「暑苦しいのよ熱いのよ イン・ワンボックスカー」

―――あかじそファミリー海に行く―――


<1日目・海へ!>



その騒ぎは、前日から始まっていた。

「荷物が多くて、どうしようもねえ・・・・・・」
 
 誰に言うともなく、あかじその父・じじじそがステテコ姿で、
部屋と車(トヨタ・マスターエース)との間を
何百往復もしていた。
あかじその母・ばばじそは、そんな夫の生態にはとっくに慣れっこで、
困惑している私・あかじそに、目で(気にしなくて良し)と言った。
 
 夏休みだし、父親失業中の孫達にも、夏の思い出を作ってやろう、という、
じじじそ・ばばじその計画である。
 あかじそと、その子供達4人、じじじそ、ばばじその7人で、
2泊3日の旅行をしようというのである。
 あかじそ夫は、何故か、
当然のように参加者リストには載せられていなかった。

 1泊目は、じじじその釣りの常宿(民宿)に泊まり、
海水浴と釣りをする、と言う。
「オレの世界を孫達にお披露目するぜ」ってなもんである。

 2泊目は、最近結婚し、チャペルのような新居を構え
たあかじそ弟・あおじそ家に泊まる予定である。
妊娠7ヶ月のあおじそ・妻には、大家族の襲来は、さぞ負担であろうが、
どでかい手作りデッキで、バーベキューでも、と、
快く引き受けてくれた。

 さて、問題は、じじじその機嫌である。

 じじじそは、何かの行事やら旅行があると、もう、
パッツンパッツンに緊張し、
テンパッテしまう男なのである。
 そのため、普通にしている周囲の人間が、
物凄くだらだらしているように映るらしく、
(オレが、このオレ様が、こんなにも一生懸命頑張っているのに、何だ!!)
と、もう、支度の段階で、異常にピリピリしているのだ。

 「荷物が積みきれねえんだよっ!」

 もう、出発前夜の段階で、半べそで絶叫している。

「何なんだよ! この紙袋は! 捨てろ、捨てろ、捨てちまえっ!」

 子供のオムツやら、着替えのパンツ(多め)を指して、ぶち切れている。

「これは必要な物なんだってば。 あ、そのバッグも要るの!」

「一体、何泊するつもりなんだ、テメーらは!」

 そう叫ぶと、小走りで車に駆け込み、チャイルド・
シートを何度も押したり引いたりして、
安全性を確認している。
 
(お前の、その精神状態が、安全じゃねえって! 運転手として!)

――― 私は、考えた。
 このままでは、2泊3日、ずっと父の御機嫌伺いで終わってしまう。
何が夏の思い出だ!
 子供の頃、「お前達のためだ!」と連呼する父に、ドツカレドツカレ、
いや〜なムードの旅行を何度もしたのを思い出した。
 (このままではいかん!)

 <先手必勝><攻撃は最大の防御>

 そう、明日の朝一番が勝負だ!


 翌朝6時半、玄関の前で子供達4人と車を待っている
と、目の前に、猛スピードで、
ワンボックスカーが突っ込んできた。
 
 その車は、タイヤをきしませて私達の鼻先に急ブレー
キで止まり、
運転席から、真っ黒いサングラスを掛けた、じじじそが
降りてきた。
 開口一番、

「何だ! その袋は! まさか、これ以上荷物を増やすわけじゃないだろうなあっ!!」

 私が長男に持たせたスーパーの袋には、朝食用に菓子パンが入っていた。
じじじそは、いきり立って、長男に食って掛かった。

 (そら来た!)

 私は、すかさず、怒鳴り返した。

「みんな! 旅行は中止だよ! 帰るよ!」

 じじじそ含め、全員が凍りついた。

「楽しみに行くのか、ジイのご機嫌取りに行くのか、
ここではっきりさせようじゃないの!」

 じじじそは、「だってだって・・・・・・」と言いながらも、すごすごと引き下がり、
むっつりしたまま運転席に戻った。
 
「朝から、あたしにも噛み付いてきてさぁ!」

 ばばじそも、じじじそをにらんでいる。

「あんたねえ! むっつりしてんじゃないのよ! 暗くなんのよ!」

 ばばじそも追い討ちを掛けた。
私達は、荷物で満タンのワンボックスカーに黙々と乗り込み、
各自、無言でカッチン、カッチン、とシートベルトを締めた。

 じじじそは、黙った。

 ―――作戦成功!

 これで、子供の頃の悪夢が、
我が子に降りかかることは免れただろう。

 さあ、楽しい旅行だ!
 海へと出発だ!

 車は、先程と打って変わって、静かに滑り出した。

(う〜ん、もう〜)

というエンジン音とともに・・・・・。

          (つづく)

♪1日目・早く海へ