――2002.8/5~8/7――
あかじそファミリー《また!》海に行く


④「ある意味これはショー」

       

民宿で、「ニッポンの朝食の見本」を食べた後、
荷物を車に積んだりしている時、
三男と、姪っ子【カナ10】こと【カナミ10ヶ月】が、
絶叫大会を勝手に開催していた。
三男が「カ~~~~~~~~ッ」と裏声で叫ぶと、
【カナ10】も、そっくりな声で「カ~~~~~~~~ッ」
と超音波で叫ぶ。

三男がニコニコ顔を【カナ10】の顔面に近づけて叫ぶものだから、
【カナ10】は触発され、物凄く顔面に力を入れて叫ぶ。
可愛い女の子顔が、叫ぶと突然川谷拓三そっくりになる。

今まで大人しく周囲のバタバタを観察していたが、
いよいよ【カナ10】は始動した。

「あたち、なんにもわからないの」
という、キョトーン、とした表情をしていたかと思いきや、
何かターゲットの物体を見つけると、ホフク前進で素早く
スタタタタタタタタッ、と這って行き、グワシ、と掴む。
「ワニッ?」
と、見まがうほどだ。

今年も鴨川シーワールドに行き、シャチのショーを見たのだが、
去年、乳吸いっぱなしでショーを見ていなかった四男が
「サカナ! おーちーい。どっぱーん」
と今年は感想を述べるまでになっていた。

一方、【カナ10】は、初めての旅行だ。
しかもシャチみたいな恐ろしくドデカイものが、
目の前でドッパンドッパン跳ねてたら、そりゃあ怖かろう、
と振り返って顔を覗き込んで見てみると・・・・・・
恐怖のあまり、顔面が硬直し、また川谷拓三になっていた。

「あっ、また拓三になってる!」
私が言うと、
「似てねえよっ!」
と弟が真顔で言う。
娘にラブラブ&メロメロな弟である。
世界一可愛いと豪語する愛娘を川谷拓三とか言うな、
と本気でムッとしている。

私とて、【カナ10】は、めちゃめちゃ可愛い姪っ子だ。
でも、その可愛いお嬢様顔が、テンションが上がると
川谷拓三になるなんて、ますます可愛いじゃないか。
誉め言葉だぞ、川谷拓三は。(わかりにくいけど!)

シャチのショーの後は、去年見ていなかった
白イルカのベル―ガのショーを見ることにした。
室内でのショーで、もうすでに始まっていたので、
我々一行は、そーっと中に入って行った。
ベル―ガは、ちょうど目隠しをされて金属のプレートを
鼻先で突付いているところだった。
「イルカは自ら声を出して物に反射させ、
物にぶつからないようにする能力があるんですよ~」
と、ショーのお姉さんは説明していた。
「それでは、そのイルカの声を聞いてみましょう!」
とお姉さんが言った直後、場内に、耳をツンザクような高い音が響いた。

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! 

何だ、この音! 
これがイルカの声なのか!?

しかしそれは、私のすぐ横から聞こえていた。

ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

何かと思えば、さっき土産物屋で買ったスケルトンのリコーダーの音だった。
四男が何を思ったか、絶妙なタイミングでその笛を高らかに吹きだしたのだ。

「ダメダメ。うるさいから今吹いちゃダメ!」
私が慌てて笛を取り上げようとすると、
四男はその笛を大きく振りかぶって私の脳天に振り下ろし、
止めようとした長男の腕を叩き、その衝撃で3つに分解された笛が
後の席のガラの悪いヨソのお父さんの体に当たった。

「外出よう、外!」
じじじそが私に叫び、私が四男を脇に抱えて室外に飛び出すと、
今度はそこで四男の、
「絶叫号泣ひっくり返り&ノケゾリ&ブリッヂ&おろおろ母ショー」が始まった。
 通行人たちが足を止めてそのすごい光景を見守り、
時に歓声を上げ、時に非難の声を上げ、あっという間に人垣ができてしまった。

「おっぱいのみたい~~~! おっぱい、のみたいの~~~っ!」

四男は出せる限りの大声で叫んだ。

「あんなに大きいのにおっぱい飲みたいだって!」
と言う、よその子供たちの声に混じって、
「こんなに暑いのに、親は水分与えてないんじゃないの?」
とか、
「幼児虐待、初めて目撃しちゃった」
だのなんだの、大人たちの声もいろいろ聞こえてきた。

すると、ひとりの清掃係のおばさんが近づいて来て、
「可哀想じゃないのよ~、ナニ泣かせてるのよ~」
と、私を睨んで言う。

(もう・・・・・・勘弁してくださいよ~)

