「 商工会まつりにて’02 」

 今年もやってきた。商工会まつり。
 悪夢のような去年の商工会まつりに引き続き、
今年もなかなかのものであった。

 毎年市営グラウンドで行われる、この商工会まつりは、
地場産業の活性化を目的にして、たくさんの中小企業や
農家などが出店し、多くのブースを設けている。
 地元の人たちは、これを毎年楽しみにし、
どのブースにも大勢の人が集っている。

 孫の手を引いた爺さん婆さん、
ベビーカーを押した若夫婦、
小銭を握り締めて友だちと走り回っている小学生、
だぶだぶの紫の服上下に身を包み、
ウンチングスタイルでキメた田舎の不良中学生など、
ともかく、いろんな人たちが、いろいろな楽しみ方をしている、
地味だが、人気のあるまつりなのである。

 私が、今日まつりの日だと気付いたのは、昼過ぎだった。
 昼食の後、外を歩く家族連れがやたらと多いのに驚き、
カレンダーの書き込みを見て、ハッ、と思い出したのだった。

 子供たち4人にそのことを言うと、
「ゼッタイ行く!」
とみんなしてぴょんぴょんぴょんぴょん
その場で跳ねまくるので、仕方なく行くことにした。
 が、あの人出だ。
 ひとりで四方八方へ走って行ってしまう4人の男児を
束ねることなど、どんくさい私にできるはずもない。
 去年の悪夢の再来に怯えつつも、
歩いて5分の実家に電話をかけた。

「今迎えに行くから、待っててよ」
と、母は即答し、5分後、母ひとりでうちに歩いて来た。

「あれ? ジイは?」
 私が問うと、母は、
「朝気が付いたらいなかったのよ。今日も【仕事】でしょ」
と、吐き捨てるように言った。
「ああ、【玉関係】(パチンコ)ね」
私も吐き捨てた。

「いないとセイセイするわよ。
退職してずっと家に居座られて
朝から晩まで威張り散らされたらアタシャ、
殺しを犯してしまうかも、だわよ」
 母は、涼しい顔で言い、
「ほら〜、みんな〜、行くよ〜」
と、子供たちの手を引いて、とっとと歩き出してしまった。

 よし。トラブルメイカーの父が欠席なら、
まあ、なんとか楽しい休日を送れそうだ。

 まつり会場に到着すると、今年もたくさんの人でごったがえしている。
 出入り口付近のたこ焼きや綿菓子のテキヤさんの前で、
さっそく子供たちは動かなくなった。
「おかあ・・・・・・」
 ・・・・・・さん、これ買って、と言われる前に、
「まず中見よう!」
 と、私は、一片の隙も見せずにとっとと先を歩いていった。
 毎年ここでつかまって、ひとり400円×4人分、ごそっと出費し、
中で同じものが10円や50円で売っていて愕然、
なんてことになっていたのだ。

「ええ〜〜〜っ」
と言いつつも、振り返りもせずにとっとと歩く母親に、
子供たちはしぶしぶついて来た。

―――よし、今年はいい調子だ。
 
 内心ほくそ笑んでいると、母が
「風船、買ってやる」
と、小さくつぶやくや否や、目にも止まらぬ速さで走り出し、
人垣の向こうへと消えていってしまった。
 私たちがアッケに取られていると、人を掻き分け掻き分け、
4つの風船をぷかぷか浮かしながら忍者のように低い姿勢で、
こちらに駆け寄ってくる母がいた。

「早っ!」

 母は、わずか5、6秒の間に、
<上下水道設備組合>からヘリウム風船を4つ買い求め、
私たちの元へと戻ってきたのだという。

―――イリュージョンかい!

 子供たちは、わーいわーい、と飛び跳ね、
「ありがとう」と言うか言わないかの間に、もう、
母によって手首に風船の紐をくくりつけられていた。
 風船が空に飛んでいかないように、との計らいだろう。
 それにしても母よ、その突発力は一体!

 気を取り直して、私たちは、まずフリーマーケットを回ってみた。
 子供たちは、地面に置かれたプラスチックケースの中に頭を突っ込んで、
よその子たちと一緒に4枚30円の遊戯王カードを夢中で選んでいた。
 母は、2歳の四男の手を引いて、一個10円のぼろぼろのぬいぐるみを
大量に買いまくっている。

―――嗚呼、今年も何か嫌な予感が!

