本エリ


信濃國一之宮 諏訪大社
お諏訪様、諏訪大名神として全国津々浦々の人びとから親しまれ、崇敬されている諏訪大社は、本州の中央部にある諏訪湖をはさんでその南に上社、北に下社が鎮座し、神社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮に分かれ、この四社を合わせて信濃國一之宮諏訪大社と称しています。

諏訪大社下社の主要神事
■1月1日 歳旦祭(さいたんさい)
下社秋宮 午前4時
上社本宮 午前8時
年の初め、月の初め、日の初めである元旦の早朝に行われる祭儀。
皇室の弥栄(いやさか)と国家の隆昌、世界の平和を祈り、今年の誓いを新たに致します。

■1月1日 綿之湯神事(わたのゆしんじ)
下社秋宮 午前8時30分
御祭神の妃神が、上社から下社へとお渡りになる折り、湧き出る湯を綿に含ませた湯玉をお持ちになって社前に供えると、そこから湯が涌きだしたといわれます。その湯は、綿の湯玉にちなんで「綿の湯」と呼ばれて下諏訪宿の霊泉のはじまりと伝え、その霊泉をたたえる神事です。

■1月3日 元始祭(げんしさい)
下社秋宮 午前2時
上社本宮 午前10時
今上陛下が宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)において親祭し、皇位の元始を寿(ことほ)ぐ儀式。それに合わせ、全国の神社で執行される祭典です。

■1月14日〜15日 筒粥神事(つつがゆしんじ)
下社春宮 14日夕刻から
小正月の年占の行事で1月14日の夕刻から15日の早朝にかけて行われます。古式の火鑚(ひきり)によって浄火をおこし、大釜に白米、小豆と葦の筒を入れて筒粥に炊き上げます。翌15日の早旦にはこれを神前に捧げて祝詞奏上の後、葦の筒を割り農作物43種の成否と世の中の吉凶を占う神事です。

■1月15日 祈請祭 蟇目の神事(ひきめのしんじ) 鳴弦祭
神官により根入りの杉方向に放たれた 鏑矢を拾うと1年の幸せが得られる。

■2月1日 遷座祭(せんざさい)
下社秋宮〜春宮 午後1時
諏訪大社では御祭神の御神座が半年毎に移動するという他の神社に見られない古来の祭祀(さいし)が伝わっています。諏訪大社独自の風習として春一番に芽吹くといわれる楊柳(ようりゅう)=[川柳の玉串]の弊が献じられます。2月1日神霊渡御の行列が秋宮から春宮にさし立てられた半年後、8月1日には再び秋宮へ遷座の儀が行われます。

■2月3日 節分祭(せつぶんさい)
下社春宮・秋宮 午後1時30分
節分は追儺式(ついなしき)と言い、豆をまいて鬼や災いを祓う行事です。先に春宮で豆まきと宝投げを行い、引き続いて秋宮でも行います。

■2月11日 紀元祭祭(きげんさい)
下社春宮 午後2時
上社本宮 午前10時
神武天皇建国の聖業を偲び、祖国日本の永遠の繁栄と世界の恒久平和を祈る祭典です。

■3月18日 祈念祭(きねんさい)
下社春宮 午前10時
上社本宮 3月17日午前10時
「年」(とし)は穀物、特に稲みのりのこと。春のはじめにその年の五穀の豊作を神々に祈ると共に、皇室の隆昌と国民の安泰を祈る大祭です。諏訪大社では1ヶ月送れのこの時期に執行されます。

■6月下旬 菖蒲奉献祭(あやめほうけんさい)
春宮の境内
春宮の境内に50鉢以上の菖蒲が展示されます。

■6月30日 御作田社祭(みさくだしゃさい)
午後2時
下社の御田植祭は御作田祭とも言われ、御作田社の例祭に合わせその境内の斎田で行われます。神職が田作りの所作をなす田遊神事・巫女が田舞を舞った後、白丁姿の氏子の代表が田植えをします。この日植えられた稲は1ヶ月後の8月1日には諏訪大神の神供として捧げられたと伝えられ御作田の早稲(わせ)と言われています。

■6月30日 大祓式(おおはらへしき)
午後4時頃
春宮の清流砥川(とがわ)に祓戸大神(はらへどのおおかみ)を祀る浮島社(うきしましゃ)があります。社前には茅(かや)で作られた茅輪(ちのわ)が設けられ、茅輪をくぐり、罪穢れを託した人形(ひとがた)を川や海に流すことで半年間の罪穢れをとりはらう神事です。浮島社祭に引き続いて行われます。誰でも茅輪をくぐることができます。

■7月31日 柴舟造り 夕祭
春宮にて柴舟引渡式の後行われます。

■8月1日 御舟祭(おふねまつり)
下社秋宮・春宮 午後1時
2月1日に春宮にお遷(うつ)しした御霊代(みたましろ)は、渡御行列をしたて再び秋宮へ御遷座されます。遷座祭に続いて下社列大祭が秋宮で行われます。この遷座の行列に続いて青柴で作った大きな舟に翁(おきな)媼嫗(おうな)の人形を乗せた柴舟が当番地区(御頭郷=おんとうごう)の氏子数百人によって春宮から秋宮へ曳行(えいこう)されます。秋宮に曳き付けて神楽殿を3周し、神事相撲三番が行われて祭事が終わり、翁媼人形は焼却されます。
この遷座の大祭を俗に「御舟祭」と言い、明治の中期までは柴舟を裸姿の若者たちが担いだので、「諏訪の裸祭」とも言われておりました。この祭はその昔御祭神二神が諏訪湖上を周遊せられたという故事に依るとも伝えられています。