私が、ある意味ショーと化しているこの状況から
何とか脱したいと思っているところへ、
白イルカのショーを見終わった一行がぞろぞろ出てきた。
気温34度超。
体感温度はそれ以上。

「暑すぎるから、どこかレストランにでも入ろうよ」
と、店に入ると、最初は大人しくしていた四男が、
三男のカレー(またカレー!)を少し食べた後、
三男の買った土産物(ガラス製のボール)を欲しいと言い出した。
勿論、三男は絶対にそれを渡すわけなどなく、また四男の絶叫が始まった。

「外出ろ、外!」
じじじそが言い、私は食事もそこそこに切り上げ、
四男を炎天下の外へと連れ出した。

私が四男から手を離すと、四男は一直線にレストランの中に入り、
三男のガラスボールに手を掛けた。
「ダメッ!」
三男が四男の頭を叩く。
「ギャア~~~~~~ッ!」

四男は、レストランの床を転がりまくって号泣する。
レストランじゅうの人々が、怪訝な顔で四男と私を見る。
 私はふたたび四男を抱えて炎天下の外へ。

 今度は、だいぶ離れた土産物屋に走っていき、
三男がガラスボールを買った売り場へと連れて行き、
「これ買う? これ買おうか?」
と、四男に聞くと、
「ちがう~~~っ!」
とのけぞる。
「じゃあ、こっち?」
と、今度は小型のガラスボールを見せると、
「ちがうの~~~~~っ!」
と、また床を仰向けで転がりまわって号泣する。

そして、パタッ、と起き上がったかと思うと、
目にも留まらぬ速さでレストランまで駆けて行き、
また三男のガラスボールを取ろうとする。
「ダメッ!」
三男がボールを自分の頭の上に上げる。
「ギャ~~~~~~~~ッ!」
四男は、床にひっくり返って2、3回転した後、
また、ハタと立ち上がり、凄い勢いで土産物屋へと直行した。
大勢の人の波をすり抜けて、本当に定規で引いたみたいに
一直線に土産物屋のガラスボール売り場へと直行した。
そして、売り場の前でまた仰向けにひっくり返り、
「ちいさいほう、ほちい~~~~~っ!」
と、叫んだ。

(こ・・・・・・、こいつ、泣き狂ってるけど、冷静だ! 計算ズクだ!)

私は、小さい方のガラスボールを持ってレジに並ぼうとすると、
混んでいて、だいぶ待たされた。
すぐに精算できないイラツキで、また四男は絶叫し、
私からガラスボールを取り上げ、人込み目掛けて思い切り投げつけた。

「あぶな~~~いっ!」
私は、間一髪、受け止めた。
と、すぐにまた四男はガラスボールを掴み、またそれを投げた。
「イヤ~ッ! 割れる~~~っ!」
今度は、駆けつけたじじじそが受け止めた。

「俺が並んで払っとくから、お前、外連れて行け!」
「わ、わかった!」

かくして私は絶叫する四男を抱えてトイレに連れて行き、
乳でもくわえさせて鎮めようとしたが、トイレは外まで列が出来るほど混んでいた。
「ダメだ! あっちのひと気の無い方に行こう!」
私は、まるで戦場の最前線を駈け巡る兵士のように、
低い体制で四男を小脇に抱えてシーワールドじゅうを走り回った。

父と長男が私を追いかけてきた。
駐車場の方に向かって走っていくので、
「もう帰るの?」
と私が聞くと、
「仕方ないな」
と言う。
私が長男に、
「お土産買えた?」
と聞くと、
「お楽しみ福袋買えたよ」
と長男は走りながらご機嫌で答える。

良かった。一応、ここでのノルマは達成できたようだ。

私たちは、普段は喧嘩ばかりしている一家だが、
このときばかりは心をひとつにして走った。
横一列に並んで走る大家族は、
ハタから見たらさぞかし美しい編隊を組んでいただろう。
右に太平洋、左に水族館。
そして、後頭部に大衆の非難の視線を受けながら、我々は、走る。走る。

時折四男によって投げられる小さなガラスボールは、
真夏の太陽を反射してキラメキ、そのたび、
誰かしらが回転レシーブの如く受け止める。
まるで何度も訓練したかのような、その素晴らしい連携プレーは、
人々の非難の感情を、感動へと変えていくのに充分な芸当だったに違いない。

これは、ある意味ショーである。
こうなることは、家を出る前から分かっていたことなのだ。


                    (⑤に続く)
2002.08.08 作 あかじそ