 私は、今にも泣き出しそうな曇天を見上げ、
洗濯物をベランダに干しっ放しで来てしまったことを後悔していた。

 ―――と、
「ウルトラマ〜ン!」
と言う、やけにテリテリした声の
「お姉さん」の声が会場じゅうに響いた。
「じょえっ!」
と、メンタマの光った青いウルトラマンの上半身が、
遥か向こうの人垣の隙間から見えた。

 特設舞台で、ウルトラマンショーが始まっているらしい。

「ウルトラマン見るっ、見るっ!」
と、四男が私の服を激しく引っ張って、舞台下まで行こうとした。
「あ、コスモスか。ださっ」
と、アニキ3人は母と一緒にとっとと歩いていってしまう。
「あんたたち、去年まで最前列で『がんばれ〜』って叫んでたくせにぃ〜!」
 私は、四男の手を引いて子供たちの後を追おうとすると、
「ウルトラマンンンンンンンン〜〜〜ッ!!!」
と、四男は私のシャツの袖口をブニ〜〜〜ッ、
と力の限り引っ張り、この時期これしか着る物のない私の
長袖シャツの右袖を、2メートルに伸ばしてしまった。

 手を放しても、右袖は2メートルのまま戻らなかった。

 その後私は、母と子供たち3人とはぐれてしまった上に、
2メートルの袖を地面に引きずったまま
2歳児を肩車してウルトラマンを見ていた。

 何だか古びた怪獣と、どこから見ているのか、
目に電気の光っているウルトラマンが、
寒いギャグを絡めた地味な戦いを繰り広げ、
あっという間に引っ込んでいった。
 その後、「商工会まつりで、僕と握手!」のコーナーが始まり、
一緒に写真を撮っていくら、というのをやっていた。

 近くに行って見せてやろうと、私が舞台の方へと肩車のまま歩いて行くと、
「こわい〜〜〜〜〜っ!」
と、四男は、のけぞり、私のシャツの首まわりを
直径50センチにまで伸ばしてしまった。

―――もう原型を留めていないぞ、このシャツ!
 もう、心身ともに、デロデロだった。

 デロデロシャツに身を包み、子供たちを探し回ると、
体育館の地元産業展に入ろうとしている一行を発見した。
 
「待って! 待って〜〜〜!」

 私は、2メートルの袖を恐ろしくだるだるにたくし上げ、
肩を半分剥き出しにして、四男と手をつないで走った。

 中に入ると、おそろいのGジャンを着た、
ギターとキーボードを弾く、お姉さんふたり組が
「となりのトトロ」を歌っていた。

「あっ!おかさん、ととろっととろっ!」
と、2歳児は再び私の袖口を引っ張り出し、
今度は左袖をやられてしまった。
 そして、歌は、実に微妙であった。
 自ら有志として出演している素人さん、ということもあって、
下手・・・・・・というほどでもないが、決して上手くもない。
 ましてや、子供から年寄りまで、目の前のパイプ椅子に
ずらずら並んで口を開けて見上げられてしまった日には、
舞い上がってしまうのだろう。
 音程が危ない。

 トトロが終わった直後、会場の子供たちから
「今度はアンパンマン!」
とリクエストされ、お姉さんたちは動揺しまくっていた。
「こ、こ、この紙に書いてないから歌えないんですけど〜」
と、トトロの楽譜をピラピラさせて見せ、
「アンパンマンを歌うのは、事務局にも届けてないし〜」
と、まったくMCがなってなかった。

 そして、半べそで、
「今度は、お年寄りにも聞いて欲しいこの曲を」
と、「川の流れのように」を歌いだした。

―――おぅ、その歌唱力でその曲を人前でいっちゃうのか!

 私が呆然と見守っていると、キーボードの前奏の後、
会場いっぱいにお姉さんの「ヨーデル」が響き渡った。

「あ〜ハ〜〜〜あアあアあアあアあアあアはは〜ん、
川のな〜がはは、れへのほ、よほほ〜〜〜にひ〜〜〜」

―――完全にキー合ってないじゃん!

 四男は泣き出した。子供たちはあからさまに耳を塞いで逃げ出し、
「あなたたちのために歌います」と言われていた年寄りまでもが
もぞもぞと椅子を立ち、腰をかがめて逃げていった。

―――あ〜あ・・・・・・。

 私は悲しい気持ちでふと見回すと、
さっきまで大勢いた客は、私だけになっていた。
 四男も、母とアニキたちとともに、他のブースへと逃げてしまっていた。

 Gジャンのお姉さんたちは、悲しげな目を私ひとりに注ぎながら、
それでも必死に【川の流れのヨーデルに】を熱唱していた。
 もう、逃げられるはずがなかった。

 金縛りに合ったように「ヨーデル」を「完聴」し、
そっと逃げ出そうとした途端、悪魔のようなお姉さんのMCが聞こえた。

「その素敵な【ルーズシャツ】のお母さんに捧げます。
・・・・・・それはきっとあなたの青春でした・・・・・・
ユーミンの・・・・・・『卒業・・・写真』!」

―――狙い撃ちかよう!
 その曲は、私の青春でもないしぃ!

