「 ねばり強い担任 」


 以前書いた、こんなヤツがいた!のコーナーの「ねばり強い先生
が、何と、我が家のニコニコチビスケ=四男の担任になった。

 四男は、現在2歳の長女が生まれるまで、
6年間たっぷりと「可愛い末っ子ちゃん」として、
みんなに可愛がられたこともあり、
ニコニコおっとりしたキャラクターに育っていた。

 幼稚園、小学校低学年と、
いつもクラスのマスコット的存在というか、
ペットのような可愛がられ方をされていた、というか、
とにかく、自他共に認める「癒し系」であった。

 ところが、今年3年生になり、担任の先生が、
学校で三本の指に入る「やなせんせい」=「ねばり強い先生」なのだった。

 それを知った三男は、
普段は四男を小突き回していじめているくせに、
「ええ〜! ツヨシかわいそう! ひどい! かわいそうだって!!」
と、半べそで叫んだのだった。

 「そんなに嫌な先生なの?」
と私が聞くと、
「ホント、やばいよ、マジで。ツヨシみたいな甘ったれは、死ぬほどいじめられるって!」
と、三男は、その場で何度も飛び跳ねながら訴えてきた。

 「そんなにかい?!」

 いやな予感がしたが、
いきなりその予感が的中した。

四男に原因不明のジンマシンが出て、いつまでたっても治らないのだ。
 かかりつけの医者に行くと、
「精神的なことが原因でしょうな」
と言われた。

 そういえば、3年生になってから、
四男から笑顔が減っていった気がする。
 
 四男は、もともと胃腸が弱くて、しょっちゅう入院していた。
 そのことを健康調査票に書いていたので、
今までの担任の先生は、四男が少しでも体調がよくないと、
先回りして体育などを見学させてくれていた。
 しかし、今年の担任の先生は、
本人が「お腹が痛い」と言っても「気持ちが悪くて吐きそうです」と言っても、
「本当ですか? 気のせいではないですか? がまんできないのですか?」
などといつまでもねばり強く聞き返し、
本人が「もういいです。大丈夫です」
と引き下がるまで続けるのだった。

 とにかく、この「ねばり強い先生」は、
児童に対して、決して命令しないかわりに、
いつまでも
「そうですか? 本当にそれでいいんですか?」
と、いつまでもいつまでも聞き返し、本人が
「もういいです」
と引き下がるまで決して質問をやめない、という方針なのだった。

 あれこれ質問を続けることにより、
自分の思う方向に相手を追い込んで行き、
必ず自分の言うことを聞かせる戦法なのである。

 あるとき、茶の間で四男がいきなり号泣し、
怖い怖いと暴れだした。
 理由を聞いても何も答えず、
ただただ白目を剥いて暴れているので、
抱きしめて落ち着かせてから「どうしたの?」と聞くと、
やはり原因は、「ねばり強い先生」であった。

 先生は、きびきびと返答しない四男をはじめ、
思うように動かない子供たちを集中的に質問攻めにして、
それでも思うような答えをしない子供には、
理不尽なほど大量の宿題を課すのだという。
  
 やってもやっても終わらない宿題。
 「終わりませんでした」と言うと、
「なぜ終わらないのですか、終わらない原因はなんですか、毎日何をしているのですか、どうしたんですか、
答えられないのですか、なぜ何も答えないのですか、まじめにやる気があるんですか、
お母さんはそういうあなたをどう思っているんですか、これでいいんですか、なぜ黙っているんですか」
と、延々、みんなの前で聞き続けるらしい。

 これを毎日やられている四男は、
自分でも何が何だかわからないうちに、気持ちがふさぎ、
ジンマシンが止まらなくなったらしい。

 「お母さんが先生に抗議してあげる」
と四男に言うと、
「やめて〜!!! そんなことしたら、ぼくもっとやられちゃう! 絶対言わないで!」

と、更に号泣するのだった。

 それからは、四男の体調の悪い日は、連絡帳に
「体調が悪いので体育は見学させてください」
と書いて持たせるようにした。
 すると、「承知しました」という赤字で返事が書かれ、
ちゃんと見学させてくれる。

 しかし、ぼんやり者の四男は、
長い休み時間にみんながドッヂボールをやっているときに、
友達と花壇の花を眺めていて、
「なぜみんなと同じことをしない?!」
と、担任に怒鳴られて頭を殴られたという。

 四男は、混乱して、毎日怖い怖いと言っている。

 先生の思惑通りに動く子供にならないと、
みんなの前で質問攻めにされたり、
頭を殴られたりして、逃げ場のない追及を受ける。

 四男のほのぼの人生に立ちふさがった、
初めての「やな先生」であった。

 授業参観で初めて「ねばり強い先生」の授業を見たが、
はっきり言って、【ノースマイル】だった。
 小さい子相手に、【ノースマイル】。
 間違った答えを言う子には、ノーリアクションで、
間髪入れずお気に入りの優等生を指し、
正しい答えを言わせる。
 その子も自分の思うような返事をしなかったときは、
何のコメントもせずに、
子供の言った答えとまるで違う「正答」を板書した。

 子供の心や考えの流れなど、
担任は、まるで相手にしていないのだった。
 自分の段取りした道筋を、
寄り道ひとつせずにまっずぐに突き進むことを一番大事にしているようだった。
 子供たちは、きちんと秩序を守り、
私語ひとつ無い、きちっとしたクラスになっていたが、
同時に、笑顔ひとつ無かった。
 