■8月26日・27日・28日 御射山社祭(みさやましゃさい)
下社・上社
上下両社にそれぞれ御射山社があります。上社は八ヶ岳麓の富士見高原に、下社は江戸時代初期以降、霧ヶ峰高原から移り現在の下諏訪町武居の山中に鎮座しております。古くは御射山御狩の神事といい、神官社人が揃って3日間現地に青茅(あおかや)の仮屋(穂屋という)に籠もって祭に奉仕し、また鎌倉幕府は全国の武将をここに集め、この祭に参加させて武芸を競わせ神徳を仰ぎました。この祭は「穂屋祭」とも呼ばれ全国各地の御分社でもこの日を諏訪祭として例祭日に当てている社が多く、近来では農作物の豊穣と当年2歳の子供の健康、厄除け祈願の祭としてススキの穂守りを戴き、原山様の祭として広く一般に親しまれています。川に昔はウナギ、今はドジョウを放す。あべ川餅を食べる風習がある。

■10月17日 神嘗祭当日祭(かんなめさいとうじつさい)
下社秋宮 午後2時
上社本宮 午前10時
神嘗祭は毎年10月17日に伊勢神宮において行われる収穫祭です。今上陛下自らが皇居内の水田で育てた稲の初穂や、全国の農家から奉納された新穀を天照大御神に供える皇祖奉斎(ほうさい)の祭でもあります。この日にあわせて諏訪大社でも祭事を行います。

■10月下旬 〜11月中旬 奉献菊花大会
秋宮境内
境内には丹精込めた菊が奉納され菊の香りと見事な花が楽しめます。

■11月3日 明治祭(めいじさい)
下社秋宮 午後2時
上社本宮 午前10時
ご治世46年の間を通して、常に国家・国民の上を思し召され、世界平和実現のために尽力あらせられた、類(たぐい)ないご洪恩を仰ぎ奉る祭典です。

■11月15日 七五三祈祷祭
女児7才・男児5才・男女3才(地域により違い有り)の子供達が氏神様に詣でる人生儀礼の一つ。その起源は、成人式の一段階としての氏子入りの習慣と関係があると考えられています。氏神様に参拝して守護を祈るとともに、地域社会からも社会的人格を承認される儀礼です。

■11月24日 新嘗祭(にいなめさい)
下社秋宮 午前10時
上社本宮 11月23日午前10時
春の祈年祭と共に宮中はじめ全国の神社で行われており、新穀を神前にお供えして豊作を感謝する大祭です。

■12月23日 天長祭(てんちょうさい)
上陛下のお誕生日。聖寿の萬歳と皇室の隆盛、世界平和を祈る祭典です。

■12月31日 大祓式(おおはらへしき)
下社秋宮 午後4時
上社本宮 午後2時
6月30日と12月31日の2回行われます。知らず知らずのうちに冒(おか)した罪穢れを祓い除き、清々しい心身で生活につとめるための神事です。

■除夜祭(じょやさい)
大祓式に続き神執行
31日の夕刻に執行され、本年の諸祭典諸行事の滞りなく終了したとことを神前に感謝する1年間の最終の祭典です。

■式年造営御柱祭(しきねんぞうえいおんばしらさい)
通称「御柱祭」(おんばしらさい)」
諏訪大社の諸祭儀の中で寅年と申年の4・5月に行われる特筆すべき大祭です。
社殿の建て替えとその四隅に「おんばしら」と呼ぶ大木を曳建(ひきた)てることに大別されます。起源は古く、平安時代初期桓武天皇の御代からは信濃國の総力をあげて奉仕され、費用の調達のために元服の式や婚礼・家屋の新築や増改築が禁じられた時代もあります。現在も御宝殿(ごほうでん)造営は続いており、諏訪地方一円20万の氏子が老若男女を問わず奉仕します。「おんばしら」の用材は樅(もみ)の木が使われ、3年前から木の選定等準備が始まり、上社関係は約25キロ隔てた八ヶ岳の中腹から、下社関係は八島高原の近くから約10キロの里程を曳き出します。大きな「おんばしら」は周囲3メートル、長さ16メートル余、重さ12、3トンにもおよび、独特の木遣り歌と共に2〜3千人の力によって曳行されます。車もコロも使わずに人の力だけで曳(ひ)きずる原始的なお祭りです。急坂を曳き落とす木落とし、川を引き渡す川越し等、怪我人が出ない方が不思議と言われるほど荒く勇壮な祭りとして知られています。御柱祭は本祭りの前の年に行われる御用材の本見立てから伐採、祭りが近づくと縄打ち(引き綱を造る)御柱休め(古い柱を倒す)などが行われる。下社では「山出し」が4月の上旬3日間、「里曳き」が5月上旬3日間行われる。
秋には、各区にある神社(小宮)でも行われ、祭りで盛り上がる。
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