 お姉さんたちは、気分を出して涙目になり、
私を凝視しながら音ハズレまくりのハモリで、フルコーラス歌った。

 その間の私は、左1メートル、右2メートルの袖の中の手で、
パフ、パフ、と音のない手拍子をし、薄ら笑いを浮かべながら
左右に揺れていた。
 永遠か、とも思える数分が過ぎていった。

「ありがとうございました! また、来年も、ここに来ます!」
と、Gジャンのふたりは私と空席たちに手を振り、去っていった。

―――かんべんしてよぅ!

  母と子供たちはパットゴルフなどを適当に楽しんでいた。
 遠くに「卒業写真」を聴きながら。

 私がみんなのところへと走っていくと、
「お母さん、どこ行ってたんだよ」
と、非難ゴウゴウだった。

 さて、外に出ると、いよいよ雨がボツボツ落ちてきていた。

「早く帰ろ!」

 母と私が子供たちの手を引いて出口へと向かうと、
小2の次男が露店の並ぶ反対方向へと駆け出した。

「おいこら、どこ行く!」
 みんなで後を追うと、次男は物凄い鼻息で、
「まだ何にも買ってないじゃん!!」
と、絶叫している。
「だってご飯食べたばっかりでしょう?」
と言うと、
「もういい! 自分のお金で買う!」
と、衝動的に商工会青年部の焼きそばを買い、
300円のくじを引き、ビニールのフラフープを当て、
みかんの水あめを買い、と、ひたすら疾走していった。

 そのうしろを、私たちはぞろぞろ駆け出してついていき、
「自分も自分も」と、他の兄弟たちもインチキくじを引きまくり、
ニセベイブレイドやニセハム太郎グッズを当てていた。

 そろそろ眠くなってきた四男が、くじで当たったビニール風船の
小さいバットを振り回し、手をつながない、とごねだした。

 母は、自分が衝動買いした「特濃牛乳大瓶4本」と
父への土産「焼きとうもろこし2本」を手に持ち、
次男の後ろをいそいそと走っていく。
 母は、自分の夫に身も心も酷似している次男を、特別お気に入りなのだ。

「もう、そんなわがまま野郎ほっといていいから、2歳児たのむよ〜」
 私は、興奮して走りまくる幼稚園児の三男を追いかけながら
大きな声で母に言った。
「だってえ! お母さんのおんぶじゃなきゃイヤ、って言ってるんだよぅ」
 
 私は仕方なく、手に持っていた4つの風船と
子供たちの買ったガラクタ一切を長男に託し、四男をおんぶして歩いた。

 先頭は、ご満悦で水あめをレロレロ舐めながら歩く次男。
 その姿をにこにこしながら見つめ、ついていく母。
 興奮して走りまくる三男。
 三男を超音波ボイスで叱りながら、荷物一切を運ぶ長男。
 のけぞったり暴れたりする四男。
 そいつをおぶって、とぼとぼ歩く私。

 それぞれの性格を公表しながらパレードしているような一行だった。

 と、水あめを食べ終わった次男が、口の周りを
べたべたにした顔で振り返り、長男に向かって言った。

「俺の風船、取るなよぅ!」
 
「取ってないじゃん。持ってくれてるんだよ!」
 私が言うと、
「ドロボーすんなよっ!」
と、ヤツは長男を小突く。
 ずっと我慢していた長男も、ついにブチ切れ、
「ドロボーしてないよぅ!」
と、両手がふさがっているから膝で次男の胴を蹴った。

「もう! 道路で喧嘩すんなって!」

 私も両手がふさがっている上、両袖を地面に引きずっていたので、
つま先でふたりの尻を突っついた。


 帰宅後、突然財布にお金がなくなってしまった次男は逆上し、
「お母さん! 何で僕が無駄遣いするの、止めてくれなかったんだよぅ!」
と、半狂乱で泣いている。

―――あほぅ!!


 時を同じくして、実家では母が同じセリフを聞いていた。
 父いわく、
「おい、お前! 何で俺がパチンコで100万も使っちゃう前に、
止めてくれなかったんだよぅ!」


 あほや。
 みんな、あほや!!!

(あほや) 2002.10.21 作 あかじそ