 
 「これどう思うよ?」
と、PTAの大先輩の母に聞くと、
「しばらく様子を見たほうがいい」
と、言った。
 「ツヨシみたいなマイペースで甘ったれな子は、
いつか、みんなに叩かれる時がくる。
 今までは、みんなが自分に合わせてくれていたけど、
これからは、そうはいかない、ということを勉強した方がいいのよ」
と、母はくわえタバコで答えた。

 「そうか・・・・・・それもそうだなあ」

 言われてみれば、四男の甘ったれ加減には、最近閉口していた。

 「お母さん、今何時?」
と、時計が目の前にあるのに人に聞く。
 「これやって」
と、自分でできることも人に頼む。
 「これどうやるの?」
と、自分の頭で考える前に人に考えさせる。

 こういうところは、夫にそっくりで、
夫は、そのまま親や先生に過保護にされたまま大人になったので、
いまだに自分で何も考えないで、何かと人におんぶにだっこだ。
 夫に顔も気質もそっくりな四男は、
夫と別の人生を歩むためにも、
ここで一発、ショック療法で、
いきなり自立の意識を持たせることが必要なのかもしれない。

 「かわいそう、かわいそう」
と、その子の今の気持ちばかりを尊重して、
その子の困った癖や考えを放置してしまうのは、
結局、その子のためにはならない。
 むしろ、小さいうちに直してやる方が、
将来その子は幸せになるのかもしれない。 

 それから、私は、四男の話をよく聞いてやり、
ひどく先生にやられた後には、
丁寧にフォローしてやることにした。

 やがて、四男のじんましんは治り、
少し明るい表情が戻ってきた。


 そんな折、家庭訪問があった。

 私は、これはいい機会だと思い、
さりげなく四男の状況を伝え、
追い込まないで欲しい、という旨を伝えようと思った。

 しかしだ。

 時間きっかりにやってきた「ねばり強い先生」は、
「お家ではどんな様子ですか?」
と聞いてきたので、
私は、そらきた、と思い、早速
「学校で緊張しすぎてジンマシンがでました。
精神的なことが原因だろう、と医者に言われました」
と言うと、
「あ、そうですか」
と、あっさりスルーされ、更に、
「他には?」
と矢継ぎ早に聞いてきたので、
「体が弱くて、少し風邪をひいただけでも入院してしまうほどこじらせてしまいます。
ちょっとの風邪でも、運動を見学させていただくかもしれませんが、
よろしくお願いします」
と言うと、
「そうですかねえ、いつも元気に遊んでますけどねえ」
と、これまたサラッとスルーであった。

 私が、(あら〜〜〜)と呆然としていると、
今度は、あちらからねばり強い攻撃が始まった。

 「お子さん、上履き嫌いですよね」
と早口で言う。
 「ああ、授業中靴脱いでしまいますか。
うちの子たちみんな、靴下とかもすぐ脱いでしまうんですよねえ」
と言うと、これは彼女の求めていた返答ではないようだった。
 首をかしげたまま、ぴくりとも動かない。
 「すみません、上履き脱いでしまって」
と言うと、それでも同じポーズのまま動かない。
 私はあせって、
「これから授業中上履きを脱がないように注意しますので」
と言うと、そこではじめてうなづき、
「はい、お願いします。何かあったとき靴を履いていないと危ないですからね」
と、やっと動いてくれた。

 そうか、この人は、
自分の思う答えが相手の口から出てくるまでフリーズするのか。
 そして、相手が子供だった場合は、
その求める「正答」を子供の口から導くために、
ご親切にも、矢継ぎ早に「質問」というかたちの「ヒント」を与え、
教育していこうとしているのか。

 そうか、そういうことか。
 意地悪でやっているのではないのだな。
 これがこの先生のやり方であり、教育方針なのだろう。
 この先生は、ニコリともしない代わりに、
ちょっとやそっとの横槍にはびくともしない教育目標がある。
 この行為の先には、「きちんとさせる」という確固とした目的があり、
その手段として「ねばり強さ」がある。

 要は、真面目なのだ。
 クソ真面目で、クソしつこい、おっと失敬、「クソねばり強い」のだ。

 「帰りに通学路でひとりになってしまうことがあると聞きましたが」
と先生が聞いてきたので、
「友達と家が反対方向で、いつもひとりになってしまうので、
通学路から一本横に入る道ですが、お友達と一緒に帰るように言っています」
と言うと、
「通学路を通っていないのですか?」
とキッとして聞くので、
「いえ、通学路にひと気が無くて危ないときは、
一本横の道で友達と帰りなさい、と言っています。
そうでないときは、通学路を歩かせます」
と慌てて言うと、
またもやフリーズしてしまった。

 「あ、いえいえ、いつも通学路を歩かせます」
と急いで言い直すと、
「はい、わかりました」
と、フリーズが溶けた。

 悪い人ではないけれど、いやな相手だ。

 話していても、常時真顔で、
人間関係に一ミリの遊びも無い。
 一瞬の無駄も道草も許されない。
 冗談なんて、もってのほかであった。

 これは・・・・・・キツイ。

 ねばり強い先生は、自分の聞きたいことだけ聞くと、
「それでは」
と、きびすを返して玄関を出て行った。
 時計を見たら、きっかり5分であった。

 それにしても、長い長い5分間だった。

 ああ、今年もひと波乱もふた波乱もありそうだ。
 ああ、この先生に一年間、毎日、
朝から夕方までからまれている小3の四男たち。

 おもんばかるだけでもジンマシンが出そうだ。

 頑張れ〜、四男。
 いろんな人がいるのだぞ、世の中は。
 でも、そんな人ばかりでも無いのだぞ。

 人生勉強、ヨ〜イドン、だぞ〜。




           (了)

(こんなヤツがいた!)2008.5.13.あかじそ作