「暑苦しいのよ熱いのよ イン・ワンボックスカー」

―――あかじそファミリー海に行く―――


 
<1日目・寒い海>




 最高気温が27度、という、寒い、曇った日だった。
民宿に荷物を置いて、全員水着で浜に出ると、台風も近いせいか、
突風が吹きつけてきた。
 そこそこ人は出ていたが、水に入るとすぐ震えがくる状態で、
みんな、入ったと思ったら、すぐ出てしまっていた。

 「さあ! 海に入っていいぞ!」

 じじじそが号令をかけると、長男と次男が「わ〜い」
と言って波に向かって走り出した。
ばばじそは、
「あたしがアカンボ見てるから、行ってらっしゃいよ」
と、パラソルの下に、どっかりと陣取った。
 三男は、
「僕、怖い。海、入んない」
と、ばばじその隣に座り、じじじそも一緒に、ちゅん、
と座った。

 (へ?)

 波打ち際担当は、もしかして、わたくしですかい?
私は、3歳の頃、ばばじそに川に流されて以来、
自然界の水場は、トラウマなのである。

「いってらっしゃ〜い」

 ばばじその声に、なかば強制的に送り出され、私は、
しぶしぶ子供たち2人の後を追いかけた。

 長男は、小3には小さすぎる<幼児用浮き輪>を
無理やりその細い体に巻きつけ、
ヒイヒイ言いながら、波から逃げ惑っていた。
 次男は、笑顔全開で、エアマットにつかまって、
どんどん深いところまで行ってしまう。

「待って! あんまりそっちの方、行っちゃだめ!」

 私は、足に絡み付いてくる海草に、いちいち悲鳴を上げながら次男を追った。

「二人とも! 一緒にいてよ! 待って! ちょっと! ねえ! お〜い!」

 もう、完全に、ブルーである。
私は、インドア派なのである。
 ギラギラの太陽、とか、海草が足に張り付く感触とか、
砂が素足にまぶされたりとか、
そういうのは、もう、ダイッキライなのである。
 
 「僕、もう、戻る」

 長男は、パラソルまで、つま先立ちで走っていった。
次男は、ワハハ、ワハハハ、と、爆笑しながら、
放っておくと、どんどん、深みへと進んでいってしまう。

「もう帰るよ! 帰るからね〜っ!!」

 海に入ってから、10分も経っていない。
「え〜っ!」と、
言いながらも、寒いので次男も海から上がってきた。

 あんなに海海と騒いでいたのに、ほぼ10分で海は終了した。
持ってきた冷やしトマトも不評だし、ばばじそが大好物なりんご酢だって、
酸っぱ過ぎて、誰も飲みゃあしない。

 「あっちの堤防で釣りでもすっか!」

 じじじそは、とっととレジャーマットを片付け始め
た。
堤防へ行く途中、潮溜まりで小さな蟹を捕まえたり、
やどかりを並べて競争させてみたりした。
 堤防では、四男が走り回って海に落ちないように、との事で、
ばばじその命により、
私と四男は、車の中で待っていた。

 強風の中、じじじそ、ばばじそと、3人の息子達が、
ケラケラと笑いながら、楽しげに釣りをしている。
四男は、自分も外に出ようと、車の中で大騒ぎだ。
 私は、せめて、風を通そうと、後部座席の固い窓を両手で思いきり、
ぐぐっ、と開けた。
少し開きすぎて、四男が上半身を乗り出したりしたので、今度は、
ぐぐっと、と、閉めた。

(ポキッ!)

 挟んだ!
 
 右手の、中指と人差し指の先っちょが、ぺったんこになった。
その時、窓の隙間は5ミリだった。
指の厚みは、本来10ミリなのだ。
 10−5=5
なので、その差5ミリ。
圧縮された5ミリの指先!

 「いっっっっっっっっっってえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 凍らせた「おいしい水」のペットボトルで、とりあえず冷やす。
騒ぐアカンボ。
脈打つ指先。
窓の外の、楽しそうなバケイションの光景。

 (嗚呼・・・・・・)
  
 いつもこんな役回り・・・・・・。
ドジで、ブキッチョで、いつも負傷者。
 両親と旅にくると、わたしゃ、下働きだ。

 もう、午後5時を回った。
お腹もぐうぐう言っている。

 子供達3人は、小さく青いメジナを釣り上げ、
バケツの中で少し泳がせてから、
じじじそに促されて、海に帰した。
 無声映画でも見ているようだった。
私は、その音のない一部始終の成り行きを、
車の中からじっと見ていた。

 「ま、いっか・・・・・・」

 全員、車に乗り込んで、民宿へ帰った。
美味しい刺身や、魚の煮物など、食事は申し分なかった。
 ただ、好き嫌いの多い、うちの子供達は、
新鮮な魚のおかずを片っ端から残しまくり、
私は、またもや、ばばじその命により、必死でそれらを平らげていった。
 民宿のご主人も奥さんも、気のいい人たちだ。
残しちゃ悪い。
 
 旨い。しかし、腹、割れそう。

 私は、ばばじそのシップをもらって指に巻き、
アカンボと一緒に早々に眠ってしまった。

 疲れた。
両親との旅行は、物凄く疲れる。
 しかし、夫失業中の身で、払いは全部親持ちなので、
静かに耐えている。
 6年ぶりの、10分間の海水浴も、微妙に疲れた。

 さあ、もう寝よう! 寝ちまおう!
そして、無理やり、明日にしちまおう!
 明日は、「鴨川シーワールド」だ。またまた何かありそうだ。

 おやすみ!

 やや強引に、おやすみなさいっ!


                       (つづく)


♪2日目・イルカ飛ぶ飛ぶ、シャチも飛ぶ